第471話 vs ネイブル・アーチャー作戦の連合艦隊(前編)

 事情を知った留学生の女子たちは、言葉を失った。


 シベリア共同体のソフィア・ヴォルケドールを除き、誰もが室矢むろや重遠しげとおを心配する。



 それぞれの大使館へ戻った後で、船上パーティーに出席した女子7人は、彼とその妹の戦いを見ることを決断。

 自分が知らないところで海の藻屑もくずになったら、トラウマだ。


 大使館サイドは、室矢重遠が強気でいる理由も、知りたい。


 

 深堀ふかほりアイを筆頭にして、USFAユーエスエフエーの旗艦である、戦艦イーノイの艦橋にいる。


 部外者が立ち入れない場所だが、あくまで観戦、という名目で、艦隊司令が許可した。


 多くの士官がキビキビと報告して、巨大な船体は、静かに外洋を進む。


 目視するための艦橋ゆえ、見晴らしがいい。



 ドイツからの留学生、クラウディア・ファン・フェンツは、1人の女子中学生を抱きしめていた。

 焦げ茶の長い髪を2つのお下げにして、明るい茶色の瞳。

 

 高等部のため、このメンバーの中ではお姉さんだ。


 イタリアからの留学生、マティルデ・レティシア・プラヴォと一緒に、3人で固まっている。


 茶髪で、女子中学生らしいボブには、ヘアバンドも。

 同じブラウンの瞳をしたマティルデは、幼い顔を恐怖に染めつつも、クラウディアのほうを見た。


「クレア。だ、大丈夫かな、あの人?」

「……あいつなら、心配ないわよ。マティー」


 根拠のない返事をしたクラウディアは、自分の両腕の中にいる女子を見る。


Ne le faites pasヌルフェパァ.Ne pars pasヌゥパールパァ. ......(やめて。行かないで……)」


 さっきから、この繰り返しだ。


 フランスからの留学生、ニクシー・デ・ラ・セルーダは、恐慌状態に陥っている。

 室矢重遠と仲が良かったことで、いつ発狂しても、おかしくない状態だ。



 震え続けるニクシーを抱きしめながら、クラウディアは怒りの感情に襲われた。


「マティー。彼女をお願いできる?」

「う、うん。別にいいけど……」


 危うい状態の少女をマティルデに任せて、クラウディアは立ち上がった。


 双眼鏡をつかみ、ドカドカと足音を響かせながら、艦橋の窓際に歩み寄る。


 他の留学生の女子たちが、見張員よろしく、立っていた。

 邪魔にならない位置で、太陽の向きに注意しつつ、自分も双眼鏡を覗く。



 ふざけるな。

 死にたければ、私たちと知り合うことなく、1人で勝手に死ね!


 双眼鏡を握る手に、思わず力が入った。


 クラウディア・ファン・フェンツは、自分たちを振り回している男子を殴りたい。

 けれど、それは不可能だ。


 なぜなら、その室矢重遠は、クラウディアの視線の先……。


 双眼鏡でようやく視認できる、海上の小さなベースの上に立っているのだから。



 ◇ ◇ ◇



『では、室矢くん。只今ただいまより、スタートだ! せいぜい頑張ってくれ』


 海上に浮かぶ、救命ボードのような板の上で、室矢重遠は無線を聞いた。


 異能者が大嫌いな、アンドレアス・ヴァン・メイヒュードの声だ。



 大型の受話器のような無線機から耳を離した重遠は、上空を見上げた。


 ヒューンと空気を切り裂く音が続き、見る見るうちに、金属の物体が落ちてくる。


 それは、まるで誰かが見ているかのように迷わず、ターゲットへ突き進む。



「なるほど。嘘は言っていない……」


 逆算すれば、それはスタートを宣言する前に、航空機の翼の下にあるパイロンから落下していた。



 重遠が立っている足場は、一瞬で爆発した。

 大きな水柱が立ち、ドーンッ! という轟音も響く。




 上空を飛ぶ戦闘機は、ターンして戻りつつも、スマート爆弾の戦果をチェックする。


 後部座席にいるレーダー要員が、自分の座席にあるモニターを見た。

 処理された画像は、先ほどまで誘導していた場所を示す。

 

 前の座席で操縦しているパイロットが、尋ねる。


『やったか?』

『当たり前だ。問題は、ターゲットが海に飛び込んだ場合――』


 その時、戦闘機の前方、少し上に人影が現れた。


 減速しているとはいえ、戦闘機は速い。

 その正体を確認する前に、通り過ぎるも――



 正面から左右に分かれ、それぞれに落下しながら爆発した。


 切っ先を下に向けていた室矢重遠は、逆さまの姿勢を戻しつつも、高空から落ちていく。


 右手に日本刀を握り、小袖とはかまは風にあおられて、バタバタと音を立てた。

 剣道の稽古をしているような格好だが、その輝きは量産品のそれではない。


 重遠は地球の重力を受けて、どんどん加速しつつ、海面を目指す。



 上空で待機している飛行隊は、味方の撃墜を確認したことで、即座に反応。


 翼や胴体の下にある増槽ぞうそう――燃料タンク――を一斉に投棄しつつ、攻撃に移る。


『ノーム・リーダーより各機へ! ブリーフィング通り、ミサイル斉射による面制圧を行う。その後は、分隊ごとのヒット&アウェイだ。燃料や武装がなくなった機体は、各自の判断で空母へ帰投せよ』


 先頭の隊長機が動いたら、編隊を組んでいる戦闘機たちも一斉にならう。



 すでに、時速100kmを超えている落下。


 室矢重遠は、遠くでジェットエンジンの音と、白い軌跡を描く戦闘機たちを見た。


「ファントム、クルセイダー。それも、前期生産の骨董品か?」


 大戦前のジェット戦闘機らしき、古いシルエットも見える。


 ペンシル型、現地改造と思われる機体も交じっていて、博物館のようだ。

 


 誤爆を防ぐ安全距離を挟んで、飛行隊から一斉に、ミサイルを発射。

 10発以上が、後ろをユラユラと振りつつも、目標へ向かっていく。


 旧式とはいえ、戦闘機とミサイルのそれぞれによる、レーダー誘導だ。


 しかし、相手は1人。

 熱源として低すぎるうえに、誘導するほうが逆に当たらない。


 ゆえに――


 ミサイル群は、室矢重遠の手前で、外装を飛ばした。

 その中から、小さなボールベアリングのような金属片が、まき散らされる。


 あるいは、回転しながら、小型の手榴弾のような筒を振り撒いた。


 重遠の落下する空間は、様々な爆発音と光、金属片のシャワーによる重い音で、満ちた。


 ところが、彼の落下スピードは急に下がり、逆に上空へ撥ねる。



『何だ、ありゃ!?』

『とにかく、攻撃するぞ! ヘッドオン! 機銃なら、近くを通るだけで効くはずだ!』


 飛行隊の一番手、2機の分隊は、空中機動に移った室矢重遠を狙う。


 機首のガトリング砲の狙いを定めて、広範囲にばら撒くモードで、通りすがりに牽制けんせい

 これで当たれば、儲けものだ。


 異能者であろうとも、20mm機銃と、その衝撃波を食らえば、タダでは済まない。


 ブウウウッと撃つも、人間を狙うのは難しい。

 時間差で攻撃した、後ろのウィングメイトと共に、いったんパスする。


 自分の近くを通りすぎた人間――室矢重遠――を視認。


 外では、戦闘機のエンジンの轟音。

 間近ならば、耳が潰れるぐらいだが、彼は涼しい顔だ。


 コックピットの2人は、一瞬の交叉こうさで、その憎らしい様子を見た。


『バードストライク――鳥が飛行機とぶつかること――をしそうだ……』

『正気じゃねえよ、こんな空戦』


 前席のパイロットは、操縦桿そうじゅうかんを動かしつつ、ドッグファイトではなく、ミサイル戦にしようと考えた。


 この戦闘では、他の敵機やミサイルの心配はいらない。

 楽なものだ。


『ちょっと早いが、いったん空母でミサイルと燃料を――』


 普通にターンを始めた戦闘機は、いきなりガクンッと揺れた。


『何だ?』

『おい、後ろ後ろ! ぶつかる!!』


 後部座席のレーダー要員の叫びで、前のパイロットも気づいた。

 反射的にスロットルを開きつつ、無線で怒鳴る。


『ノーム3! お前、何やってる!!』

『少し待ってくれ! 今は、加速せずに――』


 ノーム3が説明する前に、前方を飛ぶノーム2は加速した。


 その結果、見えない糸――室矢重遠がすれ違った時にくっつけた――が最大の状態になった。


 機体の振動を感じたノーム2は、本能的にスロットルを戻すが、繋がっていることで加速したノーム3は止まらない。


 2機は空中で衝突して、どちらも爆散した。




 その間にも、残りの飛行隊は、波状攻撃。


『当たらない!』

『敵の位置は?』

『海上を滑るように移動中……。ええい、また見失った!』


 あい色の上着と、黒の袴。

 奇しくも、海上迷彩のような組み合わせだ。


 たった1人が相手では、熱源探知も無理。

 海上に向けてミサイルや爆弾を放ち、一帯を爆発させるしかない。


 とっくに死んだのでは? と思う度に、室矢重遠は空中に舞い上がる。


 高速で飛び続ける戦闘機では、相性が悪い。



 上空から降下しつつの攻撃をしていた1機は、いきなり片翼を失い、きりもみで回転しながら、海面に激突。

 大爆発による炎を上げた。


 続いて、斜め後ろを飛んでいた僚機も、機首を斬り飛ばされて、後を追う。



 

 USFAユーエスエフエーの軽空母――PMCピーエムシー(プライベート・ミリタリー・カンパニー)の所属にした懲罰部隊――のブリッジでは、艦長がこぶしをコンソールに叩きつけた。


 すでに、飛行中隊を失った。

 

 海上にいる人間――生身の男子高校生――を仕留めれば、自分たちは恩赦を受けたうえで、年金などの権利も復活するというのに……。


「攻撃機のサンダーボルトは!? ヘリも出して、上空から狙撃しろ! とにかく、稼働できるものは、全て上げろ!!」


 戦闘機で分が悪いのなら、対地攻撃に強い攻撃機だ。


 甲板のエレベーターで上がってくる、ずんぐりした巨体が見えた。


 

 カタパルトを使える空母は、USの特権だ。

 ゆえに、他の国籍の兵士たちも、この艦に集められた。


 しかし、軍刑務所にいた連中が、まともに動けるわけもなく……。


 士気は、最悪。

 問題を起こし続けて、自滅するところだった。


 その前に、何とか戦闘が始まったものの、状況は厳しい。



「防衛火器は、敵を視認したら各自で発砲せよ! 奴を近づけさせるな!!」


 艦長の指示で、軽空母の端にある巨大な筒が、チュイインと回転した。

 ミサイル迎撃にも使われている、レーダーと連動している重機銃だ。


 その一角が、根本からダルマ落としのように、ずり落ちる。

 ドゴオッという響きで、他の者も襲撃に気づく。



 海中からザバアッと飛び上がった室矢重遠は、ギャアアッと金属音を響かせながら、甲板の上を横切り、そのまま反対側の海へ飛び込んだ。


 防衛火器は反応しきれず、発砲するも、甲板を大きく凹ませる戦果だけ。



 カタパルトの発進位置についていた、巨大な攻撃機は、ズザアアッと滑っていく。

 そのまま、海の中へ。


 甲板上の戦闘機も同じように、海中へ身を躍らせていく。


 横で輪切りにされた軽空母は、ダメージコントロールどころではなく、前と後ろで断面を見せながら、あっさりと沈んだ。



 これを受けて、同じPMCの所属である艦隊――同じ捨て駒の部隊――が動き、艦砲の角度を上に変えていく。


 航空部隊が全滅したことから、次は艦砲射撃の時間だ。

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