第469話 決定権を持っている人間と話をすることが大事

 室矢むろや重遠しげとおは、揺れる足場に構わず、白足袋たびにつけた草鞋わらじの底から伝わってくる感触を確かめた。


 日本刀は、右手でダラリと下げている。


 両足を広げつつ、相対している女を見た。



 USFAユーエスエフエーの軽空母。

 その甲板に立っているリュドミラ・メルクロワは、両手に滑り止めを兼ねたグローブをつけている。


 防刃にもなる繊維で、通気性も十分。

 ナックル部分に樹脂プロテクターがあって、そのまま打撃にも有効だ。


 右拳には、逆手のナイフ。

 伸ばし切るのではなく、少し前に出しつつ、身体は相手に対して斜め気味。

 左手も防御のために、やや前へ。


 軍靴の両かかとを浮かし、膝のバネを溜めている。

 細かくリズムを刻む。


 両手も、ゆらゆらと動く。


 

 場違いなドレス姿の深堀ふかほりアイが、宣言する。


「それでは、始めっ!」


 

 リュドミラ・メルクロワは、足元を削りつつ、一気に飛び込んできた。

 低く、前転するような軌道。


 届く距離ではない。


 しかし、異能で身体強化をしたようで、アイススケートのように滑りつつ、室矢重遠の片足に絡みつく――


 その軌道に刃を振るわれたことで、リュドミラは手の平で床を叩き、魚のように撥ねた。

 重遠に密着しつつも、背中側に回り込みつつ、起き上がる。


 抱き着くような距離で、逆手のナイフを向けた。

 立っている足の指を器用に使い、その場で腕を振る。

 シシシという呼吸に、風切音が重なる、四連撃の突き。


 回避で下がった重遠に対して、リュドミラは前蹴り。

 前に出ながらの回し蹴りへ繋げる。


 再び密着した状態で、膝蹴りで相手を屈ませて、首に足を絡ませようとするも、盾のように日本刀を向けられたことで断念。


 股間を狙った蹴りで、相手を牽制けんせい


 空いている左手は常に動かし、襟元や腕の掴みを狙う。

 距離を詰めているため、日本刀で斬ることは難しい。


 連動している右は、順手に持ち替えたナイフで突き、相手を誘導するための横ぎ、袈裟けさ切りと、変幻自在だ。

 

 両手はムダなく動いており、その足の運びも落ち着いている。



 相手がコンパクトに刺してくるのを避けつつ、今度は足元を狙う。


 彼女の格闘術は、シベリア共同体で有名なサンボ。

 手足を制しつつ、投げてグラウンドに持ち込みたいようだ。

 そうなったら、骨の一本、二本は折られるに違いない。

 

 重遠の手を掴もうと、そちらの隙もうかがっているが、全て空振り。


 再び逆手に持ち替えた右手で、ボクシングのようなワンツー。

 左右の連打から、ブレードによる切り裂きを狙うも、重遠が応じないことから、ひたすらに2人が移動するのみ。



 リュドミラが立ち止まったことで、距離が空いた。

 次に、大声で叫ぶ。


「タイム!」


 深堀アイは、すかさず言う。


「いったん中止!」



 両手を腰に当てたリュドミラは、受け身の室矢重遠に質問する。


「やる気ない? これだと、勝負にならないんだけど……」


「とにかく、やり辛い! 殺さずに対応する自信はないし、骨を折られる気もない」


 重遠の返事に、リュドミラは苦笑い。


「そうね! 私も、刃物で対戦しての加減は大変だし……。アイちゃん、私の負けでいいわ」


「降参?」


 ナイフを収納したリュドミラは、首肯した。


「ええ。は、もう終わり……」




 軽空母のトイレへ行ったリュドミラは、少し違った雰囲気で甲板に立つ。


「はい。こちらのも終わったから、帰りましょ? 中途半端だけど、これも仕事……」


 意味深な台詞のリュドミラは、花火をした後や、鉄のような匂いも。



 全員が異能者のため、白いクルーザーの上に飛び降りる。


 危なげもなく、室矢重遠たちは帰還した。



 船内に戻った重遠たちは、残っていた面々に出迎えられた。


 ユニオンからの留学生、ジェニファー・ウィットブレッドは、彼に告げる。


「約束通り、国防大臣から日本を擁護する宣言を出します。しかし、諸々の手続きを省いた、ゴリ押しです。『ただちに、ネイブル・アーチャー作戦を中止せよ』とは言いません。あくまで、『日本は異能者を尊重している』と匂わすだけです」


 2階の展望デッキには、テレビが用意されていた。

 それをつけると、衛星放送で、ちょうど放送中。


 例のごとく、日本語による同時通訳。


『日本の交流会における事件は、あくまで一部のメンバーによる暴走と見ています。異能者を弾圧する国とは思えず、慎重な判断を要する話です』


 さっきの今で、この会見。

 となれば、円卓ラウンズのシャーリーが負ける前提で、事前に用意していたわけだ……。


 集まっている面々は、それを悟って、溜息を吐いた。


 いっぽう、ジェニファーは真剣な顔のまま、室矢重遠を見ている。


「ありがとう。一分一秒を争う場面で、よく対応してくれた」

「お褒めいただき、恐縮です」


 貴族の令嬢らしい、感情を出さない顔。

 けれど、重遠が離れた後で、ふらついた。


 傍にいる大使館の職員、サラ・グレイス・エリスが、慌てて支える。


 見かねた深堀アイの好意で、個室の使用を許された。

 サラの付き添いにより、ジェニファーは退場する。



 ニクシー・デ・ラ・セルーダは、室矢重遠の圧勝を見て、大喜び。

 子犬のように、まとわりついている。


 少し離れた場所で、その様子を眺めている女子たち。



 その時、クルーザーの周囲が騒がしくなった。


 船員の声が響き、後部のデッキから誰かが乗船した気配。



 2階の展望デッキは、左右の窓からの景色だけ。

 決闘を見届けた、留学生の女子たちは、不安になる。


 中央の階段から、男たちが上ってきた。


Товарищタヴァリッシィヒ Волхедорヴォルケドォル!(同志ヴォルケドール!)」


 その呼びかけで、ソフィア・ヴォルケドールが動いた。

 階段の近くに立つ、2人の男の元へ向かう。


 見るからにいかつい、左胸に多くのメダルを下げている、艦隊司令官らしき男。

 両肩や襟元は黄金に輝いていて、ただ者ではない。


 その隣の男は、左胸に略歴や立場を示す記念章が集まっている。

 小さなブロックが集まって、長方形。

 気難しそうな顔と、知的な雰囲気から、参謀のようだ。


 怯える女子たちに構わず、ソフィアは男2人と下へ向かった。



フゥー小姐シャオチエ!(フゥー様!)」


 今度は、同じ司令官クラスでも、東洋系の顔ぶれ。


 傅 明芳(フゥー・ミンファン)が向き直り、急いで男2人に駆け寄った。

 大陸語で話し合いながら、同じく1階のダイニングへ。



 入れ替わりのように、1人の若い男が上がってきた。

 金髪碧眼へきがんで、派手な色のスーツを着こなしている。

 

 周りを見た後で、迷わずに室矢重遠のところへ、歩み寄った。


「ミスター室矢! 少し、お時間をいただいても?」


 不思議そうに男を見ているニクシーとは異なり、重遠はすぐに応じる。


「はい。むしろ、待っていました」



 美少女たちに目もくれず、男2人はソファーに陣取った。


 スーツ姿の男はドカッと座り、向かいの重遠に自己紹介。


「はじめまして。ボクは、アンドレアス・ヴァン・。USの軍需産業の大手、ローマン・メイヒュードの関係者だ。ついでに言えば、異能者が大嫌いでね? それでも良ければ、話を聞こうじゃないか。他ならぬ、『水平線の青』のトップ、深堀アイからの頼み。彼女の機嫌を損ねると、面倒だ……」


 不機嫌なアンドレアスは、相手の反応を待つ。



 ようやく、を引っ張り出せた。


 室矢重遠は、心の中で嘆息した。



 この多国籍軍を止めるためには、外堀を埋めた上で、主要国の艦隊司令が決断を下すほどの影響力を持つ人間を説得する必要があった。

 しかし、彼は艦隊にいて、連絡先は非公開。

 

 だったら、どうする?



 こちらが出向き、相手に断る選択肢をなくせば、いい。



 外洋で揺れるクルーザーの中で、いつの間にか、国の命運を背負った男子高校生は、ゆっくりと深呼吸をした。

 

 今回の日本侵攻をセッティングした、とも言える、アンドレアス・ヴァン・メイヒュードを見る。


「私の要求は、1つです。あなたに、決めてもらいたい。この多国籍の艦隊における、被害の範囲を……」


 その言葉で、とりあえず座っているだけ、という雰囲気のアンドレアスは、眉を上げた。


 緊迫した様子に変わり、室矢重遠の顔を見る。


「それは、どういう意味かな?」


「文字通りの意味です。具体的には――」




 1階のダイニングには、この連合艦隊の司令が集まっていた。


 USFA、シベリア共同体、東アジア連合の3つ。

 それぞれに責任者が集まったことで、ただのレストランシップは旗艦に早変わり。


 なぜ、彼らが集まったのか?


 その理由は――



「懲罰部隊の兵士が行ったことまで、責任を持てんよ。だいたい、あの軽空母は員数外だ! 犯人を処刑したければ、勝手にやってくれ!!」


 怒った口調で、USの艦隊司令が言い捨てた。


 その発言に、シベきょうの艦隊司令が言い返す。


「同志メルクロワは、軽空母の中で襲われかけた。でそいつらは殺したもののの、一応はUSの艦じゃないか? “消滅の夜” で少しは懲りたと思っていたが、やはり『異能者を始末する』という方針なのかね?」


 USの艦隊司令よりも早く、お付きの参謀が口を挟む。


「閣下。それは、言い過ぎでは? 我が国では、“消滅の夜” を教訓にして、そのような差別意識を持つ者を排除しております」



 そのリュドミラ・メルクロワは、両手を後ろで組みつつ、平然と立っている。

 護衛を兼ねた位置だ。


 シベ共の艦隊司令、参謀の横に、ソフィア・ヴォルケドールが座っている。

 ニコニコしていて、この世界大戦が始まりそうな状況にそぐわない雰囲気だ。



 沈黙を保っているのは、東連とうれんの艦隊司令と参謀。

 隣には、傅 明芳フゥー・ミンファン


 彼女は、膝の上で、両手を握りしめたまま。

 思い詰めた表情だ。



 日本代表としては、外務省の牧尾まきお皓司こうじ


 気づいたら、こうなっていた。

 何が何だか、分からない。



 東連の艦隊司令が、話を振ってくる。


「そういえば、肝心の日本は、どうでしょう? ユニオンの国防大臣は先ほど、日本を擁護する発言をしましたが……」


「い、いや……。その件は外務省に戻って、一度確認するつもりで……」


 自分も初耳だから!


 心の中で絶叫した牧尾皓司は、もう課長に繋げて、丸投げしようと思うが――


 スマホは圏外。



 矛先が変わったことで、USとシベ共の司令たちも、皓司を見た。


「日本警察は、一体どうなっているのだね?」

「私に、言われましても……」


「夏には、沖縄の琉垣りゅうがき駐屯地でも、一騒動があったそうだな? 隣接している我々としても、気が気ではないのだが……」

「戻りましたら、防衛省に伝えておきます」


「ユニオンの国防大臣の発言に対して、君たちはどう考えている?」

「ですから、現状ではお答えできないと、申し上げています」



 どうして、船を降りられるタイミングで、降りなかったのだろう?


 道端に捨てられた子犬の気持ちが分かった、牧尾皓司。



 その時、室矢重遠がやってきた。

 隣には、見知らぬ男もいる。



 そうだ!

 室矢くんに、説明してもらえばいい。


 皓司は時間稼ぎのために、急いで声をかける。


「室矢くん! すまないが、先ほどのテレビ放送、ユニオンの国防大臣の発言について、君が知っていることを説明して欲しい!」


 笑顔でうなずいた室矢重遠は、その場の視線を独り占めで、はっきりと告げる。



「迷惑だから、あなた達の艦隊は、早くお帰りください。さもなければ、私たちが殲滅します」

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