第499話 寺峰家の家族会議と新たな日常(後編)

 都内に発生した、異界の1つ。

 その探索に加わった小森田こもりだ衿香えりかは、日常と同じ感覚で動き、思わぬピンチに陥った。


 乱入してきた美少女、時翼ときつばさ月乃つきのの手で、助けられることに……。


 月乃は、自分の身を守れない衿香に対して、あまり良い感情を持っていないようだ。




 広い部屋へ戻った小森田衿香は、心配していた寺峰てらみね勝悟しょうごたちに迎えられた。


 勝悟と多羅尾たらお早姫さきは、口々に言う。


「どこに行っていたんだ!?」

「安全な場所といっても、街や学校とは違うのよ? 勝手に、出歩かないで!」


 涙目の衿香は、頭を下げながら謝罪する。


「ごめん! ちょっと、用を足していたの。そこで、男の人たちに絡まれて――」

「何だって!? どうして、俺を呼んでくれなかったんだ!」


 鍛治川かじかわ航基こうきが、いきなり割り込んできた。


 女子のトイレに、男子を呼べるわけないだろ。と、全員が心の中で突っ込む。


 衿香も、顔に縦線を入れたままで、答える。


「あ、うん……。こ、今度から、そうする……」


 そう言った衿香だが、航基は自分とは違う場所を見たままだ。

 気になって、同じ方向を見たら、時翼月乃がいた。



 月乃は、同じベルス女学校の高等部2年である、神子戸みことたまきと話している。


「環お姉さまは? ボクは中等部の引率で、退屈な社会見学だよ」

「僕のほうは、勝悟の手助けだ。軽い運動の代わりさ」


「まさか、ベル女の外で会うとは思わなかった」

「僕もだよ。それも、現役の学年主席が2人も揃って……」



 近くで、沙雪さゆきの声がする。


「気になる?」


 下にいる沙雪を見た衿香は、長く息を吐いた。


「まあ……。そりゃね……」


 思いを寄せている男子が、自分の流派、それも『宗家の妻』として迎えたかった女子との遭遇。

 おまけに、自分が情けない姿を見せて、彼女に助けられた直後だ。


 本気で退魔師になりたいわけではないが、航基がジッと月乃を見ている事実と併せたら、あまりにも自分がみじめに感じる。



 パァンッ



 乾いた音に、全員がその方向を見た。


 航基のほおを叩いた月乃は、冷徹に告げる。


「調子に乗るな! 君は他流の人間で、しかも幹部ですらない! 気安く、声をかけないでくれ!! ……行くよ、みんな」


「「「は、はいっ!」」」


 少し離れた場所で休んでいた、ベル女の中学生たちは、慌てて月乃に続く。


 やれやれ、という表情になった環は、唖然としたままの航基に声をかけず、勝悟と早姫のところへ戻った。



 衿香は、帰っていく月乃からの視線を感じた。


 助けられた恩があるため、ぺこりと頭を下げる。


 ゾロゾロと少女たちが出て行って、場の雰囲気は元に戻った。


 千載一遇のチャンスとばかりに、月乃に自分のアピールや、新しい連絡先を聞いていた航基は、固まったままだ。



 ◇ ◇ ◇



 東京にある、若い女が多いカフェ。


 沙雪と一緒に、奥のテーブル席にいる小森田衿香は、緊張している。



 女子中高生やOLで賑わう店内に、2人やってきた。

 私服であるものの、背格好や雰囲気は女子高生ぐらいだ。


 立ち上がった沙雪が、入口のほうに手を振る。


「こっち、こっち!」



 神子戸環と時翼月乃は、テーブルを挟み、沙雪たちの反対側へ座った。


 店員に注文を済ませた後で、改めて自己紹介。



 月乃は、ショルダーバッグを開けて、一冊のファイルを衿香へ差し出した。


 プリンターによる印字で、テスト前のノートをまとめた感じの内容。



「これは、先に渡しておくよ。ボクにはもう、必要ない。もし不要だったら、裁断した後で捨ててくれ」


「あ、ありがとうございます……」


 よく分からずに受け取った衿香は、表紙を見る。


 探偵事務所の調査報告書のようだ。



 年長者の環が、司会役を務める。


「僕たちには、時間がない。外泊するだけで、かなり面倒な学校でね……。小森田くんも思うところはあるだろうが、冷静に話してくれ」


 うなずいた衿香は、はい、と答えた。


「えっと……。時翼さんは、航基くんと付き合っていたんだよね?」


 だが、タイミング悪く、注文したメニューが届く。


「お待たせしました。こちら、スペシャルパフェと、ブレンドコーヒーです」


 向かいの月乃は、運ばれてきたパフェを食べ始めた。


 さっきの返事を聞きたそうな店員が離れてから、ようやく答える。


重遠しげとおが主催したグループ交際で知り合い、個人的に何回か会った。最終的にはプロポーズされて、メグ……咲良さくらマルグリットに相談したうえで、断ったんだよ。その理由は、に滅んだ流派を復興させるだけの覚悟と、見通しがなかったから……」


 衿香は、躊躇ためらいがちに質問する。


「ど、どれぐらいの関係だったの?」


「デートは4、5回で、告白とキスはどちらもなし。いきなりプロポーズされて、半月後にウチの系列の貸し会議室で断わっただけ。そこは、心配しなくていいよ……。前に廃墟で会った時の話だけど。ボクはもう、鍛治川くんのことを何とも思っていない。引っ叩いたのは、彼が馴れ馴れしかったからだ。フリーの退魔師が多くいる場所で、ボクは高等部1年の主席。『ベル女の連中は押せばヤレる』なんて思われたら、マズいんだよ。まあ、距離感が壊れている彼に、悪気はなかったのだろうけど……」


 月乃に謝罪の言葉はなく、やるべき事をやっただけ、という感じだ。


 衿香は、女子同士の会話でよくある、言外の意味を考え始めた。


 あまりに悩んでいるため、月乃は付け加える。


「言っておくけど、ボクはそういう駆け引きが嫌いだ! 言った通りに捉えてもらって、構わない」


 おずおずと、衿香は同意した。



 月乃は、上のフルーツをどんどん食べた後で、コーヒーを一口だけ飲んだ。


 改めて、自分の立場を説明する。


「ボクは、魔法師マギクスの学校で高等部1年の代表だ。その意味は、君が考えているよりも、ずっと重い……。宗家として、滅んだ流派を復興したい鍛治川くんとは、相容れないんだよ。今は連絡先も知らないし、今後会っても、なびくことはない」


 月乃の顔を見た衿香は、問いかける。


「でも、航基くんに未練はあるよね? もし、『鍛治川流の復興をしない』『俺もマギクスになる』と言われたら?」


 衿香は、女の勘と言うべきか、廃墟の会話における月乃の僅かな間、雰囲気や仕草で、それを感じ取っていた。


 必死な剣幕での質問だが、月乃はあっさりと否定する。


「さすがに、『何も感じない』とは言わないけどさ。今となっては、遅すぎる話だよ? せめて、貸し会議室の話し合いで言ってくれたら、考えたんだけど……。それに、鍛治川くんは、自分でこうだと決めたら、他人は関係ないタイプだ。『鍛治川流の復興をしない』という選択そのものが、あり得ない」


 ボクだって、新しい男が見つかれば、鍛治川くんのことをすぐ忘れると思う。


 そう続けた彼女に、環が話しかける。


「月乃は、室矢むろやくんをどう思っている? 交流会や、紫苑しおん学園の文化祭でも、だいぶ親しかったじゃないか。同じマギクスの咲良くんがいるのだし、僕からも口添えすれば、多少は可能性があると思うけど?」


 うなり出した月乃は、正直に言う。


「そりゃ、悪くはないけどさ……。重遠はグループ交際でも、りょう先輩の体をアトラクション代わりに楽しんでいたようだし。メグと同じアレを共有して、別の意味でになるのは、ちょっと抵抗が……」


 あそこの形や締め付けが、メグより悪いな? とか、思われたくないし。


 赤面したままでつぶやいた月乃に、環は苦笑い。


「気が変わったら、僕に連絡してくれ。室矢家と話をできるから、姉として相談に乗るよ」



 グループ交際の室矢重遠は、梁有亜ありあに銃口を突きつけられて、軍の諜報部のような拷問を受ける一歩手前だった。

 今となっては、彼女は重遠にハメられたとか、全裸土下座をしたといううわさだけ。


 有亜は、ラフォン家とのお見合いの席でも、自分に一目惚れしたファブリスを避けるため、重遠の画像を見せた。


 本人同士は、お手てを繋いだ、ぐらいの関係だが、すでに大阪城の内堀と同じぐらい、埋まっている。

 そのうち、本人の穴も埋まりそうだ。




 話題についていけず、調査報告書をめくった衿香は、その内容に驚く。


「……これ、鍛治川流の?」


 彼女と向き合っている月乃は、うなずいた。


「うん。結婚するかどうかの話だったから、専門の探偵事務所に調べさせた。『急ぎで情報も少ない』と言われて、ボラれたけどね……。必ずしも正確とは限らないから、使う時には裏を取ったほうがいいよ?」


 慌てた衿香は、質問する。


「あの……。ど、どれぐらい払ったの?」


 スプーンを置いた月乃は、思い出すように数える。


「うーん。数十万円だったかな?」

「数十万!? そ、そんなに……」


 ショックを受けた衿香に、環が説明する。


「ウチは学校といっても、軍の下士官の扱いだ。言い方は悪いが、学徒兵みたいなものでね……。毎月の給料が出る。詳しくは、企業秘密だけど」


「へー!」


 うらやましい、と思うが、環や月乃の表情を見る限り、それなりの苦労がありそうだ。


 月乃は、パフェを食べながら、一言だけいう。


「成績上位者は、命令されれば死地へ行くし、自由もないから……」


 そのベルス女学校から、室矢重遠が咲良マルグリットをあっさりとお持ち帰りできたのは、四大流派の1つで、宗家の次にいる御家の当主だからこそ。


 そして、原作のヒロインとはいえ、学年主席の月乃の価値を分からず、覚悟を持たずに口説こうとした鍛治川航基は、殺されなかっただけでありがたいレベルの度し難さ。


 真牙しんが流の上級幹部(プロヴェータ)で、ベル女の校長を務めている、梁愛澄あすみが見逃したから良かったものの、後で始末されていた可能性もあったのだ。



 重くなった空気に、小森田衿香は話題を変える。


「と、ところで! 航基くんは、この調査報告書を読んだの?」


 ブンブンと首を振った月乃が、呆れたように答える。


「そのつもりだったけど、鍛治川くんは冷静に話せる状態ではなくて……。ボクが持っていても、邪魔なだけだし。この機会で、君に渡せて良かったよ」


 私、廃品回収の業者じゃないよ? と思った衿香だが、貴重な情報には違いない。


「う、うん! とにかく、ありがとう……」


 心配した環が、横から口を出す。


「その存在は、しばらく伏せたほうがいいと思う。小森田くんがじっくりと読んで、自分の考えをまとめるといい。必要なら、信頼できる人間に話すことも大事だよ? 僕で良ければ、いつでも連絡してくれ。……SNSのグループを作っておくか。普段はベル女にいるから、遠慮せず代表電話にかけてくれればいい。それを読まずに処分して、見なかったことにするのも、一つの手だ」


 鍛治川航基にとって、クリティカルな話だ。

 下手に見せれば、何を言い出すか、全く分からない。


 月乃が依頼した結果と分かれば、そんなに俺のことを想って、と暴走する危険もある。


 衿香は、環の忠告に頷いた。


「はい。わざわざ、ありがとうございます」



 原作で個別ルートがあるヒロインと向き合った、同じく原作のモブ女子。

 本来は、専用グラフィックすらない。


 しかし、ここは現実だ。


 【花月怪奇譚かげつかいきたん】の開始前で犠牲になって、メインヒロインの隠し設定になる存在ではない。

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