第468話 vs 円卓の従騎士

『艦長より総員へ! 現時刻をもって、演習は一時中止する! 準待機を続けるも、非番の者は自由にして良し』


 その放送は、1人が通るのがやっとの水密扉で区切られた、蜂の巣のような艦内に響き渡った。



 原子力空母のフリーダム・ワシントンは、USFAユーエスエフエーの主力。

 上に平たく、大きな鉄板を載せて、隅に四角の建物がある形状だ。


 建物の上でくるくると回っている物体は、レーダー。

 その他にも、アンテナなどの機器が、エアコンの室外機のように並ぶ。


 上部に大きな甲板を備えていて、航空機の射出用カタパルト、着艦ワイヤーを機能的に配置。


 今は戦闘配備で、離着陸のコースを除いた位置に、戦闘機がズラリと並ぶ。

 救助用のヘリ、垂直に発進できる機体も。


 その管理は、艦橋と同じ建物にいる、先任下士官たちの仕事。



 サイドの甲板は、そのまま昇降して、内部の航空機のスペースと行き来できる。

 さらに、弾薬庫から格納庫、甲板まで通じる、弾薬用のエレベーターも。


 各部署で、分かりやすい服装。

 甲板上のクルーは、単色で目立つ、パープル、オレンジといった作業服だ。


 街の規模である原子力空母は、艦隊の中心で、たたずんでいる。

 手術ができる医務室、歯医者、コンビニ、トレーニングルームもあって、長期の生活が可能。

 人気チェーン店のコーヒーも、ここで飲める。



 艦内では、食堂のアイスクリーム、パウンドケーキぐらいが楽しみだ。

 酒はない。


 今は、非番のクルー達が、大型のテレビに張り付いている。


 空母で個室を持てるのは、艦長や先任下士官ぐらい。

 士官は、2人部屋。

 兵士に至っては、棚のような空間に詰め込まれて、そのまま寝る。


 広い食堂やラウンジで和気藹々としたほうが、楽しい。



 テレビに映っているのは、生放送の番組だ。

 この艦隊だけが、視聴できる。


「どちらに賭ける? 俺は、少年のほう」

「俺は、女のほうだ! ユニオンの円卓ラウンズだろ? 負けるわけねーよ」

「サムラーイ……。時代劇で見たな」

「何にせよ、いい暇潰しだぜ」

「どこで、やってるんだ?」

「数合わせの空母だよ。ほら、の連中が乗っている……」



 ◇ ◇ ◇



 白いクルーザーの上部から、大きなジャンプ。


 室矢むろや重遠しげとおたちは、USFAユーエスエフエーの軽空母の甲板に降り立つ。


 使い込まれた甲板は、近くで見ると、傷だらけ。

 今は航空機が出ておらず、艦橋を除けば、ちょっとした運動場ぐらいの広さがある。


「外洋だけに、揺れるな……」


 沿岸部とは違う、はっきりした揺れだ。


 重遠がつぶやいたら、隣の女がツッコミを入れる。


「何を言っているの? こんななぎ――風と波がないこと――で言っているようじゃ、とても船旅はできないわよ?」


 のんびりした、低い声。

 悪意は、感じられない。


 短い黒髪と、黒目。

 白い肌で、顔立ちも日本人とは全く違う。


 重遠よりも高身長だが、実用的な筋肉がついている。

 20代ぐらいの若さ。


 動きやすい兵士の恰好だ。

 海上迷彩のつもりか、黒と濃紺の組み合わせ。


 アニメ調ではなく、大人としての美女だが、軍人上がりに特有の雰囲気。

 片腕に、入れ墨らしき模様。


「リュドミラ・メルクロワ。呼ぶ時は、リュダで構わないわ。シベリア共同体の元スペツナズ……ああ、ウチの特殊部隊のことよ? 今日は、お嬢についていたんだけど、『お前も戦ってこい』と言われちゃってね。殺しを禁じられると、やり辛くて仕方ないんだけど……」


 ぼやきながら、甲板上を歩く。


 階段やエレベーターがある端のほうに、ポツポツと人が立っている。

 艦橋のほうからも、窓越しに視線を感じる。



 横に並んでいる室矢重遠が話しかける前に、リュドミラは耳元で教える。


「こいつら、国籍と所属がバラバラよ。見えた範囲では、規律もメチャクチャ。たぶん、懲罰部隊の連中ね。編成表に載っていないでしょう。仕掛けてくる可能性があるから、注意しなさい。フフ、楽しくなってきたわ」


 重遠が問い返す前に、リュドミラは離れた。

 そのまま、周囲を警戒する。


 

 

 ドレス姿の深堀ふかほりアイは、軽空母の広い甲板の真ん中で、宣言する。


「これより、千陣せんじん流の室矢重遠と、円卓ラウンズの従騎士シャーリーの決闘を始める! 立会人は、『水平線の青』の象徴である私、深堀ふかほりアイよ!」


 彼女は、自分の左右に立っている人間を見た。


 室矢重遠は、落ち着いた色の和装だ。

 左腰から、刀を抜いた。

 金属に特有の鈍い光が、日光を受け止める。



 シャーリーも、瞬間的にアーマーを装着した。


 各パーツが部分的に重なることで、軽装の騎士の姿へ。

 白にも見える、白銀だ。


 胸部、両肩、腰に装甲ができた。

 両手と両足も保護されているが、動きを阻害しない。


 自分の身長を超える長さのハルバードを両手で持つ。


 ハルバードとは、槍の穂先に斧を取り付けた武器だ。

 反対側の突起は、地面への固定や、そのまま刺突の武器にするのに適した、尖った形状。


 オープン型のグローブと似た形状のおかげで、握っている指にも装甲がある。

 足元はブーツになっているため、蹴りも安心して行える。


 急所を効果的に守っている鎧で、顔が見えるヘッドギアをつけたまま、シャーリーは正面の室矢重遠を見据えた。


 いっぽう、重遠は右手に刀を下げたまま、ブツブツと何かを言っている。


が登り、沈む中で、雨は流れ――」



 アイは、いよいよ開始の合図を出す。


「双方、構え! ……始めっ!」


 

 シャーリーの武器は、重いハルバードだ。

 細身の日本刀で受け止められる威力ではない。


 その間合いに収めて、上手く当てれば、鎧がない室矢重遠は一溜ひとたまりもないだろう。


 彼女は、両手でハルバードの穂先を後ろに隠しつつ、摺り足で接近する。


 先に突っ込まれた時には、上手くタイミングを合わせて、遠心力を利かせた一撃を食らわすつもりだ。


 先端の斧でなくても、鉄の棒で殴るのと同じ。

 装甲を捨てた、スピードタイプの重遠ならば、それでも十分なダメージを与えられる。



 接近戦でも、シャーリーは強い。


 密着しての殴り合いに突入した場合、こぶしを保護するガントレットや、 脛当すねあてから足先まで保護するブーツがある自分のほうが有利。


 華奢きゃしゃな体であるものの、格闘戦は彼女の得意分野だ。



 間合いが詰まった。



 室矢重遠は、ようやく両手で刀を握り、切っ先を前に向ける。

 しかし、戦う姿勢とは思えない、脱力した様子だ。


 届く距離になったシャーリーは、半身のままで、先に仕掛ける。

 先端が後ろを向いているハルバードを前に振り回すことで――


 と見せかけ、尖っている下のほうで、槍のように突く。


 いつの間にか、右手の握りが逆になっていた。

 重遠にとって見えない、死角の部分だ。


 突進からの踏み込みと同時に、ハルバードの石突きが伸びていく。

 相手から見れば、点のままでぶつかる。


 完全な、初見殺し。

 気付いても、軽い日本刀では、槍と同じハルバードを受け止められず。


 彼女は、室矢重遠に手加減をする気がない。

 殺さずに戦って負けるよりも、勢い余ってのほうがマシだから。

 それに、異能者だ。

 身体強化を使っていれば、ちょうど戦闘不能になるだろう。


 その思惑は、ハルバードの尖った部分と共に、重遠の胴体へ吸い込まれていく。


 半身になりつつ片足を踏み込んだ彼は、そのハルバードの長柄ながえを上から押さえるように、刀身を滑らせた。

 

 ギャアアアッと甲高い金属音が発生して、火花が散る。


 お互いに踏み込んでいることから、自然に重遠の刃が届いた。

 いっぽう、シャーリーの武器はり落とされ、下のほうへ外れる。


 このままでは、マズい。


 そう思ったシャーリーは、反射的にハルバードを上に持ち上げるも、そのタイミングで押さえていた刀身が外れた。


 重遠は、彼女の両腕とハルバードが浮いた状態を見逃さず、相手の正面から横薙よこなぎ。

 胸部を守るブレストプレートに対する、カウンターの一撃へ……。


 当たった刃を中心にして、くの字に曲がるシャーリーの身体。

 ドゴオッと、嫌な音も。


 本能的な送り足で、遠いほうの足を引き付けた重遠は、さらに踏み込む。

 ホームランを狙う打者のように、そのままシャーリーを吹っ飛ばした。



 とっさに両足をついたシャーリーは、軽空母の甲板でブレーキをかける。


 装甲があるブーツの靴底とハルバードによって、分厚い金属が削れることで、摩擦による減速。


 場外へ吹き飛ばされる前に、彼女はかろうじて止まった。

 騎士の誇りであるアーマーは、胸部に大きな亀裂が入っている。


 軽空母の甲板には、新しいカタパルトのように、深い溝が続く。


 何が起こったのか、理解できていないシャーリー。

 軽空母の端に立ったまま、すぐに両手でハルバードを構えるも、室矢重遠の追撃はない。


 遠くに立つ重遠を見た彼女は、肩で息をしながら、ゆっくりと歩き、中央へ戻る。



 長いハルバードは扱い辛く、彼女は突撃をよく行う。

 しかし、精神的なダメージが抜けないシャーリーは、防御を固めつつ、様子見を選んだ。



 幽世かくりよ桜技おうぎ流の剣術を学んだ室矢重遠は、カウンター主体の “みず” のスタイル。


 一刀流に近い。

 先ほどの擦り落としも、その1つ。


 しかし、それと同じ以上に、得意とする技がある。



 重遠には、姉弟子あねでしがいる。

 その天沢あまさわ咲莉菜さりなのスタイルは――


 

 外洋で、揺れ続ける船の上。

 そのリズムと、当たり続ける潮風に合わせて、室矢重遠の姿が消えた。


 シャーリーは咄嗟に反応するも、遅い。


 雷のような光に、パアンッという破裂音。


 今までシャーリーがいた場所に、重遠が立っている。

 片手で握っている刀を突き出したまま、半身だ。


 

 海面で跳ねた彼女は、軽空母から100m以上の距離をあけた位置で沈んだ。

 航空機が墜落した時のように、大きな水柱が上がる。


 広がった衝撃波で、甲板のすみにいた数人も、海中へ落ちた。

 


 天沢咲莉菜は “いかづち” だ。

 一瞬で近づいて、相手に反撃を許さないまま、切り倒す。


 その稽古に付き合わされている室矢重遠は、この『雷鳴らいめい』が上達した。

 元々は抜刀術で、今の突きはバリエーションの1つ、『雷撃らいげき』。


 これでも、かなり手加減している。


 一時的に刀の切れ味をなくしたことで、胴体を貫通せず、片腕が二度と動かないことを避けられた。

 大量の出血による死も……。


 何より、重遠はつばの下で短く握っていたうえに、突きを途中で止めていた。

 完全に押し込んでいたら、これでもシャーリーは助からない恐れがあったのだ。



 立会人の深堀アイは、バッと片手を上げた。


「そこまで! 勝者は、千陣流の室矢重遠」



 シャーリーが沈んだ方向を見たアイは、無線で救助するように告げる。


 海は、アイの領域だ。

 深く沈まないように調整することは、朝食のパンを焼くよりも簡単。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る