第494話 罠カードを発動! 場に残った関係者を残らず召喚する!ー①

 モニター上の妖艶な美女、悠月ゆづき五夜いつよは、にっこりと微笑んだ。


『さて、柳井やないさん? ここからは、大人の時間です。娘の夫である重遠しげとおさんとは違い、私は甘くありませんよ?』


 日本の退魔師でも、一家と傘下だけで大きな勢力のトップの発言だ。


 まだ若い男、柳井つかさ――警察庁の警視長――は、すぐに首肯した。


「分かっている! 室矢むろや家のご当主をめようとした捜査本部の幹部たちは、そちらに任せるとして……。今回は、イベサー『フォルニデレ』と繋がっていた大企業の幹部や、文科省、経産省の連中も締め上げるからなァ……。問題は、立件できない奴らの扱いだ。悠月さんは、『仕方がない』で済ませないよな?」


『その場合は、柳井さんの命も、仕方がなくなります。……特捜とくそうは?』


 東京地検の特別捜査部は、主に政治家、大企業の汚職といった、大きな山を追う。

 今回は、官僚や政治家、大手の経営者もいるため、管轄ではある。


「やる気は、十分にあるんだが……。俺が内々で打診したら、『立件は難しい』という返事だった。理由は、『被害者の名前と証言をきちんと出さなければ、説得力に乏しく、国際的な問題にもなるから』だそうだ。被害に遭いかけた留学生たちが協力してくれるなら話は別だが、あいつらは『自分の名前も出したくない』という、セカンド何ちゃらを避けている状態でな? そもそも、公的機関に事情を聞かれるのを嫌って、もう帰国したわけだし」


 検察庁は、警察よりも厳格に判断する。

 ゆえに、室矢むろや重遠しげとおが未然に防いだことが、裏目に出た。


 証拠がないことで、裁くわけにはいかない。


 以前の犯行は、死体や凶器が出ないこともあって、余計に難しいのだ。

 殺している動画があっても、それと犯人を結びつけるのは大変。



 柳井司は、モニターに映っている悠月五夜を説得する。


「そもそも、特捜は1つの大きな組織へ乗り込んで、大量の資料を持ち帰り、短期集中のブツ読みと訊くことで不正を暴くってスタイルだから。一撃で敵を粉々にする、戦艦の主砲と同じだ。今回みたいに多方面でバラけている事件には、向いていない。あと、連中に任せたら、室矢も引っ張り出されるし、これから始末する捜査本部の連中にも注目されてしまう。……かといって、イベサー『フォルニデレ』に関わった悪党をこのまま社会で、のうのうと生活させるわけにもいかねえ。奴らのせいで、日本警察は半壊したんだ」


 首肯した五夜は、先をうながす。

 

『それで、結論は?』


「立件できないが、イベサー『フォルニデレ』で共犯か、美味い汁を吸っていた奴らに関しては、あくまで自主的に、こちらまでお越しいただくって寸法さ! 悠月さんは、どう思う?」


 資料を読み込ませて、五夜のところへ送る。


 それをプリントアウトした彼女は、流し読み。

 指を口元に当てて、しばし目を閉じた。


 数分後に、五夜は返事をする。


『良いと思います。具体的な手順は?』


「あのイベサーに深く関わっていたと知られるだけで、勝手に居場所をなくすだろうよ? そこに救いの手を差し伸べれば、だいたい拾える」


『了承しました。リストは、こちらにもお願いします。漏れた分は、しっかりと追い込んでおきますので』


「助かる! リストについては、後でまた連絡するわ」


『はい。文科省、経産省にいる、真牙しんが流の上級幹部(プロヴェータ)にも、せいぜい役に立ってもらいましょう。正直、彼らも、そこへ追い込みたいですよ……』


「だな!」



 ◇ ◇ ◇



 とある男子大学生は、安アパートの一室で、座り込んだまま。


 玄関と直結したスペースの奥に、六畳間の和室がある。

 角部屋のため、2つの窓。

 

 外からの音が聞こえやすいものの、まともな内壁がない物件では当たりのほうだ。


 唯一の出入口である、同じく安っぽい造りの玄関ドア。

 冷蔵庫を置くためのスペースと、二口ふたくちガスコンロの場所から続くキッチンへ出る。


 その向かいには、狭い浴室、トイレ、和室の押入が並ぶ。


 郊外で古いとはいえ、数万円で借りられるのは、嬉しい限り。

 ちなみに、洗濯機は外置きだ。



 擦り切れて、小さな焦げ跡もある畳の上で、その男子は丸まっていた。


 どちらの窓も、内側からカーテンを閉めていて、昼なのに暗い。



 ピロリロ♪


 ブウウウッと振動する音も、狭い和室に響く。


 その男子は、スマホに飛びつき、指で触ったことで明るくなった画面を覗き込む。



“選考結果のご連絡”



“誠に残念でございますが、今回の採用はお見送りさせて――”



 男子は、思わずスマホを叩きつけた。


 古い畳の上でバウンドして、再び落下する。



 ハッとした彼は、すぐに画面や動作をチェック。


 見たところ、異常なし。



 フーッと息を吐いた男子は、片手でスマホを握ったまま、暗い部屋を見回した。


 近所のコンビニで買ってきたゴミが、散乱している。


 食べ終わった、大盛りのカップラーメンの容器が点在して、誘導灯のようだ。


 ビッグサイズの、ストロングな缶は、空のままで林立している。

 弁当の容器も、それらの柱の上に置かれていた。


 一部は下に落ちて、まだ残っていたソースや肉汁が畳にしたたり落ちている。

 よく見れば、小さなアリや、黒い虫の姿も……。


 換気どころか、外の光も入れないことで、カビが繁殖し始めている。



 どれも異臭を放っているが、鼻が慣れた男子は、全く気にしない。


 いや、彼には余裕がないのだ。



 頭を掻きむしった男子は、思わずつぶやく。


「何だよ! どいつもこいつも!!」


 隣接している部屋や、外に遠慮して、小声だ。


 まだ怒りが収まらないのか、こぶしでダンッと畳を叩く。



 男子大学生は、少し前まで東京ネーガル大学のイベサー、『フォルニデレ』にいた人物だ。


 女子大生に成りすました小坂部おさかべけいが会っていた、イベサーの幹部の1人。

 ヒロ君、その人である。



 権勢を誇っていたのは、もはや昔。

 東京のイベサーの『ブラックダイヤモンド』のVIP待遇は、別の意味でになった。


「何で、どこのバイトも採用されねーんだよ!?」


 怒り狂うヒロを理解するためには、時間を巻き戻す必要がある。


 ・

 ・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・・


 とうネで行われた、『イピーディロクの情人じょうじん』たちとの決戦。

 ヒロも、その現場にいた。


 まゆずみみきに襟元をつかまれ、そのまま放り投げられた時に、運悪く頭を打った。

 おかげで、直後の出来事を知らないまま、上手く離脱できたのだ。


 自宅に戻り、貴重品だけ持って、東京の中心へ逃げる。



 最初は、適当に友人宅を渡り歩いて、無理ならホテル、マンスリーの物件で凌げば、やり過ごせると思った。



 しかし、イベサー『フォルニデレ』は悪名高く、スマホの電話帳にある連中は全く出ない。


 警察と思しき奴からも、留守電で、事情を聞きたいから出頭してくれ、と何度もあった。

 こちらは、無視。


 テレビのニュース番組は、港区の『東京エメンダーリ・タワー』で持ち切りだ。


 USFAユーエスエフエーとシベリア共同体、東アジア連合による『ネイブル・アーチャー』作戦による軍事演習も、その話題に火をつけた。



『彼らは、海外の大きな家にいる女子たちをまわし、文字通りに切り刻んで殺すつもりでした』


 解説者は、放送コードを無視して、そう告げた。


 イベサー『フォルニデレ』は、比喩ではなく、正真正銘の『国家の敵』となったのだ。


『国内の異能者たちは臨戦態勢で、いつ公的機関や部隊と交戦になっても、おかしくありません。演習中の多国籍軍は、留学生の女子たちを殺されかけたことで、都心部に侵攻するタイミングをうかがっているとのうわさもありますが、皆様はどうか落ち着いて行動してください! 今は、この対立を刺激する行動を慎むことが、大事です! まだ政府発表はありませんが、警察では本腰を入れての捜査と警戒が進められています。当番組でも、正確な情報が入り次第、すぐにお伝えいたします』


 そちらは興味がなかったものの、やがて海上の多国籍軍は撤収した。


 対岸の火事だと思っていたヒロは、手持ちの金が尽きたことで、他の大学を受験し直そうと動き出す。


 ところが――



『お前は、ウチとは無関係だ! 最後の情けで、口座にまとまった金を振り込み、アパートも用意した。お前の名義による契約だから、家賃を滞納すると、すぐに追い出されるからな? 保証会社を使ったから、ウチが代わりに支払うことはない!』


 実家の親は、そうまくし立てた後で、一方的に切った。



 慌てたヒロは、ホテルの部屋から飛び出し、近くのATMで残高を確認する。


「たったの20万円かよ……」


 1本でそれぐらいの値段の酒も開けていたヒロにしてみれば、ガッカリだ。


 しかし、当面は節約しなければいけない。


 もう、イベサー『フォルニデレ』の威光はなく、その名前を口にしてはいけないのだから……。



 ビジネスホテルに帰ったヒロは、通りがかった受付で、閉じた封筒を渡された。

 軽く振ったら、小さな金属らしき手応えに、チャリチャリという音。


 自分の部屋に入り、一番上を破った後で、下へ向けて、ポンポンと振る。


 2つの鍵と、折り畳まれたメモが、手の平に落ちてきた。


 近くのテーブルに鍵を置いた後で、メモを開く。

 殴り書きの住所と、最寄り駅の名前があった。


 どうやら、これが手切れ金のアパートらしい。




「マジか……」


 電車を乗り継いだヒロは、目の前の光景に絶句した。


 ボロボロの外壁に、赤サビの鉄柵。

 外通路に張り出したひさしは、穴だらけ。


 六畳間のワンルームだが、築40年はっていそうだ。



 指定された物件の前に立ち、預かった鍵を差し込んで、くるりと回す。


 ガチャッと金属音がして、その部屋は新しい入居者を迎え入れた。



「カビ臭いし、タバコの臭いがひでーな、おい?」


 ブツブツと呟きながら、奥の窓を2つ開けた。


 まだカーテンがないため、外から丸見えだ。



 昼でも寒いことから、ブルッと震える。

 すぐに、窓を閉めた。


 室内の壁を見るも、空調設備はない。


「うわー」


 思わず、声に出た。


 しかし、まだ若いこともあって、ヒロはめげずに、必要な品物を注文していく。




 不便な生活に慣れてきたヒロは、通知が届いた振動音で、スマホを取り出す。


 “警察庁が、桜技おうぎ流の警察からの離脱を発表”


 気になったので、寝転がったまま、その会見の動画をタッチした。



 どこかの会議室だ。


 警察庁と表示された画面で、スーツ姿の女――年齢は30代ぐらい――が話している。

 どうやら、桜技流の代表らしい。


『以上のように、当流は警察から離脱すると同時に、本来の退魔師としての役目に集中する所存です』


 質疑応答では、様々な発言が出る。


『警察官を辞めた後にも、武器を振り回すのですか?』

『現状では、お答えできません。警察庁と協議した後に、改めて発表いたします』



『男性を受け入れない姿勢に、色々な意見が出ていますが? 学校を運営されている以上は、男性で目指したい方への配慮も必要では?』


『その点は、私共わたくしどもが調整中です。こちらも、お答えいたしかねます。現在までの対応には、信仰上の理由もあったことをご理解くださいませ』



『そちらでは、筆頭巫女がトップと聞いております。この重要な発表でも姿を見せないのは、どうかと思いますが? まだ警察官である以上、せめて名前を公表するべきでは?』


『ご意見を真摯に受け止め、今後に活かしてまいります』


 ここで、警察庁のキャリアが、口を挟む。


『えー。その件に関しては、捜査上の機密でもあります。この場でお話することは、できません』



 つまらない対応に、ヒロは動画を止めた。


「桜技流だったら、美少女ばかりの演舞巫女えんぶみこぐらい映せよ……。そろそろ、どこかでバイトするかァ?」


 ヒロは金遣いが荒く、手持ちの金はどんどん消えていった。


 来月の家賃までは、取っておく気だったのに……。


 

 まだ余裕がある態度で、スマホを弄り出す。



 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・


 現在に時間は戻り、暗い部屋でゴミに囲まれたヒロは、座り込んだまま。


「マズい、マズい……。どうするよ?」


 まさか、日雇いのバイトすら全滅とは、思わなかった。

 口座の残高は、数百円。


 本当に追い詰められたことで、体育座りのまま、ガタガタと震える。


 次の家賃の引き落としは……明後日だ。

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