第479話 天賜装守護職(後編)

 改めて向き合った宇受売うずめは、ダラしなく座ったままで、説明する。


「平たく言えば、あなたのが足りないわけ……。さっきは突然の謝罪だったけど、流派としての『重遠しげとおへの扱い』の件でしょ?」


 正座をしたままの南乃みなみの詩央里しおりは、首肯した。


 それを見た宇受売は、ゆっくりと、体を起こす。


「あたしも、それを知って、気分が悪い……。でも、今の重遠は復讐を望んでいないし、千陣せんじん流とやらに敵意を示せば、地上がムダに混乱するだけ! やるなら徹底的にやるべきだし、平穏に過ごすのなら、うかつに手を出すべきじゃない」


 パンパンと手を叩いたことで、他のエリアと繋がっている縁側から、和服の侍女がお盆を持ってきた。

 2人の傍にある和菓子とお茶が、交換される。


 それを食べながら、宇受売は説明する。


「あなたが『室矢むろや家の正妻』から引き摺り落とされることは、推測も含まれるわ! だけど、さっきは、あたしが何も言わないうちに謝った。それだけの引け目を感じている状態で、真実を永遠に隠すことも不可能……。他の勢力に突かれたら、その時点で終わりよ?」


 南乃詩央里は、ギクリとした。


 今は、千陣流の女子グループ5人ぐらいの秘密だ。


 しかしながら、十家の当主も、知っている。

 探せば、他にもいるだろう。


 いつ、流出するか……。


 詩央里は、その現実を突きつけられたことで、返事にきゅうした。



 宇受売は、羊羹ようかんを食べて、緑茶を飲んだ後で、言う。


桜技おうぎ流は、そのスキャンダルを最大限に利用するでしょうね? まつられている咲耶さくやは望まないだろうけど、その動きを止めるまではしないと思う」



 室矢重遠に『刀侍とじ』の称号を与えた、桜技流。


 女を中心にしているうえに、筆頭巫女の天沢あまさわ咲莉菜さりなは、辣腕らつわんだ。

 自分が『室矢家の正妻』のポジションを失えば、奥で彼女に対抗するのは、難しい。


 疲弊しきった状態でも、彼女たちは、四大流派の1つ。

 トップの咲莉菜には、カリスマと、立場がある。


 まして、高天原たかあまはらにいる宇受売が、重遠の母親となれば……。



 かなりの強硬手段、あるいは、内部から、室矢家を掌握するだろう。



 流派同士のパワーバランスは、今更だ。


 しかし、咲莉菜が降下する理由として十分すぎるし、日替わりの演舞巫女えんぶみこたちに埋もれさせることや、他と隔離された場所で、彼女たちに世話をさせることも可能。


 まともにやりあえば、自分に勝ち目はない。



 宇受売は、自宅でゴロゴロしている雰囲気のまま、話しかけてくる。


「今回の大活躍で、『重遠は神格の血筋か、分霊の降臨』という可能性が生まれた。演舞巫女も立ち会っている場面で、強力な巫術ふじゅつを使いまくったから……。遅かれ早かれ、バレることよ? だから、今、決めなさい。自分が重遠にとって、どうありたいのかを……」


 そう言われた詩央里は、腕を組んだ。


 千陣流の若さまへの虐待と、暗殺未遂の数々。

 加えて、本当の母親が、宇受売さま……。


 その力、血筋を考えれば、桜技流の連中には、抱いてもらうだけで感涙する話。

 若さまが望めば、フリーなら誰でも、どんなプレイを言われても、笑顔で応じる。

 むろん、そのままで……。


 仮にも、四大流派だ。

 男を籠絡ろうらくする手段は、色々とあるだろう。

 

 確かに、今すぐ決めなければ、手遅れになる。

 


 南乃詩央里は、ふと気になった。


 何も知らなければ、自分はきっと、正妻の立場を失った。

 笑顔の天沢咲莉菜が、準備万端の状態で、今の事実を告げてきたに違いない。


 ならば、宇受売は、どうして教えてくれた?


 疑問に思いながら、質問に答える。


「私は、若さまの正妻の立場を守りたいです。だったら、あなたはどうすると?」


 寝転がった状態で、詩央里を見上げていた宇受売は、ニヤリと笑った後で、立ち上がった。



「決まっているわ! あんたに格が足りないのなら、だけの話よ!」



 詩央里をうながした宇受売は、スタスタと広間を抜けて、縁側から外へ向かう。




 縁側から広がっている庭。


 簡単な稽古もできる空間で、宇受売は南乃詩央里に、一通りの武器を使わせた。

 けれども、反応が遅く、勘も鈍いことから、あっさりと見限る。


「あなたに接近戦は、向いていないわね! 重遠とは、別の意味で!」


 室矢重遠は、技術的に素晴らしいが、臆病すぎる。

 いざという時に、踏み込みが足りなくて死ぬタイプ。


 オサレに、自分の力を恐れぬ者に、武器を持つ資格はない! ではなく、普通に怯えているだけ。

 

 おお、怖い、怖い。



 そう言い切った宇受売は、鼻歌を交えながら、別の場所へ行く。

 詩央里を引き連れながら……。




「あの……。これ、持ってきて、いいんですか?」


 おずおずと尋ねた、南乃詩央里の両手には、槍のような武器。

 長柄の先に、突き刺せる金属の刃物が、ついている。


 ウキウキしている宇受売は、勝手に武器庫から引っ張り出してきた、ほこを見た。


「んー? 眠らせておくよりは、武器も本望でしょ! それも、あなたを気に入ったみたいだし」


 そう言った宇受売は、普段は霊体化できるわよ? と告げてきた。


 試してみた詩央里は、両手がいきなり軽くなったことに気づき、思わずワキワキと、両手を握っては開く。


 宇受売は、満足げにうなずいた。


「ちゃんと、格好いい決め台詞で、呼び出してあげて!」

「あ、普通に呼び出しますから……」


 すかさず、詩央里は応じた。


 

 宇受売は、詩央里の恰好を見た。


 白い上着に、緋袴ひばかま


 典型的な巫女服だが、大袖ではなく、小袖。

 そのため、パッと見では、違和感がある。


 意匠的なかんざしで、後ろの髪がまとめられている。


 それを気にした詩央里に、宇受売は説明する。


「その簪は、必要なら変形するし、強度も変わるから、『倒れた拍子に刺さる』という心配は無用! あたしの内弟子だという証明よ? 覚えておきなさい」



 巫女服と合わせた草履ぞうりに、白足袋しろたび


 足元の感触をチェックする詩央里に、宇受売が告げる。


「あなたは、重遠とは違い、機動戦をしないから! どっしりと構えて、その矛で薙ぎ払い、突き刺す戦法ね」




「お帰りなさいませ、宇受売さま、詩央里さま」


 元の日本家屋へ戻ってきた2人は、1人の少女に、出迎えられた。


 あごぐらいで、オカッパに切り揃えた黒髪。

 紫の瞳を持つ、中学生ぐらいの美少女だ。


 ミステリアスな雰囲気で、下女のような和服。



 宇受売は、気軽に尋ねる。


七香ななか。アーちゃんは?」


 少女は、淡々と答える。


大神おおかみに、ご許可をいただいております。どうぞ、ご命令を」


「なら、早く式神の契約をしちゃって! 本命の巫術の稽古で、時間を取りたいから」


 こくりと頷いた七香は、詩央里のほうを見た。


 状況を理解できない詩央里は、説明を求める雰囲気だ。


 察した七香は、その場で姿を変える。



 三本足のカラスは、羽を閉じたままで、頭を下げた。


八咫烏やたがらすの七香と申します。以後、よろしく……』




 少女の姿に戻った七香を加えた3人は、中庭で立つ。


 宇受売は、南乃詩央里に話しかける。


「あなたは、巫術を使える。それで、間違いない?」


「え、ええ……。術式を刻んだ手甲による宣言か、御札のどちらかを使えば……」


 不安げな詩央里に対して、宇受売は、ヒュッと投げた。


 反射的に受け取った詩央里は、その石を不思議そうに見る。


 

「あちらの方向へ、そこに刻まれた巫術を撃ちなさい! 被害は一切、気にしなくていいから!」



 指差された方向を見た詩央里は、宇受売に言い返す。


「あの! 詠唱文か、術式がないと――」

「撃て、と言ったのよ?」


 反論を許さない雰囲気に、詩央里は石を握ったままで、そちらに片手を向ける。


龍破雷撃砲りゅうはらいげきほう!」


 以前に室矢重遠が見た、アーちゃんの山を消し飛ばした一撃とは、違う。

 細い雷光が飛び、かろうじて、庭のすみえぐった。



 詩央里は、おそるおそる、宇受売を見た。

 

 何も言わない。


 七香も、驚いたような顔だ。



「アハハハ!!」



 宇受売の笑い声で、南乃詩央里は、我に返った。


 その意味が分からず、ただ戸惑う。


 

 真顔になった宇受売は、七香に命じる。


「気が変わった! あたしの名前で、に言ってきなさい。詩央里が、内弟子になったと!」


かしこまりました。……では、詩央里さま。少々、出かけて参ります。御用がありましたら、式神としての強制召喚でお願いいたします」


 詩央里が同意した後で、七香は八咫烏の姿に変わり、どこかへ飛んで行った。




 残された2人は、再び、日本家屋の広間へ。


 上機嫌の宇受売は、御神酒を飲む。


 さっきの発言が気になった詩央里は、彼女に問いかける。


「あいつらとは、誰のことですか?」


 グイグイと飲んでいる宇受売は、すぐに答える。


「もちろん、桜技流よ! 本当は、あなたをガチガチに武装させたうえで、八咫烏の七香がついていて、実はあたしの内弟子ということで、千陣流の重遠への大失態と、あなたの戦闘力の低さをカバーさせる予定だったけど……」


 引きった顔の詩央里に対して、宇受売はあっさりと、続ける。


「アーちゃんは重遠の大活躍にいたく感激していて、室矢家へ色々と下賜かしするようだから……。ただの御家だとマズいってことで、“天賜装守護職てんしそうしゅごしき” に任命するのよ。非公式だけど、ご神託だから、関係者に情報が回る。その室矢家の正妻が『張り子の虎』だと、正直ナメられるでしょう」


 これだけ戦闘が続いている、室矢重遠。


 彼と並び立つ正妻にも、力が求められる。

 度胸だけでは、いきなり暴力に訴えかけられた時、やられるからだ。


 安易に千陣流の看板を借りられない室矢家は、中立を守れるだけの武闘派にならなければいけない。

 誰の指示も受けない立場とは、そういうこと。


 その上で、各流派の女にも、内部の序列を分からせる必要がある。



 若さまは、海外にも通用する、ビッグネームになった。と思ったら、今度は、自分の品定めだ。


 かつての教育で、他の女とあそこの反応も比べられる、と言われていた時が、懐かしい。


 南乃詩央里は、遠い目になった。


 それに対して、笑顔の宇受売が、詩央里に差し出した。


「飲む? ここは、地上じゃないし~」

「あ……。いただきます」


 ごくごくと飲みながら、詩央里はこう思った。



 何か、さかずきを交わしているみたい……。



 ◇ ◇ ◇



 東京にある、桜技流の拠点。


 近代的な施設で、豪華な会議室に、学校長を中心とした幹部が、集まっていた。

 セミフォーマルの洋服だが、一般人の女とは違う雰囲気。


 『イピーディロクの情人』を討伐した、室矢重遠。


 それを見届けた演舞巫女えんぶみこたちの報告で、今まさに、彼を再認識したばかり。



 どうやって、南乃詩央里を正妻の座から、引き摺り落とす?


 その議論に移ろうとした時に、入ってきた黒髪の女子中学生が、1人。



 JCの七香は、全員を注目を集めながら、堂々と宣言する。


「私は、八咫烏の七香と申します。高天原たかあまはらの宇受売さまの命により、参上しました」


 軽く頭を下げながらも、迫力がある。


 その場を支配した七香は、顔を上げた。


「南乃家の詩央里さまは、この度、宇受売さまの内弟子となりました。私も、大神のご許可に基づき、詩央里さまの式神になった次第です。皆様方にはその旨、ご承知おきくださいますよう、お願い申し上げます」

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