第467話 同額でコールするか、それ以上のレイズをしてくれ

 謎が多い少女、深堀ふかほりアイによる船上パーティーは、世界を動かしている家の女子7人と、関係者を乗せている。


 緊迫した状況下とは裏腹に、自分たちを救ってくれた室矢むろや重遠しげとおにお礼を述べる場として、楽しい一時だった。


 けれども、ユニオン出身のジェニファー・ウィットブレッド――室矢カレナがいた公爵家――の護衛が、その重遠を侮辱したのだ。


 その護衛は、円卓ラウンズの従騎士のシャーリー。

 重遠を気に入っている女子中学生――フランスの名家のお嬢様、ニクシー・デ・ラ・セルーダ――が言い返したことで、険悪な雰囲気になっている。


 騒ぎを聞きつけた、1階の面々も上がってきた。



 自分が主催したパーティーを台無しにされた深堀アイは、おかんむりだ。

 腕組みをしたまま、後ろの女に尋ねる。


「サラ? これは、どういうことかしら?」


 彼女が、ユニオン大使館の職員らしい。

 ドレス姿で、困っている。


「ジェニー! な、何があったの?」


 とりあえず、2階の展望デッキで過ごしていた女子、ジェニファー・ウィットブレッドに聞くも――


 室矢カレナになじられていて、返事がこない。



 自分の国から来日した留学生の引率をするだけで、あとは美味しい酒と軽食を楽しむはずだったのに……。


 顔が青くなった、サラ・グレイス・エリス。

 それでも、大使館の職員として、深堀アイに対応しなければいけない。


 激怒しているアイに、向き直る。


「え、えーと……。シャーリーの暴言については、後日に改めて謝罪――」

「私の『水平線の青』からユニオンを除名するってことで、いいの?」


 ミョン!


 サラは、驚きのあまり、心の中で意味不明な叫びを上げた。



 『水平線の青』、ホライズン・ブルー、またはブルー。

 これは、深堀アイが象徴になっているだ。


 平たく言えば、海をべる組織。

 国籍や官民を問わず、船乗りは必ず入っている。

 グローバルな互助会に近いものの、決して無視できない。


 その彼女が直々に船上パーティーを開くとあって、今回の急な招待でも、主要国が動いたのだ。



 周りの外交官の視線が、サラに集まっている。

 フランスの職員は、自国のお嬢様のニクシーと言い合っていた関係で、特に厳しい。


 外務省の牧尾まきお皓司こうじも、生きた心地がしない。


 室矢くんが、この女子7人と仲良くなってくれることが、唯一の解決方法だったのに……。


 しかし、子供同士の喧嘩だ。


 考え直した皓司は、この場の仲裁をしようと試みる。


「室矢くん! ここは、お互いに――」

「日本の千陣せんじん流、室矢家の当主で、副隊長の力を認められ、桜技おうぎ流の『刀侍とじ』と、真牙しんが流のWalhaiヴァールハイ(ジンベエザメ)の称号を持つ者として、円卓ラウンズのシャーリーに決闘を申し込む!」


 室矢重遠は、大声で宣言した。

 同時に、後ろから優しく、ニクシーを退かす。


 正面から対峙した、重遠とシャーリー。



 皓司は、まだ諦めない。


「日本の法律では、決闘を認めておらず――」

「なら、このクルーザーを公海上まで出すわ! そちらに迷惑をかけないから、安心なさい。それ以上の発言は、日本の外務省が『私のパーティーでの無礼を引き取る』と考えるわ。全員が納得するように、取り計らえるの?」


 深堀アイの宣言で、皓司は黙り込んだ。

 


 アイは、室矢重遠に訊ねる。


重遠しげとおお兄さんは、何を望み、何を賭けるの?」


「先ほどのシャーリーの発言は事実無根で、耐えがたい侮辱だ! その撤回と謝罪を要求する。負けた場合に差し出す対価は、今述べた、自分の立場全て」


 うなずいたアイは、シャーリーのほうを見た。


「あなたも、望みと対価を言いなさい。ただし、決闘相手が賭けたものとが、絶対条件よ? 自分の命でつぐなう場合は、例外とするけど」


 つまり、円卓ラウンズにおける立場か、自分の命のどちらか。


 意を決したシャーリーは、口を開く。


「私は、こいつが自分の罪を認めたうえで、それに見合った裁きを受けることを望むわ。対価は……。え、円卓の騎士における――」


「従騎士の立場だけでは、ぜんぜん足りないわよ? それだと、重遠お兄さんの『副隊長』と同じ価値だから……。『室矢家の当主』の立場、『刀侍』と『Walhaiヴァールハイ(ジンベエザメ)』の称号の3つは? 早く、出しなさい」


 立会人の深堀アイは、容赦なく突っ込んだ。


 困ったシャーリーは、自国の大使館員であるサラ・グレイス・エリスを見た。

 けれども、彼女は、まだ固まっている。


 フランスの職員は、サラをにらんだまま。

 他国の大使館員も喋らず、事態の推移を見守っている。



 ユニオン側の2人が返事をしないため、アイは室矢重遠に話を振る。


「先に、決闘の方法を決めておくわ。重遠お兄さんの希望は?」


「時間無制限で、一対一の戦闘だ。異能と武装を許可。ただし、相手の殺害、助太刀は禁止とする。行動不能、または、降伏によって勝敗を決する。決闘中の降伏は、視線などの仕草も有効として、その判断は立会人のアイが行う。俺はユニオンや円卓ラウンズと対立する気はないから、シャーリーが『自分の命で償う』と申し出ても却下する。処刑したければ、後で勝手にやってくれ」


 アイは、確認する。


「異能と武装は?」


「そちらも、無制限だ! 私は、シャーリーのせいで、『名誉を損ねた』という次元ではなくなった。日本警察に全力で追われている中、自分の室矢家を放置して、わざわざ女子7人を救出した行為を全て否定されたのだ! ゆえに、『その状況でも戦い、勝てるほどの力がある』と、証明しなければならない!」


 殺害を禁止しているものの、事故があり得る状況。

 

 それを理解したギャラリーは、眉をひそめた。



 室矢重遠は、レイズする。


「私は、さらに自分の式神であるカレナを賭けよう!」


 首肯したアイは、何か言いたげなシャーリーに説明する。


「カレナお姉さまは、重遠お兄さんの式神よ? 彼には、その権利があるの。……さて、これで『ブリテン諸島の黒真珠』の二つ名を持つ存在が、テーブルに上がったわ。ユニオン王家とも親交があるから、ラウンズのあなたも多少は見覚えがあるでしょう? この前は、先進国首脳会議に乱入したようだし」


 そこで、シャーリーはようやく思い出した。


 ユニオンの宮廷で、プリシラ殿下でんかと一緒にいた少女だ。

 放映されていたニュースでも、確かに見た。


 留学生のジェニファー・ウィットブレッドのほうを見たら、頭痛がひどい様子で、返答する。


「ええ、そうよ……。カレナは最近まで、私のウィットブレッド公爵家にいて、本人もナイトの称号を持っているわ。正確には騎士しゃくだけど、今となってはどうでもいい話……。アイ様! 失礼を承知の上で申し上げます。シャーリーが円卓から去るだけで足らない分について、具体的にお教えくださいませ! その可否をもって、返答とさせていただきたく存じます」


 途中からは、船上パーティーの幹事にして、この決闘の立会人のアイに話していた。


 頷いた女主人は、室矢重遠のほうを見た。


「重遠お兄さん?」


「日本は異能者を尊重する国であると、ユニオンの代表者が、公式に発表してくれ。この決闘の勝敗がついた直後にだ! それならば、私が出したチップと、釣り合う。ついでに言っておくと、この女がラウンズを辞めるかどうかは、正直どうでもいい」


 アイは、ジェニファーのほうを見た。


 察した彼女は、重遠へ質問する。


「代表者のレベルと、公式発表の方法は?」


 重遠は、すぐに答える。


「国防大臣からだ。王家や首相とまでは言わない。方法は、世界的に放送しているメディアでの発言」


「承知しました」


 ジェニファーは迷うことなく、即答した。


 彼女にとっても、後がない。

 ここで拒否すれば、激怒したカレナに、ウィットブレッド家ごと潰されるだけ。



 深堀アイは、高らかに宣言する。


「両者ともに、合意した! 今から公海上へ移動した後で、2人の決闘を執り行うわ! クルーザーを降りたい人は、すぐに申し出てね? しばらく、陸に帰ってこないから」



 USFAユーエスエフエーのヴェロニカ・ブリュースター・モリガンは、側近の女子たちと降船げせんした。


 室矢重遠が艦隊を吹き飛ばせる、という最悪のケースで動いているため、暢気に見学している暇はない。

 車で帰りつつも、USの艦隊への圧力や、自分を凌辱しようとしたCIAシーアイエー(中央情報局)の日本支部への落とし前を進めていく。


 むろん、クルーザーには、USの大使館員が残っている。


 

 それ以外の留学生たちは、ついでに見学するようだ。


 外務省の牧尾皓司も、降りるに降りられず。

 急いで上司に報告した後は、ただ流されていくのみ……。




 公海上に出たクルーザーは、物々しい軍艦や、空中で甲高い音を立てる戦闘機などの群れと遭遇した。


 合同の軍事演習を行っている、『ネイブル・アーチャー』作戦。

 USFA、シベリア共同体、東アジア連合による、連合艦隊だ。



 船内にいる深堀アイは、外から響く爆音や衝撃を気にせず、笑顔で告げる。


「じゃ、決闘を始めましょうか?」

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