第488話 ラストJK、襲来ー②

 お嬢様学校の四谷よつやドゥフイユは、東京の御三家の1つ。

 日本を代表する名家、または、政財界の大物が保護者になっている女子ばかり。


 外部生の受入は、優秀な人材を入れて、よどみ腐ることを避けるため。

 慣れ合うだけでは、有名大学への入学実績が落ちるうえに、全く競争原理が働かず、視野も狭くなってしまう。


 その中学の試練を乗り切って、どちらにも顔が利く鹿島かしま結芽ゆめは、いよいよ高校生に……。



 部活で先輩に説教されるなど、様々な洗礼を受けつつも、上の学年へと進んでいく。




 窓の外では、桜の花びらが宙を舞っている。


 高校3年生になった鹿島結芽は、放課後の教室で、近くにいる友人を見た。

 受験用の参考書やノートを広げて、勉強中だ。


「ご熱心ね~」


 邪魔をされた古河ふるかわ楓佳ふうかは、怒りのオーラを漂わせながら、結芽を見た。


「あなたと違って、今年は大学受験! 志望先を医学部で固めているのだから、邪魔しないでよ!」


 だが、こいつは言って聞く奴じゃないか、と思い直した。


 楓佳は持っていたペンを置き、雑談に入る。


「早いものだね。もう卒業しちゃうよ……」


 近くの椅子に座った結芽は、それに応じる。


「そーだねー。思えば、小学校で編入してから、中学で誘拐犯グループをぶっ飛ばして、高校では男子の御三家からのアプローチを断りまくっていたら、3年生だよ」


 溜息を吐いた楓佳は、言い返す。


「私は、結芽が退学にならないのが、不思議! 先生たちは『素晴らしい善行と、胃が痛くなる問題のどちらかで、プラマイゼロ』と言っているし」


 一時期は、生徒会長に推薦されたものの、本人が辞退した。


 良くも悪くも、目立つ生徒だ。


 その結芽は、なぜか照れた。


「あまり褒めるな」

「褒めてない!」


 思わず言い返した楓佳は、その勢いで尋ねる。


「結芽はさ……。卒業したら、お嫁さん? 小学校の時から、ずっと同じ男を追っかけているみたいだけど……」


 御三家の女子校でも、完全に恋愛禁止とは限らない。


 わざわざ校則に書かずとも、それは自制できますよね? という話。

 色々な意味で。


 

 鹿島結芽は、自嘲気味の笑みを浮かべた。


「まあ、私は立場がヤバくてね……。堅苦しい家の養子で、異能者だから。十分に守れるだけの男は、限られてるの」


 何となく察した楓佳は、それで男子校のイケメンを片っ端から振っているのか、と思う。


 少しぐらい、こちらへ回して欲しい。という本音は、口にせず。



 高校3年の鹿島結芽は、美少女だ。


 少し長くした黒髪は、校則に従い、ヘアゴムでまとめている。

 赤茶色の瞳も、日本でよく見るカラー。


 それなのに、華がある。


 スタイルとしては、自分のほうがいいけど……。


 

 たまに毒を吐きながら、結芽と腐れ縁の楓佳は、ぼんやりと考える。



 神社に関係していることで、その神秘的な雰囲気は、納得できる。


 元々の活発さと、清楚な容姿。

 そこに、お嬢様学校の教育が加わり、得も言われぬ魅力を醸し出す。


 小学校の低学年から積み重ねてきた、本物だ。

 ある意味では、学校の理念を体現した女子と言ってもいい。


 裏表がなく、誠実に取り組む……。



 雰囲気で察したのか、当の本人は胸を張った。


「もっと、私を褒め称えなさい!」

「この前の反省文、もう書いた?」


 まだ……。と答えた結芽は、しおれた。


 高校3年なのに、こいつ小学生みたいだな。と思う楓佳。



 だが、気の毒になったので、少し気を遣う。


「話を戻すけどさ! 結芽が迫れば、その室矢むろやって男も、イチコロだよ! 文化祭でチラッと見たけど、良い男じゃん。年上といっても、10歳の差までは普通にあるし」



 チケット制の文化祭では、室矢重遠しげとおも招かれた。


 その際には、周りの女子たちが、あの人? へー、鹿島さんの……。とコソコソ話をされたせいで、地味に精神ダメージを食らっていた。



 女子校。

 何もかもが皆、懐かしい。


 忘れていた、あの地獄。


 蒸し暑いジャングル。

 その視界が利かない木々の合間で光る銃口。


 泥や水に足を取られながらの行軍と似た、緊張感。


 こいつは、敵か?

 あいつも、敵か?


 どうして、俺は女子校の文化祭へ来てしまったのだろう? 



 内心で、泥沼のゲリラ戦を繰り広げる重遠。


 それに対して、鹿島結芽は、プレッシャーを与えずに張り付き、面白半分で揶揄からかう女子たちをさばく。


 彼は自覚しなかったが、結芽のフォローは優秀。

 同時に、私が狙っている男、と周知させたのだ。


 

 鹿島結芽は、楓佳がおだてたことで、元気を取り戻した。


「そ、そーだよね! うん! 楓佳、少し練習台になって!」

「え? ちょっと、待ってよ!?」


 本人の拒否をスルーした結芽は、あーあーと発声練習。


 急に、雰囲気を変えた。


「私は――」

「あ! ごめん、結芽! そろそろ、塾に行かないと……」


 元のダラけた状態になった結芽は、あ、そう? と止めた。



 親友の古河楓佳が、逃げるように教室を出て行く。


 その様子を眺めていたら、授業中に預けていたスマホが震えた。


 取り出して、画面を触ると――



“今日は、大事な話があります。できるだけ早く、家に帰ってきなさい”



 差出人は、鹿島家にいる、義理の母親だ。


 チッと舌打ちした結芽は、いよいよ来たか、と覚悟する。




 東京の高級住宅街にある、新築のデザイナーズ住宅。

 その表札は、“鹿島” だ。


 1階の広いリビングで、ソファーに座る親子。

 雰囲気は冷え切っていて、家族の団欒だんらんとは程遠い。


 父親らしき男が、向かいに座る女子高生に言う。


「今までは、お前が嫌がっていたから、私たちも控えていた。しかし、お前は今年でいよいよ高校を卒業する。これからの話をしよう」


「はい、お父様」


 結芽は、四谷ドゥフイユの高校にいた時とは違い、お嬢様にふさわしい態度だ。


 義理の父親は、満足そうにうなずいた。


 男の隣に座る女が、話を続ける。


「結芽。あなたの婚約者が、決まりました。由緒正しい社家しゃけ松木まつき佐壬さじんという方で、ちょうど彼も今年で大学を卒業して、実家を継ぐ準備が整います。あなたが卒業式を終えた後で、松木さんのご自宅……神社へ引っ越す手筈です。彼には、挨拶回りや手続きがあるでしょう。卒業式を終えたら、すぐに現地入りして、妻の立場に恥じないよう、氏子うじこの方々や、彼のご家族にも挨拶をしなさい。まだ先の話とはいえ、今度の夏休みには手土産を持って、そちらへうかがうように。むろん、私たちも一緒です。可能であれば、松木さんが奉仕などで関係する神社の婦人会にも」


「はい、お母様」


 ここで、義理の父親が口を挟む。


「実際の話は、夏に両家が会ってからだ。そういえば、松木君とは、小さい頃に会ったきりだな。結芽は、彼のことを覚えているか?」


「いいえ」


 それを聞いた男は、自分のスマホで1つの画像を見せる。


「これだ。大学で撮影したらしく、ほぼ今の写真らしい。男前じゃないか! 良かったな?」


「はい」


 スマホを引っ込めた男は、少し緊張した顔つきに。


「ところで、結芽? お前は、巫術ふじゅつをどれぐらい使えるんだ? 中学の時には、誘拐犯たちを退しりぞけたらしいが……。それから数年はったのだし、もっと上手になったのか?」


「あなた? 結芽も、ようやく婚約者が決まったことで、色々とあるでしょう。その話は、また落ち着いてからで……」


 妻の言葉を受けて、義理の父親は口を閉じた。


 女が、代わりに話す。


「これで、私たちの話は終わりました。自室へ戻りなさい」


「はい」


 ソファーから立ち上がった鹿島結芽は、スッとお辞儀をして、奥にある階段で上っていく。




 リビングに残った、鹿島家の夫妻。


 2階でバタンと音がした後で、小声の話し合い。


「これで、肩の荷が下りるよ」

「そうですね。四谷ドゥフイユに入れて、正解でした」


 当初は、幼児ということもあって、生意気だった。

 学校に通う間で大人しくなり、多少のトラブルを起こしたものの、男子絡みはなし。


「まるで、人形のようだ」

「いちいち反抗するよりは、よっぽどマシですよ? ここまで来たのだから、気を引き締めて、松木家との初夜まで過ごしましょう」


「あいつは、室矢家の当主にアピールしている。大丈夫か? 女に節操がない男のようで、先に手を出されると大変だ」

「結芽は、学校の文化祭で会ったぐらいです。これだけ従順であれば、心配いらないでしょう。あの子が元々いたひいらぎ家からも、連絡がありませんし……」


「くれぐれも、には気づかれんようにな?」

「分かっていますよ。あの子は、千陣せんじん流に伝手があっても、桜技おうぎ流にはないでしょう」




 自室へ帰ってきた『』を御札に戻した鹿島結芽は、残しておいた御札による盗聴で、首をかしげた。


 どうにも、妙だ。




 ある日、四谷ドゥフイユの高校で、部活の合宿が行われた。


 それ自体は、珍しくないのだが――


「合宿? それは、許可できないな……」

「諦めなさい! この週末で、松木さんのご家族が訪ねてきたのですよ?」


 玄関から人が入ってくる気配に、鹿島結芽は2階の自室へ駆け出した。


 呆気に取られた夫妻だが、同じく驚いた松木家の親子に、言い訳を始める。



 リビングで談笑して、2時間後。


 時計を見た、鹿島家の男は、頭を下げた。


「申し訳ありません。どうにも、不出来な娘でして……。そろそろ、松木さんにご挨拶をするよう、言ってきます」


 客人である松木家の父親が、慌てて告げる。


「いえいえ! 急に押しかけた私たちも、悪かったので! ……佐壬。お前が行ってきなさい。これから夫婦になるんだ。こういう事態でも、相手と話すことが大事だぞ?」


「はい、父さん」


 結芽の結婚相手と思しき、男子大学生が返事をした。



 松木佐壬は、鹿島家のあるじに案内されて、彼女の自室まで辿り着く。


 1人にされた後で、扉をノックする。


 コンコンコン


「あの、俺……。君の婚約者になった、松木佐壬と言います。今日は、父さんと挨拶に来たんだ。急にやってきて、ごめんね? ただ、全く顔を出してくれないのも、ちょっと悲しいな……。えっと、下には行きたくない? は、入ってもいいかな?」


 男子大学生の確認に、中で人が動く気配。


 ガチャッと、内鍵らしき音が響いた後で、キィッときしむ。


「どうぞ……」


 いきなりの行動に驚く佐壬だが、扉の陰から出てきた美少女の姿に、思わず息を呑んだ。


 古河楓佳が告白の練習を断った理由は、魅力的すぎるから。

 内心で指摘したように、結芽は絶妙なバランスを保つ。


 以前に、結芽が後輩にささやき続けたら、その女子は腰砕けになった。

 それ以来、彼女は熱っぽい視線で、結芽を見ることに……。


 鹿島結芽の本気には、それほどの破壊力がある。



 まして、女性経験に乏しい松木佐壬は、マジマジと結芽を見つめた。


「っと、ごめん! じゃ、じゃあ、入るよ?」

「はい」


 内廊下で立っていても、仕方がない。

 

 我に返った佐壬は、急いで結芽の部屋に滑り込んだ。




 いっぽう、の鹿島結芽は、別のスマホを持ちながら、南乃みなみの詩央里しおりと向き合っていた。


 室矢家の拠点で、そのエントランス。

 海外ブランドのソファーは座り心地がよく、広い場所だが、他に人影はない。


 大人の女になった詩央里は、不機嫌そうに、若さあふれる女子高生を見た。


「では、室矢家の正妻である私が、対応します。若さまに会わせるのかは、あなたの話を聞いた後で、決めますから」


「はい。よろしくお願いいたします」

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