第464話 多国籍の合コンの結果で日本侵攻の有無が決まる(前編)
大型の、白いクルーザー。
要人を招いてのパーティーも可能な、豪華な仕様だ。
長期の外洋航海には向いていないが、レストランシップとして、最高クラス。
今回は、港区の『東京エメンダーリ・タワー』のホテルで、反異能者の団体によって虐殺されかけた留学生7人が、招かれている。
その主催者は、
女子中学生であるものの、まだ素性不明。
軍による戒厳令が敷かれて当たり前の状況下で、それも、昨日の今日。
「だというのに、世界の主要国にいる名家を動かした……」
彼は、
他の女子たちも、それぞれに、留学先の制服を着ている。
東京湾で周回しているクルーザーの2階、展望デッキ。
立食パーティーの仕様で、外国人の少女たちは、重遠のことを見ている。
気になる男子へのアプローチならば、ラブコメと言えるものの――
このハーレムにいる重遠の返答によっては、近海で軍事演習を行っている艦隊が、都心部へ侵攻してくる。
留学生の女子たちに同伴してきた大使館員、護衛は、1階へ降りた。
メインデッキにもダイニングがあって、そちらで、社交や休憩を行うために……。
大人がいると、緊張するから。
そう言えば、聞こえがいい。
だが、自国への亡命を希望した室矢重遠の身柄を押さえるため、という話だ。
異能者は美少女が多く、海外の女子たちも美しい。
しかも、名家の娘ばかり。
彼が亡命した後の面倒を見ることは、簡単だ。
ここで親睦を深めておけば、後々に役立つ。
どう転んでも、主要国の留学生と、そのバックにいる大使館は、損をしない。
正妻の
何を仕掛けてくるか不明な場に連れてきたら、そのまま人質や、説得されるキッカケになりかねない。
室矢重遠は、自分の式神で、義妹でもある室矢カレナと、2人で来た。
彼女は、大使館員とも対等に挨拶した後で、一緒に下へ降りる。
どうやら、これぐらいの駆け引きは、自分でやれ。という方針らしい。
目を離した隙に籠絡されるとは思えないから、今の状況に集中するべきだ。
重遠は、自分にへばりついている、明るい黄色のショートヘアの女子中学生を見た。
彼女とは、救出に向かった『東京エメンダーリ・タワー』のホテルで遭遇してからの縁だ。
ブルーの瞳でじっと見ている、ニクシー・デ・ラ・セルーダ。
彼女は子犬みたいな可愛さで、
エアウィング・インダストリーを経営している、セルーダ家のお嬢様だ。
航空・宇宙機器の開発製造で、
あらゆる方面に影響を与えている企業だが――
「行け、ニクシー! 俺が目当ての女と会話できるように、それ以外を足止めしろ!」
完全に、キャプチャーした犬の扱いだ。
室矢重遠にペタッと抱き着いて、しきりにクンクンしていた彼女は、ぴょいと顔を上げて、すぐに応じる。
「分かった! 行ってくるね!」
タタタと走っていくニクシーを後目に、彼は、他の女子のところへ……。
「そうですね……。私の個人的なお願いであれば、ウチの艦隊に『今回は
シベリア共同体からの留学生、ソフィア・ヴォルケドールは、グレー色のセミロングを触りながら、ライトブルーの瞳で、室矢重遠を見た。
ソフィアは、シベ
この企業グループは、小銃のブランドで有名。
民間用から軍事用まで、幅広く販売している。
無人の航空機、特殊な小型舟艇の開発も行っており、軍事方面のパイオニア。
その輸出は、外貨を得るための手段の1つだ。
室矢重遠は、その素性をよく知らないままで、軽く答える。
「じゃ、それでヨロシク!」
「ええ。今回は、わざわざ救出していただき、誠にありがとうございました」
笑顔でお礼を述べたソフィアは、半目になった。
「ところで……。タワーで私たちを救ってくれたのは、あなたの異能ですか?」
可愛い声だが、やっぱり、凄みがある。
重遠は、小皿のチーズケーキを食べてから、答える。
「(まだ話す相手がいるから)別の機会に、ゆっくり話すのなら、ソフィアに教えるけど?」
小首を
「(まだ貞操を失う訳にはいかないので)遠慮しておきます」
重遠は、残念そうでもない声で、そうか、とだけ返事。
彼が背中を向けた時、ソフィアは近くの長テーブルに右手を伸ばし、ナイフに触った。
くるんと向きを変えて、逆手の握りに変わる。
ヒュッと振り被り、重遠の右肩に突き刺そうと――
ダンッ
勢いよく踏み込んだことで、大きな音が響いた。
展望デッキにいる全員が、2人のほうを見た。
ソフィア・ヴォルケドールの右手は、逆手のナイフで振り被ったまま、正面から密着した室矢重遠の左腕で、押さえられている。
同時に、彼の右手による
寸止めで、脳は揺さぶられていない。
問い詰めようと、誰かが口を開けた瞬間に――
「申し訳ありません。少し、重遠さんと衝突しただけです。お気になさらないでください」
緊迫した空気とは真逆の、可愛らしい声が響く。
ナイフを持ったままのソフィアは、笑顔で説明した。
右手の指を動かし、器用に、刃のほうを摘まむ。
それを見た重遠は、ゆっくりと両手を離しつつ、摺り足で後ずさり。
いっぽう、ソフィアは背中を見せて、普通にナイフを置いた。
上半身だけ振り返った彼女は、満面の笑みを浮かべたままで、話しかける。
「別の機会も、考えておきますね?」
「ああ……」
興味なさげに言い捨てた重遠は、次の相手に向かった。
それを見送ったソフィアは、再び、ナイフを逆手で握る。
切り分けられたケーキに、上からダンッと、突き刺した。
「
そのまま口に運び、ワイルドに食べる。
舌で
「もっと本能に従って生きれば、いいのに……」
気づかなくても、上手く外すつもりだった。
しかし、思っていた以上の反応。
抱き合うほどの距離で、自分を見ていた時の彼は……。
ソフィア・ヴォルケドールが一瞬だけ見惚れるほど、狂気に満ちていた。
あの年齢の男子とは思えないほど。
剥き出しの本性になったら、どう変わるのか?
事後のような、恍惚とした余韻を楽しむソフィアは、壁際の椅子に座った。
目を閉じて、先ほどの様子を
今は、あまり動きたくない。
「よりによって、ソフィアに近づくとは……。あの娘は、特級にヤバいのですけど?」
「それを早く言ってくれ……」
東アジア連合の傅 明芳(フゥー・ミンファン)は、顔に縦線を入れながら、突っ込んできた。
彼女は、このメンバーの中で、唯一の顔見知りだ。
疲れた表情の室矢重遠に対して、
お礼を述べた後で、それぞれに腰掛ける。
重遠は改めて、
長い黒髪はともかく、人形のような白い肌に、青い瞳。
やっぱり、東洋系とは思えない。
だが、今は時間が惜しい状況。
察した彼女が、先に発言する。
「どうぞ、
「ああ、構わない」
室矢重遠の返事で、
「お聞きしたいのは、
言葉を切った
「海軍はウチの管轄で、引き際を見定めている段階です。USFAが乗り気だから、
ぶっちゃけ、日本がズタズタになったら、ウチも経済的に困ります。
そう続けた
近くの丸テーブルに、置く。
重遠にも、同様に。
それを食べながら、彼は要望を伝える。
「多国籍軍による、都心部への侵攻を阻止したい。だが、現状で先に抜けると、『腰抜け』と言われる訳か……」
「はい、
どうやら、怒らせたのではないか? と心配したようだ。
「分かった。ソフィアは『個人的にお願いする』と言っていたから、シベ共のほうも様子見と考えよう……。USを黙らすのかあ。『いつ来るんだ?』という視線が、ずっと突き刺さっているし。そろそろ、行くか」
愚痴を言った重遠が立ち上がった時、
柔らかい感触。
「あ、あの! お役に立てなくて、申し訳ありません!」
室矢重遠は、その手を摩りながら、優しく告げる。
「いや、十分に助かった。あとは、俺が何とかする。お前は――」
ただ、見ていればいい。
そう言い残した重遠は、するりと手を離して、ソファーに座っているUSFAの女子たちの元へ向かった。
「ずいぶんと、遅かったわね? 待ちくたびれたわ」
「一番美味しいところを最後に食べる口なんだよ。……座っても?」
剣呑な会話の後で、室矢重遠は、勧められたソファーに座った。
日本の命運をかけた合コンは、いよいよ、最終段階を迎える。
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