第495話 罠カードを発動! 場に残った関係者を残らず召喚する!ー②
薄暗い六畳間のワンルームで、ゴミの山に囲まれているヒロ。
かつての権勢は全く感じられず、立派な引き籠もりの1人だ。
明後日に迫った、次の家賃の引き落としを乗り切るべく、思考を巡らす。
だが、安酒を飲みまくる一方で、最低限のコンビニ飯を腹に入れていたヒロは、完全にグロッキーだ。
一応は働く意志があるのに、働かせてくれる職場がない。
となれば、お金を借りるか、来月まで待ってもらうしかないだろう。
幽鬼のように立ち上がったヒロは――
「酒、買ってくるか……」
周囲の空き缶たちを蹴っ飛ばすか、踏み潰すことで、ガシャガシャと音を立てつつ、玄関へと近づく。
倒れた空き缶や、それに巻き込まれたゴミには、目もくれない。
粗末な内鍵をつまみ、クルリと回す。
ドアノブを掴んで、ゆっくりと開き、久々に外の光を浴びた。
バタンと扉を閉めるも、施錠する様子はなし。
それすら、もう気にしている余裕がないのだ。
靴底を擦りながら、一番近いコンビニに向かう。
かつて、都心部でイベサーの幹部として鳴らした面影は、どこにもない。
コンビニは、駐車場に面している部分はガラス張り。
外から、中の様子がよく分かる。
軽快な電子音と同時に、自動ドアが開いた。
店員の声も、すぐに響く。
「らっしゃーせー!」
中に入ったヒロは、
ポケットに突っ込んだ財布を取り出し、中身をチェック。
千円札が、1枚。
体は正直なもので、空腹を訴えてきた。
その欲求に従い、店内をウロウロと物色し始める。
再び、来店を告げる電子音と、店員の声。
視線を感じたヒロが振り向いたら、そこにはセーラー服の上にコートを羽織った女子がいた。
持ち手の部分を肩にかけて、スクールバッグを持つ。
外から見える書籍コーナーの前で、立ち止まったまま、彼のほうを見ている。
ちょうど、女子高生ぐらいか?
夏に日焼けをしたらしく、この冬を感じさせない容姿だ。
他とは違う、エキゾチックな雰囲気で、南国の出身と思われる。
かなりの美少女で、肩まで届かないぐらいの黒髪と、黄色が入った茶色の瞳。
横顔を見ただけでも、全国放送に出てきそうな風格。
このコンビニで、何回も見かけた顔だ……。
その事実が、ヒロに力を取り戻させた。
立ち尽くしたままの女子高生へ近づき、話しかける。
「オレに……。お、俺に、何か用か?」
神経衰弱で、まともな食事はなし。
迫りくる家賃の支払日もあって、か細い声だった。
それでも、慌てて言い直すことで、体裁を
「――君、ですか?」
いきなり自分の名前を言われたことで、ヒロは緊張した。
女子高生は構わずに、話を続ける。
「話があります。大事なことです……。今、お時間をいただけますか?」
近所のファミレスに入ったヒロは、ボックス席で女子高生と向かい合った。
彼女はコートを脱ぎ、自分の隣に置く。
冬用のセーラー服を見ていると、高校時代を思い出す。
見栄で、奢ろうか? と言ったものの、彼女は首を横に振り、逆に財布から数千円を差し出す。
「私が誘ったので、あなたの分もこれで払ってください。お釣りは、不要ですから……」
普段なら突っ返すところだが、今のヒロにその余裕はない。
黙ったまま、テーブルに置かれた数千円を手に取り、自分の財布へ入れた。
「ご注文は、ステーキ&ハンバーグのAセットと、ドリンクバー2つ。以上で、よろしいですか? ……少々お待ちくださいませ」
バイトの女店員は、端末を弄った後で、すぐに立ち去った。
容姿から察するに、彼女は大学生か、女子高生だろう。
お互いにドリンクバーで飲み物を用意して、ようやく話を始める。
女子高生は、自らをコハクと名乗った。
「私、沖縄から出てきたんですけど……。ほら? 例のイベサーの風評被害で、どうにも学校へ行きづらくて……」
苦笑いをしたコハクを見て、ヒロは親近感を覚えた。
どうやら、自分と同じ立場のようだ。
思わず、相手に訊ねる。
「今は――」
「お待たせしました。こちら、ステーキ&ハンバーグのプレートと、Aセットになります。ご注文の品は、以上でよろしかったですか? ……ごゆっくり、どうぞー」
近寄ってきた女店員は、事務的に言いながら、手早く料理を置いていく。
伝票を裏側で置いた後に、すぐ立ち去った。
気を取り直したヒロが言い直す前に、コハクは自分から言う。
「今は、安いビジネスホテルに泊まっています。でも、このままだと、先の展望が見えなくて……。あ、食べてもらって、いいですよ?」
「お、おう……」
熱々の食事は、久しぶりだ。
魅力的な女子高生と一緒であるのに、対面の彼女を気にする暇もなく、ガツガツと食べた。
気がついたら、高温のプレートは冷めていて、容器も全て空に……。
我に返ったヒロは、おずおずと提案する。
「なあ? いつまでもホテルだと、金がかかるだろ? 俺のところへ来ないか? 狭いけど……」
ここで、迫っている家賃の支払いを思い出し、血の気が引いた。
クレジットカードや、電気ガス水道の支払いもあることに、気づく。
それでも、ここで彼女を逃がせば、話し相手すらいない日々に逆戻りだ。
下心というよりも、パートナーが欲しい一心で打ち明ける。
「俺も、親に勘当されちまって……。だけど、まだ賃貸のアパートで暮らしているんだよ。明後日は家賃の引き落としで、他にも色々あってさ。悪いんだけど、金を貸してくれないか? そうしたら、お前も泊めてやれるし……。お前だって、野宿は嫌だろ?」
しかし、対面に座っているコハクは、思案するばかり。
無言のまま、ドリンクバーから持ってきた、ホットコーヒーを飲む。
その様子に、ヒロは不安になった。
「うん! いきなり、何を言っているんだろうな? 俺は――」
「結局さ……」
ポツリと喋ったコハクに、ヒロは黙った。
「今の時点で、もう詰んでいるんだよ? 私、これを考えているんだけど……」
ジーッと開けたスクールバッグから、1枚のチラシを取り出したコハク。
彼女は、スッとテーブルの上に差し出した。
食べ終わったことで、栄養とカロリーが脳に回ってきたヒロは、それを覗き込む。
“新設される経済特区への移住の受付”
基本的に、このチラシを受け取った人間が対象。
前歴は、不問。
身分証明書による本人確認はあるが、履歴書などは不要。
新しい都心を作るため、それぞれの力を活かして欲しい。
顔を上げたヒロは、テーブルを挟んでいるコハクを見た。
「何だ、こりゃ?」
またコーヒーを口にした彼女は、ヒロの顔を見ながら、説明する。
「見ての通り、文科省、経産省が推進している、新しい東京へのお誘いです。あなたの郵便受けにも、同じチラシが入っていると思いますけど?」
バツが悪い顔になったヒロは、すぐに突っ込む。
「
大声になったことで、周囲の客が注目した。
人差し指を口に当てたコハクは、ヒロが静かになった後で、補足する。
「狭い日本で、他に土地があると思いますか? 北の大地で、半径100kmにわたって、何もない場所へ放り出されるよりは、マシでしょう。あちらは、ヒグマと雪だけで、まず死にます」
「いや……。そりゃ、そうだけどよ……」
ヒロは気分直しに、まだ残っているジュースを啜る。
気を利かせたコハクは、席を立ち、ドリンクバーで2人分のグラスを持ってきた。
改めて座った彼女が、言う。
「ヒロさんは、仕事見つかりましたか? 今は身元不問で『現金日払い』の現場、たとえば『物置の組み立て』も、サツが厳しくて、あのイベサーに関わった人間は入れてもらえません。入り組んだドヤ――日雇い向けの安宿が固まっている地域――へ逃げても、タレ込みで捕まるか、リンチに遭います。第一、あそこだって、現金がなければ、何もできませんし」
思わず大声を上げようとしたヒロは、その直前で自制した。
小声で、目の前の少女に話しかける。
「嘘だろ!? そこまで、ヤルのかよ……」
こくりと頷く、女子高生。
つまり、もう打つ手なし。
人間らしい食事と会話をしたヒロは、自分が働いて金を稼ぐ手段がないことを悟った。
ガックリと
「お知らせするために、ここへ誘いました。私は自分で考えますから、そちらも自分で決めてください。そのチラシはまだ持っているから、あなたに差し上げます。では」
席を立った彼女は、迷わずにファミレスを出て行く。
伝票と一緒に残されたヒロは、呼び止めようと考えたが、そのタイミングはなかった。
ヒロは、さっきのコンビニに立ち寄り、残った金でロング缶を買った。
帰りがけに、飲食店のチラシやらで埋まった郵便受けを開放。
まとめてビニール袋に押し込んで、部屋へ戻る。
ゴミを押しのけて、六畳間の畳に座った。
ガサガサと分別したら、確かに同じチラシがある。
ツマミと一緒にやりながら、自宅で2枚の同じチラシを見た。
「これしか、ねーのかなあ……」
書かれている文面には、“以後は、経済特区で衣食住の面倒を見る代わりに、従来の権利を放棄する” とあった。
そして、先ほどの美少女を思い出す。
「あいつも、コレに乗るしかないってことか……。わざわざ俺に声をかけてきたし、向こうで付き合えるかもな……」
安アパートがある裏路地の片隅では、先ほどファミレスにいたのと同じ、コートを着た女子高生が立っている。
「ま、私は『行く』とは、
勘違いする分には、本人の勝手だ。
あのイベサー、『フォルニデレ』にいたと、なぜ気づいたのか?
どうして、自分の名前を知っている?
家族からも見捨てられた状況なのに、なぜ小綺麗で、余裕がある態度なのか?
考えてみれば、不自然な点はいくつもあった。
だが、ヒロは極限状況で、しかも相手は美少女。
それを疑問に思うことなく、チラシの経済特区を考えるだけ。
ピロン
軽快な音と共に、新着のメッセージ。
スススと指で触った琥珀は、“対象の経済特区への申し出を確認” と知って、溜息を吐いた。
どうやら、ヒロは転んだようだ。
吐く息は白く、異能者の彼女でも、長時間の張り込みはキツい。
さらに指を滑らせた琥珀は、今回の仕事の報酬をチェックする。
「安っ!? 退魔師の互助会、絶対に中抜きしているでしょ! ……あー、もう! 沖縄へ帰ろうかなー」
トボトボと歩き出した彼女の足取りは、重い。
「アンマー。東京は、あんまさいし、でーじとこでさー」
どうやら、フリーの退魔師は、扱いが悪いようだ。
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