第485話 詩央里ルートの重要な分岐点ー④

 室矢むろや重遠しげとおが即興で中庭に作った、小さな円による結界。


 ひいらぎ結芽ゆめは、覚悟を決めて、その場に座り込んだ。

 1人だけ安全な場所で、観戦を続けている。


 寝殿造りの建物は、もはや更地にしたほうが良いレベル。

 所々が崩れている中で、結芽がいる場所だけは、何があっても揺るがない。


 中庭の岩が砕けて、木々も圧し折れ、整えられた地面や砂利じゃりは、戦いの余波で外側へ吹き飛んだ。



 片手で、刀身がないつかを握っている重遠は、指揮者のように動かす。


 彼の周囲には、銀色の霧が……。


 いや、あれはだ。


 結芽は幼児ゆえ、直感で、正解に辿り着く。

 どれだけ、あり得ないと思えても、残った選択肢が真実なのだ。



 意識して観察すると、重遠を見下ろす鬼たち――四天王とか言った――は、室矢重遠が操っている銀色の霧に包まれ、全身を切り刻まれた。


 解体後の肉のような、あっさりとした幕引き。


 空間を支配しているがごとく、自分の領域に入り込んだ敵を抹殺する。

 それはまさに、1つのキルゾーンだ。


 ペタンと座っている柊結芽は、地面の冷たさを感じる余裕もなく、ポツリとつぶやく。


「これが、妖刀……」



 結芽は、柊家の当主候補として、他の十家の知識もある。

 まだ幼児でも、海千山千の彼らを警戒しなければ、簡単にほだされ、取り込まれるからだ。


 千陣せんじん流の十家は、それぞれに個性を持つ。


 その中でも、妖刀を式神にしている南乃みなみの家は、武力だけで比較すれば、ダントツだ。


 お付きの教育係が言うには、規模が小さい南乃家は実力主義で、妖刀を扱えるだけの人間を日本全国で積極的に受け入れているとか……。


 十家の中心にいる、有名な陰陽師たちの流れを安倍あべ家ですら、直接的な争いを避けるほど。


 口さがない連中のげんでは、あいつらは狂っている。

 しかし、狂気を飼い慣らしていることで、人の限界を超えているのも、また事実。


 現在では、次期当主の南乃あきらと、その妻である『こずえ』も、妖刀を使いこなしている。



 8歳ながら、柊家を背負って立つ、英才教育を受けている身。

 柊結芽は、地面に座ったままで、考える。


 なるほど。

 妖刀の特殊能力は、強い。

 初見であれば、かなりの強者でも殺されるだろう。


 現に、こちらも軍勢を率いて討伐するべき大物を圧倒している。



 昔の剣術は、全て閉じた道場の中で、技の伝授を行っていた。

 普段は決して見せず、いざという時にだけ、披露する。


 もちろん、相手を斬り殺す時だ。


 甲冑かっちゅう剣術と、平服の剣術でも、かなり違う太刀筋となる。

 前者は鎧が開いている、肘や首元などをピンポイントで狙い、後者は手首などを浅く斬ることを狙う。


 その技術を見せたことは……。



「柊家を試しているの?」



 合戦で、同じ相手との戦闘は、まずない。

 手の内をさらした結果は、どちらかの死だから……。


 それだけに、近くでマジマジと観察させることは、自分の武器を預けるに等しい行為だ。

 南乃隊でも、妖刀の特殊能力は決して明かさない。



 こぶしをキュッと握り締めた柊結芽は、地面を見た。


「いや……。試されているのは……」



 ――私だ



 仮に、結芽が柊家を継がなくても、室矢重遠との信頼関係を築かなければならない。


 どうする?

 顔はいいし、柊家の血を混ぜて、直系にするか?


 年頃で、まだフリーの女がいる御家は――


 私の夫にする場合で、必要なことは――



 そわそわする彼女は、色々と考える。


 原作で精鋭部隊を送り込み、ようやく討伐した鬼たち。

 京の都を震撼させたボスが健在であるのに、結芽は、重遠が勝つことを前提にし始めた。



 ◇ ◇ ◇



 俺は、刃がなくなった日本刀のつかを握ったままで、中庭に立つ。


 バラバラに折れた……と見せかけての、新技の披露。


 そもそもが玉鋼たまはがねではなく、材質不明なキューブだ。

 自宅で相談した時に訊ねたら、ジンベエザメの姿で空中に浮かびながら、できると答えた。


 雑魚の物量に押し負けず、リーチの短さを解決する手段……。


 そう。

 目に見えないほど細かく分かれて、風に乗る綿毛のように飛ばせばいいのだ。


 残っている柄の振りや角度で、その流れをコントロール。

 傍目には銀色の霧だろうが、触れただけで切り裂く。


 これならば、どれだけ敵が押し寄せようとも、物理的な攻撃が効く限りは、大丈夫!



 四天王の熊雅童子くまがどうじ地獄丸じごくまるを瞬殺できた。

 とりあえず、テストは大成功か……。


 解放した刀を持ち、呆気に取られている柊結芽を横目で見ながら、いるであろう朱江童子しゅこうどうじに語り掛けようと――



「やめて!」

「もう、許してください……」

「あぁ……」



 何とも、場違いな声が聞こえてきた。


 そちらに向きを変えたら、餓鬼がきのような小鬼たちが、抱えてきた制服姿の女子たちを地面へ放り投げた場面だった。


「ノルじょ!? それに、ケー女も……」


 柊結芽が驚いたように叫んだ台詞によれば、どうやら、京都の学校の生徒のようだ。


 言われてみれば、私立っぽいブレザーと、セーラー服。

 数は、見える範囲で5人ぐらいか。

 外見から、中高生と思われる。


 すでに上下はボロボロで、アンダーや肌も、大部分が見えている。


 地面に投げ出された痛みで、全員が横たわるか、座り込んだまま。

 よく見れば、秘部から太ももが汚れている者も。


 小鬼たちが女子1人につきスリ―マンセルの状態で、俺が攻撃したら人質を殺す、という気配だ。



 お約束のように、姿が見えない朱江童子の声が響く。

 相変わらず、女の声優みたいなボイスだ。


『月並みで悪いんだけど、その刀を捨ててくれないかな? さもなければ、この場でもっと酷い目に遭わせるけど……。あ! それとも、ぜひ濡れ場を見たい?』


 流石に、この能力を脅威に感じたわけか……。


 俺が動かずにいると、女子たちが口々に言う。


「た、助けて!」

「もう嫌!」

「助けてください!」


 指が固まらないように、握っている柄をクルクルと回す。

 テニスのラケットと、同じ理屈だ。


 俺が立ったままでいたら、制服の女子たちは、プレイの続きに入った。

 四つん這い、横たわり、仰向けと、監督がいるみたいな状態。



 チラリと柊結芽のほうを見たら、悲痛な顔だ。


 こちらの様子をうかがうも、刀を捨てろ、とは言ってこない。

 まあ、当然だが……。 



 嬌声と悲鳴の区別がつかない女声合唱と、小鬼たちの声が、交ざっている。

 

 このままだと、結芽は目の前の光景に耐えられず、俺が作った結界から、飛び出してきそうだ。



 しょうがない。

 そろそろ、この運動会を終わらせるか……。



 雰囲気を変えた俺が、プレイ中の女子たちに向き直ると、忙しく動いている小鬼たちまで、注目した。


 スッと、右手を持ち上げて、刀身がない柄を――



 右足で踏み込みながら、横一直線に振り抜いた。


 気体のように変化した刃は、俺の指示に従い、信じられないほど伸びる。


 一筋の銀色が、通り抜けた。

 

 少し遅れて、ちょうど横に並び、周囲を気にせずに楽しんでいる女子と小鬼たちを上下で寸断した。


「ひいいぃっ!?」


 ちょうど避けられる体位だった女子が、血と臓物まみれで、悲鳴を上げた。



 どこかで見ている朱江童子に対しても、説明をする。


「いい加減にしろよ? この女子たちは、どう見ても人間じゃない」


 バラバラになった死体を見れば、どいつも制服を着ただ。

 額や側面から角が生えて、牙がある口元、不自然に白い肌を晒している。


 生き残った鬼女は腰を抜かしたようで、他の鬼たちに抱えられ、退場した。



 姿が見えない朱江童子は、勢いを失くした声音で、訊ねてくる。


『どうして、分かった?』



 【花月怪奇譚かげつかいきたん】で、このがあったから。


 ……とは答えられず、それっぽく答える。


「あいつらの制服は、夏用だ。季節感がおかしい。それに、制服の状態から察して、『ここが心象風景の中だから、時間の流れが違う』という理屈も、通らない。何より、演技が過剰だぞ?」


 原作では、ダンジョンの攻略によって、女子生徒に化けた鬼女たちと遭遇。

 CG回収のイベントが、発生する。


 場合によっては、そのまま搾り取られた後で、食われます。



 完全攻略本のコラムによれば、この女子たちは以前に攫われて、鬼になったそうで……。


 朱江童子は、見た目だけなら、美少年。

 周りには、大勢の怖い鬼たち。

 他の友人やクラスメイトが食われていく中で優しくされ、すぐに転んだ。


 この空間を支配する朱江童子なら、幻術の1つや2つは使えるだろうし。

 普通の料理に見せかけて、元友人を食わせた可能性もある。



 俺は、実妹の千陣せんじん夕花梨ゆかりが用意した制服の数々と、彼女の式神である睦月むつきたちで、5人以上のプレイを経験した。


 原作で全ルートの『千陣重遠しげとお』を追体験した際には、メインヒロインの『南乃みなみの詩央里しおり』たちの心身を傷つけたことも……。


 だから――


「演技でそういうプレイをしているのか、それとも、ただの暴行なのか。俺には、分かるんだよ」


 無理やりであれば、会話にならないほど錯乱しているか、ショック状態で無反応のはずだ。

 あるいは、もう壊れて、むしろ喜ぶか……。



 草鞋わらじを履いた足で、地面をガッと蹴った。


「そろそろ、出てこいよ? 四天王を無限湧きにして、お前はいつまで隠れている?」


 

 朱江童子からの返事はない。



「俺は、生身の人間だ。持久戦に持ち込めば、結果的に倒せるってことか? さっきから、お香や幻術で小細工もしているし……」


 これも原作知識だが、四天王の1人はトラップに詳しい、頭脳派だ。


 主人公の『鍛治川かじかわ航基こうき』の行動によっては、同じパーティーの『南乃詩央里』が鬼になるか、洗脳や、快楽墜ちをする。

 丁寧に描かれて、臨場感たっぷり。



 今の力を試すために、正体を現した朱江童子と戦いたいが……。



 俺の能力を見る限り、自分に勝ち目はない。と悟ったようだ。

 放っておくと、また何かやってくる。



 スーッと、銀色の霧が収束していく。


 元の刀身に戻った状態で、日本刀を両手で握る。


「もう一度だけ、言おう! 出てきて、俺と戦え、朱江童子!」



 やはり、返事はない。


 溜息を吐いた後で、ゆっくりと刀身を動かす。



 俺は、一撃で敵を倒す技について、悩んでいた。

 

 沖縄の琉垣りゅうがき駐屯地でやった、全てをえぐり取る技。

 あれは、まだ制御ができない。


 式神のカレナと、魔法師マギクスバレによる制御を目指しているものの、その作成を担当している悠月ゆづき明夜音あやねが成果を出すには、時間がかかる。



 北海道で見せた、重力砲。

 こちらも、制限が多い。


 専用のバレ、マギテック研究所の試作品である、対戦艦ライフルが必要だ。

 それに、カレナの協力も……。



 ジンベエザメの姿をしたキューブに相談したら、できると答えてきた。



 ヒュッと振った刀は、自分の正面へ。


 深呼吸をした後で、いよいよ言葉を紡ぐ。


もぐれ…………」



三千深下さんぜんしんげ海闊万象かいかつばんしょう!」



 それを叫んだ瞬間、俺を中心に、深海帯が広がった。


 光が届かず、ごく一部の生物だけがいる、この世の地獄だ。



 スポットライトが当たっているかのように、円筒状の白い光。


 その中で座り込む柊結芽は、目を丸くしていて、口は半開きだ。

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