第503話 CARシステムは実用的だよ!【沙雪side】

 ――小森田こもりだ衿香えりかが行方不明になった日の午前中


 警察が目を光らせる中で、私服の沙雪さゆきは歩いていく。


 アリバイ作りで衿香と一緒に登校した後で、こっそりと小森田家の自室へ戻り、私服に着替えたのだ。


 紫苑しおん学園の中には、刑事はいない。

 他の教職員、生徒も多いことから、比較的安全だ。



 先頭を交代しつつも、後ろから尾行している刑事たち。


 どうやら、都内で探し回っている室矢むろや重遠しげとおか、あるいは、別件でマークしているようだ。


 正面を向いたまま、ご苦労なことだね、と思う沙雪は、その足を止めない。



 港区の六本木駅で降りて、高級住宅街にふさわしい雰囲気の中で、突き進む。


 淡いブルーの長髪と、まだ女子中学生の外見に、思わず見つめる通行人、店員もいたが、一切気にせず。



 オフィス街に入った。


 高層ビルが立ち並ぶも、海外の街並みのような通りを歩く沙雪は、急に向きを変えて、1つの建物の中へ入っていく。


 “カーディ・スイス銀行”


 最低で5億以上の預け入れが必要な、外資系のプライベートバンクだ。


 尾行していた刑事たちは、目立たない場所で待機することに……。




Bienvenueビアンヴニュ.(いらっしゃいませ)」


Bonjourボンジュール.(こんにちは)」


 行員らしき女に返事をした沙雪は、別の行員がスッと差し出した踏み台に登った。


 カウンターに置かれたメモ用紙に、同じく差し出されたペンで、カリカリと15桁ぐらいの数字を書く。


 内側に立っている女は、沙雪が書いている様子を観察した後で、置かれたままのメモを回収。

 無言のまま、後ろへ差し出した。


 控えていた男がメモを受け取り、足早にどこかへ歩き去る。



 沙雪は、同じく無言で、案内役の行員についていく。



 奥のエレベーターに近づいた行員は、壁に手を当てた。

 すると、その部分が開き、テンキーなどの認証を行えるコンソールが姿を現す。


 ピッピッとボタンが押されていき、やがてエレベーターの扉が開いた。


 沙雪だけが、その箱の中へ進む。




 着いた先には、行員が立っていた。

 うながされたので、沙雪は大きなパネルに右手をベタッと置く。


 離したら、5本の指の指紋がチェックされて、OKの表示へ。


 仕草で、どうぞ、と奥を示される。



 ガラガラガラ


 

 沙雪が待っているスペースに、人の背丈ほどのコンテナが運ばれてきた。


 全ての車輪がロックされた後で、中へ入るためのステップが下ろされ、運んできた行員によって、出入口の鍵が外される。


 作業を終えた行員は、わずかに彼女の様子をうかがった後で、小さくうなずき、無言で立ち去った。


 残された沙雪は、すぐに仕切りとなるカーテンを閉めて、覗かれない状態に。



 ステップに足を載せて、カンカンと上った。


 ガチャリと、解錠されたドアを開ける。



 中の照明をつけたら、そこは武器庫だった。

 世界の有名メーカーの銃火器が並べられていて、正規の弾丸が箱で並ぶ。


 無造作にハンドガンを手に取った沙雪は、弾薬の箱も取り出した。

 ローダーを上に被せたら、ガチャンガチャンと音を立てて、マガジンに詰めていく。


 内部にはスプリングがあるため、手で弾丸を詰めると、指が痛くなるうえに、かなり面倒だ。

 普通は、このようにマガジンローダーを使う。



 3つほど完成したら、最初のマガジンを拳銃のグリップの底に差し込んだ。


 作業用のテーブルに、フラッシュバン、手榴弾と、物騒なものがゴロゴロと並べられる。


 体に身に着けるためのタクティカルベスト、ホルスターも、一級品ばかり。


 沙雪は、大きなバッグを開き、中身があるガンケースをどんどん詰め込んでいく。




 中身が見えないバッグを背負った沙雪は、コンテナの外へ出た。

 重い荷物を置き、出入口のドアを閉める。


 ベルを鳴らして、行員にドアの施錠と、貸金庫へ戻すことを依頼。

 彼は別の行員を呼ぶことで、重量物も運べる台車を用意させた。


 沙雪が台車に大きなバッグを載せたら、行員はそのままエレベーターまで運ぶ。


 顧客も乗ったことを確認した後で、行員は地下のボタンを押す。



 軽快な音を立てた後で、扉が左右に開いた。


 地下駐車場には、後部のトランクを向けている高級車がアイドリング中。


 近くに立っていた執事は、会釈をした後で、行員が押してきた台車の上からバッグを持ち上げた。

 トランクの中へ入れた後で、バムッと閉じる。


 老齢というほどではないが、50代ぐらいの、老いを感じさせる外見。

 日本人ではなく、典型的なユニオン人だ。


 鼻は高く、頭は縦長で、鋭い目つき。

 見る者に知性を感じさせて、その動きも執事にふさわしい。



 執事は渋い声で、沙雪に言う。


「お嬢様、どうぞ……」


 沙雪は、開かれた後部座席へ乗り込んだ。


 そのドアを閉じた執事は、素早く助手席に座る。


 ずっと待機していた運転手が、周囲を確認した後で、ゆっくりと車を出した。



 台車を押してきた行員は、ずっと頭を下げたまま。




 走る車の中で、執事が話しかける。


「お嬢様。――には、お越しにならないので? 皆、あなた様とお会いできることを心待ちにしておりますが……」


 後部座席に座っている沙雪は、むくれた。


「トレヴァー! その話は、やめて!」


 いつもの澄ました感じではなく、子供のような返事。


 執事のトレヴァー・アーサー・シーウェルは、慈愛に満ちた表情で、謝罪する。


「失礼いたしました。ですが、お嬢様の骨折りは、ひとえにあの男子のことが――」

「トーレーヴァ――!」


 沙雪は、絶叫した。


 だが、執事はひるまない。


「差し出口とは存じますが、あの男子には思いを寄せる女子がいます。お嬢様の気持ちに応えてくれるとは――」

「余計なお世話アアアァッ!」


 真っ赤な顔の沙雪は、バタバタと暴れた。



 高級車は、警察の検問にも引っ掛からず、どんどん目的地へ向かう。


 同時に、時計は早送りになって、鍛治川かじかわ航基こうきが交番で事情聴取をされていた、午後4時へ……。




 ――渋谷の再開発エリア


 全ての店舗が閉鎖された場所で、小森田衿香は1つの部屋に閉じ込められていた。

 

 鍛治川航基が、半グレ2人に絡まれている女子高生を助けに行った直後、後ろから近付いてきた男に、テーザー銃を撃たれた。


 刺さった2本の電極による、服越しの電気ショック。

 素肌よりは低ダメージだったが、声も出せずに、その場で倒れる。


 介抱を装い、担架で運ばれて、車に乗せられ……。



 立ち退きで人がいない廃墟のエリアで、建物の1つに担ぎ込まれたのだ。


 体の機能はもう回復したが、スマホは電気ショックのせいで、起動せず。



 ロックを外されて、中身を見られるよりは、マシだったかな……。


 そう割り切った衿香は、アウターのポケットに仕舞った。



 小森田衿香は手足を拘束されておらず、目隠しもない。

 よっぽどナメているのか、あるいは……。


 窓がない部屋のため、今の時刻は分からない。

 トイレや洗面台があって、そちらの心配はいらないようだ。


 用を足し、倉庫のような空間で座り込む。


「どうしよう……。航基くんは、私が攫われたことを知らないよね? 警察だって、これじゃ探しようがない。誘拐と判明するのは、早くて明日の朝だろうし……。じ、自力で脱出……するの?」


 結論を出しながら、衿香は泣く。


 いくら霊力を使える異能者になっても、半グレが怖い。

 しかも、相手は複数だ。



「いや、あたしがいるから! 航基はまあ、予想通りだったね。理由としては、まだマシなほうか……」



 沙雪の声がした。


 そんな馬鹿な、と思いつつ、そちらを見れば、映画の兵士のような恰好をした彼女がいた。


「えっ!? ユキ……もごもご」


 思わず大声を出しかけた小森田衿香は、沙雪の手で口を塞がれた。


 沙雪は、小声で話しかける。


「衿香は、あたしをにしているんだよ。だから、そちらの状況は分かっていたし、強制召喚でいきなり出現したわけ。ここまでは、良い?」


 こくこくとうなずいた衿香を見て、ゆっくりと手を外した。


 スリングで肩から下げた小銃を手に取る。


 かなり小さい、カービンタイプ。

 全長74cmで、黒一色。

 後ろのストックは、根本から側面に折り畳める。

 上のレールに照準器はなく、いちいち覗かずに撃つ方針のようだ。


 バナナ型の大きな弾倉が目立ち、これはサブマシンガンではなく、小銃であることが分かる。


 USFAユーエスエフエーの有名なアサルトライフルに似た構造だが、これはシベリア共同体の特殊部隊向けのAS-17という、最新型。


 同じシリーズに、サプレッサーを先端に一体化させたモデルもあるが、消音よりも威力を重視した。


 サブウェポンの拳銃も、同じシベきょうのMP-Yを選択。


 その他に、サブマシンガンも背負っていて、彼女の胴体のタクティカルベストはあらゆる場所が膨らんでいる。

 

 まさに、フルアーマー沙雪だ。



「衿香。とにかく、ここから脱出する。あたしの後ろで、ついてきて」


 言い放った沙雪は、アサルトライフルの安全装置を外した。

 右手でグリップを握りつつ、左手で側面のハンドルを後ろに引いてから、離す。


 シャッ ジャキッ


 初弾を装填した沙雪は、肩掛けのスリングと繋がっている小銃を両手で構えた。


 左肩を前にして、半身のまま、胸の中心でアサルトライフルを抱きかかえるような姿勢。

 近接戦闘のCARシステムによる、Highポジションだ。


 従来の構え方と比べて、視界が広い。

 また、瞬時に持ち手を変えやすく、銃の取り回しにも優れている。

 両腕で体にホールドするため、銃を奪われにくく、柔軟に対応できることが主なメリット。


 室内での遭遇は、密着していることが多い。

 相手が振り回した手で銃口をらされるか、手首を掴まれる。

 銃を叩き落とされることも、ザラだ。

 

 すでに銃口を向けられている場合、腕を動かして射撃姿勢へ移行する時間が命取りになることも……。



 このHighポジションは、下げていた銃口を上げるのではなく、最初から視線の先に弾が飛んでいくスタンスで、抱き抱えたままの発砲。

 相手から撃たれる前に、どこかへ当てることを想定している。


 平たく言えば、映画やアニメでよく見る、格好いい構え方だ。



 ◇ ◇ ◇

 

 

 JC騎兵隊の沙雪が、小森田衿香のところに出現した一方で、半グレ集団の頭である折竹おりたけ功男いさおは上機嫌だ。


 ついに、室矢むろや家と繋がっている女を手に入れた。

 小森田を屈服させて、あいつと親しい南乃みなみのたちを呼び出すだけで、何もかもが手に入る。


「よしよし……。俺が渋谷の王になる前祝いに、小森田を抱くとすっか!」


 金、女、他に負けないだけの異能という、三拍子が揃ったことで、功男は、廃墟のソファから立ち上がった。


 膨らんだ股間が示すまま、小森田衿香を閉じ込めている部屋へ――


 プルルルル


 スマホを見た功男は、舌打ちした後で、画面をタッチした。


「何だ? 俺は今、忙しいんだけどよォ?」


 例のボイスチェンジャーの男が、ダミ声で話し出す。


『折竹さァん? 鍛治川流の小森田衿香の腕試しを頼んだのニィ……。あなたは、いったい何をしてるんデスかー?』


「ああん? だから、てめーのご希望通り、これから小森田をハメまくるんだよ!」


 困惑したボイチェン男は、すぐに突っ込む。


『い、イヤイヤ……。腕試しだから、普通は襲撃でショー? そのために、銃や資金、情報も融通したのデスカラー』


 溜息を吐いた功男は、当たり前のように返す。


「お前、馬鹿かよ? 今は都内のサツが、すげー目の色を変えてる。銃をぶっ放したら、すぐお縄だぜ」


 だからこそ、依頼したのだが、この功男は分かっていない。


 ボイチェン男は、肝心な部分を訊ねる。


『鍛治川流の小森田は、どれぐらいの強さデ?』


「最強だよ」


『ハ?』


「俺は、インフェルヌスの頭だ。そんで、俺らは最強! 小森田は俺の女にするから、最強の一員ってわけだ。お前のオツムでも、少しは分かるか!?」


 人間かどうかも怪しいボイチェン男は、処置なし、といった声音に。


『ああ……。約束を守る気はナイと……。ナラ、こちらで行いマス』


「だから、俺らは最強と言っただろうが! ったく、もう切るぞ。二度と、かけてくんな!」


 スマホの画面を触った功男は、苛立たしげに小森田衿香のところへ向かおうと――


 乾いた銃声が、廃墟のどこかで続いた。


「チッ! 銃で遊んでいるのは、どいつだよ!!」


 言い捨てた功男は、念のために拳銃をズボンに突っ込んだ後で、内廊下へ出た。

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