第477話 風向きが変われば功績も罪状になる
大勢は、決した。
その結論に至った以上、すぐに帳尻を合わせる必要があるのだ。
特に、今回の騒動を裏で仕組んでいた
――太平洋の上空
日本にも、USFAの大使館がある。
留学生の交流会で、異能者への暴行と嬲り殺しが行われると知っていながら、わざと見逃していたUS参事官――中央の課長クラス――は、専用機の中で安堵した。
機長から、アナウンスが行われる。
『当機は現在、太平洋の上空を飛行しており――』
一般の乗客は乗っておらず、食事もゆっくりと行える環境。
左右に設けられた座席は、プライベートジェットのように、間隔が空いている。
共に日本を脱出した、US一等書記官――課長補佐クラス――の男を見た参事官は、話しかける。
「これで、一安心だな?」
座席の前にあるテーブルで、ノートパソコンを弄っていた男は、手を止めて、顔を上げた。
「ええ。日本の防空圏を抜けるまでは、生きた心地がしませんでしたよ。我々が、あの交流会を管理していたわけですし……」
それを聞いた参事官は、笑った。
「ハハハ。我々は、何も悪い事をしておらんよ! 健全な交流会を装い、他国の留学生、それも女子を凌辱しようと
「そ、そうですよね……。でも、直接関わったせいで、夜逃げみたいになるとは……」
一等書記官の台詞に、参事官も同意する。
「仕方あるまい。今回は、本国でも賛否両論がある話だから。下っ端に丸投げというわけには、いかなかった。私たちは、国のために働いている身だ。ほとぼりを冷ますために、いったん任地を変えることは珍しくもない」
首肯した一等書記官だが、小声で問いかける。
「あの……。モリガン財閥のお嬢様のほうは、大丈夫でしょうか?」
USの経済や政治を動かしている一角。
モリガン財閥の女子を虐殺の場に差し出したことは、大きな不安要素だ。
参事官は、すぐに説明する。
「心配いらん。我々も、連中に対抗できるだけの派閥だ。それに、影響があるとしたら、せいぜいマクリーン――
外交官である自分たちは、積極的に留学生の女子――ヴェロニカ・ブリュースター・モリガン――を
反異能者の参事官は、どうせなら、ヴェロニカも一緒に死んでいれば、良かったのに。と思うが、口に出さず。
その時、制服を着たパーサーらしき人物が、入ってきた。
車輪付きのワゴンを押している。
予想外の登場に、USの参事官と一等書記官は、揃って見た。
微笑んだパーサーは、用件を告げる。
「失礼します。お食事とワインをお持ちしました……。いかがなさいますか?」
さては、日本のUS大使館の有志による
「ああ、いただくよ」
「お願いします」
日本から離陸したUS専用機は、最寄りの空港に緊急着陸。
病院に緊急搬送されるも、現地で、参事官と一等書記官の2名の死亡を確認した。
死因は、どちらも食中毒。
◇ ◇ ◇
CIAの日本支部は、USFA大使館の中にある。
本国のように、でかでかと描かれたマークや文字はなく、幹部クラスは大使館員の身分だ。
一等書記官の男性は、敷地内の宿舎から、出勤した。
すれ違う人間と挨拶を交わしながら、朝のミーティングなどを済ませつつ、私室に籠る。
分かりにくい防犯装置がいくつもあって、本人でなければ、入室や端末の起動を行えない仕組みだ。
直属の部下が何人かいて、その下にも工作員のような現地協力者が多数。
上の人間は絶対にCIAの身分を明かさないわけではないが、基本的に外交官の立場で話をする。
その役割は、重要なポストにいる人間……というより、将来的に出世しそうな人間と親しくなること。
初対面でいきなり訪ねて、これを教えて欲しい、と言っても、応じる奴はいないのだ。
チャンネルができた相手とは、人を替えながら、定期的に会う。
何気ない世間話、次に会えるタイミングでも、相手の仕事と合わせれば、けっこうな情報。
管理する側の諜報員は、周囲との
結局のところ、役所の1つだ。
「そうか……。2人の機密情報と、デバイスは? ……うむ。現地警察やエージェントに、注意してくれ」
一等書記官は、机上の固定電話に、受話器を置いた。
重厚なデスクの上で両肘を突いて、組んだ両手の上に
顔を上げた男は、デスクの
そこには、妻子と思しき2人が映っている。
デスクの引き出しの1つを開けて、贈り物らしき箱を取り出した。
なぜか、机上の隅のほうに置く。
もう一度、受話器を持ち上げる。
カチカチと押されていくボタン。
呼び出し音が続き、やがて目的の場所に繋がった。
「深夜にすまない。私だ……。エマは? ……日本に来ている!? こちらにはまだ……。そ、そうか。いや、何でもない……。ステラ、愛しているよ。……クリスマスか。そうだな……」
言葉を切った一等書記官は、前のほうを見た。
次に、目を伏せて、返事をする。
「悪いが、クリスマスには帰れそうもない……。ああ、またな」
ガチャリ
受話器を置いた男は、椅子に座ったままで、
くぐもった音が数回だけ響き、一等書記官は力なく、デスクの上に突っ伏した。
USの国家安全保障局から派遣されたディープ・ダイバーの男――スティーヴ・パトリック・ファッグスは、いかにも軍人らしい動きで、油断なく消音式の銃口を突きつけている。
そのまま接近して、念のために、追加で撃ち込む。
空いている手で、脈をチェック。
ターゲットの死亡を確認。
ついでに、一等書記官の両目を閉じさせた。
伏せられている写真立てを発見。
ここの
持ち上げると、そこには家族の光景があった。
元に戻したスティーヴは、贈り物の箱を持ち上げ、血で汚れない場所に移す。
片腕につけている端末で、いとも簡単にセキュリティを操作していく。
この部屋の情報機器も、遠隔操作。
部屋の扉から出て、すぐにバタンと閉めた。
何事もなかったように、早足で歩く。
駐車場まで辿り着いたスティーヴは、1人の若い女と出会った。
「ここの職員の方ですか? あの、少し聞きたいことが――」
「俺は忙しい」
不愛想に言い捨てて、目も合わせずに去っていくスティーヴ。
呆然とした若い女は、すぐに気を取り直し、建物のほうへ歩いていく。
さっきの写真立てで、見たばかりの顔。
それに構わず、スティーヴは自分の車に乗り込んだ。
運転席でエンジンをかけて、他の車や人にぶつけないよう、慎重に動かす。
一般の車道へ出る直前。
つまり、USと日本の境目で、スティーヴは車を停めた。
車止めの柱が、いくつも飛び出ているからだ。
スティーヴは、側面の窓を開けて、守衛の詰め所に話しかける。
「何かあったのか?」
制服を着た警備員――腰のベルトに拳銃のホルスター付き――が、接客用の窓から返事をする。
「理由は分かりませんが、敷地内から出ることが禁止されています。しばらくお待ちください……あれ?」
腕の端末を弄り、そこのシステムを掌握したスティーヴは、一時的に許可を出した。
目の前の柱たちも、大人しく地下へ引っ込む。
「行ってもいいか? 次の予定があるんだよ! それとも、あんたが責任を取ってくれるのか?」
詰所の壁にある内線が、鳴っている。
どちらを優先するか迷った警備員だが、システムの判断を優先した。
「お通りください!」
車の運転席で、密かに拳銃のグリップを握っていたスティーヴは、笑顔で答える。
「ご苦労さん!」
気が変わらないうちに、と言わんばかりに、両手でハンドルを握り、アクセルを踏み込む。
その車は、荒々しく車道へ出て、あっと言う間に走り去った。
バックアップで待機していた、ミレーユ・デ・ブルーシュ、エリザヴェータ・スタヴィツカヤの2人は、駐車場の隅で、ガサリと顔を出した。
「行ったわね?」
「はい」
傍から見れば、『隠れんぼ』で遊んでいる女子中高生。
しかして、その実態は、USからの留学生、ヴェロニカ・ブリュースター・モリガンの側近だ。
大統領命令で来たディープ・ダイバーが、きちんと仕事をするのか? の見届け。
あるいは、ピンチに陥った時の支援。
だが、そのスティーヴ・パトリック・ファッグスは、鮮やかにCIA日本支部のトップを仕留めて、離脱した。
USFA大使館の敷地内が、急に騒がしくなった。
職員が動き回り、蜂の巣をつついたようだ。
ミレーユは、隣にいるエリザヴェータの手を握った。
「お願い」
「はい」
次の瞬間、2人はどこかの路地裏にいた。
エリザヴェータ・スタヴィツカヤの異能による、テレポートだ。
周囲を警戒しつつ、表通りに出る。
尾行に注意しながら、制服姿の学生たちで賑わうファーストフード店に入った。
適当に注文した後で、トレイを持ち、壁を背にする席で並ぶ。
椅子に座ったミレーユ・デ・ブルーシュは、コーヒーを
「宿題は、終わった……。さすが、プロね。所属が所属だけに、情報戦もすごい。ま、保険なんて、使わないに越したことはないわ」
待機するだけの、簡単なお仕事。
保険として使われなかったミレーユは、隣に座っている相棒を見た。
エリザヴェータは、にっこりと微笑んだ。
「うん。私たちの出番、全くなかったね! ミレーユ、あの男の人は何を考えていたの?」
興味本位の質問だろう。
しかし、ミレーユの顔は、暗くなる。
彼女は、テレパシーで読み取っていた。
あのスティーヴ・パトリック・ファッグスは、海軍の特殊部隊の出身。
引退した後で、US国家安全保障局のディープ・ダイバーへ。
そのキッカケは……。
娘が殺されたこと。
ヤク中による、銃の乱射だった。
離婚していたこともあり、守るべき者を失ったスティーヴは、裏の世界に身を投じたのだ。
キュッと
「娘を殺された父親に、父親を殺された娘か……」
「え、何?」
エリザヴェータの問いかけに、ミレーユは答える。
「何でもないわ! エリザ、そろそろ行きましょう」
ミレーユは、とある男子のグループが、自分たちに注目している。と気づいた。
このままでは、すぐナンパされるだろう。
聞き取れないほどの声で満ちている、セルフサービスの店内。
ミレーユの言いたいことを察したエリザヴェータは、慌てて立ち上がった。
2人は、トレイに残ったゴミを捨て、足早に出て行く。
美少女たちに声をかけて、そのまま同席しよう。と思っていた男子のグループは、出鼻をくじかれた。
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