第473話 ファースト・コンタクト

 室矢むろや重遠しげとおがいる海域とは別に、彼の式神である室矢カレナも、戦っていた。


 仕掛け人のアンドレアス・ヴァン・メイヒュードとしては、時間を有効に使うため、もしくは、この兄妹をどちらも始末するため、である。



 千陣せんじん流が式神使いであれば、その式神と離されることで、弱くなる。

 それが、ユニオンの『ブリテン諸島の黒真珠』であれば、尚更だ。


 アンドレアスの視点では、ダメ元の提案だったが、別々で戦う条件を呑まれて、驚いた。



 海上の足場に立つ室矢重遠に、小規模ながら機動艦隊をぶつける一方で、カレナにも強力な試作機をぶつけた。



 今のカレナは、太平洋の海の中で、ペンギンよりも速く泳いでいた。


 下から迫りくる魚雷を避けつつ、その爆発による衝撃も気にせず、動き続ける。


 攻撃しているのは、大型の機動兵器だ。

 周囲には、随伴歩兵のように、水中用パワードスーツの姿も……。


 アンコウを流線形にした、攻撃型の潜水艦。

 その上部から、次々に魚雷が撃ち出されていく。


 繋げたワイヤーによる誘導弾や、途中で炸裂する散弾も交ざるが、上の光が届かない深度にいるカレナは、周囲に灯りがないのに迷わない。


 時速60km以上のスピードで、鋭角のターンや、瞬間移動によって、危なげなく回避。

 まるで、空中の戦闘機のようだ。


 深海魚が泳ぐエリアは、爆発による花火と、近くにいる物を破壊する衝撃波で満たされる。


 地球上にある宇宙で、水泡や音波だけが飛び交う。



 その深海と同じ色をした瞳を上に向け、カレナは立ち止まった。

 長い黒髪は、彼女の身体を隠すように広がり、1つのシルエットを形成する。


 海中で流されつつも、思考にふけるカレナに対して、接近したエイのような形状の小型潜水艇がアームで掴んできた。


 巨大な3本の指でカレナを握ったまま、至近距離でニードルガンを斉射した。


 針には毒まで仕込まれているが、ガガガと硬い音が返ってくるだけ。



 千載一遇のチャンスを掴んでいた小型潜水艇は、そのアームの先から一瞬で分解した。

 まるで、100年前に作られた物体のように……。


 カレナの権能にかかれば、時間の経過は思いのままだ。



 再び海中に漂うカレナは、おもむろに両手を指弾の形にした。

 目をつぶったまま、攻撃に移る。


 ドラマーのように両手両足をバラバラに動かしながらも、そのこぶしの先から周辺にある破片を飛ばしていく。

 

 ここは、海中だ。

 宇宙と同様に、あらゆる方向へ、体を動かせる。



 地上のレールガンを思わせる勢いと貫通力で、小さな物体が次々に貫いた。


 重装甲の潜水服のようなパワードスーツを。

 小回りが利く潜水艦を。

 周囲を高速移動している小型潜水艇を。



 深海では、小さな穴でも致命傷だ。

 その水圧に耐えられず、圧潰か、爆発する。


 最後の抵抗として撃たれた魚雷、水中用の小型ミサイル、ロケット、ニードルガンの群れは、全てカレナの手前で消えた。



 戦いを終えたカレナは、高速で海上を目指す。


 本来なら、ゆっくりと身体を慣らしていく深度でも、彼女には必要ない。



 ◇ ◇ ◇



 宇宙から降下した、3つの黒い戦闘機。


 水平と垂直尾翼がない、全翼機。

 平べったい形状だ。

 

 ステルス戦略爆撃機のスピリットを小型にした……。


 いや、周囲が歪んでいて、正確には分からない。


 とにかく、そのアンノウン3機は、海上すれすれを高速で飛んでいる。



 ――このまま……え?



 少女のようなパイロットは、一瞬で2機が落とされたことに驚いた。

 しかし、即座に上昇して、不可視の攻撃を回避する。



 ――エネルギー転換装甲を!?



 驚愕した彼女だが、相手の攻撃による衝撃やエネルギーをそのまま吸収する技術を破られても、くじけない。



 ――1機だけで……十分!!




 海面に浮上したカレナは、舌打ちした。


「1機、逃したか……」


 アンノウンは、とっくに視界から消えた。


 その推進力は異常で、空気の取り込みと燃焼の音もなく、明らかに地上の技術ではない。



 ◇ ◇ ◇



 上空でゆっくり飛ぶ、上に丸い円盤のレーダーをつけた早期警戒機。


 その管制室で、少佐の階級章をつけた軍人が叫ぶ。


「侵入した機体がいる? どこの所属だ?」 


「不明です! IFFアイエフエフ(アイデンティフィケーション・フレンド・オア・フォウ)にも応答なし! ……いえ、敵です! 艦隊司令より、撃墜命令が出ました!」


 USFAユーエスエフエー宇宙軍のステーションから、情報が回ったようだ。


「無人の戦闘機、スノー部隊で対処しろ! 予定とは変わるが、実戦データを収集する、良い機会だ」



 AI制御の戦闘機たち。


 コックピットがあった部分には、目玉のような観測機器と、制御装置を搭載。

 全体的に、小ぶりだ。


 高価なパイロットを不要とするものの、現場からの反発が大きい。

 とはいえ、これが実現すれば、空戦の常識は塗り替えられる。


 無線誘導や、単純な命令に従うだけのドローンとは異なり、本格的な作戦行動が取れる。

 おまけに、疲れ知らずで、正確無比。



 指揮官のシートに座った少佐は、刀を振り回すだけの室矢重遠を倒すよりも、軍司令部や議会にアピールできる。と考えていた。


 だが、その思惑は、軍属のエンジニアの叫びで、妨げられる。



「外部から、ハッキングされています! ファイアウォール、機能していません!」



 少佐は立ち上がりつつ、指示を出す。


「強制シャットダウン! スノー部隊のコントロールは、絶対にさせるな!!」

「ダメです! 現時点で、こちらとは別の制御系に移されています!」


 急いで、その技術者の席へ行くも、雪崩のように、プログラムの構文が流れ続けている。


 専門外だが、すでに乗っ取られていることは、分かった。


「スノー部隊の自爆コードは!?」

「試しましたが、作動せず!」



前方のコックピットにいる機長が、悲鳴のような叫びを上げる。


「少佐! エスコートの2機が――」



 早期警戒機は、近くを飛行していた無人機による機銃を受け続け、内部の燃料が引火することで爆発四散。



 ――よっわーい!



 あっさりとシステムを掌握した少女は、スノー部隊の管理をすることなく、自身の機体をひるがえした。


 機首を下に向け、墜落するような速度へ。


 矢のように加速しつつも、下で海上の無人パワードスーツを制御している軍艦を視界に入れた。


 黒いミサイルのような物体が離れ、戦闘機よりも早く着弾。


 上から貫かれた巡洋艦は、内部から大爆発。



 黒い戦闘機は、重力を無視した機動で、次の獲物へ向かった。

 海上に大きな水柱が立ち、2つに割るように続く。


 地上の戦闘機とは違う、ニュウアアアアッという機動音が響き渡る。



 ◇ ◇ ◇



『対空戦闘! 対空戦闘! 総員、ただちに戦闘配置! これは演習ではない! 繰り返す、これは演習ではない!』



 連合艦隊の旗艦である、USの戦艦イーノイ。


 そのブリッジのCICシーアイシー(戦闘情報センター)では、接近するアンノウン1機を示す三角マークが、ザザザッとぶれた。


「目標、なおも接近中! ……いえ、待ってください。み、味方? 司令! アンノウンが、味方の表示に変わりました!」


 USの艦隊司令は、大声を上げる。


「そんなわけがあるか! ……マニュアルで、対象を『敵』に変更! 対空ミサイル、主砲・副砲、機銃を使い、何としても撃墜しろ!」

「ハ、ハイッ!」


「シベリア共同体、東アジア連合の艦隊は!? どうした!」

「彼らが攻撃した場合、こちらに当たります。現在、空母から戦闘機が出ていますが……」


 完全に、他人事だ。


 苛立った艦隊司令は、次の指示を出す。



 戦闘態勢とはいえ、油断しきっていた。


 すでに、乱戦だ。


 USの艦隊は、後続の戦闘機を出せず。

 上空を警戒していた数機も、対空砲の誤射を恐れて、近づけない。


 外縁部にいる巡洋艦、駆逐艦が、それぞれに機銃を撃ち続け、対空ミサイルを発射。

 空中で炸裂して、ドンドンという音と同時に、破片がまき散らされる。


 しかし、黒い戦闘機は周りを空気の壁で覆ったまま、信じられない加速で振り切っていく。


 急上昇と、瞬間移動による回避。


 たまに当たるが、エネルギー転換装甲のせいで、相手のエネルギーになるだけ。



 絶望的な戦いを繰り広げる艦隊に、宇宙人の少女はニヤリと笑った。


 通信の状況と配置で、どの艦が中心であるのか? は一目瞭然。

 そちらを見ながら、つぶやく。


 ――あれが、旗艦ね?



『ホームに、接近させるな!』


 盾となるべく、前に出た巡洋艦。


 その腹を食い破り、大爆発する様子を置き去りにしながら、黒い戦闘機は一直線に飛んでいく。



 ◇ ◇ ◇



 戦艦イーノイの艦橋にいる、留学生の女子7人は、窓際で外を見ながら、立ちすくんだ。


 外の武装が大音量で、その振動がひっきりなしに伝わってくる。



 ようやく落ち着いたニクシー・デ・ラ・セルーダは、自分たちに突っ込んでくる、黒い塊を見た。


「あ……」


 このままだと、死ぬ。

 死んでしまう。


 逃げないと……。


 しかし、頭とは裏腹に、体は動かない。



 隣を見たら、自分に付き添っているマティルデ・レティシア・プラヴォも、呆然と突っ込んでくる戦闘機を見ていた。


 ずっと自分を気にかけてくれたクラウディア・ファン・フェンツは、気丈な顔で、ニクシーたちを抱きしめる。


 他の面々も、逃げようと奥の扉を目指すが、間に合いそうもない。



 空気を切り裂く音と共に、戦艦イーノイの艦橋を貫くはずだった、黒い閃光。


 しかし、その直前で、慌てたようにコースを変えつつ――



 少し外れたコースに飛び去りつつも、ドオォンッという音と共に、撃墜された。



 自分は、まだ生きているのだろうか?


 ふわふわした感覚のニクシー達は、何とか周囲を見回した。



 他の留学生の女子たちがいる。

 艦橋は、壊れていない。


 いつの間にか、外は静かになっていた。


 時折、爆発音が聞こえる。

 被弾した軍艦の炎上や、飛んでいる戦闘機の音だろうか?



 ニクシー達は、艦橋の外を見た。


 人がいる。


 ここは、かなりの高さだが……。



 その人物が振り向いた。


 室矢重遠だ。



 留学生の女子たちは、それぞれに確認した。


 女の子座りで、両手を顔に当てているクラウディアは、しきりに同じ言葉を呟いている。



 ドイツ語でよく分からないが、たぶん、文句を言っている……。


 ニクシーは、そう思った。

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