第620話 頭上のマザーシップを叩け!(後編)

 対空迎撃のビーム砲を撃つ小島こじまがくの願いで、指名された姉小路あねこうじ


 ジト目だが、相棒のかど麻弥まやが了承して離れたことで、しぶしぶ応じる。


 可愛い声だが、機嫌は良くない。


「何?」

「あのさ……。門さんって、彼氏や夫がいるのかな?」


 ポカーンとした姉小路は、岳を見る。


「……自分が知っている限り、いないと思う」

「そっか!」


 喜んだ岳は、さらに喋る。


「お前は? 実は、門さんを彼女や妻にしたいとか?」

「ない! ……用件は、何?」


 感情的に否定した姉小路は、イラついた様子で、催促した。


 すると、岳は真剣な声音に。


「俺さ……。ずっと、彼女がいなかったんだよ。中高は共学だけど縁がなくて、陸上防衛軍に入隊してからは、尚更。これで、最後かもしれないだろ? せめて、何か……希望を持ったままで、戦いたい。お前は門さんとコンビを組んでいるようだし、『恋仲かな?』と思ってさ」


 向き合っている姉小路は、表情を緩めた。


「自分は、麻弥と同じ高校の出身で、仕事上のバディだけど。そういう心配は、いらないから……」


「だけど、今みたいに2人きりで、動くんだろ?」


 首肯した姉小路は、岳に答える。


「自分たちは、スナイパーと観測手だから……。お互いに、細かいことを気にしている余裕はない」

「じゃ、じゃあ……。門さんの下着とか、裸を見たことも?」


 セクハラだ、と思ったが、我慢して答える。


「……ある。でも、あなたの想像している関係ではない」


 向き合っている岳は、分かっている、と言わんばかりに、肩を叩いた。


「お前、ムッツリか……。それだけ美少年なら、いくらでも彼女を作れるだろ?」

「だから、『その気はない』と言っている!」



 極夜の大地で、離れている門麻弥が爆笑した気配。


 姉小路は、後で殴っておこう、と決意する。



 気を取り直し、目の前に立つ小島岳を見た。


「そろそろ、時間……。あなたは、自分に何を言いたいの?」


 最後の会話だと悟った岳は、結論を述べる。


「俺……俺たちが生きて帰れたら、門さんとの仲を取り持ってくれ! 頼む!」


 無表情だった姉小路は、笑顔で答える。


「了承した……。なら、ちゃんと生き延びるように」


 差し出された手に応じた岳は、姉小路と握手を交わした。




 小島岳は、全高4mのMA(マニューバ・アーマー)、GX78『ファルコン』に乗り込んだ。


 宇宙人のマザーシップに潜り込んでいるアリスは、そのビーム砲について、指示を飛ばす。



 コックピットの中で手順をチェックした岳は、自分の身体のように、ファルコンを操作した。

 巨大ロボットが、人のように作業を進めている。


 ミサイルキャリアーのような車両から、巨大な砲身が起き上がっていく。

 

 演算はアリス側で行い、その結果だけ渡す。

 理想的な砲撃。



「敵からの反撃が予想されるため、10秒以上の照射は危険か……。だろうな」


 独白した岳は、砲撃用のレチクルが表示された画面を見る。


「あの宇宙船のシールドを抜けなければ……全て終わりだ」


 コンデンサーから、ジェネレーターを起動。

 冷却装置、スタート。



 凄まじい音で満たされた、対空陣地。


 そこに立つファルコンは、人類の代表として、宇宙人のマザーシップを砲撃するべく、空にできた天井をにらむ。


 南極の美しい星空は、巨大な障害物のせいで、まだ見えない……。




 ――ビーム砲の車両から離れたポイント


 白の迷彩をしている、門麻弥と姉小路。

 彼らは、同じく白色に偽装した狙撃銃や、観測に便利な機能がある光学機器を持っている。


 姉小路も、狙撃用ライフルを携帯。

 ずっと観測するスポッターには、交代制の意味もあるから。



 セオリーでは、ターゲットに集中する狙撃手を護衛するため、普通の小銃を持つ。

 けれど、姉小路も、同じスナイパーライフルだ。


 彼らは、真牙しんが流に所属している魔法師マギクス

 そのスナイパーライフルは、魔法を発動させるためのバレに過ぎない。


 日本の四大流派の1つで、科学技術を取り入れているから、攻撃的な異能に長けている。



 ◇ ◇ ◇



 南極の空に浮かぶマザーシップは、3兆円の義体を持つアリスにも、手に余る。

 外宇宙を航行できるシステムは、短時間のハッキングだけで掌握できるほど、やわではないのだ。


 ハッキングは、時間と金が無尽蔵に使える場合、どのようなシステムでも抜ける。

 対象のハード、ソフトを調べ上げ、弱い部分から突破していく流れ。


 そこまで手間暇をかけて、十分なリターンはあるの? という話にも。

 けれど、今回は人類の存亡がかかっているため、まさに手段を選ばない。



 機動兵器に搭載されていた、義体用のパワードスーツ。

 こちらは、MAよりも簡易的で、ないよりマシという程度。


 両足の強化外骨格で歩けば、ガシャンと音が鳴る。


 今のアリスは、他の宇宙人から無視されたまま。

 義体であるため、誰も気にしないのだ。



 重要区画には、警備がいて、IDを確認している……はず。


 それを試すには、リスクが大きすぎる。

 失敗すれば、周りにいる宇宙人が一斉に襲ってくるから。


 怪しまれないように歩きつつ、アリスは考える。


 せめて、外のシールドを解除……部分的にでも、無効化すれば。



 アクセスできたのは、偽装したIDの権限による、大まかな構造だけ。


 システムの深い部分まで潜れるのは、わずかな時間だろう。

 そして、気づかれれば、すぐに穴を塞がれるうえに、逆探知で見つかる。



「少しは役に立ちなさいよ、小島?」


 ぼそりとつぶやいたアリスは、起死回生の一撃になるかもしれない、地上からのビーム砲撃を待つ。




 ――南極の上陸作戦、『スターゲイザー』に参加している空母


 薄暗いCIC(戦闘指揮所)で、オペレーターが報告する。


「バ、バンシー中隊のコントロールが、全て不能に! どうやら、あのマザーシップからハッキングされたようです!」


 ダンッと叩いた指揮官が、吐き捨てるように叫ぶ。


「くそっ! これだから、無人機というやつは……」



 バンシーと呼ばれる、次世代の無人戦闘機。


 思い切った使い方ができることから、最後に残ったマザーシップを撃破するべく、一気に投入したものの、全てアリスに乗っ取られた。


 従来のカタパルトに依存しない、ほぼ垂直の離着陸という、画期的な設計だが、ダメ元で攻撃させる予定は、白紙に戻されたのだ。


 他国の無人戦闘機も、そのことごとくがアリスの支配下に置かれて、関係者は顔を青くする羽目に……。



 ◇ ◇ ◇



 アリスの支援によって、照準のレチクルが重なった。


「いけえええぇえっ!」


 人型のGX78『ファルコン』に乗っている小島岳は、トリガーを押した。



 宇宙人が置きっぱなしのビーム砲は、その威力を発揮。


 南極の大地から伸びていく光は太く、回避運動をハナから捨てたマザーシップへと吸い込まれていく。


 周囲に展開しているシールドとぶつかり、空中で鍔迫つばぜり合いを始めた。



 3秒、5秒……。



『冷却不可』

『ジェネレーター、出力がレッドライン』

『砲身、融解中』



 6秒、7秒……。


『レーダー照射により、ロックオンされました』

『飛散したプラズマ粒子による装甲ダメージ、30%オーバー』



「あと少しで……」



 10秒、11秒……。


 シールドを抜けたビームは、宇宙船の外壁に叩きつけられた。


 その箇所が吹っ飛び、明らかなダメージを与える。



「ハハハッ! やっぱり、俺は最強――」


 哄笑こうしょうしながらの台詞は、最後まで続かず。


 マザーシップからの反撃、あるいは、限界を超えたビーム砲が爆発したのか……。



 いずれにせよ、地上に立っていたファルコンを中心に、戦術兵器を食らったような大爆発を起こした。


 一瞬の沈黙の後で、全高4mのロボットは、すでにプラズマ粒子を浴び続けたことで穴だらけの姿を溶かしていく。


 コックピットの小島岳も、その光の中へ消えた。

 彼は最後に、何を考えていたのだろうか?



 同心円状に外側へ広がっていく衝撃波と、爆炎。

 それは、南極の夜を切り裂き、まるで希望のように輝く。



『ここ!』



 岳が残した、一筋の光。


 それは、マザーシップの中に残ったアリスにとっても、最後のチャンスだった。



 船内ネットワークの端末とケーブルで接続したまま、自分の制御下に置いている無人戦闘機の群れを突撃させていく。


 今、この瞬間だけ、地上からのビーム砲を直撃させたラインが、空いているのだ。



 一直線の矢のように押し寄せる、戦闘機たち。


 生身のパイロットでは不可能な編隊を組み、ひたすらに、内部への侵入口を目指す。



 外側を飛んでいる機体が、マザーシップの対空砲火に撃たれて、どんどん撃墜されていく。


 しかし、どの機体も回避行動をとらず、他の戦闘機を守るために、その翼や胴体を貫かれ、巻き込まないように自ら離れた。


 まだ残っているプラズマ粒子で不調になった機体は、予想されたルートをさえぎる対空砲火に攻撃する。


 

 内部のジェネレーターへ通じている、点検口。

 

 地上のビーム砲によって切り開かれた希望に飛び込む、無人戦闘機たち。




「ぐうぅうっ!」


 窮屈なヘルメットを外したアリスは、マザーシップの逆ハッキングに、苦しそうな声を上げた。


 強化外骨格にあったカートリッジが、吐き出される。

 

 ゴトンと落ちた物体は、シューッと、焦げ付いた音を立てていた。


 この装置がなければ、この焼け付いた姿は、アリス本人だったろう……。




 狭い点検口に入り込んだ戦闘機は、翼を折り畳んだ状態で飛びながら、明るいグリーンの円の中に障害物を捕らえて、ヴヴヴッという発砲音と同時に吹き飛ばす。


 白い光を残していくミサイルが、また迎撃システムを破壊した。



 先頭が撃墜され、次の機体が前に出る。


 武装がなくなった機体は、自ら突っ込み、1つの弾頭と化した。



 ハッキングしたアリスは、次々に隔壁を開けて、無人戦闘機たちの道を切り開く。


 彼らの視界で、人間には追い切れないほどの処理が行われ、次々に搭載されているマシンガンや、ミサイルによる攻撃。



 数機だけになった戦闘機は、点検口から広い空間へ出た。


 内部の防御装置によって、瞬く間に2機が落とされる。



 最後の1機は、翼に被弾して、クルクルと回転した。


 もはや、人間に理解できない状況だが、アリスは狼狽うろたえない。



「私の勝ち!」



 搭載していたミサイルを全て撃った戦闘機が貫かれ、1つの火球となって激突する寸前に、そのカメラはジェネレーターに当たった4発の映像を捉えていた。

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