第490話 ラストJK、襲来ー④

 鹿島かしま家のリビングは、凍り付く。


 インターホンからの音声は、ソファーに座っている男の耳にも、届いた。



 最悪だ。

 よりにもよって、このタイミングで……。


 しかし、居留守を使うことは不可能だ。

 娘の鹿島結芽ゆめを連れてきた、と言っている。


 それが事実ならば、みすみす彼女の身柄を奪われるだけ。


 筆頭巫女の天沢あまさわ咲莉菜さりなが、何を知っているのかは、まだ不明だ。

 すぐに娘を引き取り、理由をつけて玄関ドアを閉めればいい。



 返事ができず、オロオロする妻を押しのけた男は、インターホンに話しかける。


「そこに、娘がいるのですか?」

『はい。……鹿島さん?』


 玄関の子機のカメラに、結芽の姿が映った。


 男は、最後の抵抗を試みる。


「いや、すみません! わざわざ送っていただいて! あとは、ウチで対応します。申し訳ありませんが、今は自宅が散らかっておりまして。この御礼は、後日に必ず――」

『鹿島さん? あなたは、「娘が誘拐された」と通報したうえで、担当の刑事に、「室矢むろや家の当主が犯人だ」と言ったそうですね?』


 自宅の中で言ったのに、なぜか知っている。


 ゾッとした男は、思わず周囲を見回した。


 我に返って、すぐに返事をする。


「い、いやいや! そんなことは決して! ただ、娘が行った先の心当たりとして、候補に挙げた次第で――」

『娘に付きまとっていた、という表現が、あなたの視点では「ただの候補」ですか……。その言い訳が、彼らに通用すると良いですね? 鹿島家の方々とお会いできなくなるのは、わたくしも残念です。それでは』


 天沢咲莉菜は、お前ら、室矢家に殺されるぞ? と告げた。


 帰ろうとするので、慌てて引き留める。


「ちょ、ちょっと待ってください! 誤解です! そのようなことは、決して言っておりません! 娘を連れてきた御礼もございますから、どうぞ上がってください」




 5分後の、鹿島家のリビングは、いきなり賑やかになった。


 天沢咲莉菜と、その後ろに立つ護衛2人。

 さらに、くだんの室矢重遠しげとおまでいる。


 長い黒髪の美少女も、彼の横に座った。

 その紺青こんじょう色の瞳は、興味なさげだ。


 彼女だけ自己紹介を行わず、それを聞ける雰囲気でもない。



 この場を支配した天沢咲莉菜は、レディースの事務バッグ――海外ブランド製――から書類を取り出し、スッと差し出した。


 テーブルを挟んで受け取った男は、“養子縁組” の書類と知って、気色ばむ。


「これは、どういう真似ですか、天沢さん? 説明してもらえますか?」


 笑顔の咲莉菜は、すぐに応じる。


「はい。結芽さんを天沢家の養子にするための書類です。署名をしていただければ、後はこちらで処理いたしますので。彼女の家財道具に関しても、引越し費用を負担しますから――」

「待ってください! そのような話には、一切応じません! 娘を届けていただいたことには感謝します。ですが、いくら筆頭巫女といえども、それは横暴でしょう!?」


 無表情になった咲莉菜は、目の前の男に忠告する。


「わたくしは、そちらの顔を立てて、穏便に話しています。今のうちに黙ってサインをしたほうが、賢明ですよ?」


 鹿島家の夫妻は、怒った。


「そちらこそ、今のうちに帰ってください!」

「警察を呼びますよ!? 結芽は、こちらへ来なさい! 松木さんのご家族に会って、早く謝罪しないと……」


 結芽は最初から、室矢重遠の側に座っている。


 今の叫びにも、答えない。


 自分の式神、『百々紙ももがみ』の御札による替え玉や、盗聴。

 義理の両親の本音を知り尽くしている結芽には、ただの茶番だ。


 むろん、彼らに愛情はなく、恩義も感じていない。



 家長の男が、結芽を見た。


「私は、お前のためを思って、面倒を見てきた。10年も暮らしてきた家族ではなく、他人の肩を持つのか? 誰が、御三家と呼ばれている女子校に通わせて、この家で面倒を見てきたと思っているんだ!」


 義理の母親も、それに追従する。


「いい加減にしなさい! どれだけ、お母さん達を困らせれば、気が済むの!?」


 渦中にいる結芽は、冷めた目で、情に訴えてくる夫妻を見た。


「そもそもさ……。私がいることで、独自の巫術ふじゅつによる部隊を築き、実動部隊の天沢さん達の力を削ぐことが目的でしょ? 将来的な話だけど……」


 いきなり核心を突かれた夫妻は、目を大きく開いた。


「な、何を言っているんだ、結芽!」

「そうよ! 天沢さんがいる前で、失礼でしょ!?」


 すると、内廊下から、もう1人の鹿島結芽が入ってきた。


 その場にいる夫妻だけが、驚いて立ち上がる。



 ソファーに座っている結芽は、パチンと指を鳴らした。

 バサバサと、無数の御札に変わって、床に舞い散る。


 いかにも意味がありそうな模様は、全体が赤く光っていた。


 

 鹿島家の夫妻だけ、あごが外れんばかりに驚いている。


 

 ソファーに座っている鹿島結芽は、どこからか別の御札を取り出した。


「まあ、そういうわけで? あんた達が偉そうに説教をしていたのは、私が式神で作った身代わりでした。松木の親子が接したのも、この身代わり……。イエス・ノーしか言わない人形を相手に、全く違和感を覚えないで、よく言えたものね? 普段から気にかけていたら、普通は『おかしいな?』と思い、もっと会話をするわよ……。これなら、人間である必要もない。良かったわね? 私がいなくなっても、代わりの人形を置けば、きっと寂しくないでしょう」


 床に降り積もった御札の山や、結芽が持っていた御札は、いつの間にか消えていた。


 ショックを受けていた夫妻は、その言葉に激高するも――


「鹿島さん? 今は、結芽さんの養子縁組の話をしている途中です。わたくしも暇ではないため、先ほどの巫術の部隊を含めて、説明をお願いいたします。少なくとも、鹿島家や松木家でそのような動きをしていることは、初耳ですから」


 頭から冷水を浴びせられた雰囲気の男は、即座に否定する。


「そのようなことは、決して! 娘の結婚相手である松木家や、鹿島家の寄合よりあいやしろの本庁に確認してもらっても、構いません! 娘の養子縁組については、先ほど述べた通り、お断りします」


 逆に言えば、そこまでは口裏を合わせている。


 内心で結論を出した天沢咲莉菜は、自分の隣にいる室矢重遠を見た。

 

「あなた……。コホン! 室矢さんは、何か言うことがありますか?」


 首肯した重遠は、もう立派な青年だ。

 かつての高校生の時とは比べ物にならない冷静さで、発言する。


「最初に、お宅の娘さんを誘拐した犯人を私だと告発したことへの謝罪があれば、この場で聞こう」


 イケボだが、傲慢ごうまんな態度に、鹿島家の夫妻は、カチンときた。


「私には、全く覚えがありませんな」

「そもそも、なぜ同席しているのですか? 部外者は、すぐに出ていってください!」


 形勢不利とはいえ、ここは鹿島家だ。

 部外者が居座るのは、おかしい。


 反省の色なしと見た重遠は、自分の隣にいる女子高生を見た。


「では、カレナ。あとは、任せる……」

「分かったのじゃ」


 それきり、室矢重遠は黙った。


 長い黒髪の少女は、宇宙のような紺青こんじょう色の瞳で、向かいに座る男女を見た。


「私は、室矢カレナだ。以後は、隣にいる重遠の代理人として、話すぞ? 1つ、重遠を女子誘拐の犯人に仕立てたことは、情状酌量の余地なしだ。1つ、私の隣に座っている結芽は、天沢家の養子にした後で、改めて重遠の女……つまり、室矢家へ迎え入れる。以上」


 裁判官が最終判決を読み上げるような、淡々とした言い方。



 数時間にも思える空白が、流れた。



 1分後に正気を取り戻した家長は、まさに怒り狂った。


「何様のつもりだ!! だいたい、私はそのようなことを言っていない! 貴様らは、人の話を聞けないのか!? ……もういい! 警察に通報しろ! 女子高生の娘を狙う変質者として、前科をつけてやる。どんな弁護士が来ても、金額を提示されても、示談には応じないからな! 覚悟しておけ!」


 夫の剣幕に、妻は慌てて固定電話へ向かった。


 しかし、電話は不通。


 自分のスマホを取り出すも、やはり繋がらない。


 

 困った様子で戻ってきた妻に、鹿島家の男は、困惑する。


「何? 電話が繋がらない? そんなはずは……。おい! 貴様ら、いったい何をした!?」


 自分のスマホでも、圏外の表示。


 家長の男は、対面で座っている天沢咲莉菜たちを睨みつけた。



「どうした? 外へ駆け出して、助けを呼ばないのか? 『誰か、助けてー!』と……」


 バカにしたような、カレナの声。


 思わず、そちらを見た夫妻だが、どちらも動かない。


 そんなことをすれば、仮にこいつらを法律で叩きのめせても、ご近所の噂話うわさばなしの餌食だ。


 今の通報でも、目立たないようにサイレンを鳴らさず、来て欲しい。と付け加えるつもりだった。



 ソファーから立ったカレナは、全員の注目を集めたままで、悠々と歩く。

 まるで、名探偵が推理を披露する場面のように。


「楽しい時間が過ぎるのは、本当に早いものだ。命の危険が何度もあったのに、高校時代のほうがキラキラと輝いていたように思えるのじゃ……。それがもう、重遠たちは20代の中盤……。この調子では、また1人になるまで、あっと言う間だ。しかし、有限だからこそ、愛おしく思えるのだろう」


 その嘆きは、女子高生のモノではない。


 感傷に浸っているカレナに、鹿島家の女が声をかける。


「あなたも、この男に囲われているの? なら、私たちが救ってあげます! だから、その男の言いなりを止めて、正直に話してちょうだい! しばらくは、ウチで面倒を見てあげてもいいわ」


 カレナを知らない女は、一番の地雷を踏み抜いた。


「その辺で、止めておけ……」


 ポツリとつぶやいたカレナに対して、鹿島家の女は、どんどん興奮する。


「もう一人前の年齢で、女子高生を囲っているなんて、汚らわしい! こんな男は、早く刑務所に入れて、二度と世間に出てこられないように、するべきよ!!」


 完全に言い訳できない暴言に、隣の夫は焦った。


 もし録音されていたら、訴えられた時点で負けるからだ。


「おい! 今は、そういう話をしている場合じゃないだろ! 少し黙れ!」


 だが、妻は言うことを聞かない。


「あなたがそういう態度だから、結芽も言うことを聞かないんでしょ!」

「それは、関係ないだろ!」

「だったら、早く結芽を取り戻してくださいよ!」

「そのために、今、話し合っているところだろう!?」



 女のほうは雰囲気から、男女の関係と察した。

 確かに、カレナは重遠と、そういう仲だ。


 わずかな時間で、天沢咲莉菜とも肉体関係があることを悟った。


 結芽の雰囲気も違っていて、イタした可能性が高い。

 式神とやらで誤魔化していたのなら、その時間はあった。


 年端もいかない少女を含めての、女漁りだ。


 この女が一番許せない領域へ、突入した。


 勘だけで真実を積み重ねたら、理屈ではなく、感情的に、相手を排除したい、と思う状態になってしまったのだ。


 こうなったら、もう止まらない。



 後先考えずに、室矢重遠を貶し続けた女は、その場にいるのも嫌になったらしく、玄関へ走ろうとして、夫に止められた。


 いっぽう、怒りすぎて、むしろ笑顔になったカレナは、天沢咲莉菜に尋ねる。


「この2人、消してもいいか? どうやら、社会的に消えることが望みのようだからな……」

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