第462話 ミュージカル・チェアーズ
査問委員会。
警察官が不正やミスをした、犯罪の疑いがある場合に、本人を呼んで取り調べること。
懲戒処分の内容を決めるために、県警本部の監察官が担当する。
彼らは署長の経験者で、その部下には公安警察の出身者が多い。と
かなり独自の雰囲気があるセクションだ。
公務に励んでいる警官は、冗談でも聞きたくないキーワードである。
ただでさえ、人間関係が厳しい世界だ。
査問にかけられた日には、もう立場がない。
『停職』の場合には、依願退職をすることが一般的。
最終的な調査結果が出る前に、事情聴取の段階で、これ停職になるが、進退どうする? と尋ねられる。
今回の査問委員会では、若い女が対象だ。
『――以上が、私の報告です』
その言葉で、警察庁の広い部屋に集まった面々が、騒ぎ出す。
コの字に配置された長机があって、開いている方向には、女の席がある。
座っているのは、警部補の識別章をつけた制服を着た、
彼女は、特殊ケース対応専門部隊の小隊長として、現場に出た。
しかしながら、数々の問題を起こし、この査問に繋がったのだ。
左右の壁際には、各部門の責任者たち。
卓上マイクが人数分あるものの、主役は上座にいる人間だ。
『ご苦労だった、木月くん。……本来は、十分な事情聴取や各委員会で調整した後で、我々が最終チェックをするのみ。しかし、今は非常時だ。そのような手順を踏んでいては、取り返しのつかない事態を招いてしまう。君も知っているだろうが、
上座にいる、別の人間が話を続ける。
『外務省も頑張っているが、取り付く島がないようでね……。異能者でもある君に、助けて欲しい』
その言葉を聞いた木月祐美は、眉を上げた。
『私は、査問にかけられている身です。御力になれるとは、思えませんが……』
この査問は、以下の項目で行われている。
・刀剣類保管局の
厄介なことに、刀剣類保管局の母体である
その最中で、この銃撃事件だ。
少なくとも、現場責任者である自分を処分しなければ、示しがつかないだろう?
そう思う木月祐美に対して、上座の警視総監は気まずそうな顔。
記録係のほうを向き、以後の発言は、議事録に入れるな。と言った後で、説明する。
『ああ、そのことだが……。実はだな……。刀剣類保管局の
じゃあ、なぜ呼んだ?
無言で怒りを示す木月祐美に対して、警視総監の隣にいる長官が、慌てて説明する。
『この査問が決まった後で、天沢局長から返事が届いたのだよ。警察内部での君の名誉については、きちんと回復させよう。約束する! だが、若い女性警官を呼び出すわけにもいかず、この機会は千載一遇のチャンスだった。せめて、我々の話を聞いてくれないか?』
『はい、分かりました』
祐美の返事で、警視総監が話し出す。
『すでに逮捕された
長官も、祐美に訴えかける。
『本庁には、君と同じ
そこまで聞いた木月祐美は、発言の許可をもらった後で、卓上のマイクを握った。
『遮雁「警視監」に大きな責任があることは、事実です。しかし――』
『警察のトップである長官と、警視庁の本部長である警視総監には、
会議室の空気が、凍った。
言ったよ、この女……。
他のキャリアたちは、
長官と警視総監は、言葉少なに答える。
『私の責任であることは、否定せんよ』
『それで、室矢くんが納得するのなら、別に構わん』
予想外の返答に、他のキャリアたちは、口が半開き。
上座にいる長官は、改めて問いかける。
『木月くん……。柳井くんと協力する形で、室矢君への説得を引き受けてくれるか?』
『私でお役に立てるのなら、喜んで』
木月祐美の返事に
『君の小隊は、しばらくシフトから外す。安心して、この件に専念したまえ。……記録係は、「木月警部補への懲戒処分は、天沢局長が望まなかったことで必要ない」としておけ』
息が詰まる場から出た木月祐美は、心配していた小隊員や、関係者に囲まれた。
現場で北垣
彼らを
警察のキャリアにしては、ワイルドな雰囲気だ。
スポーツ系の短い黒髪と、意志が強そうな黒目。
自分と同じ、20代半ば……。
そう判断した祐美は、周囲に声をかけた後で、輪から抜けた。
「木月警部補です! 失礼ですが、お名前を伺っても?」
「柳井
司はぶっきらぼうに、自己紹介をした。
敬礼をした木月祐美に、返礼をしないまま、一方的に告げる。
「行くぞ。ここじゃ、
祐美は、その背中を慌てて追う。
「いらっしゃいませー! 何名様ですか?」
ガヤガヤした店内で、柳井司と木月祐美は向き合っている。
「あの……。柳井さん? 勤務中に飲酒は、マズいのでは……」
飲み干したジョッキを叩きつけながら、司は言い返す。
「いいんだよ! どうせ、これでドジッたら、ウチの社長や専務は俺たちに全責任を押しつけてくる。
身元をごまかすために、会社員という設定だ。
司は、注文した唐揚げ、一本漬けのキュウリを
「で、お前はどうよ? ここの
祐美は、慎重に答える。
「柳井さんを押しのけてまで――」
「俺は、もう辞めるぞ? そういう意味で、気を遣う必要はない」
フリーズした祐美に対して、司が説明する。
「今回の件で、多くの管理職が責任を問われる。俺たちが、そのトリガーを引くわけだ。これで本社にいると、針の
次のジョッキを空にした司は、もっと強い酒を追加した。
「だから、後任が見つかれば、俺は逃げる! とはいえ、無理に押しつける気もない。俺がやっているのは、内部のまとめ役と、再就職先の斡旋だ。最悪、殺されはしないだろう」
そこで、司は改めて言う。
「要するに……。ウチの本社の
自分のペースで飲んでいる祐美は、赤い顔で答える。
「ここまで関わった以上、私も他人事ではないわ……。
酔いが回ってきた司は、焼き鳥を次々に食べながら、応じる。
「俺が主体になれってことか……。まあ、いい。現場にいたのは、お前だ。明日の朝7時に、この店へ来い。打ち合わせをする」
スッと出してきた紙片を受け取った祐美は、納得できない顔。
それを見た司は、端的に答える。
「本社の俺のデスクなんぞ、監査の連中が仕掛けた盗聴器だらけだ。今も、監査の奴らがいて、この会話を聞いているんじゃねえの? ま、派手にドンパチが始まりそうな時期だ。神経質にもなるさ」
公安警察が、常に見張っている。
そう言われた祐美は、思わず周りを見回す。
しかし、あいつは刑事だ! と分かる奴はいない。
――翌日
指定された店に出向いた木月祐美は、柳井司を見つけた。
奥のテーブル席で、頭痛に悩まされている様子。
二日酔いのようだ。
個人経営のカフェで、チェーン店とは違い、中の様子が見えにくい。
お互いに私服とあって、昨日よりは気楽だ。
司の対面に座った祐美は、水を持ってきた店主に、モーニングセットを注文。
彼が奥の厨房へ戻ったことを見た後で、向き直る。
「おはようございます」
「ああ、おはよう……。ここは、さっきの店主だけで、真牙流のシンパだ。安心していいぞ? 時間が惜しいから、査問の様子を説明してくれ」
頷いた祐美は、口を開いた。
「最初に、出動した経緯を――」
「あー。結論から言うとな……。お前、かなりナメられているぞ?」
柳井司は、コーヒーを飲みながら、感想を述べた。
不思議そうな表情の木月祐美に、司が説明する。
「長官と警視総監のどちらも、『責任を取って辞める』とは言わなかった。議事録にも載せていない。お前がその室矢から『辞めさせろ』という返事をもらった場合は、何やかんやで誤魔化す気じゃねえの? そんで室矢家や関係者に詰められたら、『木月が勝手に言っただけ』で済ませる腹だ……。本当に『こいつが動いたらヤバい』と思っていたら、査問の時に脅してくる」
「つまり、空手形になって、私だけが詰め腹を切らされると?」
「俺もセットだ。忘れるな……」
補足をした司は、祐美を見た。
「俺としては、まだ高校生の室矢を説得したい……のだが、全賢者集会(サピエン・キュリア)で山1つを吹き飛ばす光景を見たからなあ。今は、悠月家がバックにいるし……」
「とりあえず、室矢くんに会ってみませんか? どうするにせよ、1回で結論が出る話ではないでしょう。彼らの条件によっては、悩まなくて済むわ」
そう返した祐美は、縁がある
「待て!
慌てた司は、スマホを触って、連絡用に作られた会社の代表電話にかけた。
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