第491話 ラストJK、襲来ー⑤
その様子は、まさにキャリアウーマン。
尻の下にあるスプリングを
「そうですね……。うーん……。
許可を与えつつも、視線で問いかける咲莉菜。
「文字通り、社会的に消す。それだけだ……」
言葉に迷った咲莉菜を見た重遠が、代弁する。
「どういう意味か、皆に分かりやすく説明してあげなさい」
本人に言われたことで、カレナは長く息を吐いた。
代わりの空気を吸ってから、改めて答える。
「この2人の身元を証明する者とデータは、何1つない。
「つまり、わたくし達が変なことを言わなければ、それ以外は『天沢結芽』という話になると……。手間が省けました。ありがとうございます」
座ったままでお辞儀をした咲莉菜は、次に結芽に話しかける。
「そなたは、どう思いますか? こちらへ来た場合でも、
「お願いします! どうせ、桜技流の異能者として生きるのだったら、自分の居場所が欲しいです! 室矢家に入れてもらったけど、力を見せて、役に立たないと……」
また、捨てられる。
最後は、言葉にならなかった。
結芽の苦しみを感じた咲莉菜は、言葉を選ぶ。
「ひとまずは――」
「室矢家で、空き物件がある。そちらで生活させて、ゆっくり考えれば、良かろう?」
ふうっと息を吐いた咲莉菜は、首肯した。
「分かりました……。彼女の荷物は?」
言いながら、テーブルの上に置かれた書類――結芽の養子縁組のもの――を手に取り、事務バッグへ入れ直した。
立ち上がった咲莉菜に対して、ずっと立っていたカレナは、ぶっきらぼうに言う。
「もう終わったのじゃ……。さて、ここで名無しの修羅場を見ていても、仕方あるまい? 帰るぞ!」
カレナの権能を使えば、物品を指定した場所へ移すなど、造作もない。
まだ取っ組み合いの喧嘩をしている、鹿島家の夫婦。
夫のほうは冷静で、連れ去られる結芽を引き留めたい。
しかし、今となっては、妻がそれを妨害する始末だ。
妻を振り払っても、咲莉菜の護衛が2人もいる。
彼らに近づいて腕を掴むか、進路を塞げば、敵対行為として処理されるだろう。
結局は、何もできず。
大声で喚き散らす、ヒステリックな女の声を背にしながら、天沢咲莉菜たちは鹿島家を後にした。
◇ ◇ ◇
鹿島家の妻が正気に戻ったのは、娘の結芽を連れ去られてから、3時間後。
ムダに疲れ果てた夫妻は、より散らかったリビングで座り込む。
時計を見ると、夕方……夜の8時だ。
まるで、空き巣に荒らされたような有様だが、すぐに行動しなければならない。
家長の男は、妻をどやしつけたい気持ちを必死で抑えながら、今後の行動を指示する。
「お前は、昼に来た刑事の携帯にかけて、『また娘が攫われた。事情が複雑だから、こっそりと自宅へ来て欲しい』と伝えろ」
「は、はい……」
自分のせいで、先ほどの話し合いが決裂したばかりか、娘まで連れていかれた。
その責任を自覚している妻は、差し出された名刺を受け取り、素直に固定電話へ歩み寄った。
「もしもし? 私、本日の午後、そちらのお世話になりました、鹿島です。実は、また娘が攫われまして、内密でご相談したく……。え? 何のご冗談でしょうか?」
戸惑った声に変わったことで、家長の男は立ち上がった。
ズカズカと近づき、ジェスチャーで替われ、と告げる。
妻から受話器を受け取った男は、すぐに自己紹介をする。
「お電話、変わりました。私は、先ほどの女性の夫である――と申します。……はい。お忙しいところ申し訳ありませんが、こちらも娘が心配で――」
『だから、私には何も覚えがないんですよ! そもそも、お宅はどうやって、この番号を知ったんですか?』
口調から、相手が本気で怒っていることを感じ取り、男は慌てた。
妻が持っている名刺をひったくる。
「あなたから、お名刺をいただいたんです! 今日の午後、娘が誘拐されたということで、連絡のために! その事件は、『学校の合宿施設にいた』という話で片付いたのですが……」
すると、電話口の相手が悩む雰囲気に。
『……その名刺、裏の左隅に、何て書いてありますか?』
ひっくり返した男は、左隅に小さな記号があることに気づく。
手書きのようだ。
「えーと……。横に平行な三本線で、左斜めが入っています」
電話口で、ごそごそと擦れる音が続いた。
『あー、そうですか……。じゃあ、私が渡したようですね……。ちなみに、今日の午後で誘拐された娘さんの名前は? 通っている学校や勤め先があれば、そちらも』
「鹿島結芽です。動物の鹿に、海の島、結ぶに、木々の芽と書きます。
『……分かりました。いったん調べて、折り返しご連絡いたします。今の番号で、良いですか?』
「はい、よろしくお願いいたします」
――30分後
固定電話が鳴ったので、今度は家長の男が出た。
『鹿島さんのお宅ですね? 問い合わせの件ですが……。鹿島結芽さんという女子は、存在しません』
「は?」
『天沢結芽という女子なら、四谷ドゥフイユ高校の3年にいるようです。今、高校の教務に確認したから、間違いありません。やっぱり、鹿島さんの勘違いでは?』
一気に冷や汗が出た男は、必死に主張する。
「いえ。確かに、ウチの娘でして……。その、写真とかは?」
『それは、見ていませんね。電話越しだったので……。そもそも、フィーユ――ドゥフイユの通称――は御三家の1つで、生徒の情報は部外秘になっています。今回は拝み倒して、何とか答えてもらったぐらいです! もっと個人情報が欲しければ、ご自分で問い合わせてください』
今にも電話を切りそうな雰囲気に、家長の男は慌てた。
「あ、あの! 失礼ですが、あなたは今日の午後に、何をされていましたか?」
『少なくとも、誘拐事件の捜査ではなかったです。それ以上は守秘義務に違反するので……。ああ、そうそう! お手数ですが、私の名刺は読めない状態にしてから処分してください。刑事の個人情報を漏洩したら、そちらへお伺いする可能性もあることをご留意ください。ま、半分は冗談ですけどね? じゃ、お願いしますよ!』
プツッ ツーツーツー
一方的に切られたことで、男は放心した。
力なく、受話器を戻す。
だが、この異常は、翌日以降も続く……。
ピ―――ッ!
ATMで出金しようとした、鹿島家の女は、思わぬ警告音に驚いた。
待っている人々が、一斉に注目する。
近くで待機していた、制服を着た行員が近寄ってくる。
「ただいま、確認いたします! 少々、お待ちください……」
しばらくATMを弄った後で、女に告げる。
「申し訳ありませんが、身分証明書をお持ちでしょうか?」
しげしげと確認した行員は、頭を下げた。
「それで、カードはすぐ戻ってくるの?」
イライラした女の質問に、行員は再び頭を下げる。
「大変申し訳ございません。どうやら機械の故障でして、すぐには対応できないかと……。完了しましたら、改めてご連絡いたします」
怒鳴りつけようとした女は、周囲の視線に気づく。
「分かりました」
人目を避けるように、女はATMコーナーを後にした。
「まったく! とんでもない銀行だわ! あとで、口座を解約しておかないと!」
結芽のせいで、災難続きだ。
怒りが頂点に達した女は、通りがかったスイーツ店に入る。
しばし休息した後で、クレジットカードを差し出すも――
「お客様? こちらのカードは、無効になっております」
なら、決済アプリで、と思ったが、スマホは通信できない状態だった。
鹿島家の女は、呆然としたままで、帰宅した。
お金を引き出して、ショッピングを楽しみ、夕飯の買い物をするどころではない。
他の銀行でも全てのキャッシュカードがATMに吸い込まれ、手持ちのクレジットカードはどれも使えず。
いつの間にか、スマホも機能を失っていた。
帰宅後に問い合わせをしたら、あなたは登録されていません、の返事だけ。
いったい、何が起きたのか?
女は、冷蔵庫に残っていた食材で料理を作り、一足早くに食べた。
夫婦仲が良いほうではないが、心細くなったことで、夫の帰りを願う。
しかし、その日は1人で過ごすことになった。
翌日の午前中に、女はご近所の主婦たちに愚痴を言う。
「本当に、酷い銀行なのですよ! 口座を持っているのなら、考え直したほうが良いと存じます」
「そ、そうですか……。わざわざ、ありがとうございます」
1人がお礼を述べて、その後にも世間話が続いた。
鹿島家の女は、多少のストレス発散をした後で、足取りも軽く帰宅。
残った主婦たちは、ひそひそと話し合う。
「あれ、どなたですの?」
「さあ……。引っ越してきた方でしょうか?」
「でも、ご挨拶はないですし」
「私たちのことは、知っているようですけど……」
帰宅した女は、買い物に行く金もなく、ワイドショーを眺めていた。
自宅は荒れたままだが、とても片付けをする気になれない。
ふと、固定電話を見たら、留守電が溜まっている。
ピッ
『不動産会社から依頼された、法律事務所の者です。そちらで不法占拠をしている物件に関して、立ち退きをお願いしたく――』
『警察署ですが、お宅が使用されたキャッシュカードとクレジットカードの件で、ちょっとお話を聞かせてください。ご足労を願えませんかね?』
その他にも、カード会社やら、電気会社やら、生活に必要なサービスに関連した組織からの留守電が、どんどん再生された。
怖くなった女が後ずさったら、台に用意している電話帳が落ちた。
思わず飛びつき、実家や親戚に片っ端から電話するも――
『悪戯電話は、もう止めてください!』
誰からも、拒絶された。
避けているのではなく、純粋に知らない、という声音だった。
へたり込んだ女は、そのまま気絶する。
ピンポーン
いつの間にか、朝になっていた。
つけっ放しのテレビは、朝の情報番組を流している。
ピンポーン
昨日は、
フローリングの上で座ったままの睡眠のせいで、身体もバキバキだ。
それでも、他人との繋がりを求めるように、玄関ドアを開く。
「はい……」
玄関の外には、スーツ姿の男たちがいた。
先頭の男が警察手帳を開き、用件を述べる。
「あなたには、この物件の不法占拠、ならびに、カード類の偽造と同行使の疑いがかかっています。署までご同行を願います」
「ですから! 私は、鹿島――と言いまして!」
自分の名前を何度言っても、
「いい加減に、本当の名前を言え! そんな名前の人間は、どこにもいないんだよ! お前、このままだと不法移民として、日本から放り出されるぞ? それでも、いいのか?」
業を煮やした刑事の一言で、対面の女は暴れ出した。
すぐに取り押さえたものの、それ以上の取調べは不可能、と判断。
鹿島――を自称していた男と一緒に、出入国管理庁の管轄へ移され、東南アジア方面への強制退去と相成った。
松木家には、結芽の婚約者だった、大学生の松木
「父さん! 前に会った、俺の婚約者のことだけど……」
振り返った男は、
「何を言っているんだ? お前の結婚相手は、今探しているところだぞ?」
指摘された佐壬は、自分でも不思議そうに
「あれ? そ、そうだよな……。ご、ごめん! 俺、ちょっと疲れているようだ」
その場は誤魔化した佐壬だが、『鹿島結芽』の記憶は残り続ける。
気になってしまう。
けれども、このレベルの美少女は、そうそういない。
彼はこの後の人生で、見つけようがない『鹿島結芽』を追い求めるのだが、それはまた別の話だ。
いっぽう、感傷的だったカレナは、心配した室矢重遠たちに構われて、数日で機嫌を直した。
聞けば、久々に制服姿の女子高生を見たことで、昔を思い出したようだ。
結芽は恐縮したが、室矢家の一員として、今度こそ
未来の室矢家も興味深いが、次回からは高校時代へ戻る。
原作の主人公の扱い。
残った原作ルートの潰し込み。
何よりも、室矢重遠の謎は、深まる一方だ。
彼らの人生で最も輝いていて、忙しく、命の危険も多かった時期。
まさに、ゴールデンな日々へ……。
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