第480話 先手を打たれたのでー【咲莉菜side】

 女子中学生の姿をした八咫烏やたがらす七香ななか


 黒髪をオカッパにした、幼い外見だが、れっきとした、高天原たかあまはらの軍勢の1人だ。


 彼女は、重役用の会議室で円卓に座っている面々を見た後で、釘を刺す。


「末席とはいえ、私も神格でございます。詩央里しおりさまの式神になった件は、恐れ多くも大神おおかみの勅命をたまわり、宇受売うずめさまのご意思でもあります。咲耶さくやさまの子たる、あなた方が、よもや『道理が分からぬ』とは言わないでしょうが……」



 ――詩央里さまに手を出した場合、不義だけではなく、神格に序列を作る行為です



「むろん、自分の顔も潰れます。その時に、私はこの役目を引き受けた責任として、で動くつもりです。どうか、ご承知おきください」


 クール系で、可愛らしい容姿だが、低い声だ。


 ありていに言って……。



 めちゃくちゃ、怖い。



 七香は、ビシッと深くお辞儀をしているが、まさに慇懃無礼。


 聞いているギャラリーは質問をしたい雰囲気だが、とても口を開けない。



「では、失礼いたします」


 カチッ カラカラカラ


 返事を聞く気はないようで、七香は勝手に窓を開けて、八咫烏の姿に変わった後で飛んで行った。


 ただの生意気なJCと思われないように、わざわざデモンストレーションまで行う、念の入りようだ。




 残された桜技おうぎ流の面々は、まだ呆気に取られている。


 椅子の背もたれに身を預けた天沢あまさわ咲莉菜さりなは、いつもの口調で、命じる。


「とりあえず、窓を閉めて欲しいのでー」


 それを聞いた1人が、慌てて閉めた。

 視線をさえぎるブラインドも、同様に。


 今は、12月だ。

 昼でも、窓を開けていれば、寒く感じる。


 その前に、桜技流の秘密を論じる場で、窓を開けたままは、あり得ない。



 周囲の視線を集めた咲莉菜は、現状を整理する。


「七香さまの御話は、わたくしが確認しておきます。咲耶さまに質問すれば、真偽はすぐ明らかになるでしょう。ですが、神格を持つ八咫烏であることは事実ゆえ、『間違いのない話』という前提で動きます。良いですね?」


 三々五々に、肯定の返事。


 七香は神格で、大神の代理人としての役割でもある。

 それゆえ、敬称で呼ぶ。



 天沢咲莉菜にしてみれば、行動が早すぎる、という感想だ。


 南乃みなみの詩央里は、室矢むろや家のウィークポイント。

 今回の警察の不祥事によって、桜技流が動きやすくなる。と踏んでいたのだろうが……。


 それでも、過剰だ。


 わたくしが詩央里の立場なら、年末年始までは、休養を選びます。

 なのに、高天原を動かしてまでの掣肘せいちゅう


 考えを巡らせた咲莉菜は、先手を打たれたな、と結論を出した。



 ほぼ、喧嘩を売っている内容。

 それでようやく自分たちを思い留まらせるだけの、があった。


 しかし、もう遅い。


 今から個人的な理由で動けば、咲耶さまと、他の神々に、迷惑がかかる。


 

 天沢咲莉菜には、千陣せんじん流が行ってきた、室矢むろや重遠しげとおへの虐待、暗殺未遂の情報がない。


 そもそも、知っていれば、アプローチの方法から違っていた。



 仕切り直しの休憩がてら、給仕に持ってこさせた菓子とお茶をいただいた後で、咲莉菜は話題を変える。


「詩央里さまに手を出すな、というおおせである以上、それに従えば、何の問題もありません。元の議題で、話し合いましょう」


 同じくお茶をしていた1人が、おずおずと提案する。


「室矢さまが、巫術ふじゅつを自在に扱われた。その報告を信用するのなら、私たちがお迎えに参るべきだと思いますが……」


 うなずいた咲莉菜は、慎重に答える。


「もっともな意見です。ただ、重遠は多くの者が注目する身……。現状で『重遠は神格を得たか、分霊の一部が降臨した身』と広まることは、絶対に避けなければいけません! 知っている者には、改めて緘口令かんこうれいを敷きなさい」


 幹部たちが応じたことで、咲莉菜は結論を言う。


「詩央里さまが高天原に認められたことは、素直に喜びましょう。これで、『他流の女に大きな顔をさせている』という文句を無視できます。また、筆頭巫女のわたくしが降下することも、可能になりました」


 大神と他の女神が認めたことで、南乃詩央里の下につく、という選択も可能だ。


 しかし、幹部たちは、気色ばむ。


「咲莉菜さまは、私共わたくしどもをお見捨てに?」


 首を横に振った咲莉菜は、優しい口調で諭す。


「まさか! 今は、桜技流が警察から離脱して、独り立ちできるかどうかの瀬戸際です。わたくしは、最後まで身を捧げる所存。……ですが、それは重遠の子を産んでも、成し遂げられること。彼の重要性を考えれば、それこそ、私が適任でしょう? 今回の大きな不祥事で、もはや警察は、我々を止められません」


 納得した幹部たちは、違う質問をする。


北垣きたがき錬大路れんおおじは、どうされますか? いったん、室矢家から戻すので?」


 ジェスチャーで否定した咲莉菜は、ここで情報を開示する。


「重遠は、まさに日本を救いました。大神はお喜びのようで、室矢家に称号を授けつつも、様々な武具を預けるとの仰せです。咲耶さまがおっしゃるには、“天賜装守護職てんしそうしゅごしき” として扱い、以後は『高天原の代理人』の側面を持つそうで……」


 唖然とする幹部たち。


 それを見回した咲莉菜は、衝撃的な事実を述べる。


「北垣と錬大路の2名についても、室矢家の一員として……」



「高天原で新造する下賜かしされる予定です」



 ここに至り、北垣なぎは、人間の枠を超える。


 そして、錬大路みおは、完全に巻き込まれた。

 降りたいけど、ハシゴが外されていて、涙目で下を覗き込むだけ……。



 今度は、10人以上のフルオートの銃弾を見るか、察知して避けつつも、高速鉄道より速く突っ込んでくる凪が、すれ違いざまに一瞬で両断しながら、アイススケートの選手のように動き回る世界が待っている。


 室矢重遠と同じ天装は、空中だろうが、お構いなし。


 人型で、地上を撃ってくる戦闘機と同じだ。

 その小回りは、ヘリを優に超えるが……。

 

 差料さしりょうは、御神刀。

 今、打っているから、出来が良い真打しんうちが凪で、もう一振りが澪へ。


 ひょっとしたら、特殊能力がついてくるかも?




 天沢咲莉菜は、幹部たちに予定を告げる。


「そういうわけでー。ただでさえ面白い北垣は、ついに空を駆け、山を斬るレベルになりますー! 室矢家の話だから、わたくし達は何も言えません。でも、管理しないと、大惨事になりそうです。彼女の相棒で、同じランクの武装を持つであろう錬大路に、期待しますー」


 たぶん、それを聞いたら、澪は泣く。


 人型決戦兵器になった北垣凪は、果たして言うことを聞くのか?


 まあ、室矢家の事情だし。

 そこだけ桜技流が管理するのも、変な話だ。



 ニコニコしていた天沢咲莉菜は、また悩んでいる顔に。


「室矢家の事情はさておき……。わたくし達の今後が、大きな問題ですー! 今回の化け物退治では、重遠が巫術を使いました。逆に言えば、『巫術なしでは、対抗できない』と見なしたのでー」


 幹部たちも、難しい顔だ。


「私たちは、御刀おかたなだけですね……」

「残念ながら、まともに巫術を教えられる講師はいません」

「同じランクが出てきたら、当流の沽券に関わります」


 今回は、警察が自滅した。

 けれども、桜技流に捜査権を移されていたら、それはそれで大きな被害が出たのだ。


 最悪、太刀打ちできず、あっさりと全滅していた可能性すら……。



「警察の言いなりで、本来の役割がお留守だったと……」


 誰かがつぶやいて、場がどんよりと沈んだ。


 演舞巫女えんぶみこにとって、神の力を借りる巫術は重要だったはず。

 それを失伝したことは、許されない。



 別の幹部が、提案する。


やしろの本庁では、何か知っていますか? 巫術が必要になった以上、教えられる人間を早急に見つけなければなりません」


 担当者らしき女は、弱り切った表情だ。


「私の記憶には、ございません。戻り次第、すぐに調べますが……」


 そこで、誰かが述べる。


千陣せんじん流の十家になっている、ひいらぎ家は? あそこは、巫術の大家たいかだったはず……」


 場が、一気に明るくなった。


「なら、そこに頼みましょう」

「ちょうど、室矢さまとの関係もあります」

「座学と実技について、さっそく調整を――」


 ダンッ


 1人の老婆が、荒々しく湯呑みを置いた。


「お主ら、柊家のことを知っておるか? あそこはな、儂らが追い出したも、同然よ! 今更になって、『こちらへ戻ってくるか、必要な分だけ教えろ』と言えば、まずこじれるぞ? 四大流派とはいえ、千陣流は儂らが倒すべき、妖怪の住処じゃ。そこで引き籠もっていた恨みは、相当なものだろう。加えて、連中が後生大事に、巫術を継承しているとは限らん」


 

 会議室は、再び静かになった。



 天沢咲莉菜は、筆頭巫女として結論を言う。


「柊家のご意見と、協力の可否については、わたくしが預かります。他の者は、勝手に動かないよう……。社の本庁の方も、巫術を知っている御家の調査について、大至急の対応をお願い申し上げます」


「ハ、ハイッ!」


 低い声になった咲莉菜に、担当者は上擦うわずった声をあげた。


 その返事に首肯した咲莉菜は、全体を見回した後で、ひとまずの体制を指示する。


「手に負えない化け物を見つけた場合は、室矢家に振ります。無礼の極みである北垣を生かしておいたのは、このような事態のため……。そなた達は、自分1人で抱え込んではいけませんよ? 同時に、警察から離脱しつつ、新たな組織づくりを進めます。詩央里さまの負担を減らすために、重遠へラブレターを送らないことも、徹底! その代わり、重遠を各学校へ招き、心尽くしの歓待と意見交換をします。学校長は、今から準備なさい。順番と時期は、まだ未定です」


「「「はい」」」


 それによって、桜技流の幹部たちの会議が、終わった。



 ◇ ◇ ◇



 高天原の日本家屋にある広間では、姉妹の語らい。


 ……ではなく、宇受売と、室矢カレナだ。


 座布団や畳の上に座っているため、長い茶髪と黒髪は、どちらも下まで降りている。


 ゴロリと横になっていた宇受売は、カレナに話しかける。


「で? 最終的には、詩央里しおりが決めるの?」


 首肯したカレナは、端的に説明する。


「重遠はいずれ、を迫られるのじゃ! 詩央里が戦えるのなら、そのほうが良い」


 起き上がった宇受売は、和菓子を食べた後で、ツッコミを入れる。


「それ……。失敗したら、どうなるの?」


「重遠は、復讐の鬼になるだろう。その場合、『私がどうするのか?』は、未定じゃ……。まあ、元々は私が出向き、片付けるつもりだったが」


 溜息を吐いた宇受売は、自分の感想を言う。


「難儀な話ね~。そんなに原作知識で苦しむぐらいなら、全く無関係な女を選べばいいのに……」


 煎餅せんべいを食べたカレナは、それに返す。


「まあ、そう言うな……。あれでも、重遠は『誰か1人だけ助けられるとしたら、迷わず選ぶ』ぐらいには、詩央里を気に入っておる。今回を凌いでも、根本的に解決しない。こちらが準備できるステージを選び、完膚なきまでに決着をつけよう。それで、詩央里の修行は? 間に合うのか?」


 笑顔の宇受売は、上機嫌で答える。


「思っていたよりも、優秀よ! まさか、龍破雷撃砲りゅうはらいげきほうをいきなり撃てるとは、思わなかった! 握らせた石で『地上と同じ状態』にしたから、儀式なしでは起動しないはずだったけど……。今まで巫術の修行をしなかったことが、もったいないわね」


 カレナは、その理由を告げる。


妖刀ようとうを使う、南乃家の長女だからな……。敵対している流派の術なんぞ、学ぶことも考えなかった。必要に迫られて、御札や術式を使い始めた話だ。とにかく、必ず間に合わせろ」


 ひらひらと手を振った宇受売は、あっさり受ける。


「やるだけ、やってみるわ! それで、仮想敵は?」


「――――だ。おそらく、多数との戦闘になる。それも、鍛えておけ」


 カレナは、あっさりと答えた。


 だが、宇受売は理解に苦しみ、説明を求める。

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