第465話 多国籍の合コンの結果で日本侵攻の有無が決まる(後編)

 合同の軍事演習における、旗振り役にして、最大戦力。

 USFAユーエスエフエーからの留学生。


 ヴェロニカ・ブリュースター・モリガン。

 愛称は、ロニー。


 鮮やかなレッドの長髪と、コバルトブルーの瞳が、とても対照的。

 室矢むろや重遠しげとおより年上であるものの、現役の女子高生だ。

 背が高めで、USの女らしく、大人びたスタイル。


 彼女は、聞かれる前に話し出す。


「さっきも自己紹介をしたけど、私はヴェロニカ・ブリュースター・モリガン。USからの留学生よ。港区の『東京エメンダーリ・タワー』のホテルに留学生を集めた狙いは、主に私を処分しつつ、モリガン家の評判を落とすため……。さて、ミスター室矢。あなたのことは、どう呼んで欲しい?」


「名前で構いません。あなたが嫌ならば、名字でどうぞ。敬称は不要です」


「そう。では、シゲと呼ぶわ。重遠だと、発音しにくいから……。代わりに、私のことも、愛称のロニーでいいわ」


 重遠が首肯したら、ヴェロニカは、自分の後ろに立つ女子2人を示した。


「彼女たちとは、タワーで会ったわよね? 淡い赤黄色のロングヘアのほうが、ミレーユ・デ・ブルーシュ。黒髪のボブは、エリザヴェータ・スタヴィツカヤ。この話し合いで必要なら、自由に声をかけなさい」


 言われた重遠は、ヴェロニカの背後を固めている女子2人を見た。


 ミレーユは仏頂面で、形だけの会釈。

 いっぽう、エリザヴェータは笑顔のまま、ペコリと頭を下げた。


 それぞれに会釈した重遠は、ヴェロニカに視線を戻す。


 ソファーで座ったまま、向き合った彼女は、口火を切る。


「失礼だけど、他の女子との会話を耳にしたわ。要するに、あなたは『ネイブル・アーチャー』作戦の艦隊を退かせたいのでしょう? 残念ながら、私では力不足よ。シベリア共同体のソフィアは、本人と実家のどちらも危険だから、艦隊司令や幕僚が忖度そんたくするでしょう。でも、私はモリガン財閥のお嬢様とはいえ、今の肩書きは女子高生というだけ。上の軍人と会うか、電話できるけど、『それがどうした?』で終わるわ。あいつらは次の選挙を意識しているから、小娘1人の都合は全く気にしない。……シゲが亡命したいのなら、この場で書類にサインをすれば、連れて行ってあげる。他にも数人ぐらい、私の判断で決められるわ」


「現時点では、亡命を希望しない。ロニーの気持ちだけ、ありがたく受け取っておくよ。ラングレーについてだが――」


 ヴェロニカは、手の平を向けた。

 そのまま、自分の後ろで立つミレーユ・デ・ブルーシュに、視線を向ける。


 こくりとうなずいたミレーユは、テレパシーを使用した。


 ヴェロニカの声が、頭の中に響く。


『ここからは、頭の中で思い浮かべなさい。CIAシーアイエー(中央情報局)が、何?』


『そもそも、この事態を招いたのは、連中だ。日本支部の責任者は、俺たちも狙っている。ブルーシュから「手を出すな」と聞いたが、いつまでも待つ気はない』


 怒った様子のヴェロニカは、自分の背後をジロリとにらんだ。

 ビクッと怯えたミレーユだが、汗をダラダラと流すのみ。


 溜息を吐いたヴェロニカは、室矢重遠のほうに向き直った。


『話が、とっ散らかっているわね? 結局、何が言いたいの?』


『ロニーが艦隊を退かせられないことは、理解した。もう1つの件を確認したい。CIAの日本支部は俺の敵だが、お前の抹殺を狙った大使館や、反モリガン家のほうは無関係でな? そちらが日本支部の責任者をいつ始末するか、それを聞いておきたい』


 腕を組んだヴェロニカは、室矢重遠の視線を気にせず、足も組む。


『いつまで?』

『俺は、ひと暴れする予定だ。それが終わってから、数日だな』


 苛立たしげに紅茶を飲んだヴェロニカは、カップを置いた。


『何をたくらんでいるのか、知らないけど……。猶予は、それほどないってことね』


 ヴェロニカは、自分の後ろだけに見えるハンドサインを出した。

 重遠のほうを向きながら、口を開く。


「これでも、あなたには感謝しているのよ? 実際には必要なかったけど、命懸けで助けに来てくれた王子様だし。亡命の件は、気が変わったら、連絡してちょうだい。これが、私の電話番号とメールアドレス……。USの艦隊にも、言うだけ言っておくわ」


「助かるよ、ロニー。悪いが、次の予定があるから、これで失礼する」

「Good luck.(幸運を)」




 イライラした様子のヴェロニカ・ブリュースター・モリガンは、ゆっくりと後ろを振り返った。

 ソファーにもたれかかった状態で、詰問する。


「さて、ミレーユ? 何か、言い訳はあるかしら?」


 言われた当人は、キャラ崩壊をしつつも、必死に説明する。


「あの男を警戒しすぎたと言うか、つい教えすぎたと言うか……」


 ぐったりした様子のヴェロニカは、指で眉間を揉んだ。


「私の側近に、お喋りはいらないの……。分かる?」

「Yes, miss!(はい、お嬢さま!)」


 直立不動のミレーユは、自分の女主人に答えた。

 同年代だが、明確な上下関係がある。



 余計な情報を与えたせいで、一方的に期限を切られてしまった。

 結果が同じなら、では済まされない。


 モリガン家として、CIAの日本支部にもケジメをつけなければ、後々に響いてくる。

 下手をすれば、御家の名誉に傷をつけた、という理由で、ヴェロニカが責任を取らされるだろう。


 ここは、日本だ。

 絶対的な支配者である、USFAの地元ではない。

 室矢重遠が指図して、先にターゲットを仕留める可能性は、十分にある。


 

「予定を早めるわ。今回はミレーユの失敗だけど、連帯責任よ? 減俸げんぽうでもいいけど、それよりを積みなさい」


 ヴェロニカの顔には、影が差していた。

 しかし、すぐに不思議そうな表情へ。


か……。あの男子は、どれぐらい強いの? 2人とも、あのホテルの戦闘を見ていたんでしょ?」


 質問されたミレーユと、エリザヴェータは、互いに顔を見合わせた。


「強いと言うか、上手い?」

「うん。元特殊部隊のPMCピーエムシー(プライベート・ミリタリー・カンパニー)を圧倒していたし……」


 考え込んだ2人は、再び自分の意見を言う。


「あいつの異能は、さっぱり分からない。広範囲の凍結はできるようだけど、それだけじゃ銃弾の雨を避けつつ、飛び回れないはず」

「だよね……。複数の異能を持っているにしても、全く見当がつかないよ」


 悩む女子たちを見たヴェロニカは、不安になった。



 もし艦隊を吹き飛ばす異能を持っていたら、USの艦隊だけ標的にする可能性もある。

 その場合は、さっきの交渉が、最後のチャンスだった。


 室矢重遠については、情報が少ない。

 日本の四大流派の中でも、新しく登場した顔だから。


 しかし、それだけの力があれば、さっきの交渉で、退かなければ壊滅させる、という脅しもできたはず。


 分からない……。


 気になったヴェロニカは、心を読めるミレーユに尋ねる。


「ねえ……。シゲは、何を考えていたの? 少しは、読めたんでしょ?」

「はい。あいつの思考は、それなりに分かりましたけど……」


 言いにくそうなミレーユに、ヴェロニカは催促する。


「何? エロい妄想でも、していたの? 気にしないから、言ってごらんなさい。『私たち3人を並べて、順番に突っ込んでいた』とか?」


 震え始めたミレーユは、仕方なく説明する。


「斬っていました……。人を……。どこまで寸断できるかって……。し、失礼します!」


 途中で耐えきれなくなったミレーユは、涙目で口元を押さえながら、トイレに走り去った。


 呆気に取られるエリザヴェータとは別に、ヴェロニカは座っているソファーに身を沈めた。

 チラッと、シベ共のソフィア・ヴォルケドールのほうを見る。


「……あいつの同類か」


 目を閉じたヴェロニカは、室矢重遠の評価を改めた。


 平気で人を殺せる奴に、様子を見ていたら、トリガーを引かれてしまう……。




 一通り吐いた後で、ミレーユは戻ってきた。


 それを見たヴェロニカは、気遣いつつも、指示を出す。


「負担をかけてしまって、ごめんなさい。シゲについては、『艦隊を叩けるぐらいの力を持っている』という、最悪のケースも考えておく必要があるわ。いずれにせよ、連中への報復をしなければならない」


 このパーティーから戻ったら、すぐに実家へ連絡しよう。


 そう決意したヴェロニカは、ソファーから立ち上がった。




 美少女7人に囲まれる、室矢重遠のハーレムは、終わりを告げた。


 誰を見ても、世界経済や情勢を動かしている、正真正銘のお嬢様ばかり。

 彼女たちの1人でも犠牲になったら、すでに都心部は火の海だろう。



 帰りの車の中で、ヴェロニカ・ブリュースター・モリガンは、考える。


 仮に、シゲが、艦隊にも通用する異能を持っている場合――


「私じゃ、お話にならない。そう言いたいわけね……」


 当然の判断であるものの、しゃくに障る。



 ヴェロニカは、ふと気になって、お付きの女子2人に尋ねてみる。


「ところで、あなた達は、シゲをどう思ったの?」


 エリザヴェータ・スタヴィツカヤは、深く考えずに答える。


「んー、特には……。同じクラスだったら、友人になっていたと思います。最初から内心を知っていたら、分かりませんけど」


 一番被害に遭ったミレーユ・デ・ブルーシュは、慎重に答える。


「心を読みたくありませんが、表向きには普通の男子ですね。クラスにいても、あまり気にしないでしょう。顔はまあ、良いほうだと思います」


「まだ、やれる? あなたが外れても、ペナルティを与えないわよ?」


 ヴェロニカの確認に、ミレーユは首肯した。


「何と言うか……。あれだけのイメージを見ても、気になります。夜の海に思わず吸い込まれそうになる感覚というか……」


 破滅という安寧に魅入られたような、目の輝き。

 屈託のない笑顔であるのに、どこか不安になる。


 マジマジと見つめたヴェロニカは、釘を刺す。


「あなたの趣味をどうこう言うつもりは、全くないけど。シゲは、女子を侍らしている男子よ? 私が知らないところで、勝手に連絡したり、会ったりしないように」


 モゾモゾと落ち着きがないミレーユは、頷いた。


「…………ええ、もちろんよ。それで、CIAの日本支部の件は?」


 妙にやる気を見せるミレーユに、ヴェロニカは説明する。


「実家のほうから手を回して、国家安全保障局にディープ・ダイバーを出させる。CIAとはセクションが別だから、大統領命令で動くと思う。ただし、実行は『シゲのひと暴れ』を確認した後よ! その際に、あなた達はバックアップで行きなさい。能力をできるだけ秘匿しつつも、必要な支援を」


 ミレーユとエリザヴェータは、それぞれに返事をする。


「分かったわ」

「了解」

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