第500話 小森田衿香の死亡フラグが動き出した
黙ったままの
名パティシエの手による、お持ち帰りが制限されている逸品だ。
ホールの切り分けではなく、最初から一点ずつの制作。
チラリと、外の方向を見た。
ガラス張りの店は、外から丸見えだ。
隣接する歩道に、立ち止まった若い男たち。
彼らはスマホを見ながら、何か話している。
心配した
「どうかした、ユキちゃん?」
「……トイレ」
通路側の人間が
女子トイレの洗面台の前に立ち、ボソッと
「
隣に立っている女は、蛇口から水を流したままで、それに応じる。
「
「
沙雪の返事を聞いた女は、鏡を見たままで頷いた。
「
蛇口にかざしていた手を引っ込めた女は、ハンカチで手を拭き、先に出た。
水の音が止んで、静けさが戻る。
沙雪は、自分の前を見たままで、呟く。
「どうせ、
フーッと息を吐いた彼女は、その中学生らしい童顔に似合わぬ、
「いよいよ、か……」
忘れてはならない。
小森田衿香は、もうすぐ死ぬのだ。
室矢カレナは、そう予知した。
その時に、本人は、
「衿香は、絶対に死なせない……」
そう呟いた沙雪も、女子トイレを出た。
残ったのは、さっきまで人がいた気配のみ。
◇ ◇ ◇
小森田衿香は、自宅に帰った。
戸建てのため、騒音の心配はない。
安全な自室へ戻り、ようやく人心地がつく。
元々、それほど気が強いほうではないし、自分が気になっている男子を振った女子との対談だ。
頼りになる沙雪が同席したとはいえ、気疲れもする。
下宿人の沙雪は、季節限定のアイスを買ってくる、と別れた。
この季節で、よく食べる気になるなあ。と感心した衿香は、ふと探偵事務所の調査報告書が気になった。
クッションに腰を下ろして、適当にファイルを
「鍛治川流のことは、連絡がついた人間の現在だけ……。それ以外は、全く分からない。これで、数十万円かあ……」
とはいえ、分からないことも、立派な情報だ。
調査報告書には、地道な聞き込みや、文献を調べるといった行動が記録されていた。
もし衿香がきちんと読んでいたら、取材した関係者が不自然な態度であることに気づいたかもしれない。
私でも、調べられそう。
衿香がそう思いつつ、読み飛ばしていたら、やがて気になるページを見つけた。
「航基くんは、児童養護施設で育てられた……。うん、それは知っている。……え? 出生が不明? ど、どういうこと……。日本って、生まれた時に届け出をするよね? お父さんとお母さんの名前すら、分からないって……」
付き合えば、将来的に子供を産むかもしれない。
しかし、相手の男が、どこの誰か? も分からないのは……。
冷や汗をかいた衿香は、急いでページを捲っていく。
けれど、無情にも、最後の締めくくりを迎えた。
鍛治川航基が、誰の子供なのか? は、分からず仕舞い。
納得できない衿香は、最後のページを見返した。
「連絡先……。私は依頼人じゃないけど、事情を話したら、何か教えてくれないかな? それが無理なら、改めて依頼するってことで……」
自己完結した彼女は、スマホを手に取った。
唯一の頼りとなった、
プルルルル ガチャッ
「私、小森田と申します。そちらへ依頼した件で、お尋ねしたいことがありまして、お電話いたしました。今、お時間よろしいでしょうか?」
ボイスチェンジャーのような、低い声が、それに応じる。
『はァイ……。こちらァ、かいどー探偵事務ショでーす。ご用件をドーゾー』
まるで、外国人が喋っているような口調。
衿香は、探偵事務所だから、こんな感じかな? とスルーした。
「えーと……。以前に、鍛治川流の調査を頼んだのですけど、その件で知りたいことがあります」
ストレートに言い切った彼女は、固唾を呑んだ。
すると、相手の声音が変わった。
『カジカワりゅー? あなたは、カジカワりゅーの人間なのですかー?』
少し迷った衿香は、おずおずと答える。
「は、はい。関係者のようなもので――」
『ようやくデスか! ええ、分かってマス。約束を忘れたのかと、思ってイマシタ』
勝手に納得している相手に、衿香は怖くなった。
「あ、あの? 私、別に鍛治川流というわけじゃ……。ただ、それにこだわっている男子を知りたくて――」
『お手数ですがー。すぐには、ゴロー様とお会いできませーん! その前に、腕試しをお願いしマース』
ダミ声で話している人物は、上機嫌のようだ。
震え始めた衿香に対して、ボイチェン男は、こう締めくくる。
『カジカワりゅーの人は、もう殺し尽くしたと思ってマシタ! どいつも怯えて逃げるか、命乞いばかり! ここの人たちも、最後まで「知らない」と言うだけ……。あなたの力、見せてクダサイ』
慌てた衿香が言い返そうとするも、電話の切れた音だけが耳に届く。
ぐっしょりと汗をかいた彼女は、慌ててリダイヤルするも――
『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』
パニックになった衿香は、スマホを落としながら、絶叫する。
「え? な、何? 私は、誰と話していたの!?」
「衿香!!」
沙雪の大声で、衿香は正気を取り戻した。
自分の両肩を掴んでいる沙雪を見る。
「ユキ……ちゃん?」
衿香の説明を聞いた沙雪は、すぐにスマホを取り出した。
「
しばらく話していた沙雪は、スマホの画面を触った。
次に、衿香のほうを見る。
「とりあえず、あたしのほうで調査しておく! 開道探偵事務所は、今どうなっている……。まだ、調べていないんだね?」
沙雪は、再びスマホを持ち、素早く入力。
やがて、溜息を吐いた。
気になっている衿香に、自分のスマホを見せる。
“開道探偵事務所で発生した猟奇殺人の連続事件は、捜査を打ち切り。担当した刑事、警察官も、多数が犠牲に。現場の周辺は、しばらく立入禁止エリアとなった”
座った沙雪は、口を開けたままの衿香に告げる。
「まんまと、罠に引っ掛かったわけだね。この事務所は、とっくに閉鎖されていた。犯人は不明だけど、恐らくは怪異……それもグループだ。鍛治川流を探る者……ではなく、継承者からの連絡を待っていたのか」
悔しそうに、
「衿香が話していたダミ声の男は、おそらく幹部クラスだ。理由は分からないけど、鍛治川流と因縁がある……」
オロオロしている衿香は、泣きながら言う。
「ど、どうしよう! きっと、これが私の死亡フラグだよ!? 『力を見せろ』と言っていたし……」
沙雪は正面から抱いて、その背中をさすった。
「大丈夫……。衿香は、1人じゃない……」
しかし、沙雪は、想像していたよりも手強い、と緊張した。
怪異にしては、妙に組織立っているうえに、狡猾だ。
衿香を守りつつ、戦い切れるだろうか?
『ボクが調査させた鍛治川流の人間は、全て殺されるか、失踪していた。もっと早く、これだけの爆弾が潜んでいると分かっていれば……』
電話に出た
それに対して、沙雪は突っ込む。
「月乃のせい、とは言わないけど。そちらの協力は、どう?」
『悪いけど、何もできないよ。ボクは忙しいし、他流の人間のボディーガードはできない。
スピーカーモードで聞いている衿香は、絶望した。
「こ、心当たりはないの? どこの誰かって……」
『その声は、小森田さんだね? いや、何も……。鍛治川くんに、聞いてみたら? とにかく、ごめんね。ボクが調査報告書を渡したせいで、事件に巻き込んでしまった』
「う、うん……。その環って人には、頼んでいいの?」
『ボクから、小森田さんのことを言っておく。この電話が終わってから1時間後には、連絡してもらっていいよ』
「ありがとう、時翼さん」
数日が経過した。
いざとなれば、学校で一緒にいるサーちゃんや、シオリン、
そう思っていた衿香だが、彼女の知らないところで、事態は進行していく。
『全体に、特別緊急配備を実施する!』
小森田衿香は、室矢家どころか、知り合ったばかりの月乃たちも頼れず、1人で戦うことに……。
下手をすれば、重遠のことで別件逮捕をされかねない事態のまま、正体が分からない敵に立ち向かう衿香。
沙雪は、鍛治川航基に事情を打ち明けた後で、護衛をするよう命じた。
工事現場の立て看板ぐらいは、役に立ってよ?
そう思いながら……。
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