第474話 1つの事件の終わりと1つの始まり

 俺が戦艦イーノイの甲板に降り立ち、第二の式神を解除したら、大勢のクルーが集まってきた。


 英語でまくし立てているから、何を言っているのか、不明だ。

 しかし、敵対的な様子ではない。


 誰もが笑顔で、握手を求めてくるか、ハグしてくる。



 戸惑っていたら、1人の若い男が、前に出てきた。


「よお! さっきは凄かったぜ、ヒーロー!」


 どうやら、彼は、日本語が分かるようだ。


 握手に応じたら、ちょっと待て、と言った後で、周囲に話す。


 手を振りながら、自分の持ち場へ戻っていく乗員たち。


 

 若い男は、ここの一等兵、ティム・アール・ラモッタだと、自己紹介してきた。

 日本語が分かって、同年代のため、俺の案内役を命じられたそうな……。


「あれが、日本のサムライって奴か? すげーな! 空中に立てるとは、アニメそのものじゃねえか! どうやったら、あんな芸当ができるんだ、シゲ?」


 ここでも、シゲ呼び。


 俺の名前は、かなり呼びにくいようだ。


「ウチの秘密だから、勘弁してくれ。それより、俺はさっきまで、USFAユーエスエフエーの艦隊と戦っていたんだけど……」


 気まずい話だったが、ティムは不思議そうな表情。


「お前、何を言って……。ああ、さっきの艦隊は、俺たちとは違うだぜ! 気にすんな」


 狭い艦内は、迷路のようだ。


 すれ違う人間がいたら、ティムはすみに避けて、敬礼する。

 だいたい、上官のようだ。


 ここでも、俺は歓迎された。

 

 ティムが通訳してくれたが、どれも、艦を守ってくれて、ありがとう。という主旨だった。



 俺の様子を見て、ティムは説明する。


「さっきは、あと少しで艦橋が吹っ飛ばされた。あんたが敵を撃墜してくれたから、戦艦イーノイは、まだ無事さ! もっと偉そうでも、怒ったりしないと思うぜ? あのくそったれなインベーダーどもをやっつけたわけだし」


 俺が偉そうな態度を取ったら、懲罰房だけどな! と、彼は続けた。


 

 上の艦橋まで案内してくれたティムは、自分の部署に戻っていく。


 別れの挨拶をした後で、俺は船上パーティーで会っていた女子7人がいる空間へと入る。


 無機質で、軍艦らしい内装。

 大きな窓があって、大海原や他の艦も見える。


 作戦テーブルなどの機材の他には、見目麗しい少女たちがいるだけ。

 どうやら、今は観戦用に使っている部屋のようだ。


 彼女たちは、入ってきた俺を一斉に見た。



 あの……。


 空気が重いんだけど?



 ◇ ◇ ◇



 戦艦イーノイは、無事だった。

 再び、司令用の作戦会議室に、連合艦隊のトップが集結。


 USの艦隊司令は、自軍にだけ被害が出たことで、渋い顔だ。

 いっぽう、シベリア共同体、東アジア連合の艦隊司令たちは、目を伏せたまま。


 上座に座っているアンドレアス・ヴァン・メイヒュードが、結論を述べる。


室矢むろや家の兄妹は、どちらも一騎当千でした……。あの調子じゃ、確かにこの連合艦隊で仕掛けるのはマズかった。その結論で、皆さんも良いですよね? まあ、宇宙からの侵略者のせいで、いらぬ損害を出してしまい、それどころじゃないですが」


 最後の言葉で、座っている艦隊司令たちが、アンドレアスを見た。


 うなずいた彼は、ガチガチに固まっている日本人に訊ねる。


「ミスター牧尾まきお? そういうわけで、我々は撤退します。ただ、最寄りの軍港まで辿り着けない艦については、補給や、一時的な係留を許可願います」


「は、はあ……。防衛省に、話をしてみます……」



 外務省の牧尾皓司こうじは、1人だけ。


 本来は大臣か、最低でも防衛省の参事官あたりが来るべきだが……。


 国内では異能者と防衛軍の対立が続き、この連合艦隊はだ。

 したがって、人質にされる可能性を考慮しなければならない。


 要するに、彼は人身御供ひとみごくうになったのだ。



 気もそぞろの皓司に対して、アンドレアスは話を続ける。


「運が良かったですね? 室矢家の兄妹の奮闘がなければ、ここまで丸く収まらなかったでしょう。……さて、皆さんも気になっていると思いますが、先ほどのインベーダーについての情報を伝えます」


 当番兵が、アンドレアスの合図によって、資料を配る。


 皓司は、自分にも渡されたことで、ホッとした。



 アンドレアスは、その資料を見ながら、説明する。


「結論から言うと、正体不明です。しかし、宇宙から降下したことは、USFAユーエスエフエー宇宙軍が、軌道上のステーションで確認済み。妹のカレナが2機を撃墜で、残りは重遠しげとおくんのスコアと……。幸いにも、前者は我々の監視がすぐに確保できて、かなり原形を残している状態です。後者も、旗艦をやられる危険を考えたら、許容範囲でしょう。さて、肝心の配分ですが……」


 上座にいるアンドレアスは、周りを見た。


 無言の圧力を受けつつも、平然と言う。


「最初に発見して、主力艦隊を襲われた末に撃墜したUSは、前者のうちの1機をもらいますよ? シベリア共同体、東アジア連合の御二方については、残り2機を差し上げます。そちらで、話し合ってください」


 シベきょう東連とうれんの艦隊司令たちは、不満げだ。

 しかし、USの軍需産業で世界的な企業、ローマン・メイヒュードの御曹司おんぞうしに逆らえば、後が怖い。


 しぶしぶ、同意する。



 いっぽう、牧尾皓司が口を挟む。


「あの……。USのほうでアンノウンを撃墜したのは、室矢君ですよね? その妹のカレナさんも2機を落としたわけですし。日本にも、何か分配してもらうわけには?」


 少し考えたアンドレアスは、笑顔で答える。


「それなら、シベリア共同体、東アジア連合の御二方と、交渉してください。我々は主力艦隊に大損害で、試作とはいえ、最新の軍事AIの部隊もオシャカだ。日本がそれらの損害を補填してくれるのなら、考えなくもないですが……」


 シベ共と東連の艦隊司令たちは、ジロリと睨んできた。


 その剣幕と、USの主力艦隊の補充という藪蛇やぶへびに、皓司は慌てる。


「いえ! そういうつもりでは……」


 室矢家の兄妹を呼んでくれば、と思ったが、数日前の船上パーティーで、艦隊司令たちに戦争を吹っ掛けたばかりだ。


 また相手を怒らせるか、暴力沙汰になったら、と考えてしまい、二の足を踏む。



 牧尾皓司が黙ったことで、アンドレアスは付け加える。


「そうそう! 檜高奥ひこうおう署へのミサイル誤射の件は、反故ほごにしませんから。どうぞ、ご心配なく。補填や賠償については後ほど、担当者レベルで話し合いましょう」


「あ、ありがとうございます……」


 日本人らしい対応だ。

 しかし、これで、人類初の機動兵器と、日本へのミサイル攻撃について、権利を放棄させられた。


 連合艦隊を組んで、砲艦外交をしていたことへの糾弾も、不可能に……。



 アンドレアスは、相手が承諾した事実を利用する。


も納得したことですし、そろそろ解散しましょう。まだ生存者の救出が続いていて、司令クラスを長々と引き留めるのは悪いですからね……」


 そして、日本の代表者が全面的に認めた、という事実だけが残った。



 ◇ ◇ ◇



 留学生の女子たちに詰められた俺は、逃げるように戦艦イーノイを降りた。

 クルー達に、色々なお土産をもらいながら……。


 外務省の牧尾皓司が、何か言いたげに見ていたが、相手にせず。



 悠月ゆづき家のエージェントによる高級車へ乗り込み、自宅に帰る。



 後部座席から、窓の外を眺める。


「んで、黒幕のアンドレアスは、どうする?」


 隣に座っている室矢カレナは、あるじと式神による念話で答える。


『あいつを殺しても、軍需産業のローマン・メイヒュードが本気で襲ってくるか、嫌がらせをしてくるだけじゃ! 仮に、ローマン・メイヒュードごと潰しても、他にいくらでも代わりはいる。例の黒い戦闘機は、私がに替えておいた。放っておくだけで、連中はリソースを無駄にするわけだ。せいぜい、おどらせておけ』


『ちなみに、あいつらは何なんだ?』


 俺のほうを見たカレナは、やはり念話で答える。


『外宇宙から来た、知的生命体の一種だ。あの黒い戦闘機は、攻撃されたエネルギーまで吸収する転換装甲と、反重力装置による慣性制御システムを搭載していた。強い斥力せきりょくを持つフィールドを発生させつつも、その偏向による推進を行っていたのじゃ!』


 さっぱり、分からん。


 そう思った俺は、すぐに確認する。


『つまり?』


 用意されていたドリンクを飲んだ後で、カレナは答える。


『外宇宙でも使える……。たとえば、木星レベルの重力を気にしない程度の、宇宙戦闘機だな。ブラックホールの超重力や、ガス星雲の高圧を振り切ることが前提。あの設計なら、亜空間に潜れるだろう。今回のは、大気圏内に向いている仕様だ』


 へー。

 それは、驚きだ。


 感心していたら、カレナは悪い顔になった。


『分析できれば、第二の産業革命だ。何しろ、大気圏内でほぼ推進剤を消費せずに、高速移動もできるのだから……。それこそ、外宇宙への進出や、ラグランジュポイント(重力が釣り合うポイント)での宇宙コロニーも建設できるぞ? 何なら、地上で作って、そのまま打ち上げてもいい! 石油の団体は死に物狂いで、その技術を抹殺したがるけどな?』


『だけど、もはや意味のない物体か……』


 うなずいたカレナは、笑顔になった。


『ただの石じゃ! 世界の頭脳が集まって、最新の機材で、数年は掛かり切りだな! まあ、それで連中にやり返したと考えておけ!』


 後部座席に身を預けた俺は、自分の軽食を口に入れた後で、コーヒーを飲んだ。


 ふと、カレナに質問する。


「そういえば、あの黒い戦闘機たちは、なぜ降下してきたんだ? 地球侵略の尖兵せんぺいか?」


 俺が言葉を発したことで、カレナも応じる。


「お主、宇宙人の女にも縁ができたな? せいぜい、地球を破壊されないように、ご機嫌を取っておけ」


「い、いやいや……。あの3機は、間違いなく撃墜したんだろ? 生存者も死体もないって……」


 首肯したカレナは、質問に答える。


「ああ、そうじゃ! 


 母船も、しばらくは大人しいようだし……。


 ボソッとつぶやいたカレナは、だらけた。



 手持ち無沙汰になったので、スマホを見ると――


 “カペラと遊ぼう! ~ステッラエ・マレからの来訪者~”


 女子高生のセーラー服に、パープルの瞳。

 その中に黄色が入っていて、星々が見えるようだ。


 ブラウンの髪は、肩にかかるぐらいで、星を模した髪飾り。

 ロリ系の美少女だ。


 そのアイコンを見た俺は、画面に指を向けた。


「迷惑アプリか。消しておこ――」

 ガシッ


 珍しく焦った顔のカレナが、俺の手首をつかんだ。


「よせ! 地球が壊れるのじゃ!!」



 またまた、大げさな……。

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