第481話 欧州の魔術対立は日本に飛び火した【明夜音side】

 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館の地下に、少女たちが集まっていた。


 そこにある通信室では、秘密の会議が行われている最中だ。


 モニターに映っている悠月ゆづき五夜いつよ――真牙しんが流の上級幹部(プロヴェータ)の1人――は、真剣な顔で告げる。


『火急の事態です。いよいよ、ユニオンと、REUアールイーユーのドイツ、フランス、イタリアが、重遠しげとおさんの争奪戦に加わります』



 ネイブル・アーチャー作戦の連合艦隊を撃退した、室矢むろや重遠。


 その際に、船上パーティーで親しくなった留学生7人は、彼の力を知った。


 軍事兵器を重視するシベリア共同体とUSFAユーエスエフエー、独自に技術を発達させてきた東アジア連合はともかく、欧州の目の色が変わった。


 彼らは、魔術師だ。


 今回の戦闘の成果だけではなく、東京エメンダーリ・タワーからの留学生の救出の方法、東京ネーガル大学を中心にした、ユニオン流の結界。


 そして、日本警察と政界をガタガタにした、化物の討伐。


 何よりも異常であるのは……。



 世界的に優秀な日本警察、それも都心部の捜査網がありながら、これだけの成果を出したこと。


 留学生の救出と合わせれば、『空間移動』など、時空系のスキルがある。



 以前に、室矢カレナが指摘した通り、魔術師でも、時間の管理は難しい。


 できる人間もいた。

 しかし、彼らは地球を捨て、自らの肉体を捨てて、いずこかへと旅立ったのだ。


 完全に失われた魔術。


 まさに、よだれが出るほど、欲しい。



 これが、室矢重遠の力にせよ、彼の式神であるカレナの権能にせよ、同じこと。


 重遠を取り込めば、それを入手できる。




 WUMレジデンス平河1番館の通信室にいるのは、悠月明夜音あやねと、工藤くどう・フォン・ヘンリエッテの2人。

 その後ろに立っているのは、明夜音のお付きである、鳴宮なるみや日和ひより


 彼女たちは、“Weisheitヴァイスハイト undウント Magieマギー(叡智と魔術)” のメンバーだ。


 構成員のMagierマギアー(魔術師)として、REUの魔術対立に備えるべく、打ち合わせ中。


 

 同じドイツでも、系統が違えば、味方とは限らず。

 日本で勢力を築いた悠月五夜にしてみれば、人様の獲物に手を出すな、と言いたくもなる。


 今の室矢重遠は、明夜音との初夜で見せた、完璧な性魔術を含めれば、歩く宝物だ。

 他の縛りがなければ、すぐにでも若い女に囲ませて、その血筋を増やしたいところ。


 

 緊張した顔の少女たちに構わず、五夜は説明する。


『東京ネーガル大学の結界は、ユニオンの魔術でした。それも、調査員の報告では、妖精たちが必死に魔法陣を描き、発動させていたとか……。残念ながら、結界内では電子機器を使用できず、人手不足も相まって、情報収集は不十分な結果となりました』

 

 ガッカリした顔の五夜だが、すぐにキリッとした表情に戻る。


『それよりも、重遠さんの素性です。彼が助けた妖精パティは、故郷のスノードニアの湖へ帰るために、その代価として結界を張ったとか……。さらに、パティは重遠さんを「マルジン」と呼び続けていました。これらの情報を信用するのならば、彼はやはり “伝説の魔術師” の系譜ですね。むしろ、納得できます。これで、「元々は畑を耕していた小作人でした」と言われるほうが、よっぽど怖いですから』


 その発言に、自分の初夜を思い出していた悠月明夜音は、真面目な顔に戻った。

 緊張した声音で、訊ねる。


「スノードニアの湖で、マルジン……。ユニオンの円卓ラウンズが、黙っていないですね。今までの経緯を無視して、『彼は、我々の一員だ』と主張することが、十分に考えられます。重遠は、そこまでの大物の系譜だった……。どうして?」


 伝説の魔術師は、その資産が守られているはず。


 驚くばかりの明夜音に対して、母親の悠月五夜も、困惑している。


『現状では、何も分かりません。結界の魔術は、妖精サイドで完結したようです。重遠さんは魔術を知らず、妖精たちに丸投げしたとか……。ただし、妖精のパティが言うには、「魔力のパターンは、マルジンとほぼ同じ」。彼女が提示した魔術も、発動させたようです。「魂の一部か、重要なパーツが埋め込まれている」とは、的を射た意見でしょう』


 話を聞いている、明夜音たちは、ゴクリと唾を呑みこんだ。


 それが本当ならば、REUの魔術師団が戦争をするほどの存在が、自分たちの傍にいることを示す。


 明夜音は、かろうじて質問する。


「それで……。お母様は、どうしますか?」


『重遠さんの出生については、カレナに聞いたほうが早いですね。どっちみち、ユニオンの留学生、ジェニファー・ウィットブレッドは、カレナが元々いた公爵家の人間ですし……』


 ラウンズの従騎士であるシャーリーは、盛大にやらかしてくれた。

 手打ちをしたものの、カレナが、ウィットブレッド公爵家の肩を持つ可能性は低い。


 悠月五夜がやるべきことは、一刻も早く、カレナを味方につけることだ。



 そこまで独白した五夜は、次期当主の娘を試す。


『明夜音さん? 現状であなたが指揮する場合、どうしますか?』



 両手の指を組んだ明夜音は、少し顔を伏せた後で、答える。


「私も、ユニオン側のおさえは、カレナに任せます……。とにかく、重遠に諸外国の要人を近づけさせないことが重要です。せっかくウチで囲っているのだから、組織力を活かして、厳重にガードさせます。留学生7人は、母国へ戻りました。大使館の職員が人を替えつつ、チャンネルを形成していく腹積もりだから、そこは徹底的に潰します。詩央里には、ウチが窓口になることで了承を得ています」


 五夜は、笑顔で首肯した。


『重遠さんの出生の秘密は、こちらで探ります。WUMレジデンス平河1番館に女子生徒やラブレターが押し寄せないよう、悠月家として “接触禁止” を出す予定です。真牙流のほうで、そちらの負担になることは、二度とありません。ガス抜きとして、交流会への参加も必要になりますが……』


「はい、分かりました。……何はともあれ、高校卒業まで凌げれば、動きやすくなると思います」


 明夜音の本音に、五夜も同意する。


『そうですね。高校卒業までに、どれだけきずなを深めて、悠月家が必要とされるのか……。日本の政財界と外交ルートは、こちらで対処します。明夜音さんは高校生の付き合いで、この数年間をたっぷり楽しみなさい。卒業したら、進学の有無に関係なく、嫌でもビジネスや、秘密結社の運営に関わるのだから……』


 母親の表情になった五夜は、もうすぐ波乱万丈の生活になる、と告げた。



 ◇ ◇ ◇



 ユニオンの大使館では、三等書記官のサラ・グレイス・エリスが、上司の参事官に呼び出されていた。


「さて、エリス君? 今回の件で、我が国は、一方的に動かされたわけだが……」


 言い方が、もう怖い。


 役員机の上にある書類を手に取った参事官は、少し読んだ後で、顔を上げた。


「結論から言うと、君の移動や懲戒処分はない。ラウンズのシャーリー君がそもそもの発端ゆえ、君をどうこうするのは酷だ……という話になった」


「はい。ご理解いただき、恐縮です」


 会釈したサラに対して、参事官は書類を置き、両手を机の上で組んだ。


「ところで、エリス君? 報告書には目を通したが、君が見た室矢重遠は、どうだった?」


 サラは、ここで返答を間違えたら、自分のキャリアは終わるな。と感じた。


「はい。私は挨拶ぐらいでしたが、ウィットブレッドさんは高く評価していました。何しろ、すぐに国防大臣を動かしたほどで……。ネイブル・アーチャー作戦の連合艦隊についても、互角以上に戦っていました。それに、『ブリテン諸島の黒真珠』の室矢カレナは、そもそも我が国の異能者です。第一印象が最悪だったとはいえ、今後の関係を築いていく第一歩になるかと存じます」


 首肯した参事官は、応じる。


「そうだな。室矢家には、それだけの価値があると見るべきだ」

「ハイ!」


USFAユーエスエフエーや、REUの国々に先を越されることは、絶対に避けなければいけない。特に、フランスとか、フランスとか……」

「ハイ!」


「そういうわけで、エリス君。引き続き、室矢家に接触してくれたまえ。遅くとも数年で、必ず結果を出すように!」

「ハイ! ……え?」


 ニコニコしている参事官は、ゆっくりと説明する。


「ウィットブレッド公爵家の要請とはいえ、ウチの国防大臣が電話一本で動かされたんだ。室矢家にそれだけの価値がなければ、『ユニオンは指定時間内に料理をお届けする宅配サービスと変わらない』と見なされる。『ネットで低評価をつけられて、次の仕事ができない』という事態は、絶対に避けたいのだよ! さて、エリス君。今回の大臣サービスを防げる位置にいたのに、船上パーティーの主催者である『アイ・フカホリ』に何も言い返さず、暢気のんきに酒を飲みまくっていたのは、どこの誰だね!?」


「I am.(私です)」


 サラは、真顔で答えた。


 激高した参事官は、本音で話す。


「君を飛ばして、それで済む話ではない! ユニオンが失った威信を回復するまで、母国には帰れないと思ってくれ!!」


「あ、はい……」


 クリスマスは国に帰るつもりで、もう飛行機のチケットを取っているのですけど?


 そう言いたかったが、そんな雰囲気ではない。


 最後に、おずおずと尋ねる。


「あのー! ちなみに、人事異動では、どの辺に?」


「太平洋の真ん中で廃棄された石油プラットホーム、シベリアの奥地の掘立小屋、南極の中心に新設する1人用の観測基地のどれがいい?」


 ピャー!


 サラは再び、心の中で悲鳴を上げた。




 参事官の執務室から追い出された、サラ・グレイス・エリス。


 自分のデスクに戻り、大慌てでチャンネルを探す。


「いえ。そこを何とか! あ、切らないでー!」


「外務省では、受け付けていない? それが、電話をしても無理で……。は? いやいや、お願いしますよー!」


 色々と頑張ったものの、WUMレジデンス平河1番館の代表電話では、話にならず。

 船上パーティーで一緒だった、外務省の牧尾まきお皓司こうじも、頼りにならない。


 カチカチと、次の電話番号を押していく。



「私は、カレナお姉さまと、重遠しげとおお兄さんに、迷惑をかけたくないの。他を当たりなさい。それじゃ」


 意外にも、深堀ふかほりアイは、直接話してくれた。


 まあ、返事はお断りだったが……。



「ジェニー! だすけで、ジェニー!」



 結局、ユニオンからの留学生、ジェニファー・ウィットブレッドに、全力でしがみつく。


 時差の関係で、朝一に叩き起こされたジェニファーは、思わずスマホを切って、二度寝したくなった。

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