第475話 シルバー・ブレット(前編)

『この度の社会的な混乱は、ひとえに私の責任が大きいと感じており、新たな政治体制にするべく、決断いたしました』


桔梗ききょう総理は、このように述べており、内閣総辞職の意向を表明しました。国内の異能者と公的機関の対立がささやかれる中での、突然の辞任! 関係者の間では、「USFAユーエスエフエーなどの3か国が公海上で実施していた軍事演習、『ネイブル・アーチャー』作戦も関係している」と言われていますが、その真偽は不明です。しかし、この年末年始を控えた時期に、まさかの衆参ダブル選挙となりました。与党の総裁を始め、幹事長などの役職の方々は、桔梗総理の決断を支持すると共に、降って湧いた総選挙で、忙しく動いている模様です。野党は「異能者を差別している政党には、国政を任せられない!」という姿勢を強め――』


 テレビは、この特番だけ。


 どのチャンネルにしても、政治に詳しい専門家が、訳知り顔で説明している。



 何てことだ。

 義理の父親を無職にしてしまった……。


 ごめんよ、うらら


 俺は、『内閣総辞職ビーム』を撃ってしまったようだ。



 ピロン


よりも、室矢むろやさんが無事で、本当に良かったです。良かった……”


 もう少し、父親の心配をしてあげて?

 解散総選挙で、今は命懸けの戦いだよ?

 たぶん、寝る暇もないよ?


 天ヶ瀬あまがせ麗――彼女の父親と、俺の正妻の詩央里しおりが認めた仲である女子中学生――に対して、心の中で突っ込んだ。



 SNSのメッセージに返信した後で、スマホ画面の中で動き回っているカペラを見た。


 こいつは、勝手にダウンロードされた、常駐アプリだ。


 有名なセキュリティソフトが駆除しようと頑張ったものの、即落ち2コマで『安全』と判断しやがった。


 義妹の室矢カレナの忠告で、削除せずに残している。

 消したら、地球が壊れるそうだ。


『おー! おー! おおー。色々ある!』


 可愛らしい声で叫んだから、すぐに釘を刺す。


「カペラ! 俺のスマホを荒らすな! 外で遊んでこい!」

『はーい!』


 セーラー服の美少女が消えた。


 外部への回線で、彼女はどこかに行ったようだ。



 やめてくれ。

 俺にはもう、ネットにすら、安住の地がないのか?


 スマホに居着いた後で、山のようにエロゲを持ってきた時には、ひっくり返ったぞ。

 主に、データ通信量の意味で……。


 特に意味のない通信制限が、俺を襲う!


 

 返事をするべきメッセージ、メールは、まだまだある。


 頭痛を感じた俺は、テーブルにスマホを置いた。


 ふうっと溜息を吐いたら、反対側に座る南乃みなみの詩央里が言う。


「若さま? 各方面から安否確認と、『会談をしたい』との申し込みが殺到しています。現在は、私で止めている状態です。いかがなさいますか?」


「俺はカレナと一緒に、を片付ける。それが終わるまで、保留だ」


 かしこまりました、の返事を聞きながら、遅い朝食を口に運ぶ。


 久々に2人きりで、過ごしている。

 だから、今の詩央里は、機嫌がいい。


 他の女にお預けをさせての、ゆっくりした時間だ。


 こういう時に、特別扱いをしてやらないと……。



『衆議院の候補者の中に、初の女性の異能者がいます! 野党による推薦ですが、「日本の異能者への姿勢」が問われている中で、注目度が高い人物と言えます。本日の午後3時より、後援会や支援者による決起集会が行われます。当局でも特番を組み、大々的にご紹介する予定です。どうか、お見逃しなく!』



 俺は無言で、席を立った。


「準備を始める」


 南乃詩央里は、そっと付き添う。


 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館の内廊下に出て、地下に通じるエレベーターへと向かう。



 ◇ ◇ ◇



 マンスリーマンションの一室に、冷泉れいぜいのぼるがいる。


 本庁の捜査本部が解散した時点で、彼はその役目を外された。

 警視庁の御手洗みたらいまもるのほうには、呼ばれず。


 隣の県警に戻るべき立場だが、なぜか残っている。



 安い物件とあって、それに見合った家具家電だけ。

 別料金で用意させたシーツ類も、上質とは言い辛い。


 シングルの狭い部屋には、所狭しと、カップ麺などの残骸が転がっている。


 レースのカーテンを通して、ベランダから日光が差し込み、ゴミ屋敷になりかけた部屋を照らす。


 申し訳程度に備え付けられた、ダイニングテーブルと椅子。

 その上にも、コンビニの袋が並んでいる。


 台の上に置かれたテレビは、解散総選挙にまつわる番組ばかり。



『衆議院に立候補した須瀬すせ亜志子あしこさんについて、インタビューを予定しており――』



 ベッドの上で丸くなった冷泉昇は、顔を伏せたままでつぶやく。


中川なかがわ……。正義って、何だろうな?」


 亜志子のせいで、拳銃自殺したと思しき、かつての同僚。


 その彼が残した、唯一の手掛かりである、ボイスレコーダーを繰り返し再生する。


『冷泉さんが、この音声を聞いている頃には――』


 ピッ


 昇は、『停止』ボタンを押した。


 マンションの部屋に、沈黙が訪れる。



 人は、どうしようもない事に直面した場合、ひとまず努力する。

 けれども、それがあまりに理不尽で、全く進展を見せず、理解者すらいない場合は――


 自分という存在を賭けてでも、激怒するのだ。



岩室いわむろの奴も、結局は逃げちまった……。そりゃそうだよな、他人事だし……」


 仮初かりそめのコンビを組み、一緒に事件解決を目指していた、警視庁の岩室佐助さすけは、もういない。


 現状は、須瀬亜志子を逮捕できません。


 そう言い残して……。



「あの女を政治活動のような、おおやけに出してはならない。と理解しているはずなのに……。いや、分かっちゃいるんだよ。あいつの言うことが正しいってのは」


 所属は違ったけど、同じ階級で気兼ねなく話せた。

 人当たりが良かったことで、余計に甘えているのだろうな……。


 自己分析をした冷泉昇は、さらに落ち込んだ。


 

 親しかった同僚を殺されたかどうか? もある。

 けれども、これは気質の問題だ。


 刑事は、悪を許さず、どこまでも追っていく。

 面倒な組織という政治的な判断や、証拠不十分で、立件を見送る場合もあるが……。


 今回は、犯罪があった、という事実すら、失われた。

 人を操る女によって。


 刑事だった、中川巡査部長。

 彼は、精神的な理由で拳銃自殺をして、身内に多大な迷惑をかけた。


 ……その汚名をすすぐことも、今となっては不可能だ。


 冷泉昇には、それがどうしても許せない。


 

 いっぽう、岩室佐助は、生活安全部で少年事件を担当している。


 片付けたものの、後味が悪い事件。

 このままでは、別の事件が起きるのでは? というケースが日常茶飯事。


 それでも、割り切って動く。



『須瀬さんの決起集会は、本日の午後3時から、市民会館で行われます。一般の見学も可能ですが――』



 立ち上がった冷泉昇は、すたすたと歩き、壁際のテーブルの上に置いていたボロ布に向き直った。


 その包みを開くと、ステンレスの白い光。


 全長17cm、全高11cm。

 飛び出た部分は、かなり小さい。


 側面のボタンを押しながら、人差し指によって、横へスイングアウト。


 カチャカチャと作業をした後で、シリンダーを元の位置へ戻す。



 6発の .38スペシャル弾を装填できる、小型のリボルバー。


 ハンマー内蔵で、ダブルアクションのみ。

 引っ掛かる部分がなく、とっさに抜きやすい。


 グリップは黒で、握りやすいように工夫された形状だ。

 隠し持つことを考えた、最適解の1つ。



 いったん、テーブルの上に置く。


 その時、スマホが目に入った。


 岩室佐助に連絡しようか? と思うが、すぐに断念する。


「あいつは、いい奴だ……。巻き込むわけにはいかない」


 手早く身繕いをした冷泉昇は、私服のポケットに拳銃を入れた後で、外出した。




 “須瀬亜志子”


 その名前も、大きく書かれている。


 政党として、彼女で人を集める方針のようだ。


 決起集会が行われる市民会館は、選挙の関係者だけではなく、野次馬、マスコミと大賑わい。


 中のホールでは、後援会のための椅子がズラリと並び、後ろの壁にマスコミが張り付くのだろう。



 よく晴れた日だ。


「野党の……。それも、全く無名の新人で、これか……」


 小声だったが、関係者に聞かれたらマズい発言。


 けれど、須瀬亜志子のスキルを知っていれば、言いたくもなる。


 いきなり衆議院を狙ってくる時点で、おかしい。

 間違いなく、担ぎ出した奴らは、彼女の効果を知っている。

 または、すでに操られている。



 昼にも寒い季節だが、冷泉昇は汗をかいた。


 思わず、ポケットの中に手を突っ込む。

 冷たい金属の感触で、少しだけ安心した。


 シリンダーには、6発の .357マグナム弾。


 いくら異能者でも、タダでは済まないだろう。



 深呼吸を繰り返した冷泉昇は、人混みに紛れようと――


 グッ


 背中から、固い物体を突きつけられた。



 銃口だ。



 反射的に、ゆっくりと両手を上げる。


 だが、身体に突きつけられた銃口から位置を知り、半身になることで身をかわす。

 同時に、片手で銃を持つ手首を制して、もう1つの腕で相手に――


「お前ら、どうして!?」


 その隙に、相手は飛びつくように両足で胴体を挟みつつ、自分が仰向けになる形で寝転がった。


 棒立ちの冷泉昇は、そのまま地面に引き倒される。


 片足に抱き着かれて、両足で挟まれ、足首は両手で抱き抱えられた。

 足の関節を完全に決められる。



「お久しぶり、お兄さーん!」



 思考停止に陥っていた冷泉昇は、仰向けのままで、声のほうを見た。


 薄い黄色のボブに、赤紫の瞳をした美少女。

 エグゼ・リューデックスとやらの、香月こうげつ絵茉えまだ。


 地元の鷹崎たかさき駅で会い、情報交換をした、操備そうび流のエージェント。

 今は、東京で御三家と呼ばれている女子校の制服だ。


 昇の片足に両手両足で抱き着いたまま、絵茉は答える。


「ウチらも、須瀬に注目しているのだから! いて、当然でしょー?」


 明るく喋っているが、その間にも力を緩めていない。



 近くで立っている五月女さおとめ湖子ここは、溜息を吐いた。


「あの……。場所を変えません? 目立ちすぎです」


 長い黒髪に紫の瞳という、正統派の女子高生が、呆れたように提案した。


「え? 何で?」


 絵茉の問いかけに、彼女が地面に落とした拳銃を拾いながら、湖子が応じる。


「それ、完全にJKでリフレクソロジーな、アレですよ?」


「あ、ホントだ……」


 冷泉昇の様子を見ながら、絵茉は立ち上がった。


 毒気を抜かれた昇も、立ち上がる。



 周囲の注目を集めた3人は、近くに停まっている放送中継車の中へ……。

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