第496話 罠カードを発動! 場に残った関係者を残らず召喚する!ー③

 チラシにあった電話番号にかけたヒロは、あれよあれよという間に、送迎バスへ乗せられた。


 安アパートにはゴミの山と、それにたかる虫しかおらず、生活用品は二束三文。

 私物は後で回収できる、とも言われたが、有料サービスと聞かされて、首を横に振った。


 同じ経済特区へ行くと思われる、陰気な顔をした面々を見渡した後で、まだ空いている席の窓側に座る。



 途中で、大型バスに乗り換えて、八王子の山側、つまり廃棄されたニュータウンへと近づいていく。


 潰れた東京ネーガル大学で、イベサー『フォルニデレ』の幹部だったヒロには、馴染み深い光景だ。


 ところが、その山間部の車道には、新しい検問所が作られていた。


 陸上防衛軍と思しき、野戦用の迷彩服が、両手に小銃を持ったままで、立哨している。

 ザッと見えるだけで、6人ほど。


 上部に重機関銃を取り付けた、装輪装甲車も1両。

 銃手はスタンバイ済みで、周囲を警戒中。


 侵入者を阻む、軍用の有刺鉄線は、その棘をあらゆる方向へ向けつつ、鉄柵の全体を補強している。

 土嚢どのうも壁のように積まれていて、戦闘に備えた構造だ。


 夜間用に、強力なサーチライトもある。



「何だ、これ?」

「こんな場所に、駐屯地があったっけ?」

「ヤバくね?」


 

 大型バスの車内で、経済特区『フェーゲン』への不信感が強まっていく。

 だが、社会の敵となった彼らに、選択の余地はない。


 前方の横にあるドアが開き、ドカドカと兵士たちが入ってきた。

 

 やはり迷彩服で、左腕の上部に黒い腕章をつけている。

 そこに描かれた白文字は、“警務 MP” だ。


 先頭の男が、車内を睥睨へいげいしつつ、宣言する。


「我々は、陸上防衛軍、警務隊の者だ! これより先は、経済特区『フェーゲン』のエリアとなる! 本人確認を行うため、速やかに氏名を述べるように! 諸君はこれを拒否する権利を有するが、その場合は立入の許可を出さない!」


 まだ事態についていけないことで、乗客は何も言わず。


 先頭の男はうなずき、部下たちに本人確認を始めさせた。


 


 氏名を言うだけで、あっさりと本人確認が完了した。


「詳しい話は、降車した場所にある施設で聞け! ……チェック完了」


 隊長らしき男の発言で、警務隊の一団は降りていった。




 大型駐車場で降ろされた面々は、誰もいないことで、不安げな顔に。


 すると、拡声器のような音量で、渋い男の声が響く。


『経済特区「フェーゲン」へ、ようこそ! 私は、この特区を管理しているAI、ヴァンデラーと言う。認識できる範囲ならば、好きに呼びたまえ』


 近くにある建物の入口が、自動的に開いた。

 

 新築されたようで、ピカピカに輝くほどの外壁だ。


『では、入ってくれ。……どうした? そこで立っていたら、いつまでも手続きが終わらないぞ? まあ、私は一向に構わないが……』


 ヒロは、思い切って歩き出した。


 気配や音で、他の連中も続いたことが分かった。



 大型バスは、元きた方向へと戻っていく。



 ファーストペンギンになったヒロは、少し上機嫌になったヴァンデラーから、指示を受ける。


『では、ヒロ。君から手続きを行おう。……その前に、伝えておく。今回は彼が率先して動いたことで、時間を節約できた。したがって、彼に10万ポイントを進呈する。ここでは、私がルールであり、これまでの常識は通用しないと思ってくれ。詳しくは、後ほど渡す個人端末によって説明する。以上』



 ヒロは指示されたルートを通りつつも、一般的な健康診断をこなしていく。

 網膜、指紋、歯形、細胞のサンプルを採取され、注射を打たれたことを除けば……。


 最後に、狭い個室の中で、椅子に座る。


 無人契約機のようなレイアウトで、前にあるモニターに、経済特区「フェーゲン」の紹介ビデオが流れていく。


『ヒロ。君がこの一連の主犯であることは、私も知っている。どれだけ重大な罪でも、更生しつつ、少しでも贖罪に務めるべきだ。この経済特区は、その実験場である。資料と契約書を渡すから、この場で確認してくれ』


 コンソールから印刷された用紙を手に取って、それぞれを読む。


 その間にも、ヴァンデラーは喋る。


『この特区にいる限り、外の法律、制度は通用しない。その代わり、内部の法律、制度によって判断するというわけだ』


「いつ、出られるんだ? 他の連中は」


 思わず質問したヒロに、ヴァンデラーは答える。


『出る場合には、定められたポイントを消費する。支払えれば、いつでも、何回でも出られる寸法だ。「明日には戻ってこい」とも言わない。安心したまえ……。ちなみに、他の住人との私語は、一切禁じられている。面会を希望して、やはりポイントを支払えば、相手が同意した場合に限り、OKだ』



 ヒロは、自分が見たページに絶句した。


 しばらくって、ようやく口にする。


「な、なあ? この請求書の山は、何だよ?」


 そこには、合計で300億円ぐらいの損害が、リストになっていた。


 どうやら、この地域のマンションやら、団地の建設費用のようだ。


『君は、イベントサークル『フォルニデレ』の幹部だったろう? それが破壊した物の賠償は、当然の義務だ』


 サラッと言われたことで、ヒロは何とか反論する。


「は、払いきれるわけ、ねーだろ?」


『承知している。私も、全額を弁償できるとは考えていない。しかし、被害者だけが泣き寝入りも、おかしな話だ。人ではないAIの私が管理して、君たちの作業から得られる報酬の一部を被害者に還元しつつも、君を更生させていく。むろん、等級によるポイントアップや、単純に力仕事をする以外の報酬も用意しているぞ? たとえば――』


 君たちが人生を壊した被害者の話の視聴による、ポイント獲得とか……。


『住人の更生が第一目標である以上、まず理解させることが必要だ。この経済特区には、私だけだ。最新技術によるドローンや警備ロボと、こちらも実験的になっている。君は、ここの住人になるかね?』


 そう言われても、ヒロは応じるしかない。

 数日後には、あの安アパートですら、家賃滞納で追い出されてしまう。


 請求書のリストには、ご丁寧に、それも記されていた。


「さっきの10万ポイントだけどよ? ここの住人になったら、すぐ使えるのか?」


『肯定だ。衣食住は、最低限だけ支給することを先に伝えておく。ポイントを全て消費しても、人間らしい生活を保証する。仮に、その請求書のリストを一部でも完済すれば、ボーナスポイントを与えよう。ここの住人でいれば、債務の利息はゼロになって、督促されることもない。任意で完済したことは、高く評価する』


「じゃあ――」



 ◇ ◇ ◇



 ヒロがいた建物のように、新築のビル。


 その上階に、スーツ姿の男がいる。


 いかにも成功した人間の風格だが、その顔色は悪い。



 イベサー『フォルニデレ』と組み、あの港区の『東京エメンダーリ・タワー』のホテルで行われた、留学生との交流会を企画した官僚の1人。


 彼は、立件されるよりも、この執務室という監獄を選んだ。


 大企業の社長のような部屋には、彼だけ。


 経済特区「フェーゲン」の支配者の1人だが、そうは見えない弱々しさ。


 

 仕事の手を止めて、AIのヴァンデラーに話しかける。


「あれから、何日が経過した?」


『知らないほうがいい』


 すぐに返ってきた言葉に、彼は溜息を吐いた。



 この経済特区「フェーゲン」は、塀のない刑務所であり、作業場だ。


 従来にない方法で、囚人を自主的に働かせて、勉強させることでの資格取得や専門的な作業を追求している。


 AIと、その手足になる無人機の群れがあってこそ、実現できた環境。

 恐らくは非公開であろう、人を管理する技術も使われているそうだ。


 違反者はスタンガンなどで即座に鎮圧され、所定の日数だけ懲罰房へ。

 粛々とした対応は、逆に怖い。


 今となっては、かなり良好な結果だ。


 勉強や経験を重ねて、建設現場などで働く若者も増えてきた。



 だが、これはていのいい調だ。


 AIのヴァンデラーとだけ、話せる。

 私語は、原則的に禁止。


 無人島で1人で生きていくのは、正気を失う結末になる。

 それを防ぐためには――


「バレーボールに顔を書き、独り言でも、毎日話しかける」


『映画だな? 自分が他人に必要とされることの実感も、極限状況に必要だ。疲れているようだが、都心へ出てみるかね? それとも、休暇を申請するか?』


 椅子から立ち上がった男は、窓際に歩み寄った。


 見下ろしながら、口を開く。


「フェーゲンの外へ出れば、俺は残酷な方法で殺されるよ……。日本のおもだった異能者たちと、世界中の名家を敵に回したんだ。裏で賞金が出ていても、おかしくはない。ここにいたほうが、安全だ」


 たとえ、この執務室と、自分の部屋の往復だったとしても……。


 そう思った彼は、もう長く、生身の人間と喋っていない。

 少なくとも、プライベートでは。


 このビルにいる、他の官僚、大企業の管理職も、同じ待遇のようだ。



 そもそも、経済特区「フェーゲン」の外へ出る場合は、ここの住人であると分かる印をつけることが、義務づけられる。


 公表されているのは、それだけ。

 けれど、フェーゲンに住む連中が、一連の事件の犯人であることは、誰もが知っている。


 どこで誰に狙われてもおかしくないし、お金を払っても、相手にされない。


 移住を拒否して帰った奴や、無理にポイントを支払うことで逃げた奴もいたが、全員が死亡や重体、最低でも怪我人になったのだ。


 AIのヴァンデラーが、それらのケースを周知した結果、ここにしがみつくしかないと、全員が理解した。



 休憩用のソファーに向かった彼は、コーヒーを用意しながら、思う。


 こちらに来てからのほうが、人間らしい生活だ。

 きちんと見てもらい、正しく評価される日々。


 

「ヴァンデラー。幸せって、何だろうな?」


『私には、難しい質問だ。というよりも、AIの私が結論を出してはいけない』


 溜息を吐いた彼は、また執務デスクに戻る。



 分かっていることは、この理想的な支配の下で、自分が死ぬまで働き続けることだけ。

 誰とも分かち合えず、ぬるま湯の中で……。

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