第504話 渋谷の再開発エリアからの脱出ー①

 折竹おりたけ功男いさおが、ボイスチェンジャーの男からの電話を受け、コントを繰り広げていた頃、小森田こもりだ衿香えりかを閉じ込めている部屋の前で見張っている半グレ2人は、どちらも我慢できなくなっていた。


「なあ……。折竹さんが来る前に、俺らで味見しないか?」

「そ、そうだな……。まだ処女なら、すげーもったいねーし。ボスには、『非処女だった』と言えば、誤魔化せるよな」


 どちらも、スリング付きの小銃を持っているが、壁に立てかけた状態だ。

 理由は、持っていると重いから。


 誰かの命令に従うことが嫌な半グレは、こういう時にも、ロックな姿勢を崩さない。



 1人の男が、もう片方に言う。


「じゃ、俺が先だぜ? 前は、そっちが先だったからな。ここで見張っていろ」


 言われたほうの男は、膝を曲げて屈み、壁に立てかけていた小銃を持ち上げる。


「早くしろよ? あいつが来たら、俺ら2人とも、焼きを入れられるんだから」

「わーってる!」


 言い捨てた男は、いそいそと錠前を外し、部屋の中へ入っていく。


 内側から、バタンと扉を閉めた。



 パァンッ



 内側で、クラッカーが鳴ったような音が響いた。


 ドアの前で見張っている男は、それが気になる。


 小銃のグリップから手を放して、スリングで肩下げにしつつも、ソッと扉を少し開け――


 バンッと蹴り開けられた扉によって、男は吹き飛んだ。


 床に背中と後頭部を強打したことで、一時的に動けない。



 飛び出してきた沙雪さゆきは、素早く左手に持ち替えつつ、左半身。

 右側へ視線と銃口を向けて、すぐにチェック。


 胸の前で、再び右手に持ち替えて、右半身へ。

 開いたドアを遮蔽しゃへいにしつつ、今度は左の方向をチェック。


 両腕を少しだけ伸ばし、小銃を体の中心へ45度だけ傾けたフォームで、倒れている半グレ1人に、数発を撃ち込む。


 右半身でアサルトライフルを胸に抱いている、CARシステムのHighポジションへ戻った。


 一番高い位置で構える場合も、両腕をまっすぐ伸ばさないことが、この戦闘システムの大きな特徴だ。

 顔に近い位置へ銃を持ってきて、そのまま撃つ。



「何だァ!!」

「おい! あの女を閉じ込めている部屋のほうだぞ!?」

「絶対に、逃がすんじゃねえ!」



 ドカドカと集まってきた半グレ集団は、開いているドアの前で倒れている仲間を見つけた。


 1人が屈みこんで、そいつの体を持ち上げ、揺する。


 カキンッと、金属同士が叩かれた音。

 

「おい! 大丈夫か!? ちくしょう、あのアマ、やりやが――」

 ダアアァンッ


 死体の下に置かれていた手榴弾は、ゴロゴロと転がった後で、爆発した。


 一部の奴らは助かったが、半分ぐらいは飛んできた破片で重体に……。



  ◇ ◇ ◇



 沙雪に連れられた小森田衿香は、ひたすらに上へ向かっていた。


 疑問に思った衿香が、自分の式神である沙雪に問いかける。


「ユ、ユキちゃん! 逃げるんだったら、下へ降りないと!」


 アサルトライフルの弾倉を交換しながら、沙雪は答える。


「下へ降りられる場所は、半グレたちが固めているよ。あいつらは馬鹿だけど、その程度の知恵はある。ヘリを手配しているから、それに吊り下げられたロープに掴まって脱出しよう。……衿香は、あたしが抱き抱えて飛ぶから」


 泣きそうな衿香を見た沙雪は、説明を付け加えた。


 うなずいた衿香は、話を続ける。


「えっと、航基こうきくんに連絡したいから。ユキちゃんが持っているスマホ――」

 パンパンパンッ


 衿香より上の場所にいる沙雪は、いきなり発砲した。


 ヒュンヒュンと近くを通り過ぎる弾丸に、衿香は悲鳴を上げる。


「衿香、走って! 早く!!」


 射撃姿勢の沙雪は、追いついてきた半グレを撃ちながら、絶叫した。


 下からも、盲撃めくらうちで、大量の弾丸が飛んでくる。

 壁や床、天井に当たって、バシッ、チュンッと音を立てた。


 そういった訓練を受けていない衿香は、何とか体を動かし、沙雪を追う。




「弾切れか……」


 沙雪は、惜しげもなく、最新のAS-17を捨てた。


 床でガシャリと音を立てた小銃に構わず、背中からARC9 Pro Kを手に取る。

 こちらも、最新モデル。


 黒一色のメカニカルな外見だが、非常にコンパクトだ。

 側面に折り畳んでいたストックを伸ばして、固定。


 同じく側面にあるチャージングハンドルを引くことで、初弾を装填した。


「サブマシンガンは威力と射程が落ちるから、そろそろ離脱したいところだね……」


 独白した沙雪は、姿を見せた半グレに対して、牽制けんせい射撃。

 当たるかどうかも怪しい距離だが、連中にその区別はつかない。


 今は、簡易的に立て籠もれる場所だ。

 ヘリが到着すれば、彼女たちの勝利となる。



 涙を流しながら、縮こまっている衿香を見た。


 この状況でパニックにならないだけ、かなりマシな反応。


 そう思っていた沙雪に対して、待望の無線が飛び込んできた。


『到着予定は、3分後。用意されたし』

「急いで!」


 片耳のイヤホンに叫んだ沙雪は、腕時計を3分に設定した。


 カウントダウンが始まる。



 銃に安全装置をかけて、座り込んでいる衿香の両肩を掴んだ。


「聞こえる!? もうすぐ、脱出できるから! 衿香を抱えて、何とかヘリのロープに掴まるよ!」


 顔を上げた衿香は、ガクガクと頷いた。



 沙雪は、余計な荷物を捨てて、衿香を両手で抱える。


 どうせ、ここで逃げられなければ、お終いだ。


 

 腕時計によれば、ヘリの到着はもうすぐ。


 上空で、それらしき音も近づいてきた。


「今から行くよ! 衿香は、しがみついてて!」



 深呼吸を繰り返した沙雪は、意を決して飛び出した。


 暗闇の廃墟の上を走りながら、低空でパスしてくるヘリに――



 ガスンッ



 飛んできたヘリは、傾いた。


 しかし、何とか持ち直す。


『すまない! 何かが、機体にぶつかったようだ!! ……くそっ! まだ攻撃を受けているのか!? いったん離脱する! 幸運を!!』


 ヨタヨタと飛ぶヘリは、その無線を最後に、高度を上げていく。


 思わず足を止めた沙雪を残して、唯一の希望は消え去った。



 しがみついていた衿香は、自分の両足で立ち、呆然とする。


「ねえ……。ど、どうすればいいかな、ユキちゃん……」


 聞かれた沙雪は、無線とスマホのどちらも通じないことに気づいた。


「これは……。妨害されている?」


 半グレの仕業ではない。


 どの勢力か? は不明だが、プロの部隊が動いているようだ。


 小森田衿香を見捨てれば、自分は助かるだろう。

 けれど、その選択はない。


 深呼吸をした沙雪は、これまでと逆の判断をする。


「地上へ降りよう。あたし達が自力で、安全なエリアまで辿り着くしかない」


 衿香は、おずおずと尋ねる。


「ユキちゃん。武器は、まだあるの?」


 沙雪はレッグホルスターから、MP-Yの拳銃を抜いた。


 黒いセミオートマチックを見せながら、ポツリとつぶやく。


「残りは、ここにある弾倉だけ……」


 シュホッと仕舞いながら、溜息を吐いた。


 せいぜい、15発だ。

 それも、有効射程は10mぐらい。




「まるで、『ここを通れ』と言っている感じだ」


 ぼやいた沙雪は、フーッと息を吐く。


 小森田衿香も、それに同意する。


「う、うん……。あの白いヒキガエルみたいな生き物って、何だろう?」


 2人は、渋谷の再開発エリアを逃げているうちに、見たこともない化け物と遭遇。


 大人の1.5倍の大きさで、白いヒキガエルのような形状だ。

 目はない。

 鼻と思われる部分には、ピンク色の触手が大量に生えている。


 声は出さないが、片手に長い槍を持っている。


 ベタリと嫌な音を立てながら、周囲を徘徊中。


 一度は見つかったが、そちらの方向へ進まずにいたら、ピンク色の触手をこちらに向けるだけ。


 そこから離れた時点で、別の方向を見た。



 発見した数は、10以上。


 

 理由は不明だが、沙雪と小森田衿香の2人を追い立て、定めたルートを通るように誘導している。

 白いヒキガエルが待っている場所へ踏み込めば、奴らは持っている槍で攻撃してくるだろう。


 沙雪に残された武器は、ハンドガン一丁。

 とても、10匹を超える化物と戦う気にならない。


 だが、このアーケードの直線を突破すれば、再開発エリアを抜けられる。

 待ち受けている敵は、武装した半グレだけ。



 残弾をチェックした沙雪は、ふと思い出す。


、か……」


 ボイスチェンジャーの男は、衿香にそう言った。

 

 ならば、コレがそうだ。



 遠くに見える半グレたちは、銃を持っているが、今までと雰囲気が異なる。


 まるで、誰かに脅されて、そいつの希望を叶えなければ、拷問された末に殺されるような……。



 沙雪は、小森田衿香のほうを見た。


「今までの生活、けっこう楽しかった。衿香は振り返らず、そのまま走って。あたしも、なるべく頑張るから」


 グッと顔を近づけた衿香は、泣きながら反論する。


「そんな言い方、冗談でも止めてよ!」


「衿香が勝手に電話をしたことや、ノコノコ出歩いたことで、この事態になったんだ。あの白いヒキガエルの群れも、おそらく衿香を狙っている。あたしじゃない。……人がいる街へ出れば、今よりは安全だ。そうしたら、すぐに助けを呼んで」




 先頭の沙雪は、両手でハンドガンを構えた。


 CARシステムではなく、走ることを最優先にした姿勢だ。


「行くよ?」

「うん……」


 小森田衿香の返事を聞いた沙雪は、霊力で身体強化をした後で、車両のようなスピードへ加速した。


 進行方向を塞ぐか、こちらを撃ちそうな半グレにだけ、一発ずつ撃っていく。


 残弾がどんどん減っていくも、アーケードは半分を過ぎた。


 

 ここで、沙雪が止まる。


「ユキちゃん!?」

「行って!」


 叫んだ衿香は、沙雪に命令されて、そのまま走り続ける。


 沙雪による前方への牽制けんせいは、頼りないハンドガンだが、最大の効果を上げた。


 衿香に続こうとした時に――



 ドンッ ブシャアッ



 沙雪の左肩から、大量の血が噴き出た。


 よく見れば、肩から先の左腕が宙を舞っている……。



「ア゛ア゛アアァッ!!」



 痛みのあまり絶叫しながら、後ろを振り向いた沙雪は、右手に持っている拳銃を2階の窓へ向け、連射する。


 上のスライドが開いたままのホールドオープンになったものの、対異能者の大型ライフルを構えていた折竹おりたけ功男いさおへの手応えがあった。



 思わず立ち止まった小森田衿香が、振り返った時には――


 膝から崩れ落ち、右手の拳銃を地面へ落として、前のめりに倒れる沙雪の姿があった。


 自身の血が溜まっていて、バシャッと、海水浴のような音を立てる。


 離れた場所には、何かの冗談のように、彼女の左腕が落ちていた。

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