第483話 詩央里ルートの重要な分岐点ー②

 俺は、うずくまったまま、エグエグと泣く女児を見下ろした。



花月怪奇譚かげつかいきたん】は、主人公の『鍛治川かじかわ航基こうき』が、紫苑しおん学園の高等部に、特待生か、奨学金の対象者になって編入……。


 セントリー警備会社でバイトを行う、二足の草鞋わらじだ。

 はっきり言って、奨学金をもらえる成績との両立は、不可能。

 現実で、やれるわけがない。


 だから、そのクラスで、メインヒロインの『南乃みなみの詩央里しおり』と出会い、彼女から様々な支援を受けることで、退魔師デビューを果たすと……。


 同時に、『千陣せんじん重遠しげとお』がライバルとして立ちはだかり、事あるごとに妨害してくる。


 高校卒業までの3年間で、ヒロインたちとのきずなを深めつつ、パラメータを上げて、装備も整える。

 四大流派の垣根を超えて、航基を中心にした『打倒、重遠!』の包囲網ができあがっていくのだ。


 最終的に、『千陣重遠』は、主人公に倒される。


 彼は、俺が数十回は経験したように、実妹の『千陣夕花梨ゆかり』に体をバラされた後で、『南乃詩央里』から、お前はそこで朽ちていろ、と言われて、終了。


 食われたうえに、虫の巣になって、森へお帰り♪ と考えたぐらいで、暗転する。


 伝奇ファンタジーだと思っていたが、原作の記憶、それも画面外で行われていた分が入ってきたことで――



 実は、主人公の『鍛治川航基』の視点だけでハッピー。


 客観的な視点では、壊れたヒロイン達が、同じく壊れた男子にしがみついている。という、の雰囲気になってきました。



 んー。

 不自然なんだよね。


 ぶっちゃけるとさ……。


 千陣流の宗家の長男で、強ければ、原作ぐらい横暴でも許されちゃうんだよ。


 実際に原作の『千陣重遠』全ルートを追体験して、こうやって暮らしたら、ひしひしと感じる。

 

 俺は詩央里たちを酷い目に遭わせる気はないけど、仮に原作と同じ状態でも、大きな問題にならないはず。

 特に、他流の女であれば……。


 原作のヒロインは、どいつも自分の流派から厄介払い、あるいは、うとまれている立場。

 彼女たちの生死ですら、ご自由にどうぞ、と言うぐらいの状況で、どうして四大流派の全てが『鍛治川航基』の味方になった?


 千陣流は、分かる。

 『南乃詩央里』と『千陣夕花梨』の恨みを買っていたから。



 むしろ、すごい設定を詰め込んだ『千陣重遠』が主人公で、『鍛治川航基』は盗撮した写真や動画を使い、ヒロインを脅す役。と言われたほうが、しっくりくる。

 第三者の視点だと、周囲に慕われる人格や行動には、思えない。


 今の航基は、完全にモブだけどさ……。



 総括すると――


「航基は、都合が良かった。立場的にどうでもいい人間で、自分たちが操作しやすく……。その報酬も、捨てていい女子を与えるぐらいで済んだから?」



 おい。

 ちょっと、待て?



 それだと……。



 無謀な『鍛治川航基』は、鉄砲玉として、都合が良かった。

 自分たちでは手を出せない、『千陣重遠』を殺すために。


 ウチはともかく、他の四大流派にも、があった?



 急にゾクッとした俺は、黒袴くろばかまを引っ張られる感触で、正気に戻った。


 下を見たら、ひいらぎ結芽ゆめが立ち上がっていた。


「ここにいても、気づかれる。今のうちに、早く脱出しよう!」


 何て、勇気がある女児だ。

 

 感動した俺は、脱出方法を教える。


「ここのボスである、朱江童子しゅこうどうじを倒せば、外へ出られるぞ?」


 再び目の光をなくした結芽は、地面に座り込み、嗚咽おえつする。



 『朱江童子』


 とある有名な鬼をモチーフにしたボスだ。

 伝承の通り、他の鬼を従えていて、三大妖怪クラス。


 4人の四天王と、副頭領のネームド鬼まで……。


 その他にも、雑魚がたくさん出てくる。



 【花月怪奇譚】で、プレイヤーが慣れてきた頃。


 ゲーム中の『鍛治川航基』も、メインヒロインの『南乃詩央里』と親しくなっていき、学生と退魔師の両立が板についてきた時期だ。


 この1年目の12月は、その鼻っ柱をへし折るために、存在している。


 どう足掻いても、勝てない。という絶望。

 自分は無力で、周りには強い退魔師がいくらでもいる。と実感させるための経験。


 そのために、元ネタと同じ戦力でなければ、とても倒せないボスを出した。


 要するに、原作の負けイベントだ。



 ここは、第二の大江山。

 長い石段と、いくつもの関所。


 現代と比べて、普通に人を食らっている妖怪の住処でもある。


 その奥の奥……。


 平安貴族が住むような、寝殿造りの広い屋敷の最奥で、ボスの朱江童子が待つ。


 異界を生み出した奴を倒さなければ、二度と出られない。



 ようやく落ち着いた俺は、もうすぐ重要なイベントだ、と気づき、大急ぎで空間移動……できなかった。


 どうやら、入れるかどうかは、朱江童子が決められるようだ。


 そういうわけで、京都の該当する場所へ急行。

 鬼たちに攫われている柊結芽の気配を辿り、間一髪で、この異界に入り込む。


 さすがに警備は厳重で、野生の化物も多くいたから、様子見。


 すると、大きな物音や絶叫が続いた後で、結芽が飛び出してきた。

 8歳のわりに、強い。


 とりあえず、合流して、身を隠している次第だ。 



 ◇ ◇ ◇



 柊結芽は、絶望した。

 

 朱江童子といえば、京で暴れ回った鬼の頭領だ。

 さっきの様子から察するに、四天王と配下もいる。


 連中は、英雄たちに討伐されたはず。


 どうして、まだ生きているのか……。



 傍を見上げると、そこには和装の男子高校生が1人。

 室矢むろや重遠だ。


 左腰に立派なこしらえの日本刀を差しているものの、さっきから情けない発言ばかり。



 こいつは、ダメだ。

 隊長と名乗っていたが、とても戦えるようには思えず。


 他の隊長と会った時に感じた、強大な霊力がない。


 いや、こいつはどうでもいい。


 柊家の将来を背負って立つ私は、こんなところで死ねない。

 死ねば、柊家は千陣流を疑い、大きな争いだ。


 千年に1人とまで言われた私を消せば、柊家の躍進はなくなるから。

 他の十家がたくらんだ、と考えるのは、当然の話。



 一番の問題は、本当に朱江童子なのか?

 そして、奴だった場合に、倒さなければ出られないのか?


 

『いたぞオオオォッ!』

熊雅童子くまがどうじさまに、お知らせしろ!』


 手下の鬼たちだ。


 さっきまで連中に囲まれていた柊結芽は、まさに縮み上がった。


 その場で蹲って、目と耳を塞ぎたい。

 だけど、今は動かないと!


 革靴の底を削りつつ、足音が響くのも構わず、洞窟の中で反響する声とは反対方向へ駆け出した。


 室矢重遠は、すぐに声をかけてくる。


「おい? やみくもに動くと――」

「運が良かったら、また会いましょう!」


 振り向きもせず、柊結芽は叫んだ。


 自分を助けに来てくれたのだろう。

 しかし、ここは鬼の巣だ。

 子供の自分では、他の人間を守る余裕はない。


 刀を持っているのなら。

 せめて、少しでも数を減らし、私が逃げる時間を稼いで欲しい。


 罪悪感を覚えつつ、結芽は小さな足を必死に動かした。



 薄暗い洞窟は、鬼たちが通れるよう、拡張されている。

 平らに整地しているが、それでも見えにくい凹凸で転びそうに。


 どういう原理か、左右の壁には、松明たいまつがある。

 照らされていることで、暗闇に取り残される心配だけはない。


 すぐに、結芽の息が上がる。


 霊力は、最後の希望だ。

 ギリギリまで、取っておく。


 走りながら、赤い巫女服の下に隠し持っているホルダーへ手を入れ、数枚の御札を取り出した。

 そこには、通常と違う模様が描かれている。


 急に、目の前が暗くなった。


『ここに、いたかアアァッ!』


 御札を持ったまま、両手を交差した結芽は、走りながら、片手を前に振った。


封火ふうか! 灰塵円かいじんえん!」


 前に飛んだ御札により、その叫んだ鬼を中心に、円の結界ができた。

 筒状の炎が発生して、悲鳴を上げる鬼をそのまま呑みこむ。


 その横を走り抜けた結芽は、ひるんでいる鬼たちの足元を潜り抜けつつ、霊力で身体強化。


 ちょうど洞窟の出口のようで、明るい光と風に晒される。


「これで、追っ手をけば――」


 わずかな希望が見えたことで、結芽は笑顔を見せた。

 体力も、限界に近い。



 だが、現実は非情だった。



 そこは、寝殿造りの屋敷の庭。


 見事な形をした松、紅葉らしき木々や、芸術的な岩のシルエット。

 池もある。

 

 地面から階段で上がった外廊下による、複数の建物があって、それぞれに屋根がある。


 遊戯もできそうな庭は、屈強な鬼たちが洞窟の入口を囲んでいた。



「ずいぶんと、手こずらせてくれたじゃないか、お姫様? いきなり逃げるとは、酷いな……」



 涼やかで、女を思わせる声だ。

 

 柊結芽は、足を止めた。

 呼吸を整えながら、外廊下の板張りの上に立っている、若い男のほうを見る。


 男子中学生ぐらいの背格好で、赤髪のショートヘア。

 金色の瞳で、端正な顔だち。


 白い肌で、平安の貴族の日常着のような服装だ。

 大袖だが動きやすい狩衣かりぎぬと、よく似ている。

 烏帽子えぼしは、被っていない。


 年頃の少女なら、思わず見惚れる美少年。


 

 結芽は、思わずつぶやく。


「朱江童子……」


 不思議そうな顔になった彼は、あっさりと返す。


「おや? 僕は、名乗ったつもりはないけどね? まあ、いいさ! せっかくのご馳走を食べずに帰るのは、不作法だと思わないか? 京の都の連中なら、『早く帰れ』の合図のようだけど」


 パンパンと手を叩いた朱江童子に、わらべが両手に持っている御膳をスッと置いた。


「さ! 遠慮なく、いただいてくれ!! お前たち、いつまで彼女を脅しているんだ?」


 優しい口調だが、柊結芽を半包囲していた鬼どもは、雷に打たれたように下がり、退いた。


 左右を鬼たちの壁で、塞がれる。


 結芽は、後ろからも鬼が迫ってきたことで、前へ押し出されていく。


 まだ御札は残っているが、この数では力尽きてしまう。

 

 そう考えた彼女は、相手の隙を待つ。



 屋敷の外廊下まで歩かされて、美少年の姿をした朱江童子と同じ高さに。


 座布団に座らされた結芽の前にある、美しい御膳の上には……。



 見事な器に、人の肉や血が盛りつけられていた。


 

 固まったままで動かない結芽に対して、朱江童子は催促する。


「早く、食べなよ? 君のために、わざわざ用意したのだから。そして……」



 ――鬼に、なりなよ?



 笑顔で告げた後に、朱江童子は付け加える。


「ああ! もし断るようなら、君を食べるよ……。まあ、この生活も悪くは――」

 ギャアアアァッ!!


 興を削がれた朱江童子は、適当に座ったままで、洞窟のほうを見た。


「四天王か、その配下が、ようやく侵入者を片付けたか……。男のようだから、若くても食指が動かない――」

 

 柊結芽に説明していた朱江童子は、いきなり飛んできた物体で2人の間にある御膳を吹き飛ばされたことで、黙り込む。


 みやびな建物の壁や床が、血肉で汚された。

 カランカランと、さかずきなどが軽い音を立てる。


 飛んできた物体は、鬼の首だ。

 それも、四天王の……。



「熊雅童子……」


 朱江童子は、首だけになった、自分の側近を見た。


 無表情になった彼は、自分の衣服にかかった汚れを気にせず、ゆらりと立ち上がった。


 右手に日本刀を持ち、左手で猫のように柊結芽の襟首をつかんでいるさむらいを見て、目の色を変える。


「お前……。何者だ?」


 殺気すら見せず、鬼の血がしたたり落ちている刀を持ちながら、室矢重遠は返事をする。


「京のほうから、やってきました」

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