第491話 ラストJK、襲来ー⑤

 桜技おうぎ流の代表と言える天沢あまさわ咲莉菜さりなは、ソファーに座ったままで、足を組んだ。


 その様子は、まさにキャリアウーマン。


 尻の下にあるスプリングをきしませつつ、熟考する。


「そうですね……。うーん……。鹿島かしまの本家は別で、ここは分家の端っこですから……。繋がりを調べる内偵も十分だし、どうせ向こうの上も『ヤバい!』と感じているタイミング。ここで時間を与えたら、先手を打たれるでしょう。2人には子供がいないので、やっちゃってください」


 許可を与えつつも、視線で問いかける咲莉菜。


 室矢むろや重遠しげとおを貶されて、怒り心頭に発するカレナは、端的に答える。



「文字通り、社会的に消す。それだけだ……」



 言葉に迷った咲莉菜を見た重遠が、代弁する。


「どういう意味か、皆に分かりやすく説明してあげなさい」


 本人に言われたことで、カレナは長く息を吐いた。


 代わりの空気を吸ってから、改めて答える。


「この2人の身元を証明する者とデータは、何1つない。結芽ゆめについては、『千陣せんじん流のひいらぎ家から、桜技おうぎ流の天沢家の養子になった』とする。……そういうことじゃ! 話を面倒にしないため、今この場にいる人間の意識には干渉しない」


 うなずいた咲莉菜は、お礼を述べる。


「つまり、わたくし達が変なことを言わなければ、それ以外は『天沢結芽』という話になると……。手間が省けました。ありがとうございます」


 座ったままでお辞儀をした咲莉菜は、次に結芽に話しかける。


「そなたは、どう思いますか? こちらへ来た場合でも、巫術ふじゅつを使っての任務や、ゆくゆくは教官や幹部になってもらう予定ですけど……」


「お願いします! どうせ、桜技流の異能者として生きるのだったら、自分の居場所が欲しいです! 室矢家に入れてもらったけど、力を見せて、役に立たないと……」


 また、捨てられる。


 最後は、言葉にならなかった。


 結芽の苦しみを感じた咲莉菜は、言葉を選ぶ。


「ひとまずは――」

「室矢家で、空き物件がある。そちらで生活させて、ゆっくり考えれば、良かろう?」


 ふうっと息を吐いた咲莉菜は、首肯した。


「分かりました……。彼女の荷物は?」


 言いながら、テーブルの上に置かれた書類――結芽の養子縁組のもの――を手に取り、事務バッグへ入れ直した。


 立ち上がった咲莉菜に対して、ずっと立っていたカレナは、ぶっきらぼうに言う。


「もう終わったのじゃ……。さて、ここでの修羅場を見ていても、仕方あるまい? 帰るぞ!」


 カレナの権能を使えば、物品を指定した場所へ移すなど、造作もない。



 まだ取っ組み合いの喧嘩をしている、鹿島家の夫婦。


 夫のほうは冷静で、連れ去られる結芽を引き留めたい。

 しかし、今となっては、妻がそれを妨害する始末だ。


 妻を振り払っても、咲莉菜の護衛が2人もいる。

 彼らに近づいて腕を掴むか、進路を塞げば、敵対行為として処理されるだろう。


 結局は、何もできず。



 大声で喚き散らす、ヒステリックな女の声を背にしながら、天沢咲莉菜たちは鹿島家を後にした。



 ◇ ◇ ◇



 鹿島家の妻が正気に戻ったのは、娘の結芽を連れ去られてから、3時間後。


 ムダに疲れ果てた夫妻は、より散らかったリビングで座り込む。


 時計を見ると、夕方……夜の8時だ。

 まるで、空き巣に荒らされたような有様だが、すぐに行動しなければならない。


 家長の男は、妻をどやしつけたい気持ちを必死で抑えながら、今後の行動を指示する。


「お前は、昼に来た刑事の携帯にかけて、『また娘が攫われた。事情が複雑だから、こっそりと自宅へ来て欲しい』と伝えろ」


「は、はい……」


 自分のせいで、先ほどの話し合いが決裂したばかりか、娘まで連れていかれた。


 その責任を自覚している妻は、差し出された名刺を受け取り、素直に固定電話へ歩み寄った。


「もしもし? 私、本日の午後、そちらのお世話になりました、鹿島です。実は、また娘が攫われまして、内密でご相談したく……。え? 何のご冗談でしょうか?」


 戸惑った声に変わったことで、家長の男は立ち上がった。


 ズカズカと近づき、ジェスチャーで替われ、と告げる。


 妻から受話器を受け取った男は、すぐに自己紹介をする。


「お電話、変わりました。私は、先ほどの女性の夫である――と申します。……はい。お忙しいところ申し訳ありませんが、こちらも娘が心配で――」

『だから、私には何も覚えがないんですよ! そもそも、お宅はどうやって、この番号を知ったんですか?』


 口調から、相手が本気で怒っていることを感じ取り、男は慌てた。

 妻が持っている名刺をひったくる。


「あなたから、お名刺をいただいたんです! 今日の午後、娘が誘拐されたということで、連絡のために! その事件は、『学校の合宿施設にいた』という話で片付いたのですが……」


 すると、電話口の相手が悩む雰囲気に。


『……その名刺、裏の左隅に、何て書いてありますか?』


 ひっくり返した男は、左隅に小さな記号があることに気づく。

 手書きのようだ。


「えーと……。横に平行な三本線で、左斜めが入っています」


 電話口で、ごそごそと擦れる音が続いた。


『あー、そうですか……。じゃあ、私が渡したようですね……。ちなみに、今日の午後で誘拐された娘さんの名前は? 通っている学校や勤め先があれば、そちらも』


「鹿島結芽です。動物の鹿に、海の島、結ぶに、木々の芽と書きます。四谷よつやドゥフイユ高校の3年生」


『……分かりました。いったん調べて、折り返しご連絡いたします。今の番号で、良いですか?』


「はい、よろしくお願いいたします」




 ――30分後


 固定電話が鳴ったので、今度は家長の男が出た。


『鹿島さんのお宅ですね? 問い合わせの件ですが……。鹿島結芽さんという女子は、存在しません』


「は?」


という女子なら、四谷ドゥフイユ高校の3年にいるようです。今、高校の教務に確認したから、間違いありません。やっぱり、鹿島さんの勘違いでは?』


 一気に冷や汗が出た男は、必死に主張する。


「いえ。確かに、ウチの娘でして……。その、写真とかは?」


『それは、見ていませんね。電話越しだったので……。そもそも、フィーユ――ドゥフイユの通称――は御三家の1つで、生徒の情報は部外秘になっています。今回は拝み倒して、何とか答えてもらったぐらいです! もっと個人情報が欲しければ、ご自分で問い合わせてください』


 今にも電話を切りそうな雰囲気に、家長の男は慌てた。


「あ、あの! 失礼ですが、あなたは今日の午後に、何をされていましたか?」


『少なくとも、誘拐事件の捜査ではなかったです。それ以上は守秘義務に違反するので……。ああ、そうそう! お手数ですが、私の名刺は読めない状態にしてから処分してください。刑事の個人情報を漏洩したら、そちらへお伺いする可能性もあることをご留意ください。ま、半分は冗談ですけどね? じゃ、お願いしますよ!』


 プツッ ツーツーツー


 一方的に切られたことで、男は放心した。


 力なく、受話器を戻す。



 だが、この異常は、翌日以降も続く……。




 ピ―――ッ!


 ATMで出金しようとした、鹿島家の女は、思わぬ警告音に驚いた。

 待っている人々が、一斉に注目する。


 近くで待機していた、制服を着た行員が近寄ってくる。


「ただいま、確認いたします! 少々、お待ちください……」


 しばらくATMを弄った後で、女に告げる。


「申し訳ありませんが、身分証明書をお持ちでしょうか?」


 憮然ぶぜんとしながらも、顔写真付きのマイナンバーカードを差し出す。


 しげしげと確認した行員は、頭を下げた。


「それで、カードはすぐ戻ってくるの?」


 イライラした女の質問に、行員は再び頭を下げる。


「大変申し訳ございません。どうやら機械の故障でして、すぐには対応できないかと……。完了しましたら、改めてご連絡いたします」


 怒鳴りつけようとした女は、周囲の視線に気づく。


「分かりました」


 人目を避けるように、女はATMコーナーを後にした。



「まったく! とんでもない銀行だわ! あとで、口座を解約しておかないと!」


 結芽のせいで、災難続きだ。


 怒りが頂点に達した女は、通りがかったスイーツ店に入る。


 しばし休息した後で、クレジットカードを差し出すも――


「お客様? こちらのカードは、無効になっております」


 なら、決済アプリで、と思ったが、スマホは通信できない状態だった。


 


 鹿島家の女は、呆然としたままで、帰宅した。


 お金を引き出して、ショッピングを楽しみ、夕飯の買い物をするどころではない。


 他の銀行でも全てのキャッシュカードがATMに吸い込まれ、手持ちのクレジットカードはどれも使えず。

 いつの間にか、スマホも機能を失っていた。


 帰宅後に問い合わせをしたら、あなたは登録されていません、の返事だけ。



 いったい、何が起きたのか?



 女は、冷蔵庫に残っていた食材で料理を作り、一足早くに食べた。


 夫婦仲が良いほうではないが、心細くなったことで、夫の帰りを願う。



 しかし、その日は1人で過ごすことになった。



 翌日の午前中に、女はご近所の主婦たちに愚痴を言う。


「本当に、酷い銀行なのですよ! 口座を持っているのなら、考え直したほうが良いと存じます」


「そ、そうですか……。わざわざ、ありがとうございます」


 1人がお礼を述べて、その後にも世間話が続いた。



 鹿島家の女は、多少のストレス発散をした後で、足取りも軽く帰宅。


 残った主婦たちは、ひそひそと話し合う。


「あれ、どなたですの?」

「さあ……。引っ越してきた方でしょうか?」

「でも、ご挨拶はないですし」

「私たちのことは、知っているようですけど……」




 帰宅した女は、買い物に行く金もなく、ワイドショーを眺めていた。


 自宅は荒れたままだが、とても片付けをする気になれない。


 ふと、固定電話を見たら、留守電が溜まっている。



 ピッ


『不動産会社から依頼された、法律事務所の者です。そちらで不法占拠をしている物件に関して、立ち退きをお願いしたく――』


『警察署ですが、お宅が使用されたキャッシュカードとクレジットカードの件で、ちょっとお話を聞かせてください。ご足労を願えませんかね?』


 その他にも、カード会社やら、電気会社やら、生活に必要なサービスに関連した組織からの留守電が、どんどん再生された。


 怖くなった女が後ずさったら、台に用意している電話帳が落ちた。


 思わず飛びつき、実家や親戚に片っ端から電話するも――


『悪戯電話は、もう止めてください!』


 誰からも、拒絶された。


 避けているのではなく、純粋に知らない、という声音だった。



 へたり込んだ女は、そのまま気絶する。



 ピンポーン


 いつの間にか、朝になっていた。


 つけっ放しのテレビは、朝の情報番組を流している。


 ピンポーン


 朦朧もうろうとした意識のままで、女はフラフラと立ち上がった。


 昨日は、ろくに食べていない。

 フローリングの上で座ったままの睡眠のせいで、身体もバキバキだ。


 それでも、他人との繋がりを求めるように、玄関ドアを開く。


「はい……」


 玄関の外には、スーツ姿の男たちがいた。


 先頭の男が警察手帳を開き、用件を述べる。


「あなたには、この物件の不法占拠、ならびに、カード類の偽造と同行使の疑いがかかっています。署までご同行を願います」




「ですから! 私は、鹿島――と言いまして!」


 自分の名前を何度言っても、取調室とりしらべしつの刑事は渋い顔をするばかり。


「いい加減に、本当の名前を言え! そんな名前の人間は、どこにもいないんだよ! お前、このままだと不法移民として、日本から放り出されるぞ? それでも、いいのか?」


 業を煮やした刑事の一言で、対面の女は暴れ出した。


 すぐに取り押さえたものの、それ以上の取調べは不可能、と判断。


 鹿島――を自称していた男と一緒に、出入国管理庁の管轄へ移され、東南アジア方面への強制退去と相成った。




 松木家には、結芽の婚約者だった、大学生の松木佐壬さじんがいた。


「父さん! 前に会った、俺の婚約者のことだけど……」


 振り返った男は、怪訝けげんそうに言い返す。


「何を言っているんだ? お前の結婚相手は、今探しているところだぞ?」


 指摘された佐壬は、自分でも不思議そうにつぶやく。


「あれ? そ、そうだよな……。ご、ごめん! 俺、ちょっと疲れているようだ」


 その場は誤魔化した佐壬だが、『鹿島結芽』の記憶は残り続ける。

 気になってしまう。


 けれども、このレベルの美少女は、そうそういない。


 彼はこの後の人生で、見つけようがない『鹿島結芽』を追い求めるのだが、それはまた別の話だ。




 いっぽう、感傷的だったカレナは、心配した室矢重遠たちに構われて、数日で機嫌を直した。


 聞けば、久々に制服姿の女子高生を見たことで、昔を思い出したようだ。


 結芽は恐縮したが、室矢家の一員として、今度こそたがえようのない家族と共に、前へ進んでいくことに……。



 未来の室矢家も興味深いが、次回からは高校時代へ戻る。


 原作の主人公の扱い。

 残った原作ルートの潰し込み。

 何よりも、室矢重遠の謎は、深まる一方だ。


 彼らの人生で最も輝いていて、忙しく、命の危険も多かった時期。


 まさに、ゴールデンな日々へ……。

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