第470話 室矢家の兄妹はいよいよ世界デビュー戦に挑む

 外洋で揺れる、レストランシップ。

 ただの観光クルーザーに過ぎない一隻は、今や日本の将来を左右する場だ。


 1階のダイニングに集まった、主要国の艦隊司令たち。


 彼らは、自分の傍に立っている男子高校生――紫苑しおん学園の制服姿――の宣言を聞いて、呆気に取られる。


 誰かが、吹き出した。

 それを皮切りに、艦隊の司令たちは笑い出す。


 彼らが母国語で口々に独白して、一気にカオスな空間になった。



 外務省の牧尾まきお皓司こうじは、焦る。


 なぜなら、自分が室矢むろや重遠しげとおに水を向けたせいで、艦隊を殲滅する、という発言を招いたから。


「あ、あのですね! これは決して、日本の意思ではなく――」


 急いで言い訳をする皓司だが、どの艦隊司令や参謀も聞いていない。



 ギスギスした、腹の探り合いの中で、いきなりの余興だ。

 よっぽどツボにまったらしく、まだ笑っている人間もいる。


 艦隊司令や首席参謀は、少将からの世界で、全体的に高齢。

 40代でも若手、基本的に50代から……。


 高校生の宣戦布告など、戯言ざれごと

 真面目に受け止めるほうが、どうかしている。


 相手は、自分の子供どころか、孫ぐらいの年齢だ。




 オロオロする牧尾皓司に対して、立ったままの室矢重遠は、後ろを見た。


 アンドレアス・ヴァン・メイヒュードは、無言でうなずく。



 前に向き直った重遠は、一瞬で和装に変わった。

 第二の式神による武装だ。


 余興のつもりでいる艦隊司令たちは、パチパチと拍手をした。


 重遠は、左腰のさやに手をかけ、つかを握った右手でスラッと抜く。


 そして、人がいない方向に、片手で振り抜いた。



 白いクルーザーの内壁が吹き飛び、そのまま海面をV字にえぐる軌道で、衝撃波が遠くへ消えていった。



 いきなりの轟音で、外から入ってくる光と、潮風の香り。


 ソファーに座っていた艦隊司令たちは、パニックに陥った。


 この船が沈む、と判断して、すぐに救命用具――特にライフジャケット――を探しつつ、無線で自軍に救助を頼んだ人間もいる。


 室矢重遠が行ったと理解した護衛は、反射的に拳銃を向け、数発を撃ち込む。

 だが、その銃弾の群れは、いきなり推進力を失い、敷かれたカーペットの上にゴトリと落ちていく。


 このクルーザーを手配した深堀ふかほりアイは、空気中に水の壁を作ることで銃弾を無力化しつつも、大声で叫ぶ。


「This is my ship! Stop shooting!(これは、私の船よ! 銃撃を止めなさい!)」


 

 我に返った艦隊司令たちが、護衛に銃を下げるように命令。

 これにより、かろうじて均衡きんこう状態だ。


 しかし、側面に大穴が開いたクルーザーだけに、誰もが立ち上がり、避難経路を意識している。



 その時、いきなり大穴が消えた。


 差し込んでいた日光と潮風、飛び込んでくる飛沫しぶきは、突如として内壁に阻まれたのだ。

 まるで、先ほどの事態が夢だったように、元通り。


 状況を理解できず、ただ狼狽うろたえる男たちの耳に、女子中学生の声が飛び込んでくる。



「言っただろう? は、そちらの艦隊を殲滅できると……」



 立ったままの艦隊司令たちは、その声の方向を見た。


 紫苑学園の制服を着た、1人の女子中学生がいる。

 しかし、その貫禄は、どう見ても大人。


 長い黒髪は、ただ下ろしていても、存在感がある。

 神秘的な、紺青こんじょう色の瞳が、彼らを見据えた。


「私は、室矢カレナ。今、『艦隊を殲滅する』と発言した男子、室矢重遠の義妹じゃ……。Black Pearl of the British Isles(ブリテン諸島の黒真珠)と言ったほうが、分かりやすいか?」


 海外でも通用している二つ名によって、艦隊司令たちの顔色が変わった。


 自国の参謀と話し合う中で、ユニオン、サミットという単語も出てくる。



 アンドレアス・ヴァン・メイヒュードが、パンパンと手を叩いた。


「皆さん! こちらの兄妹は、御覧の通り、普通の異能者とは違うようだ。ボクは先ほど、室矢くんと話をしたから、詳細を知っている。黒真珠も、厄介な異能を持っているようだ。艦隊に引き上げた後で、打ち合わせをしようじゃないか? このまま居座って、『水平線の青』の深堀アイを刺激することも、得策ではない」


 無線機は、それぞれに艦隊司令や参謀の無事を確認するべく、がなり立てている。


 アイも怒っている様子で、冷静に話し合う雰囲気ではない。




 艦隊司令たちは、クルーザーからUSFAユーエスエフエーの旗艦に移った。


 その軍艦のクルーは、突然の来賓に驚いたものの、従兵を増やすことで、食事やお茶を用意する。


 司令官レベルが利用する、陸の会議室と変わらない空間。

 いかにも重役が座りそうな椅子が、同じく重厚なテーブルを囲んでいる。


 USの艦に、シベリア共同体、東アジア連合の艦隊司令と首席参謀が並ぶという、珍しい光景。



 その作戦会議室で、主に『ブリテン諸島の黒真珠』についての情報交換が行われた。


 しかし――


 彼女は、どうやってクルーザーの大穴を塞いだのか?

 

 それすら、不明なまま。



「調べた範囲では、あの黒真珠はユニオンの防衛戦にも参加したそうだ」

「艦隊を吹き飛ばした、という話もありますが。十分に確認できていません」


「兄はともかく、妹のカレナは、危険だな。どうしたものか……」

「問題は、我々が日本の都心部に侵攻した場合、その戦力を叩けるのかどうかですね」


「彼女が兄と認めている室矢くんに、義妹のカレナをなだめさせるか?」

「良い考えだと思います。しかし、彼が我々に『艦隊を撤収させなければ、殲滅する』と言い切った以上、その対応では本国から問題視される恐れが……」


「さっきのは、ただの幻覚では? 気化する薬や、視覚的な暗示を使えば、不可能ではない」

「その場合は、同士討ちになる恐れが……」


「我々の大義名分は、『異能者の保護』だ。それを崩すのは、マズいな」

「救助された留学生の誰かに、説得させては? あのクルーザーにも、同乗しているようですし……」


「ユニオンの動きが早かったのは、『ブリテン諸島の黒真珠』に配慮したから……」

「我々も、それだけの脅威と見るべきでしょうか?」



 深読みする、艦隊司令たち。


 ユニオンの国防大臣が、いきなり日本を擁護した。


 この事実は、非常に大きい。



 留学生のジェニファー・ウィットブレッドは、円卓ラウンズのシャーリーが失態をおかしたことを十分にカバーできた。


 ユニオンの公式発表の前に、先ほどの茶番だったら、効果は半減した。

 けれど、最良のタイミングゆえ、艦隊司令が悩むほど、有効なカードに……。



 上座でゆったりとくつろぐ、オブザーバーが1人。


 アンドレアス・ヴァン・メイヒュードは、全員を見回しつつ、発言する。


「さて、皆さん! 今回の軍事演習は、そろそろ決断を下すタイミングでしょう? 軍艦は浮かべておくだけで、札束をばら撒くレベルの費用が掛かる。クルーの疲労とストレス、海上補給のコストも無視できない! 日本でしいたげられている異能者を救う名目は、室矢家による留学生の救出と、さっきのユニオンの放送でおじゃんだ。都心部の制圧を強行してもいいが……」


 一呼吸を置いたアンドレアスは、反論が出ないことを確認してから、話を続ける。


「すでに、前提条件が崩れているんだよねえ……。たいした抵抗もなく、電撃的に占領して、美味しいところだけ掻っ攫い、市民の血を見る前に撤収する。そのプランは、もう捨てるべきだ! さりとて、何の成果もなしでは、あなた達も困るでしょう? だから、あの兄妹の提案を受ける」


 USの艦隊司令が、すぐに突っ込む。


「我々に、異能者の部隊はありません。円卓ラウンズのような、決闘ができる戦力は――」

「誰が、『一対一で戦う』と言いました?」


 アンドレアスは、薄ら笑いを浮かべつつ、割り込んだ。


 口を閉じる、USの艦隊司令。


 その場の注目を集めたアンドレアスは、いよいよ本題に入る。


「彼らは、『艦隊を殲滅する』と言ったんだ。なら、その力を見せてもらおう。あの2人が防衛軍の代わりを務めるのなら、ボク達が退いても、そしりを受ける筋合いはない」


 それは、理屈だ。

 あまりにも、荒唐無稽な……。


 この『ネイブル・アーチャー』作戦を主導している、黒幕の1人。

 世界的な軍需産業、ローマン・メイヒュードの人間が、そう言った。


 今度は、誰も笑わない。



 USの艦隊司令は、確認する。


「それは……。この艦隊で相手をする、という話ですか? あの2人の中高生に対して!? ……いえ、失礼しました」


 怒鳴っていたことに気づき、彼は謝罪した。


 わずかとはいえ、あの白いクルーザーで対面したのだ。

 自分の孫のような年齢の人間に、発砲時の衝撃波だけで人体をバラバラにできる主砲や、周囲まで焼き尽くすミサイルを撃つことは、流石に抵抗がある。


 費用対効果としても、あり得ない。


 たとえば、対艦ミサイル一発は、約20万ドル(2,960万円)だ。

 機銃の弾も、大量に撃てば、庶民の月給の単位で、コストが増える。


 

 上海(シャンハイ)を中心にしたエリアの総督、その娘である傅 明芳(フゥー・ミンファン)に懇願された、東連とうれんの艦隊司令は、青い顔だ。


 もし明芳ミンファンの想い人を殺せば、自分の命もない。


「その……。メイヒュードさんのお考えは、ごもっともです。しかし、すぐに侵攻できないのなら、いったん退くことも、1つの決断かと存じます」


 

 シベきょうの艦隊司令と参謀は、何の動揺も見せない。


「我々に、異論はない! いつ、いかなる相手に対しても、祖国の力を見せるのみ」



 それぞれの意見を聞いたアンドレアス・ヴァン・メイヒュードは、結論を言う。


「皆さんのお考えは、よく分かりました。ボクは、それを否定しません。でも、皆さんには、『捨て駒』がありますよね? 彼らを使ってください……。都心部の制圧や、発生したトラブルのために、わざわざPMCピーエムシー(プライベート・ミリタリー・カンパニー)の籍にしたんだ。また母国へ連れ帰って、軍刑務所にぶち込んでムダ飯を食わせるよりも、効率的では?」


 アンドレアスは、艦隊司令たちに合わせる気がない。


「この機会に、老朽化した艦や航空機を処分してください。試作兵器のテストにも、うってつけだ……。一発も撃たずに帰られると、こちらも困るのでね?」


 そういう段取りになった。



 ◇ ◇ ◇



 港に戻るクルーザーの中では、連合艦隊から離れたことで、ようやく緊張が解けた。

 女子同士で話し合い、もしくは、室矢重遠から決闘の様子を聞く。 



 シベリア共同体から訪れた留学生、ソフィア・ヴォルケドール。

 彼女は、窓際の椅子に座り、外を眺めていた。


 護衛のリュドミラ・メルクロワは、傍に立つ。


「どうして、をしたの?」


 座ったまま振り返ったソフィアは、笑顔で答える。


「あの人に、頼まれたから……」


 言うまでもなく、室矢重遠のことだ。


 お互いに自己紹介をした後で、ソフィアは、艦隊司令たちを引っ張り出すように頼まれた。


 重遠は最初から、留学生の女子に艦隊を退かせられる、とは考えていない。

 決定権を持つ人間と話したかったのだ。


 ソフィアの命令を受けたリュドミラは、数人を始末することで、そのオーダーを完遂した。

 あとは、描写した通り。


 

 理解できない、という表情で、リュドミラは尋ねる。


「ソフィは、あの子を消したいの? 多少強い異能者でも、艦隊や航空機にかなうわけがないわ」


 こてんと、可愛らしく首を倒したソフィアは、その質問に答える。


「私にも、分かりません。ただ……」

「ただ?」


 繰り返したリュドミラに対して、ソフィアは真顔で応じる。


「見てみたい。彼が、どれぐらい戦えるのか……。その覚悟を……」


 嘆息したリュドミラは、明後日の方向を見ながら、愚痴を言う。


「どーして、こう育っちゃったのかしら? まったく……」




 数日後、室矢重遠とカレナの2人は、再び公海上にいた。


 いよいよ、決戦だ。

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