第472話 vs ネイブル・アーチャー作戦の連合艦隊(後編)

 海上戦。


 古来からロマンあふれる戦闘だが、その実態は厳しい。


 見通しが良い海の上では、基本的に遮蔽しゃへいを取れず、いかに直撃させるのか? を競うのみ。


 早く敵を発見するために、見張り員を配置して、夜に漏れる灯りをなくす。

 相手より多くの艦を並べて、その砲塔を最大限に活用することで、一気に叩く!


 乗り移っての白兵戦もあるが、もっぱら火力による勝負。

 勝つか、負けるか……。



 そのためには、艦隊行動ができるだけの練度が必須。



 海上の少し上に立つ室矢むろや重遠しげとおは、梯形陣ていけいじんを眺めた。


 遠くで、ダアンッと、大きな音がした。


「えー。この梯形陣は、突撃隊形の1つで、先頭の旗艦に対して、後続艦が斜めに続きます。したがって、左と右の2種類です。見栄えがいいから観艦式でよく使われるし、大戦では『敵艦のレーダーを避けるのにいい』と評価した艦長もいたとか……」


 誰に説明しているのか、重遠は話を続ける。


「海上だと、相手は観測をしているわけで? 今はレーダーもあるけど、基本的に光学……。双眼鏡の親玉みたいな測距儀や、方位計とかを使って、観測員が『自分の艦の揺れ』などを省いて、客観的な諸元を伝えると……」


 その時、ヒュウゥゥウンと、轟音が近づいてきた。


 ドシャアアアアッと、大きな水柱が上がる。


「今の弾着を観測することで、ズレを修正。たとえば、向こうに浮かんでいる旗艦が中心になって、その数値を伝えるのかな? 当たる状態になったら、全砲門で一斉射だ! 何でもデジタル処理だから、対象物へのレーダー照射で、後は射撃管制システムと、それに連動した砲撃……。まあ、『ミサイルを撃ったほうが早い』と、突っ込まれる話だけどね!」


 和装の重遠は、姿を消した。


 次の瞬間、その海域に砲弾の雨が降る。




 ついに出番が回ってきた、連合艦隊の水上艦たち。


 USFAユーエスエフエー、シベリア共同体、東アジア連合の3つだが、それぞれに別の海域で固まっている。


 最新鋭の技術が使われた主力艦隊とは違い、どの艦もボロボロ。


 日本侵攻に際しては、一番槍を行い、『都心部への砲撃』などの汚れ仕事を担当する手筈てはずだった。

 そのため、軍人失格や退役者を集めたPMCピーエムシー(プライベート・ミリタリー・カンパニー)が、乗員だ。



 消耗品として扱われたものの、ここで戦果を挙げれば、一気に立場を挽回できる。


 戦艦が、その艦隊の旗艦だ。

 分厚い装甲と、強力な主砲を使い、敵を叩きのめす。


 それに随伴する巡洋艦、現代のミサイル駆逐艦もいる。



 ビルの高さと同じ、戦艦のブリッジにあるCICシーアイシー(戦闘情報センター)に、USの寄せ集め艦隊の司令がいた。


 窓がない空間には、所狭しとモニターが並び、戦闘に必要な情報を表示。

 計器の光だけが、周囲をぼんやりと照らす。


「今の一斉射で、仕留めたか?」


 観測員との連絡役である士官は、すぐに報告する。


「いえ。その報告はありません!」


 近距離でも、人間1人を殺したかどうかは、確認できず。

 だが、上官に聞かれて、答えるのみ。



 ギャキイイイン


 耳障りな金属音が響き、戦艦の巨体が揺れる。



 司令は、船体が傾いたことで、近くの手すりに掴まった。

 他の士官たちも、必死に自分の姿勢を保つ。


「何事だ!?」

「敵に取りつかれました! 現在、応戦中!!」


 相手は、たった1人のはずだ!


 そう叫びかけた司令は、代わりに指示を出す。


「機銃、対空砲で、迎撃しろ! 砲雷長、そちらの判断で動け! 各艦も、任意に迎撃せよ!」


「了解!」

「僚艦に、伝達します」


 外では、絶え間なく機銃と、対空砲の音。



 CICは艦の中枢で、分厚い装甲に守られている。

 

 USの寄せ集め艦隊の司令は、苛立たしげに指でコンソールを叩く。


「まったく……。東連とうれんとシベきょうの連中がいても、何の役にも立た――」


 次の瞬間、CICは外からの攻撃で、吹き飛んだ。


 爆風ではなく、巨大な斬撃によって……。



『CIC! 応答せよ、CIC!』



 戦艦は、一部が破壊されたぐらいで、止まらない。


 だが、旗艦による指揮を失えば、大混乱だ。


『艦長は? ブリッジからの返答がない!』

『機関部は、被害甚大!』

『居住区の火災は、まだ鎮火できず!』

『こちら、巡洋艦ラービット。敵の攻撃を受けていて、このままでは――』

『駆逐艦サリバンは、回り込んで敵を――』

 


 外で飛び回っている室矢重遠は、蚊よりも俊敏だ。


 戦艦の片側にぎっしりと並ぶ対空砲が狙うも、その弾幕で落とせず。


「速すぎる! だいたい、生身の人間なんて、当たるわけがない!」

「泣き言をいう暇で――」


 射撃指揮所は、外からの斬撃で沈黙した。



 周囲に浮かぶ巡洋艦、駆逐艦、試作艦による、立体的な弾幕。

 短距離のロケットランチャーも撃たれ、爆発と光で満たされる。


 しかし、自分の式神であるカレナの権能で未来予知をする重遠は、あっさりと避けていく。


 隊長格となった霊圧による身体強化と、加速。

 さらに、地上にないはずの天装で、物理法則を無視した機動を見せる。


 今の彼には、空と海中の区別すらなく、自由自在に立ち、飛び回れるのだ。


 重遠は、右手で握っている日本刀と一緒に回転しつつ、落ちていく。


 

 戦艦が、左右に割れた。


 かなりのダメージに耐えられるはずの船体は、完成前のプラスチックモデルのように水没する。



 巡洋艦が、横一直線に斬られた。

 

 足場にされた駆逐艦は、室矢重遠の着地による衝撃と、ジャンプの勢いで沈んだ。


 東連とシベ共の艦隊が、砲撃とミサイルによる攻撃を開始。

 まだ生き残っているUSの艦を気にせず、ひたすらに撃ちまくる。



 東連による、寄せ集め艦隊の旗艦は、ブリッジが縦に割れた。

 主砲の直撃にも耐えられる装甲を破り、下の弾薬庫を誘爆させる。


 その大爆発に押されるように、室矢重遠はジャンプした。


 必死に弾幕を張る、対空の駆逐艦たちを刀身でなぞって、船体ごと切り裂く。

 一隻、二隻、三隻……。


 着地とジャンプを繰り返しつつ、シベ共の艦隊にも迫る。



 垂直発射のミサイルベイを開けた艦に対して、一瞬で近くに出現した重遠が切り裂く。

 瞬く間に、轟沈。


 だが、空中の重遠に、巡洋艦の副砲が当たった。


 動きが止まった彼に対して、他の砲撃も集中する。



「やったか!?」


 誰かが叫んだものの、その返事は見えない斬撃だった。


 近くにいた軍艦が、まとめて5隻ほど沈む。



 とっさに刀を振り、その軌道による斬撃を盾代わりにした室矢重遠は、海上に立った。


 遠巻きに艦隊がいるものの、あちらは無関係のはず。


「これで、終わりか? 海上で止まったままじゃ、いくら艦隊でも案山子かかしだな……。味方の艦にぶつかって、大破したのもいるし」


 納刀した後で、再び無線機を取り出した。


 『ネイブル・アーチャー』作戦を行っている黒幕、アンドレアス・ヴァン・メイヒュードと話す。


「終わったぞ? ……はあ? まだいる?」


 戦闘の直後で、重遠の気は高ぶっていた。


 乱暴な口調だが、相手はいつも通りに答える。


『試作兵器のテストが残っていてね……。君の妹のカレナも、まだ戦っているし。君だけ先に上がるのは、アンフェアだろう? では、健闘を!』


 一方的に告げたアンドレアスは、通信を切った。


 無線機を仕舞った重遠は、ゆっくりと肩を回す。


「カレナは、遊んでいるわけか……。ひょっとして、俺の顔を立てている? へえ。今度は軍事AIが制御している無人兵器と……」


 指のストレッチも始めた重遠は、遠くに見えてきた戦闘機の群れと、海上のパワードスーツの部隊を見据えた。


「本命は、こっちだな……。異能者による侵略は御法度でも、AIは違う。『使い捨ての艦隊を圧倒した俺に、どこまで通用するのか?』のデータを収集できれば、都心部の侵攻より美味しい。俺が生き残っても、この艦隊を退かせるだけ。負ければ、死人に口なしだ」


 どれだけ強い異能者でも、所詮は生き物。

 疲れを知らず、恐れない兵器で押し潰せば、一溜まりもない。


「そろそろ、主力艦隊も叩いたほうが……。は?」


 空を見上げたまま、唖然とする重遠。


 彼は、もう一度、同じセリフを吐く。


「は?」



 ◇ ◇ ◇



 ――大変!


 ――すぐに、行かなくちゃ!!



 何処いずことも知れぬ場所で、誰かが騒ぎ出した。


 少女が見ているモニターには、衛星と思われる、上空からのリアルタイム映像。


 ちょうど、室矢重遠が戦っている。



 ――Dブロック、38番ハッチ、モードIで緊急発進!




 地球の軌道上にある、US宇宙軍のステーションでは、いつも通りの日常。


 のはずだったが――



 ビ――ッ! ビ――ッ!


 けたたましいアラームが鳴り響き、赤のランプも光り続けている。


「どうした、ジョニー!」

「ここの目覚ましには、でかすぎるぜ……」


 席についているジョニー・バン・ブライアンは、上官2人の登場で、ホッとした顔に。


「フォックス中尉! マローン中尉! い、いきなり出現した物体がありまして……」


 顔を引き締めた2人は、それぞれ、自分のシートに着く。


「監視衛星は、何やってた!?」

「直前までのデータがない。ステルスか、欺瞞ぎまんか……。って、これ隕石じゃねえか!」


 その言葉で、緊張が解けた。


「何だよ……。驚かせやがって!」

「この角度なら、大気圏で燃え尽きそうだ。ブライアン少尉、あとで何か奢ってくれ」


「ええ~」


 肩を落としたジョニーは、自分のモニターに顔を戻した。


 それを凝視した後で、信じられない、という表情で、再び上官に叫ぶ。


「マローン中尉! この隕石、おかしくありませんか?」


「ああん? ……おい! 何で、まだ燃え尽きていないんだ!?」


 その言葉で、ステーションの空気が変わった。




 ――外装のダミー、剥離


 ――減速、角度、問題なし


 ――飛行高度に到達。空力制御へ切り替える


 ――各武装、再チェック。転換装甲、動力……良し



 隕石と思われた物体は、降下カプセルだった。


 US宇宙軍のステーションは、無線の呼びかけに応じず、識別コードを出さないことから、数発のミサイルを発射。


 まだ降下中のカプセルに、全て着弾した。


 

「やったか!?」

「ヒュ――ッ! いいストレス解消だぜ!! ……ハアアァ!?」


 フォックス中尉は、驚きのあまり、絶叫した。


 爆発した降下カプセルの外側が分解した後に、3機の飛行物体が飛び出したからだ。


 籠から放たれた、黒い戦闘機――折り畳んでいた両翼を広げた――は、編隊を組みつつ、海上スレスレを高速で飛び始めた。

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