第487話 ラストJK、襲来ー①

 東京にある、千陣せんじん流の拠点の1つ。


 時代劇に出てきそうな、和風の広間。


 そこには、同じく和装をした男女と、セーラー服を着た幼女がいる。



「誠に勝手ではありますが、これにてひいらぎ家のご挨拶と、新たに桜技おうぎ流の鹿島かしま家の一員となりました、迷子の結芽ゆめを見つけていただいたことの話し合いは完了したと、見なします。室矢むろや隊長の武勇を語り継げないことを口惜しく思いますが、それがお望みであれば、是非もありません」


 正座をしている那智なち伊勢世いせよは、長い締めくくりを述べた後で、深々と頭を下げた。


 隣にいる結芽も、慌ててならう。


 首肯した室矢重遠しげとおは、一段高い上座で、お殿様のような座布団と脇息きょうそくがある場所で座りながら、応じる。


「遠路はるばる、ご苦労だった。俺も柊家の世話になったから、お互い様だ。できれば、桜技流のほうも、助けてやってくれ。巫術ふじゅつを失伝したことで、悩んでいるようだから……。一応、俺も『刀侍とじ』の称号を持つ身だ」


 微笑んだ伊勢世は、慎重に答える。


「お心遣いをたまわり、恐縮です。柊家のご当主に、お伝えします。……室矢さま? 結芽にも、発言のご許可をいただきたく存じます」


「構わない」


 那智伊勢世から視線を受けた結芽は、口を開いた。


「まずは、私を助けていただき、深謝いたします。今は東京の御三家の1つ、四谷よつやドゥフイユの小学校に通っています。全て、室矢隊長のおかげです! せっかく同じ東京にいるのだから、今後もお会いしたく思います」


「お前は、千陣流の十家の1つ、柊家の当主候補だったとはいえ、今は桜技流の上位家だ。ゆえに、他流の人間として扱う。それで、良いか?」


「はい!」


 室矢重遠は、すぐにうなずいた。


「用がある時は、室矢家の詩央里しおりに連絡してくれ。……柊家については、桜技流との仲介役で俺の名前を出してもいいが、最終的にはそちらで責任を取ってもらう」


 伊勢世は、かしこまりました、と平伏する。


「柊家からは、しかるべき人間を改めて、ご挨拶にうかがわせます。千陣流の本拠地へお越しの際には、いつでも柊家をお訪ねくださいませ。結芽も、突然の東京暮らしで、何かと不安になるでしょう。少しでも気にかけていただければ、幸甚こうじんでございます。今後とも、何卒よろしくお願いいたします」




 謁見を終えた親子……もとい、師と弟子は、柊家が用意した高級車に乗った。


 後部座席で並び、今後の打ち合わせを行う。



 那智伊勢世は、隣の幼女に話しかける。


「さて……。結芽? 鹿島家の様子はどうですか?」


 冬服としての、こん色のセーラー服。

 襟ラインと、胸元のタイも、黒色。


 どこかの探偵アニメで、犯人役をやりそうな鹿島結芽は、ダラ―ッとしながら、説明する。


「んー? 腫れ物に触れるような感じ。あっちも色々と探っている段階で、下手なことを言いたくないんでしょ。個室をもらえたけど、筒抜けかな? スマホも、たぶん傍受されている。尾行も、ついているよねえ。ただ、挨拶回りで、妙に同い年の男子を紹介されているのが……」


 寒い季節にぴったりの、温かい緑茶を飲んだ後で、結芽は溜息を吐いた。


 わずか8歳にして、彼女はスパイの真似事だ。

 気疲れもする。


 伊勢世は苦笑いをしながら、彼女に告げる。


「色々と、考えすぎでは? あなたは、もう鹿島家の人間です。無理に合わせなくても、良いのですよ? 千陣流や柊家の立場で考える必要は、全くありません」


「そうは言うけどさぁ~! 今は雪解けでも、千陣流と桜技流がまた対立し始めたら、まっさきに私が血祭りでしょ? 柊家に残っても『怪異に穢された傷物』になり、後ろ指をさされるだけ。桜技流からの要請で、御家も厳しかったし! 鹿島家は鹿島家で、やしろのほうの上下関係があるから、私は一番下だよ!? 結婚相手も、勝手に決められるのが目に見えているって!」


 ギャーギャーとわめく、鹿島結芽。

 よっぽど、ストレスが溜まっているようだ。


 年齢に見合った彼女を見た伊勢世は、手の平を向けてから、内線の受話器を取った。


「行き先を変更しなさい。秘密の会談に向いている高級料亭で、昼餉ひるげをいただきます。……ええ。今から入れる範囲で、構いません。柊家の名前を出して、お金も相場より払うからと……。支払いは、私が行います。鹿島家にも、『昼は外食をする』と伝えるように」


 ガチャッと受話器を置いた伊勢世は、結芽を見て、にっこりと微笑んだ。


「せっかくの機会ですから、日本料理をいただきましょう。桜技流に聞かれないうちに、今後の方針を話しておく、良い機会です」




 ――料亭「月枝垂つきしだれ」


 銀座でありながら、広大な敷地を誇っている、老舗の料亭。


 財閥の創始者の別邸を改装した建物には、宴会から数人の密談まで、大小の個室がある。


「どうぞ、ごゆっくり……」


 座っている仲居は、見事な所作でお辞儀をした後で、静かに立ち去った。


 どの個室も、広い池がある中庭を囲むように配置されている、数寄屋造すきやづくり。


 見事な鯉が泳いでいるうえに、組まれた岩の上から水が流れていて、小さな滝だ。

 季節を感じさせる植物も、絵になる形で配置。



 開放的でありながらも、他人の目を気にしないで済む、伝統的な和室。

 シンプルだが、使われている素材、造りは、国宝もの。


 そこで座椅子に座って向き合い、食事をしながらの話し合いが始まった。



 那智伊勢世は、昼から一杯やりつつも、つまみ代わりに煮物、揚げ物を口に運ぶ。


「ここはすみだから、普通に話す分には心配いりません。従業員も、信用のおける者ばかりです」

 

 頷いた鹿島結芽は、お茶と一緒に、会席料理を食べる。


「タイムリミットは、『四谷ドゥフイユの高校を卒業するまで』だと思う。鹿島家のほうで私を連れ歩いているのは、結婚相手を探すための顔見せ……」


 言い終わった結芽は、影が差した顔に。


 お猪口ちょこで飲んでいる伊勢世は、黙っている。



 鹿島結芽は、再び話し出す。


「結局さ! 私の意志は、全く関係ないんだよ! たぶん、高校3年ぐらいに結論だけ伝えられて、卒業と同時に結婚からの初夜。せいぜい、数人の候補を順番に挙げていって、その中から選べ。だけど、嫁いだ先でも『元千陣流』だから、絶対に苦労する!」


 那智伊勢世は、相槌を打ちながらも、要点を聞く。


「それが、あなたの選んだ道ですよ? 子を成さず、養子の鹿島家で居座れば、それこそ針のむしろです。柊家に出戻りすることも、不可能と思いなさい」


 首肯した結芽は、いよいよ本題に入る。


「分かってる! だから、私は室矢重遠の女になる!!」


 ヒートアップしたことで、大声になった。


 さすがに、伊勢世も周囲の気配を探る。



 聞き耳を立てている者がいないことで、那智伊勢世は尋ねる。


「具体的には?」


「今は、色々と手を回して、ようやく私を『四谷ドゥフイユ』に入れた直後だ。シェルターのような場所だから、鹿島家もその間に手を出してくることは考えにくい。裏で婚約をまとめていようが、そんなの関係ないよ!」


 伊勢世は、座ったままで腕組み。


「結芽は、鹿島家を利用するだけ利用すると?」


 とがめるような台詞に、彼女は鼻で笑う。


「私を養子にしたことで、自分たちが追い出した柊家から、巫術ふじゅつを教えてもらえるんだ! それ以上を望むのは、欲張りすぎ!」


 自分だけに、流派同士の軋轢あつれきをぶつけるのは止めろ。


 その主張に、伊勢世は、一理ありますね、と納得した。



 鹿島結芽は、話を続ける。


「表向きは優しくても、内情はガン無視。だったら、私も勝手に動いて、あちらがぐうの音も出ない相手を見つけるのは、当然だよ!」


 出し抜かれるほうが、間抜け。


 室矢重遠ならば、桜技流でも重鎮だ。

 文句をつけられるのなら、つけてみろ。という話。



 この8歳児、必死である。



 那智伊勢世にとって、可愛い弟子だ。


 本人の意向とはいえ、当主候補だった結芽を救ってもらった室矢重遠に、お礼をしていないことも事実。


 詳細は不明でも、うわさは広がる。

 不義理の柊家としては、一刻も早く、それを解決したい。


 酔った勢いも加わり、伊勢世は笑った。


「この話をしたのは?」

「那智が初めてだ!」


 ゆっくりと頷いた伊勢世は、良いでしょう、と腹を括った。


「では、私も共犯になります。長い道のりですよ、結芽?」


 ここに、制服補完計画が発動した。


 全ては、室矢重遠に手を出してもらうために……。




 ――四谷ドゥフイユ中学校


 料亭の密談から、5年を超える歳月が流れた。


 小学校でしつけられ、中学校で外部生と合流。

 当然のように、内部生との不協和音が生じた。


 その際に、フィーユらしくなった鹿島結芽は、同じ学校の生徒の誘拐現場に遭遇。

 銃で武装した集団との交戦に入る。



 夜は、街中とはいえ暗い。


 迎えを装った高級車の中から出てきた、スーツ姿の男たちは、女子を人質にしながら、結芽に銃口を向けた。

 異能者と見抜き、獲物を増やすよりも、この場で消すほうを選択。


 パンッ


 至近距離とはいえ、拳銃を抜いた直後のヘッドショット。

 すさまじい腕だ。


 制服のままで、後ろへ倒れていく結芽を見て、口を押さえられたままで絶叫する女子。


 だが、その途中で結芽の姿は、大量の紙になった。


 描かれている複雑な模様は、どれも赤く光る。


 バサバサと地面に落ちる様子に、誰もが見惚れていたら――



繋縛けいばく! 紙止かみどめ!」



 叫んだ鹿島結芽は、印を結ぶ。


 上から刃のように刺さった紙により、どの男も動けなくなった。


 

 固まっている女子を救出するも、失敗を悟った高級車は急発進して――


 すぐに、タイヤが破裂した。




 桜技流と警察が、誘拐犯と、それを指示した組織を片付けた。


 和紙をまつっている神社から預かった、自分の式神『百々紙ももがみ』を御札にした、携帯用のホルダーを必要としない巫術。

 まさに、千陣流と桜技流のハイブリッドと言える、天才児だ。

 

 しかし、四谷ドゥフイユ中学校としては、大きな問題。

 街中で堂々と異能を使い、市民――犯罪者でも――を傷つけたからだ。


 警察は、名門私立のグループから睨まれることや、桜技流が騒ぐことを嫌い、学校サイドに丸投げした。


 事情聴取が終わった鹿島結芽は、無期限の自宅謹慎とされる。


 理事会で学長を交えた議論が行われたものの、学校方針にふさわしくないから自主的に転校させるべきだ、生徒に被害が出なかったから軽い処罰にするべきだ、の意見がぶつかって、堂々巡りに……。


 いっぽう、救われた女子生徒を中心に、学内で署名が集められた。


 保護者の集まりでも、警備体制の不備が指摘され、鹿島結芽を追い出すのであれば、こちらも学校側に問題提起をする。という流れができた。


 最終的に、鹿島結芽は放課後に『校内の清掃』というボランティア活動を一定期間だけ実施という線で、決着がつく。


 せっせと窓を拭く結芽を見かねて、上級生まで手伝い、全員が清掃する。



 助けた女子は、外部生だった。


 内部生が、危険をかえりみずに助けた。という美談で、その前後の学年を含めて、妙にまとまりがある学校生活になった。


 鹿島結芽は、一目置かれる存在として、高校へ内部進学する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る