第492話 絵茉ちゃん・ネバー・ダイ(前編)

 千陣せんじん流の拠点である、日本屋敷の1つ。

 その広間。


 俺は、同じ東京とは思えない、風流な景色を眺めつつ、平伏したままの那智なち伊勢世いせよ鹿島かしま結芽ゆめを置き去りにした。



 控室へ戻って、御大層な和服を脱ぐ。


 まったく、上位家の当主だと、こういう形から入る話が多すぎる。


 ようやく肩が軽くなったことで、私服のまま、軽くストレッチ。



 帰りの車の中で、つらつらと考える。


 助けた結芽の名字は変わったが、あとは彼女の問題だ。

 8歳からの色々な出会いで、初恋や結婚をしていくに違いない。


 まあ、俺の知らないところで、幸せになってくれ……。


 そう思っていたら、同じ後部座席にいる室矢むろやカレナが質問してくる。


「あやつが女子高生まで成長して、据え膳になったら、どうするのじゃ?」


 溜息を吐いた俺は、すぐに答える。


「あるわけないだろ! 10年ぐらい、かかるんだぞ? どれだけ先のことを言っているんだよ?」


 俺の隣にいる南乃みなみの詩央里しおりも、相手にしない。


「若さま? 夕花梨ゆかりが『隊長就任のお祝いと、千陣せんじん流の本拠地への挨拶について話したい』とのことです。年末年始を過ごさないにせよ、御宗家ごそうけを始めとした、お付き合いがある方々へのご挨拶も! 夕花梨は、まだ千陣家から所払ところばらいのため、代理人による挨拶と年賀状で済ませるそうです。他の隊長への自己紹介も、できるだけ済ませておきましょう!」


 縮こまった俺は、ポツリとつぶやく。


「もう、休ませてくれよ……」




 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館に戻った俺たちは、息つく暇もなく、地下の通信室へ。


 警察庁にいる真牙しんが流の上級幹部(プロヴェータ)、柳井やないつかさが、モニター越しに話しかけてくる。


『色々と、ご苦労だったな……。日本警察を代表して、礼を言わせてくれ。ありがとう。お前が連合艦隊を叩かなかったら、俺たちはもう、警察としても異能者としても、完全にナメられていたぜ……』


 深々と頭を下げた司に対して、俺は返事をする。


「いえ。俺が、勝手にやったことです……。話せる範囲で構いませんから、警察の状況をお願いします。前に出した、手打ちの条件を含めて」


 画面上でうなずいた司は、手元の資料に目を落としつつ、話を続ける。


『留学生との交流会で計画されていたまわしと殺人については、被害者になりかけた少女たちの名前や素性を除いて、もう公表された。それに伴い、東京ネーガル大学のイベサー『フォルニデレ』の生き残りは、軒並み逮捕。ついでに、担当していた檜高奥ひこうおう署も大掃除だ。当然ながら、とうネも全面的にガサ入れで、大わらわ。ただし、立件できる範囲で動いているため、お前の希望通りとは限らん。ちなみに、お前を撃った刑事は、自首の扱いで、事情聴取を行っている。遠からず、裁判になるだろう。あとは――』


 桜技おうぎ流の『警察からの離脱』は、近日中に、マスコミへ発表する。


 俺の名前を出す気はなく、そこまでは問題なし。


 だが――


『問題は、お前さんに冤罪えんざいを被せようとした、捜査本部の幹部たちだ。どうやって、消す? できれば、警察官の身分のままで始末するのは、止めてもらいたい……。だけど、奴らも自分の立場を理解しているから、辞めないんだよなあ。査問委員会の結論を待っていたら、早くて半年後だぞ?』


 柳井司は、困り果てた様子で、告げてきた。


 この騒動を収めた功労者のため、現職の警官を消すことも致し方なし。という雰囲気だ。


 俺が返事に迷っていたら、分割した画面に映る悠月ゆづき五夜いつよの割り込み。


『警察官を辞めたら、後は問題ありませんね? でしたら、私が引き受けます。重遠しげとおさんを犯罪者に仕立てようとたくらんだことは、悠月家としても看過できません。重遠さんは、こちらで処理しても良いですか?』


「構いません。ぜひ、お願いいたします」


 俺の返事を聞いた司も、頷いた。


『室矢家のご当主からの要求は、全てクリアと……。それで、いいよな?』


「はい、お疲れ様でした」


 そこで、司は言いにくそうに、提案してくる。


『なあ? お前は、「小薙こなぎ(巡査)部長が、須瀬すせ亜志子あしこに操られていた」と知っているんだよな?』


「はい」


『これは、個人としての発言だが……。奴は、優秀な刑事だった。本来なら、間違っても実行しなかっただろう』


 減刑につながる嘆願書を書いてくれ、か。


 溜息を吐いた俺は、心を鬼にして言う。


「申し訳ありませんが、俺は何もしない予定です。被害者として名乗り出たら、条件を出してまで匿名にした意味がなくなります。現場の一市民としても、無理です。室矢家の当主を殺しかけた以上、どのような理由があっても始末するか、見せしめで嬲り殺しにする必要があります。それをしないことが、せめてもの温情です」


 正直、俺の無実を証明するために、助けたようなものだ。

 市民をいきなり銃撃した本人は、これから辛い人生が待っている。


 内心で考えた俺に対して、柳井司は言う。


『そうか……。いや、そうだよな……。悪かった。変なことを言って……。あー、警察のほうだがな? 俺は、「異能者に配慮している」というポーズによって、警視長へ昇任した』


「おめでとうございます」


 微妙な顔になった司は、死んだ魚みたいな目で、事情を説明する。


『おう……。ただ、異能者にまつわるゴタゴタを担当する羽目になってな……。場合によっては、お前に相談するかもしれん。まあ、今後ともよろしく頼む』


 前よりもすすけた感じで、再び頭を下げてきた。


「分かりました」


 何か、いらん繋がりだけ、どんどん増えていく。


 ともあれ、これで、警察との話し合いを終えた。



 ◇ ◇ ◇



『大企業として有名な――は、業績が急下降しているだけではなく、海外との商取引で支障をきたしている模様です! 次の株主総会では経営陣の責任が追及されると共に、まだ利益を出している部門を切り離す方向で話し合う予定だと、関係者がうわさしています』


『東京ネーガル大学は、とんでもない場所でしたからねえ……。そこのイベントサークルの『フォルニデレ』が主犯で、よりにもよって、海外の有名企業のお嬢様たちに集団暴行をしようとは……。未遂で終わったとはいえ、日本人として肩身が狭いです。近海に展開していた多国籍軍の艦隊は、彼女たちに何かあったら、大義名分を掲げて、都心部へ侵攻していた可能性もありました。狙われた留学生が全員、たまたまで、本当に助かりましたよ』


『そうですね。今回は、港区の『東京エメンダーリ・タワー』のホテルについて、警察が迅速に制圧したおかげと言えます。檜高奥ひこうおう署の大きな不祥事があったとはいえ、ギリギリの線で踏み止まりました』


 テレビのワイドショーは、好き勝手に意見を述べている。


 それを流しているタブレットを置いた岩室いわむろ佐助さすけ――警視庁の生活安全部――は、反対側で向き合っている冷泉れいぜいのぼる――隣の県警から出向してきた刑事――を見た。


「お役に立てなくて、本当に申し訳ありませんでした。そもそも、私が誘った話だったのに……」


 ちょうど騒がしい時間帯の、チェーン店。

 誰が何を話しているのか? を掴みにくい。


 他人に聞かれないためには、この手が一番だ。



 そこのボックス席で、佐助は座ったまま、頭を下げた。


 2人の前には、それぞれ注文した品物が載っているトレイ。

 いつでもコーヒーを飲みたがるのは、もはや職業病かもしれない。



 慌てた昇が、言う。


「いや! 俺が暴走しただけだ。気にしないでくれ!」


 頭を上げた佐助は、おずおずと尋ねる。


「結局、あの女はどうなりました? 私は、市民会館で行われた決起集会で、控室から消え失せたとだけ……」


 それを聞いた昇は、当時の状況を思い出す。


 あの女……須瀬すせ亜志子あしこを許せず、決起集会へ乗り込もうと考えて、現場に到着した。


「俺は……。たまたま知っていた、操備そうび流のエージェント2人と出くわして、ひとまず現場の近くに停めている放送中継車で様子を見ていたんだ。それで――」


 ・

 ・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・・


 スパイ映画でよくあるように、放送中継車の内部は、監視用の機材ばかり。


 外部を映しているモニター群を見ながら、椅子の1つに座って、状況を待つ。


 一緒にいる、御三家の制服を着た女子高生2人。

 そのうちの香月こうげつ絵茉えまが、赤紫の瞳で見据えた。


 可愛らしい童顔だが、その目つきは鋭い。


「お兄さん、やる気だったでしょ? あの女の素性を知っていて、素手は考えにくい。どうせ、ポケットに小型の拳銃でも忍ばせて、接近した直後に全弾を叩き込む……当たりかァ」


 絵茉は、冷泉昇の動揺で、返事を待たずに理解した。


 指で髪の毛を弄りながら、事実を告げる。


「見つけたのが私たちで、良かったわー! ここは、ウチ……PMCピーエムシー(プライベート・ミリタリー・カンパニー)のエグゼ・リューデックスが張っていてね? もう少し遅かったら、処理されていたよ!」


 ギョッとした顔で、昇が見た。


 その視線を感じながら、絵茉はその理由を説明する。


「須瀬には、接近しちゃいけない。だけど、このタイミングを逃したら、取り返しがつかなくなる。それで、ウチがようやく、重い腰を上げたってわけ!」


「お前らは、一体どうするんだ?」


 気になった昇は質問したが、絵茉は何も答えず、モニターの光で照らされた顔でこちらを見るだけ。


 後ろを見たら、立っている五月女さおとめ湖子ここは、肩をすくめた。


 答える気がない、と分かったことで、昇は正面に向き直った。



「フィーネより各員へ! そろそろ、が始まるよー! 会費を持ったまま、待機してねー!」


 

 明らかに、符丁だ。


 片耳につけたイヤホンで指示した香月絵茉は、椅子に座ったままで、うーん、と背伸びをする。

 ショルダーホルスターに収まっている拳銃が、見えた。



『あ! どうやら、何かあったようです! ……須瀬亜志子さんの姿が、どこにも見えない? 控室に異常があったらしく、ただいま、警察を呼んで――』

「フィーネより各員へ! 誰か、状況を把握しろ! 急げ!!」


 現地にいるアナウンサーの声と、バタバタと動き回っている人々を映すテレビカメラ。


 香月絵茉は、それまでの口調から、一転した。



『タートル1よりフィーネへ! 控室にいた須瀬が、いきなり消えたようです。控室はまるで設備ごとえぐられた状態と、目視確認しました!』

「須瀬の追跡は!?」

『アウルよりフィーネへ! 須瀬の反応は、いきなり消失しました』


 ギシッと椅子を鳴らした絵茉は、30秒だけ、前屈みになった。


 次に、バッと上半身を戻す。


「フィーネより各員へ! 中止! 中止! 店の予約は、キャンセルして!! を準備!」


 訳が分からず、戸惑う冷泉昇は、五月女湖子を見た。


 けれど、彼女も忙しいようだ。


 コンソールに向かい、一生懸命に操作している。

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