第497話 冬コミまでに全て終わりました!

 遮雁しゃかり「警視監」は、貸与されていた装備を返却した。

 拳銃、手錠と、どれを見ても、警察官でなければ、持つことが許されない品ばかり。


 キャリアとなれば、現場の刑事のように警察手帳を持ち歩くことは、少ない。

 紛失するリスクを考えたら、保管庫のままのほうが安全。


 久々に見た、自分の顔写真に感慨を覚えながら、それぞれの点検を終えた。



 テンプレ通りに「辞職願」を書いて、目の前の人事に渡す。


「……確かに、お預かりしました」


 すでに警察の面汚しになっている相手だが、退職すれば、市民だ。


 人事は、淡々と説明する。


「以上をもって、遮雁は、警察庁を辞めたことになります。書類上の退職日は――」


 警察庁の会議室で発砲した被疑者としての、取調べ。


 それで留置場にいた間に、もう根回しと手続きは終わっていたのか……。


僭越せんえつではありますが、この場で辞令の交付をさせていただきます。ご苦労様でした」


 おきて破りの、人事からの辞令。


 一刻も早く、出て行ってくれ。という圧力を感じた。



 元キャリアの遮雁は、向かいに座っている人事が頭を下げているのを見ながら、差し出された書類一式を受け取った。


「……世話になった」


 ぶっきらぼうに言った後で、ガタガタと椅子を後ろにズラし、立ち上がった。


 ビジネスバッグを持ち上げて、持っている書類一式を放り込み、部屋を出る。


 内廊下で通りがかった人間は目を逸らし、足早に立ち去っていく。




 警察庁の外へ出たら、官公庁が集中しているエリア。

 歩いている人間は公務員か、その関係者だ。


 クリスマスを控えた、浮ついた雰囲気はない。


 遮雁は、ビジネスコートの襟元を締めて、白い息を吐きながら、残り時間を示す信号機を見る集団に加わった。




 ――1週間後


 遮雁は、とある大企業の重役になった。

 天下りで、警察庁の紹介だ。


 仕事と呼べるほどの業務はなく、第二の人生として、申し分ない。


 立派な椅子にもたれた彼は、最近のニュースを思い出す。



 東京エメンダーリ・タワーの銃撃事件など、様々な報道がされている。

 しかし、もう関係ない。

 貸与された拳銃をことで、私は自主的に退職したのだから……。


 捜査本部長の私まで処罰すれば、警察庁は終わる。

 色々と公表しているが、やはり最後の一線を越えられなかったのだろう。


 経済特区『フェーゲン』のことを知った時には肝が冷えたが、こうやって無事に再就職できた。


 そうでなければ、私もそこへ行く羽目になっていた……。


「どうせ、ろくな扱いではないだろう」


 ニュースでは、新たな象徴と言われていたが、紹介している番組の出演者の表情は硬かった。


 聞いていないが、捜査本部にいた他の幹部も、同じように警察庁を追い出され、口止めとして再就職先を用意されたに違いない。


 

 ぼんやりと考えていた遮雁は、もう退社の時間だ、と気づく。


 役員机の上にある端末などを片付けて、帰り支度を始める。



 遮雁は、重役として採用された後で、地方へ飛ばされた。

 その待遇から、今の勤め先も、彼の素性を知っていることをうかがえる。


 おそらく、何らかの取引が行われた。



 それでも、地方都市だ。

 一人暮らし――家族は東京に残った――をするのに、不便はない。


 表向きは、仕事が忙しく、退職しただけ。

 遮雁の家族は、何も知らされていない。



 車を止めた彼は、目の前の明るい空間へ足を向けた。



「いらっしゃいませー!」


 遮雁が暮らしている賃貸マンションは、1階にコンビニがある。


 明るい店内に入った彼は、陽気なBGMが流れている中で、歩く。


 表に面している書店コーナーには、女子高生が2人。

 ファッション、コミックの雑誌を立ち読みしている。


 右の端末にも、1人の男。


 奥の通路に、数人の若者たち。



 いつもより、客が多いな?


 そう思いつつ、遮雁は弁当コーナーを物色する。


 シャッ! ジャキッ


 拳銃のマガジンを出し入れするような、小さく擦れる音と、上のスライドを引いてから離したような金属音が響いたものの、店内の大きなBGMによって、すぐ消えた。



 奥の角にあるドリンクコーナーまで進み、大きなガラス扉を開ける。


 その時、粗野な男の声が響く。


「なー? いいだろー? 俺らといれば、楽しいぜー?」


「うーん。私たちは忙しいから、諦めてよ! もう帰ったほうが、いいんじゃないかな? これから、宿題をやるの」


 返事は、女子高生の声だ。


「そー言うなって! な? 俺のダチを呼んだから、これから4人で遊びに行こう! つまらねー宿題よりも、よっぽど刺激的で、楽しいからよォ! 学校でも、俺らの名前を出して、自慢できるぜ?」



 気になった遮雁が、チラッと覗いたら、粗っぽい雰囲気で、見るからにガタイがいい男によるナンパだった。


 見なかった事にした彼は、改めて酒の缶を取り出す。


 手を離したら、ガラス扉は自然に閉まった。



 先ほどのルートを戻りつつ、弁当コーナーで目をつけておいた弁当を手に取った。

 

 店員がいるレジのカウンターへ置こうと――



 目の前にいる女店員が、こちらに銃口を向けている。


 

 パンッ



 遮雁は、とっさに伏せたことで、かろうじて初弾をかわした。


 だが、その時に店内のほぼ全員が、拳銃を抜いている。


 スクールバッグを捨てた女子高生は、走り出した。

 両足の靴底を擦りながら、自動ドアの前に立ち塞がり、両手で構えつつの発砲。


 数発を受けたが、彼はまだ動ける。


 反射的に、店内の奥へ逃げていくも、次々に撃たれて、ドリンクコーナーのガラス扉の破片を浴びながら、倒れ込む。



 ガシャガシャッと、一番前の缶が床へ落ちる音が続く中で、ナンパしていた粗野な男だけが震えている。


「お、お前ら……。な、何なんだよ!?」


 視線を感じて、そちらを見た。


 先ほどまでナンパしていた女子高生は、苦笑しながら、銃口を向けている。



「だから、言ったのに……」



 呆れた口調に、男は慌てて命乞いをする。


「ま――」

 パンパンパンッ


 貫通した弾丸は、後ろの陳列棚にある商品も、吹っ飛ばした。



 ドサッと倒れた男に、もう1発を撃ち込み、死亡を確認。


 それを実行した女子高生はハンドガンを仕舞いつつ、独白する。


「しょうがない! こいつに、被ってもらいますか! ……どう?」



 もう1人の女子高生は、取り出した端末を見ながら、倒れている男の死体から財布を取り出した。


「あー。こいつ、地元の半グレだよ? 下部組織になっているほうの」


「なら、問題なしか……」

 テリラリララー♪


 自分の首筋を触っていた女子高生は、場違いな電子音によって、その原因となった自動ドアのほうを見た。


 筋肉の塊のような男が、ズカズカと入ってきた。


 雰囲気が違うコンビニに、思わず立ち止まる。


「おい、ソウ! そんで、言ってたJKは、どこにおる!? ……何だ、お前? 男に用なんぞ――」

 パァンッ


 出入口の近くにある端末にいた男は、その筋肉男へ近づき、無言で銃口を向けて、即座に発砲した。


 そいつが倒れた後で、数発を撃ち込む。


 キンキンッと、空薬莢からやっきょうが、床で音を立てた。



 書店コーナーで立っている女子高生は、レジにいる女店員を見た。


「おい、こら! 自動ドアの前に、“商品整理中” の立て看板ぐらい、出しておいてよ!!」


「ご、ごめん!」


 謝った女店員は、すぐに動き出す。


 指示を出した女子高生は、大声で叫ぶ。


「とにかく、電気を消しちゃって! 店仕舞い!!」

 


 30分後に、匿名の通報を受けた警察が、現場へ急行。

 地元の半グレによる殺人を発見したことで、緊急配備となった。


 そのグループは、殺人と銃刀法違反によって、芋づる式の逮捕へ……。


 被疑者の家宅捜索によって、どんどん余罪が見つかり、地元のニュースで騒がれたものの、全国的な話題には届かず。




 室矢むろや重遠しげとおに全てを押しつけようとたくらんだ捜査本部の幹部たちは、同じように始末された。


 とある犠牲者は、全身を殴られた感じの、猟奇的な姿で発見される。


 しかし、書類上は、“自殺” だ。


 担当した刑事にとって首をひねる結果だが、上も認めた時点で、この話はもう終わり。



 経済特区『フェーゲン』を自ら選んだ官僚は、賢明だった。

 彼が推測した通り、外で暮らせば、遮雁たちの仲間入り。


 もっとも、捜査本部の幹部たちを始末することは、最初から決定事項だったが……。


 悠月ゆづき家が手を回して、彼らの再就職先を用意。


 全てを押さえたうえで、私的な部隊を動かしたのだ。


 

 本来は、もっと時間を置いて、ほとぼりが冷めてから動く。

 だが、異能者の敵になった彼らを放置すれば、他流や、海外の勢力が雇った傭兵、果ては賞金稼ぎに先を越されてしまう。


 やむなく、年を越す前の強硬手段に出た次第。



 これで、室矢重遠に敵対した勢力は、全て消えた。


 来年には、皆が彼の恐ろしさを知ってくれるよう、祈るばかりだ。

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