間章 ダイハードな女子校生は生存ルートを目指す

第498話 寺峰家の家族会議と新たな日常(前編)

 ――11月


 普通の高校生は、期末試験を意識し始める頃……。


 室矢むろや重遠しげとおが『法で裁けない悪』と対峙し始めた一方で、その寄子よりことなった寺峰てらみね勝悟しょうごたちにも、自分の生活がある。


 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館で、勝悟たちにも物件が与えられた。

 3.5億円の3LDKを人数分だけ。


 まさに、破格の待遇。


 本来なら、常にスマホを手放せない部屋住み。

 電話1本あれば、駆けつける立場。

 相部屋で寝泊まりしながら、日々の雑用をするべきだ。


 けれど、重遠が当主を務めている室矢家は、千陣せんじん流の上位家だが、新興ゆえに寄子はいない。


 だから、元クラスメイトのよしみもあって、直参じきさんの扱いだ。



 勝悟、彼の正妻である多羅尾たらお早姫さき、第二夫人にして真牙しんが流の魔法師マギクスでもある神子戸みことたまきの表札が並ぶ。


 将来的には、勝悟と早姫は同居するが、高校生の間は公私を分ける予定。



 その勝悟の自宅では、リビングに早姫、環の3人が集まっていた。


 家主の勝悟は、オシャレに無頓着な男子高校生らしい、安いソファーに座ったままで、早姫から受け取った書面を見た。


 そこには、ブランド品の名前が、ズラズラと一覧になっている。


「……これは、何だ?」


 対面に座っている早姫は、事もなげに言う。


「買って」


「いや、『買って』と言われても……」


 困惑した勝悟に、早姫は平然と告げる。


「本当は、あなたから言って欲しかったけど……。環は、婚約者の私がいることを知らずに会っていた。ゆえに、『あなたが浮気した』と判断せざるを得ないわ」


 それに対して、勝悟が反論する。


「いや、ちょっと待ってくれ!? お前には、グループ交際の時から、環に会うことをその都度伝えていただろう?」


 首を横に振った早姫は、説明する。


「それは、最低限のことよ? 室矢家のご当主が動いていて、私がどうこう言えない話だった。大事になる前に、あなた自身が『環とは、もう会わない。婚約者のお前を放っておいて、すまなかった』と言うことが、私の許せる一線だったわね」


 言い終わった早姫は、テーブルの上の紅茶を飲んだ。


 カチャリと置いた彼女は、再び話す。


「あなたは環に会い続けた挙句に、室矢家のご当主と、私の派閥のトップである御姫様おひいさまの手をわずらわせた。人質になって、環も危険に晒しながら……。そのせいで、ベル女の連中に、ふざけた条件を突きつけられるわ。ウチの十家のご当主に、ひたすら頭を下げるわで……。室矢さまのご尽力で収めていただいたけど、ウチと真牙流から見れば、私たちはいい笑い者よ? 何か、言い訳はあるかしら?」


 無言の勝悟を見た早姫は、溜息を吐いた。


「ウチの本拠地で確認した通り、あなたとの婚約は解消しない。でも、あなたの浮気のせいで大騒ぎになって、私は深く傷ついた。そのケジメとして、あなたにはその一覧を買ってもらうわ! 謝罪は、前の室矢家のパーティーで聞いたから、もういらない。それと、この件は詩央里しおりも認めている。疑うのなら、後で確認してみなさい」


 早姫の性格を考えたら、嘘や誇張ではない。


 そう理解した勝悟は、自分の考えを言う。


「分かった。それで、早姫の気が済むのなら……。具体的に、どうすればいい? さすがに、『これを一気に買え』と言われても、無理だ」


 一覧に並ぶ品物は、どれも高い。

 変に気を回して、高利の借金でもしたら、ただの馬鹿だ。


 そこで、早姫が説明する。


「これからは、暗殺や、怪異の退治もあるでしょう。ウチとしても、室矢家が『手放したくない』と思うだけの価値が必要よ! 高校生の間は、これまでの付き合いで大目に見てもらえるけど、卒業した時に役立たずなら、縁切りされる恐れがある。その場合は、環を抱えた私たちだけで、千陣流の中での安全確保や、他流との折衝せっしょうをしなければならない。それは、絶対にイヤ! だから、ウチの戦力と団結力の強化で、千陣流から依頼を回してもらい、今のうちにお金稼ぎと実績作り! 私たちが『どう役に立つのか?』は、お互いのチームワークや強みをチェックして、ゆくゆく考えましょう」


 その意味を考えた勝悟が、続きを言う。


「つまり、その依頼の報酬は、この一覧にある商品を買うための資金にすると?」


 首肯した早姫は、淡々と述べる。


「ええ! 目についた物を片っ端から入れたから、全部揃えるには高校の数年間はかかると思うわ。報酬は全体でプールして、後日にあなたが買っていく方法にしたい。紫苑しおん学園で面倒を見ている鍛治川かじかわにも、手伝いをさせる」


 あいつは私たちの部下だから、こういう時に使い倒さないと……。


 そう締めくくった早姫に、勝悟と環は異議を唱えない。



「僕はベル女との往復になるけど、早めに言ってくれれば、予定を合わせるよ!」


「お願いね? まあ、依頼が終わった後のパーティーぐらいは、別枠でやりましょう」


 環に返事をした早姫は、この話し合いの終了を告げた。



 正妻を軽んじるなど、あり得ませぬぞ!


 頑張れ、勝悟。

 (元)浮気相手と力を合わせて、正妻を豊かにするのだ!



 ◇ ◇ ◇



 鍛治川かじかわ航基こうきは、せっかくの休日を潰されて、落ち込んでいた。

 都内に自然発生した異界の1つで、退魔師の互助会による共同案件だ。


 リーダーの寺峰勝悟が、確認する。


「必ずツーマンセルか、スリーマンセルで動け! 怪我人が出た場合は、いったん集合したうえで俺が判断する。サブリーダーは早姫! 航基が先頭だ」


 打撃用の籠手こてやコンバットブーツの感触を確かめながら、航基はうなずいた。

 アップを終えているため、自然体で薄暗いビルの奥へ進む。


 その後ろから、おっかなびっくりの小森田こもりだ衿香えりかと、ホルスターに拳銃を収めて、スリングで小銃を肩掛けの沙雪さゆき


 さらに、それぞれの式神を具現化させた勝悟と、多羅尾早姫。


 最後尾には、上下の戦闘服で、アサルトライフルのバレなどを装備した神子戸環だ。

 手慣れた様子で、後ろを警戒しつつ、前へ進む。


 全員が頭を守るために、特殊部隊も愛用している、カーボンなどの複合素材で軽いヘルメットをあごひもで固定するか、ブッシュハットを被る。


 帽子1つでも、生死を分ける場合があるのだ。


 正規軍ではないため、官品にこだわらず、最も使いやすい装備品を選ぶ。




 ――数時間後


 多少の戦果を挙げたことで、寺峰チームは早めに帰還した。

 まだ行けるは、もう危ない。


 余力がなければ、増えた敵にやられるか、他の退魔師に襲われた場合に詰む。

 この業界は物騒で、力が足りない奴や、用心が足りない奴が間抜けなのだ。


 寺峰勝悟たちは、比較的まともな装備だ。


 神子戸環は学年主席で経済力があるし、個人的な装備も多い。

 沙雪も、どこから調達しているのか、メーカー純正の銃火器を持つ。


 式神使いの勝悟と、多羅尾早姫は、装備にお金をかけずに済む。

 ただし、本人の力量に依存する。


 鍛治川航基も、強制されてのミッションで、ようやく装備にお金を回した。

 直接の打撃のため、消耗が早い。



 小森田衿香は、機動隊のような全身プロテクターを身に着けている。

 両手で持っている、頑丈な長い棒と、伸縮式の特殊警棒が、武器だ。


 これはイジメではなく、沙雪が手解きしている杖術じょうじゅつを使えるから。

 素人が刃物や銃火器を持てば、味方に当ててしまうことも大きい。


 槍のように突けば、リーチを保ったままで攻撃、あるいは、一時的にノックバックさせられる。

 タンクをさせるわけではないため、大盾は省略。

 

 霊力によって身体強化ができる衿香は、機動隊の装備でも、楽に動き回る。




 安全エリアへ退避。

 廃墟の広いフロアで、思い思いに腰を下ろした。


 携帯している水や食料を口に入れて、体力の回復を図る。


 初めての集団戦で疲れた衿香は、重い装備を置いたままで、こっそりと出て行く。




 共用の女子トイレで用を足した衿香は、急いで戻ろうと――


「おい? ちょっと待ちなよ、嬢ちゃん!」


 ガシッと片腕を掴まれて、衿香は足を止められた。


 その相手を見たら、ガラの悪い男だ。

 服装もみすぼらしく、さびがありそうな刃物を収めたさやが見える。


「あの! 友達が待っているので……」


 尻すぼみで黙った衿香の耳元に口を寄せて、ドスの利いた声で誘う。


「そんな恰好じゃ、危ないぜ~? 俺たちが、一緒にいてやるよ」


 衿香は、助けを求めようと必死に視線を動かすが、いつの間にか、数人の男に囲まれている。


「女子高生か? 初々しいねえ~」

「こりゃあ。俺たちで、しっかりと見てやらないとな。先輩としてよ!」

「手取り足取り、腰取りってな! ギャハハハ!」

「お友だちも、紹介してくれよ? やっぱり、同じ女子高生か?」

「今日は、こいつのお友だちを回収したら、とっとと上がるか!」


 恐怖のあまり、衿香は声を出せない。


 少し離れている退魔師たちは、チラリと見たものの、すぐに興味を失くした。

 自分の装備を点検するか、座ったままで休んでいる。


 衿香の腕を掴んでいる男が、肩を抱き寄せつつ、その巨乳を揉みしだこうと――



「その辺にしておきなよ? 怪我をしたくなかったら……」



 場違いな少女の声が、廃墟の一角に響いた。


 通路の反対側には、どこかの制服を着た女子がいる。

 長い黒髪を後ろで束ねていて、紫の瞳で、衿香たちを眺めたまま。


 その美しい容姿と、何よりも制服姿に、男たちは色めき立った。


「何だァ? ……お前も、仲間に入りたいのか?」

「嫉妬してんのかよ? 心配しなくても――」

 キイイイィン


 甲高い音が響き、男たちは自分の体にレーザーサイトの光が集まっていることに気づく。

 緑色の線は、いつでも当てられることを示す。


 驚いた男たちが見ると、話している少女の周りに、小銃を構えた人影がいくつもある。

 どうやら、部隊で来ているようだ。


「その娘を人質にとっても、ムダだよ? ボク達には、他人だ。ここで、お前らを始末したほうが良さそうだし」


 リーダーらしき少女の言葉で、男たちは相手の正体を探る。


 そのうちの1人が、小声で仲間に知らせる。


「あいつら、ベル女だぞ!」


 とたんに、荒くれ者たちが怯える。


「うげっ! あのメスゴリラどもか……」

「冗談じゃねえぞ。あそこに目をつけられたら、骨も残らねえ……」

「何で、こんな場所にいるんだよ!?」


 男たちは、衿香の腕を離して、脇目も振らず、逃げ去った。



 リーダーである少女の指示で、レーザーサイトの光が消えて、銃口は下ろされた。


 呆然としたままの衿香は、近づいてきた少女にお礼を言う。


「あ、ありがとう――」

「日銭稼ぎの連中も捌けないようじゃ、退魔師を止めたほうがいいよ? そのうち暴行されて、悲惨な形で終わるから」


 冷たい声で、辛辣しんらつに言われた。


 言葉を失くしたままで、うつむく衿香。


 お行儀のいい生徒を見た気分になった少女は、苛立たしげにブーツの底をつけたまま、前後に動かした。

 ジャリジャリと音を立てながら、訊ねる。


「……君の連れは?」


 衿香は顔を上げて、質問に答える。


「えっと……。こ、この先の広い空間にいます……。あの……」


 リーダー格の少女は、衿香の顔を見ながら、自己紹介をする。



時翼ときつばさ……。時翼月乃つきのだよ。ベルス女学校の高等部1年の主席だ」



 冬の始まりを告げる気候の中で、原作の主人公、鍛治川航基に因縁がある2人の女子は、こうして出会った。

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