第463話 レーザー銃と精密誘導ミサイルによる攻撃

 東京ネーガル大学の周辺にある、ニュータウンの成れの果て。

 もはや、廃墟マニアか、犯罪者しかいない場所だ。


 その管轄は、檜高奥ひこうおう署。


 現在では、警視庁による大規模な取締りが行われ、ようやく安全になった。

 外縁にある山では、運動を兼ねたストレス解消のために、高齢者も登っている。



 体格がいい外国人は、その警察署を一望できる位置に座っていた。


 ニット帽を被り、黒いサングラス。

 山歩きに向いている私服だ。


 彼は、正面に大きなレンズをつけた、玩具おもちゃのような拳銃を持つ。

 片手で握り、上部に取り付けた照準器を覗きながら、トリガーを引いている。


 カーキ色と茶色で塗られた拳銃は、どう見ても実弾を撃てない。

 通りすがった登山者も、チラッと見るだけで、通り過ぎていく。


 いっぽう、外国人の男は緊張した声で、小型マイクに話す。


「檜高奥署を視認中。良好、良好……。どうぞ?」


 ザッ


『今、発射した。命中を確認後、ただちに離脱せよ!』

「シェルパ、了解」


 やがて、上空で、シュゴオオッという、噴射音が聞こえてきた。


 航空機と呼ぶには小さく、細長い物体が、高速で飛んでくる。

 その鉛筆のような胴体には、申し訳ぐらいの翼も。



 低空を飛んできたは、外国人の男が照射しているレーザーに導かれて、目標に向かう。


 そのレンズで、どんどん大きくなっていく、檜高奥署の正面。


 飛行中のミサイルは、その目的を完遂した。




 ――30分前


 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館へ戻った俺は、南乃みなみの詩央里しおりに泣きつかれたのも早々に、地下の通信室で会話を始めた。


 正面のモニターには、2つの顔が映っている。

 いわゆる、分割機能だ。


 精悍せいかんな顔をした男が、自己紹介をする。


『俺は、柳井やないつかさだ。真牙しんが流の上級幹部(プロヴェータ)で、警察庁を担当している……。警視正のキャリアだが、お前さんの立場を考えたら、タメぐちで構わん。悠月ゆづき家の当主である五夜いつよさんの紹介で、こうやって顔を出せたわけだ。よろしく』


室矢むろや重遠しげとおです。よろしくお願いいたします」


 ここで、五夜が補足する。


『私の独断で、この会談を了承しました。今回は、重遠さんが被害に遭った話です。私も立ち会いますが、「原則的に、あなたの決定で動く話」と言えます』


 紫の瞳は、探るように俺を見ている。


 この対応で、俺の器量を見極めるつもりか……。


 隣に座っている南乃詩央里は、心配そうに俺を見ている。

 同席している室矢カレナは、ダラけたままだ。



 俺は、事前にまとめていた資料を読み込ませた。


「室矢家の当主として、これだけの要求を行います」


 画面上に移っている面々が、端末を操作、または、プリントアウトした書類を読む。


 やがて、交渉相手の柳井司は、口を開いた。


『この条件を譲る気は……ないようだな?』


「はい。達成されない場合は、で成し遂げます。イベサー『フォルニデレ』にまつわる情報は、こちらにもありますので……。それから、警察の責任者の後任は、今のうちに用意しておいてください」


 俺が出した条件は、下記の通り。


 ・留学生との交流会で計画していた犯罪の公表

 ・東京ネーガル大学の犯罪と、担当の所轄署の不祥事への処分と公表

 ・自分を撃った刑事の処罰と公表

 ・桜技流の『警察からの離脱』を正式に認めること

 ・室矢重遠の名前を出さず、男子高校生とすること

 ・室矢家の当主を謀殺しようとした捜査本部の幹部は消す


「俺を殺しかけた捜査本部の幹部は、絶対に許しません。留学生との交流会についても、今のうちに公表したほうが、傷が浅いと思います」


 疲れた様子の柳井司は、すぐに答える。


『まあ、その通りだが……。お前を追っていた捜査本部の連中はともかく、留学生との交流会で未遂に終わった犯罪をオープンにするのは、難しい。長官と警視総監の進退が問われるからな……。で、さっきの言い方だと、素直に発表しない場合は、お前さんが2人を消すのか?』


「ご想像にお任せします」


 俺の返事に、司は考え込んだ。



 その時、モニター画面の悠月五夜の傍に、誰かが来た。


 耳打ちをした人物が去った後で、五夜は話し合いに割り込む。


『お話の途中で、失礼いたします。緊急事態です。テレとうをつけてください』


 いきなりの発言だったが、その剣幕に押されて、俺たちは別のモニターに表示する。



『げ、現在、檜高奥署の建物に、ミサイルらしき物体が直撃しました! 御覧の通り、正面は大きく崩れており、中も見えている状態です。幸いにも、演習弾だったようで、爆発はしていません。不発弾の恐れもあるため、政府と自治体から周辺住民に避難勧告が出ています。なお、「内外にいた警察官、職員に多数の重傷者が出ている」と情報があるものの、まだ正式な発表はなく……。あ、はい! すぐに移動します!』



 その背景では、殺気立った警官や救急隊員が入り乱れて、車両も出入りしている。

 現場にいるアナウンサーは、追い立てられるようにフェードアウト。


 テレビ局に戻った映像は、また切り替わり、そのミサイルを発射した多国籍軍の広報官らしき男が、英語で喋る。

 それに被せるように、同時通訳の女の声。


『今回の檜高奥署への攻撃は、です。我々は日本に巣食う「異能者を差別して、物理的に排除する団体」の打倒のため、公海上で合同の軍事演習を行っています。……そもそもの発端は、港区の『東京エメンダーリ・タワー』のホテルで行われた、我が国の留学生を招待しての交流会で、「残虐な行為が計画されていた」という情報です。主催者とその参加者たちは、各国の異能者の名家にいる女子たちを虐殺して、反異能者による親睦を深める予定でした。その交流会を主催したのは、東京ネーガル大学のイベントサークル、『フォルニデレ』と名乗るグループです。檜高奥署を「彼らの拠点の1つである」としたことから、この事故になった次第です。深くお詫び申し上げると共に、必要な補填や賠償を行う用意があります。なお、当方にはその根拠となる情報があり、随時ご報告する構えです。日本警察と連携して、再発防止に努めます』



 言葉もない。

 

 テレビを消したが、沈黙を守る。



 そこで、柳井司が大声を上げる。


『ちくしょう! 完全に、やられてるじゃねえか!! ……悠月さーん。これ、ダメですわ。連中を無事に帰したら、もう終わりだぜ?』


 溜息を吐いた悠月五夜は、首肯した。


『そうですね……。しかし、防衛軍は異能者と睨み合っていて、動けません。柳井さんのほうは?』


『無理に決まってるだろ! 特ケ――特殊ケース対応専門部隊――の装備と人数じゃ、戦闘ヘリ、空挺部隊、飛んでくる砲撃やミサイルに勝てるわけねえ!! 警察の特殊部隊に、過度な期待すんな!』


 もはや罵倒しているレベルだが、五夜は怒らない。


『次は、実弾のミサイルや爆撃による、中央省庁への直接攻撃ですね。戦闘ヘリによる銃撃、掃討も加わるでしょう。通信ラインを寸断しながら、電子攻撃で無線も潰されます』


 イライラした様子の司は、その続きを説明する。


『連動して、海兵隊の強襲上陸と、特殊部隊による拠点制圧だ。間髪入れずに、歩兵部隊も出てくるだろうよ……』



 室矢カレナが、俺のほうを見た。


「どうする、重遠? ここが、分水嶺ぶんすいれいだ。お主の好きにしろ……」


 その言葉で、南乃詩央里が不安そうに見てきた。



 俺は詩央里の手を摩りながら、カレナに答える。


「手段があるのか?」



 暗闇の中で光る、暗い海の底のような、紺青こんじょう色の瞳。

 

 室矢カレナは、ハッキリと告げてくる。


「ある」




 ――翌日の午前中


『昨日の檜高奥署へのミサイル直撃から、僅か半日後に、警察庁で記者会見が行われました! 東京ネーガル大学のイベントサークル、『フォルニデレ』についての説明が行われ、多国籍軍の広報官の発言を裏付けることに! 檜高奥署が、そのサークルの中心的な人物である女子大生2名について、事前に取調べながらも、犯罪を見逃していたという、日本警察の存在意義すら問われる――』


 移動中の車内で、俺はテレビの電源を切った。


「柳井さんは、長官と警視総監を引っ張り出せたのか……」


 その2人は、ひたすらに頭を下げていた。



 電話をしていた室矢カレナは、スマホの画面を触りつつ、それに答える。


「次は、が飛んでくる! 自分の執務室で、外から爆風に焼かれて、瓦礫がれきに押し潰されるか、ヘリの銃撃で身体が千切れ飛ぶ。それに、多国籍軍が電撃作戦をしてきた場合は、国内の異能者と対立中の防衛軍は動くことすらできない。都心部を制圧されたら、連中の勝手なルールで裁かれ、戦犯としての銃殺だろうな? 加えて、世界中の歴史の教科書に、『異能者を差別して、根絶やしをたくらんでいた極悪人』と紹介されるわけだ。ここで勇退したほうが、よっぽどマシじゃ!」


 呆れた俺は、感想を述べる。


「多国籍軍の広報官が、先に事実を全て公開したら、その時点で何を言っても終わり。それに比べれば、ギリギリで致命傷はまぬがれたと……」


「息の根が止まる寸前ではあるぞ? それに、私たちのほうこそ、貧乏くじじゃ!」


 カレナは、後部座席の背もたれに、小さな体を預けた。


「一応、言っておくが……。確実な手段ではない。集まった多国籍軍に誤射の落とし前をつけて、同時に撤退させる……。どう考えても、数人の御家が受ける話ではないのじゃ」


 窓の外を見ながらの台詞に、カレナの長い黒髪を触る。

 特に嫌がる様子もなく、彼女はこちらを向いた。


 目を合わせた状態で、俺はつぶやく。


「まあ、何とかなるさ……。お?」


 車が止まった。

 どうやら、ここが目的地らしい。 


 

 開いたドアからは、海の香りが飛び込んでくる。

 海面で反射した光も、キラキラと輝く。


 降りると、白いクルーザーが停泊していた。

 その巨体は120名を収容できるうえに、プライベートデッキや個室もある。

 

 陸上の高級レストランと同じ、展望ダイニング。

 本格的な厨房のおかげで、クルージングの景色を楽しみつつ、食事や歓談を行える。


 現在は、ロープで船体と金属製の柱――ビット・ボラード――を固定して、係留中だ。


 連絡を受けていた人物が、淡いピンク色のセミアフタヌーンドレスを着ている。

 まだ午前中であるものの、マナー違反ではない。

 準礼装らしく、袖丈とスカート丈は短め。


 パールなどの光らないアクセサリーを選んでいて、大人っぽい感じ。


「本日は、私のパーティーへようこそ! 歓迎するわ、重遠しげとおお兄さん。カレナお姉さまも! 招待客はもう乗り込んでいるから、自己紹介は船内でお願いするわ」


 深堀ふかほりアイだ。

 彼女は、銀髪のショートヘアで、紫の瞳を持つ。


 聖ドゥニーヌ女学院の中等部3年。

 現役JCだが、実態はカレナの同類。


 アイは、俺に笑顔を向けながら、事もなげに言う。


「例の交流会に参加した女子を集めるのに、苦労したわ。これ、貸しにしておくから! 大使館員や護衛もついてきたけど、それは勘弁してね?」



 足場のタラップで乗船すると、船員が抜錨ばつびょうの手順を始める。


 デッキもあるが、基本的に船内で過ごす構造だ。

 揺れる足元を確かめつつ、2階の展望デッキに招かれる。


 模様が入ったレッドカーペットに、白をベースにした内装。

 後部デッキ、化粧室、中央の階段を除いて、広い空間だ。


 左右の窓からは、東京湾の良い眺め。


 立食パーティーの形式で、長机の上に料理の大皿や、ドリンクが並んでいる。

 給仕は、ホテルマンのような制服だ。


 俺たちが姿を現したら、招待客の人々が一斉に見た。


 明るい黄色のショートヘアの女子は、パチパチと拍手する。

 そこから、さざ波のように音が増えていく。


 俺が突入した『東京エメンダーリ・タワー』のホテルとは、真逆の雰囲気だ。



 その拍手が一段落したところで、主催者の深堀アイは宣言する。


「お待たせしました! ご来賓の方々が乗船したので、出航するわ!」


 エンジン音と、船体が動いた衝撃。


 ここからは、第二幕となる。

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