第482話 詩央里ルートの重要な分岐点ー①

 【花月怪奇譚かげつかいきたん】のゲームは、戦闘画面から、通常のアドベンチャーパートに戻った……。



 巨大ロボットが入れそうな、洞窟の奥。


 ホールのように広がっている空間に、それはあった。



『酷い……』

『もっと早く、見つけていれば……』


『お嬢様。何と、おいたわしい……』


 そこに横たわっているのは、8歳ぐらいの女児のようだ。

 骨だけで、判別がつかない。


 食べ残しの腐敗した肉が、申し訳ぐらいに残っている。

 着ていた衣服は、ほとんど残っておらず、女の子らしい色やデザインだ、と察するのみ。


 今となっては、虚ろな眼窩がんかの黒い穴が、天井を見上げるだけ……。



 周囲には人骨がうず高くなっており、ゴミ捨て場にも、白い壁のようにも見える。



 激戦を繰り広げた鍛治川かじかわ航基こうきは、ガックリと肩を落とした。


『助けられなかったのか……』


 傍にいる南乃みなみの詩央里しおりが、【花月怪奇譚】の主人公である航基を慰める。


『仕方ありません。攫われてから、時間がちすぎました。安易に挑めば、私たちも返り討ちに遭ったでしょう。ご遺体だけでも回収できた、と思うしか……』

 

 言いながらも、詩央里はくちびるを噛みしめ、涙をこらえている。


『そ、そうだな……。これで、家族の下へ――』

『仕方がない? よく言えたものですね』



 まだ若い女の声が、傷口を舐め合う高校生2人を切り捨てた。



 詩央里と航基は、声をかけてきた方向を見る。


 そこには、20代の後半……と思われる、長い黒髪の美女がいた。


 暗めの紫の瞳は知的で、おっとりした顔立ち。

 大人の女としての癒し系ボイスだが、その内容は苛烈だ。


 血が目立たないよう、黒の和装――大袖の上着と、武士のはかま――で、立派な角が生えた鹿を引き連れている。

 彼女の式神のようで、神獣を思わせる雰囲気だ。


 腰の帯には、長めの日本刀が差してある。

 ホルダーに入れた、御札のような物も、目立つ。


 

 南乃詩央里は、怯えながら、彼女の名前を呼ぶ。


巫師ふし祈祷きとう団長、那智なち伊勢世いせよさま……』


 千陣せんじん流の十家の1つ、ひいらぎ家の下にいる、巫師の軍団。

 彼女は、そのトップだ。


 終わったばかりの激戦でも、魔法のような巫術ふじゅつを使いこなしていた。

 ボスに通用する、実戦的な立ち回りと威力。



 その那智伊勢世は、白足袋しろたびにつけた草鞋わらじで、ザッザッと歩いてきた。


『先ほど、「仕方がない」とおっしゃっていましたが……。どうして、隊長格を出さなかったので?』


 問い詰められた詩央里は、とにかく答える。


『いえ。それは、どなたも忙しかったのかと……』

『事情があったんだろ!? もう、止めろよ!!』


 見かねた鍛治川航基が、伊勢世に言い返した。


 それで向き直った彼女は、不思議そうな表情に。


『私は、十家の1つ、南乃家のご息女に申し上げています。あなたには、言っておりません』

『あの! 帰りましたら、すぐに調べますので!!』


 航基の暴言にびっくりした詩央里は、すぐに取り成した。


 頭を下げたままの彼女に、伊勢世は興味をなくす。


『結構です。あなたごときには、どうせ、何も分からないでしょう』


 言い捨てた伊勢世は、それっきり、高校生2人を見ないまま、遠ざかった。



 憤慨した鍛治川航基は、文句を言う。


『何だよ、あの態度!? 俺たちも、命懸けで戦ったというのに……』


『那智さまは……。柊家に養女として引き取られた、柊結芽ゆめさまを可愛がっておられました。団長の立場にありながら、その合間を縫って、直々に稽古をつけていたとか……』


 その発言を聞いた航基は、那智伊勢世を見た。



 彼女は、自分が羽織っていた上着を脱ぎ、柊結芽らしき遺体を包んだ後で、それを抱き抱えた。


 傍にいる女子高生らしき巫師が、それに付き添う。


『お持ちしますか?』


『いいえ。行きますよ、さざなみ


 

 鍛治川航基は、隣の南乃詩央里に訊ねる。


『あの女子は?』


 この事態にも女を気にする航基に呆れつつ、返事をする。


『漣莉緒りお。私たちと同い年ですが、九条くじょう隊の副隊長と、巫師祈祷団の第二分隊の隊長を兼任している実力者ですよ? あの見た目に、惑わされないでください』


 漣莉緒は、つるのような鳥を式神にしているようだ。

 先ほどの戦闘でも、その翼はブレードのように鋭く、くちばしでも攻撃。


 黒髪を短めに切り揃えつつ、童顔とよく似合う、可愛らしい感じ。


 やはり実戦的な巫術で、剣術や式神との連携によって、効果的に敵の体力を削っていた。

 


 とても、戦いそうにない雰囲気……。


 そう思った航基の視線を感じたのか、立ち止まった莉緒は、その紫の瞳で見返す。


 何か伝えようか? と思った矢先に、彼女は視線を外した。

 全く興味がない様子で、上官の那智伊勢世に続く。



 酷い臭いがするしかばねの山と一緒にいても、仕方がない。


 他の面々も、それぞれに出口へと向かう。



 ――ここからは、ゲームにない場面だ……



 気まずくなった鍛治川航基は、とがめるような視線の詩央里に質問する。


『な、なあ! 違う部隊を兼任するって、大変だよな?』


 溜息を吐いた詩央里は、律儀に答える。


『ええ。そうだと思いますよ。ウチは、他と比べて緩いものの、幹部になれば、仕事が多いですから……』


 言いながらも、詩央里は航基に、釘を刺す。


『漣さんは、柊家の寄子よりこです。生まれつき霊力が高く、式神使いと巫術の才能に恵まれ、他の十家からスカウトが来るほどで……。寄親よりおやの顔を立てる形で、兼任しているようですね。回復の巫術を使えることから、他の派閥も虎視眈々と狙っています』


 あれだけ万能に戦える美少女なら、と妄想している航基に、ジト目の詩央里が教える。


『言っておきますけど! 漣さんは、九条隊のトップである、九条和眞かずまさんにベタ惚れです。縁談が持ち込まれる度に、「私は、和眞さんの子供を産みます!」という台詞ばかりで……。十家の中でも名門の九条家で、次期当主が相手となれば、そりゃ誰でも身を引きますよ』


 断る方便では? と思った航基は、思わず聞く。


『その和眞という男は、どうなんだよ!? 彼女の気持ちを利用しているだけじゃないのか?』


 首をひねった詩央里は、おずおずと答える。


『九条隊長と婚約した……という話は、聞きませんね。一緒にいるのは隊長と副隊長で、何もおかしくはありませんけど……。まあ、御二人の問題ですし……』


『やっぱり、騙しているんじゃないか!! そいつは――』

 ドンッ バラバラ


 鍛治川航基が鬼の首を取ったように騒いでいたら、白い閃光が近くをかすめた。

 そのまま、近くの壁に当たり、えぐる。


 以前に、違う世界で室矢むろや重遠しげとおが『イピーディロクの情人』との戦闘で使った、巫術の光雷こうらいだ。


 シュッと音がした後で、航基の首筋に、刃が当てられた。



『九条隊長への侮辱は、副隊長の私が許しません。……南乃さまは、自分の寄子に、どのような教育をしているのですか?』



 漣莉緒が右手に持っているのは、短めの小太刀こだちだ。

 真っ正面から斬り合うには頼りないが、逆手で扱うか、狭い場所での突きに向いている。


 今は逆手の状態で、瞬間移動のように出現した莉緒が、航基の息の根を止める寸前だ。


 理不尽な扱いに、航基は怒る。


『俺は――』

『流派すら名乗れぬには、話していません。よほど、命が要らないようですね?』


 一番の逆鱗に触れられたことで、航基は鍛治川流の名を出そうとするも――


 慌てた詩央里が、再び謝る。


『も、申し訳ありません! 後で、よく言っておきますので!』


 溜息を吐いた莉緒は、刃を外した。


 ヒュッと振り、納刀。


『助太刀いただいた恩に免じて、その謝罪で収めましょう。次は、ありませんよ?』


 シャッと音がした後で、莉緒の姿が消えた。


 武士にしては、相手の死角を突くスタイル。

 現代では途絶えた、忍者の剣術のようだ。


 接近戦というよりも、近づかれた場合の護身といった感じ。


 

 それまで抱いていた、優秀な美少女、というイメージを崩された鍛治川航基は、ハアッと息を吐き、小声で吐き捨てる。


『何なんだよ、あいつは……』


 肝を冷やした南乃詩央里は、それに答えず、航基の横を歩く。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・


「そういう流れで、お前は無残な白骨死体として、見つかる予定だった」


 あい色と黒の和装に身を包んだ室矢重遠は、縁起でもない台詞を述べた。

 その端正な顔は、とても冗談には思えない様子だ。


 いっぽう、それを言われた女児は、怒髪冠どはつかんむりく。


「今、まさに! そうなりかけているんだけどオオォッ!」


 ダンダンと、荒々しい足踏み。



 その女児は、まだ全身で怒りを示している。


 肩を少し隠すぐらいの黒髪。

 赤茶色の瞳。


 丸顔で、可愛らしい。


 大きな赤いリボンを頭の後ろにつけて、赤い巫女服。

 子供用らしく、下は動きやすいスカートの形状。

 足元には、茶色の革靴が見える。


 足を踏みしめる度に、両手の大袖が揺れた。

 デザインを兼ねた、袖にある赤糸の縫い目は美しい。


「それ! その刀は、飾りなの!? というか、誰、お前?」


 8歳ぐらいの女児は、重遠の左腰に差している、ご立派な日本刀を指差した。

 間違っても、股間ではない。


 真顔の重遠は、冷静に諭す。


「俺は、室矢だ」


 ポカーンとした女児は、次にハアッ? と言わんばかりの表情に。


「え? 知らない……」


 困った重遠は、フルネームで名乗る。


「室矢重遠」

「知らない!」


「あれ? 今の千陣せんじん流だと、そこそこ有名だと思うが……」


 女児は、ようやく怒りを収めた。


「私は、柊家の当主候補、結芽だ! その私が言う……あー、あー! 思い出した!」


 ビシッと指差した結芽は、いきなり告げる。



「教育に悪い人だ!!」



 室矢重遠は、思う。


 俺は、東京に放逐されて、婚約者の南乃詩央里に養われていただけ。


 しかし、柊結芽は、ずけずけと言う。


「正妻がいるのに他流の側室を増やしまくって、高校の文化祭でも、女子を並べてのサンドイッチでしょ? それに参加していた、私の侍女が、教えてくれた」


 女子のほうが、精神年齢は高め。

 初等部から中等部にかけて、男子より3歳ほど上だ。


 その結芽は、率直に聞く。


「正妻、怒っていない?」

「怒っているね……」


 しみじみと答えた室矢重遠は、思いを馳せた。


 気づけば、遠くに来たものだ……。



 重遠の黒袴くろばかまをグイグイと引っ張った結芽は、必死に尋ねる。


「きゅ、救出部隊は、どこ!? お前がいるのなら、南乃隊か? それとも、九条隊?」


 結芽を見た彼は、おごそかに告げる。



「安心しろ。俺が、やってきた!」



 柊結芽の目から、ハイライトが消えた。

 力を失った手は、身体の横へ戻る。


 そのまま座り込み、地面で丸くなった。


 エグエグと、泣き出す。

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