第466話 日本の第三者の視点では絶望しかない【カレナside】

 白いクルーザーは、ゆっくりと動いている。

 招かれたゲスト達は、それぞれにグラスを持ち、情報交換に励む。


 外務省の牧尾まきお皓司こうじ――以前に、東アジア連合の傅 明芳(フゥー・ミンファン)と室矢むろや重遠しげとおの会談をセッティングした人物――は、焦った。


 訳も分からず、パーティーに参加した後は、何も手応えがない。



 2階の展望デッキに、この騒動の中心にいる室矢重遠と、女子7人――洋上の多国籍軍が檜高奥ひこうおう署をミサイル攻撃した根拠である、異能者を凌辱した後で虐殺する予定だった交流会への参加者――がいる。


 それなのに、すぐ1階のダイニングへ退避させられた。


 まだ女子中高生だが、全員が『世界を動かしている名家』の娘たち。

 その不評を買えば、自分の首どころか、日本経済がメチャクチャにされる。


 ただでさえ、彼女たちを廻した挙句に、泣き喚く様子を見ながら切り刻むつもりだった国の人間だ。

 中央省庁の公務員という、社会的な立場もある。

 無理に話しかければ、それが決定打になりかねない。


 牧尾皓司は素直に従い、室矢重遠、女子7人とは別の空間で待つ。



 乾杯に応じつつも、集まった大使館員と話す。

 しかし、日本が圧倒的に不利な状況で、どいつも情報を出さない。


 こちらが切れるカードは、『室矢重遠』という、1人の男子高校生だけ。

 唯一の手札を取り上げられたら、役どころか、枚数すらゼロ。

 フォールドすれば、賭けたチップ――日本という国――は、多国籍軍に没収される。



 船上パーティーの主催者は、深堀ふかほりアイ。

 銀髪のショートヘアで、パープルの瞳。


 ファンタジー世界のエルフを思わせる容姿だが、まだ女子中学生のはず。


 ピンク色の上品なドレスを着ているアイは、物怖じせずに招待客と話していく。

 多言語を使いこなし、相手も丁寧に答えている。


 専門家である自分から見ても、外交官と同等だな……。


 牧尾皓司は、万策尽きたことで、壁際に下がっていた。

 社交的な深堀アイの様子を見ながら、高そうな酒を飲む。



 交流会に参加した女子に謝罪をしたい旨を告げたが、どの大使館にも断られた。

 もうすぐ占領されるかもしれない国に、関わりたくないのだ。


 一職員の自分でも、外務省の謝罪を受け入れたとなれば、あちらさんの配分が不利になるだけか……。


 大使館員の説得を諦めた皓司は、このパーティーが終わった時点で室矢くんを捕まえて、仲介や説得を頼むしかない。と頭を切り替えた。


 いや。

 これだけの人脈と影響力がある深堀アイに、仲裁を頼んだほうが……。


 どちらを優先するべきか? と悩む皓司に対して、女子の声が飛んできた。



「お主も、難儀だな? ともかく、今は説明している時間がないのじゃ」



 主催者のアイと同じ、あどけない声だ。


 振り向いた牧尾皓司の目に、紫苑しおん学園の制服が映った。

 中等部だ。 


 手入れが大変そうな、腰まで伸びた、長い黒髪。

 海の底のような、暗い青の瞳。


「君は、確か――」

カレナだ。いつぞやの、東連とうれん明芳ミンファンとの会談では、世話になった」


 意表を突かれた皓司だが、すぐに思い出す。


 そういえば、室矢君には義妹がいたな。

 彼女に頼んで、彼との話し合いや、フゥー家とのチャンネルを持てないだろうか?


 皓司はいつもの習慣で、自分の名刺を差し出しつつ、話しかける。


「外務省の牧尾です。……室矢さん。突然のお願いで恐縮ですが、この後で少しお時間をいただけないでしょうか? 日本の未来について、大事な話があります」


 カレナは、しげしげと名刺を見た。


 ブランド物のロゴが入った、革のカードケースに仕舞いながら、答える。


「まあ、私しか突破口はないか……。悪いが、その期待には応えられん。事態はもう、話し合いで収束するフェーズを通り過ぎた」


 皓司は、自分より背が低いJCに、訴える。


「しかし! このままでは、いつ……」


 ――都心部が襲われるか


 思わず大声で叫んだ皓司は、すぐに声を小さくした。


 それでも、船内だ。

 1階のダイニングにいる人間が、一斉に2人を見る。


 室矢カレナは、何でもない、と言う代わりに、手を振った。

 集まった視線が、バラける。



 溜息を吐いたカレナは、牧尾皓司を見た。


「お主、防衛軍の人数を知っておるか?」


 怪訝けげんな顔をする皓司に対して、カレナは答えを言う。


「すぐに再編成が可能な予備を含めて、せいぜい20万人だ。それに対して、USFAユーエスエフエーとシベリア共同体は、それぞれ150万人。東アジア連合は……300万人ぐらいか? 総力戦に突入したら、物量で押し潰されるだけ」


 黙って聞く皓司は、カレナの顔を見ている。


 彼女は、冷徹に言う。


「日本の防衛戦では、常にが全てだ! そのための航空部隊で、即座に展開する空挺部隊。むろん、海上部隊もな? しかし、今回は完全に頭を押さえられていて、国内では異能者と正規軍の睨み合いだ。どうにもならん」


「ですから!」

「仮に、重遠が上の女子7人を全て口説き落としても、近海の連合艦隊は止まらんぞ? 彼女たちが実家に連絡して、色々と手を回すには、時間が必要だ。しかし、奴らは、戦うためにやってきた。落ち着かせるには、一度スッキリさせてやる必要がある」


 第二次性徴が終わった直後の少女とは思えぬ、発言。


 室矢カレナは、まだ子供らしい曲線を残している造形で、さらに説明する。


「そもそも、一連の出来事で、私たちに委託しすぎ……。まあ、警察の話をお主に言っても、詮のない話だがな? けれど、こちらの主観では、それ以外の何物でもない。特に、重遠の負担が大きすぎるのじゃ」



 近くのテーブルに近づいたカレナは、置かれたグラスの1つを手に取り、一気に飲み干した。

 空のグラスを置きながら、振り返る。


 窓からの光を受けて、その横顔がくっきりと浮かび上がった。


 左右の陸地には高層ビルが並び、その権勢を誇示している。


 観光名所の大きな橋の下を潜る、大型クルーザー。

 それに伴い、船内も暗くなった後で、再び明るくなる。

 

 朝日に照らされた海のような瞳は、女子中学生のソレではない。



「私たちには、何の責任もない。少なくとも、私はそう思っている。そして、今回の日本侵攻について、事前に初期対応ができるは、他にない」


 不思議に思った牧尾皓司は、カレナに質問する。


「日本の四大流派は、動けないのでは? 室矢くんが、実家の千陣せんじん流に頼んでくれると?」


 首を横に振ったカレナは、それを否定する。


「奴らは、事前に動かんよ……。動くのは、本土が攻撃されてから。理想的な、専守防衛だ。それによる被害は、知らんがな?」


 察した皓司は、顔を歪めた。


「その……。君が言っている、初期対応の戦力とは……」

「ああ。お主が考えている通り」



 ――私と、室矢重遠の2人じゃ!



 室矢カレナは、笑顔だった。

 いっぽう、牧尾皓司は、彼女を説得するための言葉を探す。


 連合艦隊を叩き、退かせるのは、不可能だ。

 しかし、室矢兄妹でなければ、被害者の女子7人の説得はもちろん、その先の主要国にまで届かない。


 皓司は、あくまで話し合いによる解決を望んでいた。


 室矢くんが2階の展望デッキで、救出した女子7人を味方につけてくれれば、まだチャンスはある。

 彼女たちは異能者の中でも、世界的な影響力を持つ家ばかりだ。


 この兄妹が暴走しないよう、上手く制御できれば、連合艦隊を撤退させられる可能性が……。



 周遊していたクルーザーは、ゆっくりと岸壁に接舷する。


 女主人の深堀アイが、マイクを握った。


『皆さま! ご歓談中に、失礼します! 盛り上がっている中で恐縮だけど、もう時間になるわ。いったん、場を締めさせていただきます。本日は私のパーティーに集まってくれて、どうもありがとう! このクルーザーはしばらく停泊するから、急がずにお忘れ物のないよう、降船げせんしてください。お菓子やワインが欲しかったら、近くの給仕に言ってね? 感想や次回の要望も、受け付けているから!』


 アイは軽い口調で、閉幕を告げた。


 1階のダイニングに、パチパチと、拍手の音が重なっていく。

 牧尾皓司も、慌てて参加した。


 と、その時――


 近寄ってきたメイド服の女が、アイの耳元でささやく。


 うんうんと、無言でうなずくアイ。

 改めて、マイクを握る。



『あー! パーティーは閉幕だけど、ちょっと待ちなさい! 私が今から、2階の展望デッキへ行くわ。それまで、勝手な事をしないように!』



 アイは珍しく、怒ったようだ。

 放り投げるようにマイクを渡した後で、中央にある階段を上っていく。


 状況が分からない招待客たちは、すぐに後を追う。


 不安になった牧尾皓司は、傍にいる室矢カレナを見た。

 しかし、彼女は涼しい顔。


 溜息を吐いた皓司は、階段を上る人々の最後尾についた。




「だから、私は嫌だったの! 女子を侍らせている男に近づくなんて……。女への魅了を持っている奴は、今のうちに退治したほうがいいよ! 都心部の警察が特別緊急配備で追っていたし、港区の『東京エメンダーリ・タワー』の件も、こいつが黒幕じゃないの? あまりに、タイミングが良すぎるし!」


「いい加減にしろ! お前、自分の立場を分かっているのか!? ……ジェニー! ユニオンの円卓ラウンズは、命の恩人に喧嘩を売る組織なの? はじめて知ったよ!」


 明るい黄色のショートヘアを逆立てる勢いで、女子中学生のニクシー・デ・ラ・セルーダが、絶叫した。

 彼女は、背後の室矢重遠をかばうように、立つ。


 その重遠をけなしたのは、アッシュブロンドの長髪をハーフアップにしている美少女。

 ラウンズの極東支部に赴任した、シャーリーだ。



 ユニオンからの留学生と思しき女子は、この馬鹿やりやがった、という表情で、近くの丸テーブルをドンドンと叩いている。

 完全に、涙目。


 お客様、台パンはお止めください。



 集まった大人たちを掻き分け、室矢カレナが、前に出た。

 ツカツカと近づき、ユニオンの留学生に、声をかける。



「ジェニー。ウィットブレッド公爵家は、お主の代で終わりにするか?」


 

 ビクッとした女子は、長い金髪をふんわりの髪型のまま、同じ金色の瞳を上げた。

 そのまま、ガクガクと震える。 

 

 ジェニファー・ウィットブレッド。

 愛称は、ジェニー。


 彼女は、カレナを養女にしていた貴族家の人間だ。

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