第476話 シルバー・ブレット(後編)

 ――午後1時 市民会館


 衆議院議員の選挙に立候補した須瀬すせ亜志子あしこは、決起集会の主賓だ。

 1人だけ、控室にいる。


 奥には、小上がりの畳。


 広い空間には、ずらりと化粧スペースが並ぶ。

 同時に4人が座り、前の鏡を見たまま、他の人間によるセッティングを行える。


 洗面台もあるから、ここだけで身繕いが完了する。


 テレビ局の楽屋のようだ、と思う亜志子は、プロの美容師などに整えられたままで、畳の上に座っている。



 コンコンコン


「はい。どうぞ?」


 ガチャッ  バタン


「失礼します! 今日の原稿の修正が終わりましたので、お届けに来ました。もう変更しないので、これでお願いしますね? 須瀬さんは初心者だから、無理に暗記をする必要はありません。この原稿を見ながら、話してください。ただ、スピーチの際には、途中で顔を上げて、全体を見回すことを忘れずに。それから――」


 入ってきたのは、スーツ姿の男だ。

 野党の政治家についている秘書の1人で、今回の担当。


 名前は、何だっけ?


 他人事のように考える亜志子に構わず、必要なことを話した男は、すぐに退室した。


「つまらない……」


 亜志子は、もらった原稿に目を通すも、途中で横に放り投げた。


 畳の上で仰向けになって、代官山だいかんやま駅で会った、室矢むろや重遠しげとおのことを考える。


 自分と対等に話せる男子……。


 胸がドキドキする。



 気づいたら、どこかの施設に閉じ込められていて、車が横転したことで、外に出られて――


「普通の生活なのに、普通じゃない……」


 他の女子のように学校へ通い、授業を受けていたが、自分の要求は全て通った。


 ある日、好きな男子ができた。

 だが、すでに彼女を作っていたのだ。


 あの子より自分を好きになってくれたら、いいな。と思った。


 


 周囲の女子も認めてくれたけど、すぐに飽きて、別れた。


 高校卒業まで、それを何回も繰り返した。



 中学生の時には、格好いい担任を好きになった。

 第二次性徴の影響もあって、色々と妄想していたら、進路指導の時に襲われかけることに……。



 須瀬亜志子は、室矢重遠のことを考える。


「初めて……。きっと、これが初恋なんだ……」



 色々と迷惑をかけた。

 これじゃ、彼に嫌われちゃう。


 私には、何もない。


 Fランの東京ネーガル大学だったし。

 あのイベサー『フォルニデレ』は、諸悪の根源みたいに、言われている……。


 だから、彼の役に立つため、政治家になるんだ。


 その後で、謝りに行こう。




 ――午後1時半 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館


 エレベーターに乗っている室矢重遠は、義妹のカレナに話しかけた。


「推理小説って、禁じ手があったよな?」


「超自然的な能力を用いてはならない、だったか?」


 カレナの返答に、正妻の南乃みなみの詩央里しおりが、突っ込む。


「探偵方法に、が頭につきますよ? 難解な科学的説明が必要な機械も、ダメだったはず……」


 目的の階に到着した音が鳴り響き、正面の扉は左右に隠れた。


 地下だ。


 3人は、どこかの研究所を思わせる、無機質な内廊下を歩く。

 冬の私服で、全員がコートを着用。



 魔法師マギクスのための射撃レーンに、入る。


 電気を点けようとした詩央里を止めた重遠は、寝室灯のような足元の光だけで、中央のレーンに陣取った。


 その先には、洞窟のような、先が見えない暗闇だけ。



「カレナ?」


 うなずいた彼女は、その細い腕では持てないであろう、大型のセミオートマチックを差し出してきた。


 室矢重遠が右手で握っても、やはり大きい。


 まるで武器商人のように、カレナが説明する。


「それが、正真正銘の銀の弾丸シルバー・ブレットじゃ! むろん、マガジンは空間をえぐる魔法だ。暴発の危険はないから、全力で撃て!」


 艶消しのシルバーは、暗がりでも目立つ。



 重遠は、目を閉じたまま、深呼吸をした。


「対象を捕捉しろ」


 彼がそう言った瞬間に、空中にモニターのような画面が囲む。


 急に発生した光は、まるで最新のCICシーアイシー(戦闘情報センター)か、特殊部隊の行動を見守る作戦司令室のようだ。


 気象、海流、地形、地図と点のように動く人々、空を飛ぶ航空機、海上の船舶、軍の部隊……。


 この空間は、たった今から、地球上の全てを把握できる場になった。



 カレナは、淡々と報告する。


「軍事衛星とのリンクを開始……。特定! 決起集会を行う市民会館に限定するのじゃ!」


 上空からのズームアップで、ネットの地図のような画面は、市民会館だけを映す。

 

 見やすいように、モノクロに近い画像になったことで、ゲームのようだ。

 熱源――内部にいる人間――は、もうすぐ始まる決起集会に備えて、動き回っている。



 緊張した顔のカレナは、室矢重遠に忠告する。


「今から、お主に移譲するが……。長くは持たん。お主にかかる負担が大きすぎる。それに、遠隔射撃に必要な諸元を入手する際は、相手からの影響も受けるのじゃ! 引き込まれるなよ?」


「分かっている。始めてくれ」



 重遠は、両足を広げた。


 右手を突き出し、大型のセミオートマチック――魔法の発動体であるバレ――の銃口を遠くの壁へ向けた。


 左手を添えて、両手による構えに……。



 重遠の耳に、キュイイイインという甲高い音が、響いた。


 これまで空中のモニターに表示されていた情報のうち、市民会館を上から見下ろした映像などが、彼の内側に入ってくる。


 楽屋のような控室にいる、須瀬亜志子を見つけた。


 ――迷惑をかけた分だけ、ちゃんと返したい


「対象を確認した。照準から射撃までに多少の移動をすると考えて、控室ごと削り取る。座標軸と質量、構成要素のチェック……完了」


 ――この選挙が終わったら、彼に会いに行こう



 動きが止まった室矢重遠に、南乃詩央里は声をかけようとするも、カレナに止められた。



 重遠は、独白する。


「普通の女だ……」


 須瀬亜志子を知ったことで、思わずつぶやいた。


 同時に、彼女の自分への好意が押し寄せてくる。


 

「あの時と同じ……。俺は、殺せなかった……。察したメグが、3年主席の脇宮わきみや杏奈あんなを殺す役を引き受けたんだ」


 室矢家の女になった咲良さくらマルグリットは、交流会で滞在していた室矢重遠と一緒に、ベルス女学校の召喚儀式を阻止するべく、まさに奮闘した。


 その実行犯だった杏奈は、重遠に好意を寄せていたのだ。


 犯人を突き止めながら、目の前で微笑む彼女をすぐに始末できなかった。

 何やかんやで、解決したものの、それは結果論だ。


 今の時点で、重遠は脇宮杏奈の安否を知らず。

 


 あの時、自分が躊躇ためらったことで、ベル女は。

 いや、世界は滅んだかもしれない。


 そう考えた室矢重遠は、両手で構えたまま、拳銃のグリップを握り直した。



 今度は、迷わない。



「カレナ! 周囲への影響を最小限にした時点で、トリガーを引く! タイミングを教えてくれ!」



 重遠の後ろに立っている彼女は、首肯した。


「確認中……いつでも実行しろ」


 それを聞いた重遠は、深呼吸を繰り返す。



 室矢重遠は、拳銃のトリガーに人差し指を添えて、須瀬亜志子を見た。


 全く別の場所にいる彼女からは、見えないはず。

 けれど、重遠を見ている様子。


 自分の最後を悟ったかのように、話しかけてくる。



 ――私は



 トリガーが、引かれていく。


 顔を伏せた亜志子は、すぐに上げた。



 ――人間、だよね? あなたと同じ



「ああ。お前は間違いなく、人間だよ……」



 独白した室矢重遠は、トリガーを最後まで引いた。


 銃口からの光や衝撃は短時間で、それっきり。


 地下の射撃レーンは、再び暗闇に戻る。



 長く息を吐きながら、重遠はトリガーから指を離した。


「終われば、こんなモノか……。目の前に、そいつの血がぶちまけられ、死体が転がらなければ……」


 グリップの底からマガジンを抜き、拳銃と一緒に渡した。

 

 受け取ったカレナは、重遠が撃った方向の壁をチラリと見た後で、大型の拳銃を消す。


「本物のシルバー・ブレットがあれば、気に食わない奴や、敵対者をいつでも抹殺できるぞ? 必要ないか?」


 冗談めかした台詞に、室矢重遠は返事をする。


「いらん。俺のバレは、明夜音あやねが作るからな……」


 端的に答えた重遠は、フラフラだ。


 心配したカレナが、すぐに言う。


「無理をするな。逃亡生活を続けたうえに、艦隊と未知の戦闘機を相手にした後で、今の遠隔射撃だ! 全て、終わったぞ? 長い間、よく頑張ったのじゃ」


 重遠が、右腕の黒いスマートウォッチを見たら、12月の表示。


「もうすぐ、年末だな……」


 呟きながら、歩き出そうとした重遠は、力尽きたように倒れる。


 

 冷たい床にぶつかる前で、南乃詩央里が抱き止めた。



「お帰りなさい……」


 そう言った詩央里は、泣いていた。


 最後の力を振り絞った重遠は、彼女の顔を見上げる。


「そうだな。本当に……疲れたよ」


 小さな声で呟いた重遠は、そのまま気絶した。


 一気に重くなったが、異能者である詩央里は、しっかりと支えたまま、歩き出す。




 エレベーターの中で、地の底から地上へ戻る。


 室矢カレナは、自分の夫を支えている南乃詩央里を見た。


「なあ、詩央里……。お主、強くなりたいか?」


 困惑した詩央里は、カレナを見る。


「いきなり、何を?」


 カレナは、真面目な顔だ。


「重遠は、。いずれ、最終的な判断を迫られるだろう。その時に、お主が今のままでは役立たず、という話じゃ」


 聞き捨てならない、と言わんばかりに、詩央里は言い返す。


「私を強くする方法があるのなら、教えてください! 今回のように、ただ待っているのは、もう嫌です!!」


 うなずいたカレナは、一言だけ。


「分かった。なら、しよう。話はそれからじゃ……」


 気になった詩央里だが、カレナは、それ以上を語らず仕舞い。



 エレベーターの扉が開き、1階……日常の世界へ戻ってきた。

 室矢家は、日本を救ったのだ。

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