第461話 原作で「近接戦闘なら最強」の肩書きを持つ女【凪・澪side】

 東京ネーガル大学の高所で下を見ていた、警視庁の魔法師マギクスたち。


 彼女たちは、特殊ケース対応専門部隊における、特別編成の第四小隊だ。

 軍の特殊部隊をカジュアルにした感じで、黒をベースにした服装。


 携行している銃火器によって、周囲を警戒中。



 配置についた第四小隊は、銃を乱射していた、イベサー『フォルニデレ』の男子らしき人物たちを制圧。

 その後には、室矢むろや重遠しげとおの戦いを見守るだけで終わった。


 ゾンビのように変貌した、小枝こえだ妃香ひかまゆずみみきは、重遠と接近戦を繰り広げた。

 うっかり援護したら、誤射する恐れがあったのだ。


 小隊長の木月きづき祐美ゆみは、暗視装置などをつけられる、黒のヘルメットを被ったまま、小銃のスコープから目を離した。

 警察無線を試してみるが、反応はなし。


桜技おうぎ流の演舞巫女えんぶみこは、残った敵の掃討かしら? まったく、こちらに情報共有をしてくれれば……」


 覇力はりょくで身体強化をして、彼女たちはバラバラの方向に散った。

 1人ぐらい、こちらへ来てくれ。とは思う。



 祐美の横にいる隊員が、尋ねてくる。


木月きづき隊長。室矢くんの身柄は、どうしますか?」


 首を横に振った祐美は、自分の考えを述べる。


「今の室矢重遠は、マル被ではない。必要があれば、自宅に出向くか、呼び出せばいいだけ。それに……」


 身柄を確保する動きを見せれば、現場にいる演舞巫女たちが攻撃してくる可能性が高い。


 世界の大国が軍事演習を行い、日本を威圧している。

 “異能者の権利を守るため” という大義名分を掲げていて、国内クーデターの危険もまだ収まっていない。


 その中心にいるのが、室矢重遠だ。


 彼は単身で、港区の『東京エメンダーリ・タワー』に乗り込み、7カ国の留学生――見目麗しい女子たち――を救い出した。


 事はすでに、政治・外交の問題へ移っている。


「この戦闘に立ち会ったとはいえ、ほぼ静観。これで警察が手柄を横取りするようなら、彼は日本を見限るでしょうね……」


 独白した木月祐美は、上層部の動きを心配した。



 その時、この高さにある繁みで、ガサリと音がした。



 異なる方向を警戒していた隊員たちが、すぐに銃口を上げた。

 肩付けしたまま、いつでもトリガーを引ける状態に。


 戦闘レベルの空気弾を撃つためのバレで、その形状はアサルトライフル。

 

 しかし、銃口を向けられた先からは――


 ボロの衣服をまとった、小さな子供が数人、ガサガサと出てきた。

 まだ幼児で、両目を閉じている。


 そちらの方向を担当していた隊員は、銃口を下げた。

 安全装置をかけた後で、小銃をスリングで背負う。


 威圧感を与えないため、笑顔になった。


「大丈夫? ほら、怖くないよ?」


 優しく声をかけた女に、目が見えない幼児たちが両手を前に向けたまま、一斉に歩き出す。


 その様子に違和感を覚えた木月祐美は、急いで叫ぶ。



辻村つじむら! その子供たちから、離れろ!」



 けれども、彼女は指示を理解できず、振り返ったままだ。


 焦った木月祐美は、自分のアサルトライフルを構える。

 だが、当の辻村千昌ちあきが邪魔で、怪しい子供たちに射線が通らない。


 パアンッ


 子供の近くへ、威嚇射撃。

 固いコンクリが弾けて、破片が飛び散った。


「そこで止まれ! 次は、当てるぞ!!」


 目を閉じたままの幼児たちは、着弾した直後に、その方向を見ていた。

 けれど、怯えていない。


 今度は、祐美のほうへ歩き出す。



 ここで、他の隊員たちも、異常に気づく。


 他の場所からも、小さな子供たちが姿を現したのだ。

 ホラー映画のように、ジワジワと包囲してくる。


 青白い肌は、人間のものとは思えない。

 しかも、全員が同じ容姿で、同じ服装……。


「木月隊長! 3時方向から、幼児が10人ほど接近中!」

「11時方向からは、約15人!」


 最も危険であるのは、最初に出現した子供たちに近い辻村千昌だ。


 リーダーの木月祐美は、決断する。


「発砲許可! 辻村(巡査)部長、そいつらを撃て!」

「ですが!」

「これは命令よ! 従いなさい!!」


 正常性バイアスの上に、相手は幼児である、という認識。

 

 危険な状態に陥っている辻村千昌は攻撃せず、他の隊員も躊躇ためらっている。


 

 辻村千昌は、幼児たちをかばいつつ、必死に主張する。


「嫌です! この子たちは、人間ですよ!? 私には――」


 辻村千昌が大声で話したことで、『イピーディロクの子供』たちは、その発達した聴覚で捉える。


 出現した子供たちは、千昌のほうに顔を向けた。

 最も接近していた数体が、走り出す。


 前に向けている手には、いつも濡れている、鋭い歯が並んだ口がある。

 頭部の口と合わせて、3つだ。


 抱き着きながら、辻村千昌の肌を食い破ろうと――


 瞬く間に、『イピーディロクの子供』の身体が切り裂かれ、悲鳴と共に倒れていく。

 黒い血が飛び散って、辺りを彩った。


 邪神イピーディロクに仕える、下級の奉仕種族の生き残りは、美味しい柔肌を食い損ねた。

 心なしか、恨みがましい悲鳴だ。



 ザシュッという音に、シュオオッと風切音も交じる。


 そこには、止水しすい学館のセーラー服を着ている、女子高生が1人。

 巫女のようなデザインで、鈍く光る御刀おかたなを持つ。


 茶髪のショートヘアをなびかせつつ、明るめの茶色の目。


 今は室矢家の一員となった、北垣きたがきなぎだ。



「いやー! まさか、私の出番があるとは!」


 たった今、数人の幼児を斬り殺した直後とは思えない台詞。


 凪は、血振りから、背中の装具につけたさやへ納刀。

 そのままの状態で、再び構える。

 

 ドンッと、背中の金属フレームが落ちた。


 身軽になった凪は、覇力で身体強化。

 鞘と御刀の固定、強化も。


 次に、辻村千昌からの銃口をあっさりとズラした。

 発射された弾丸は、凪に当たらず、ただ通り過ぎていく。


「あー、ダメダメ! といっても、警察に銃剣はないか……」


 笑顔の凪は、鞘つきの刀を長い棒のように扱い、激高した千昌が両手で構えている小銃を制しつつ、体を回転させる勢いで下からあごを叩いた。


 崩れ落ちる千昌を無視して、凪はジグザグに走った。

 反射的に撃ってきた隊員の射線から、逃れ続ける。


 低く飛び込みつつ、こぶしを地面に叩きつけて、地面の上を滑るように飛ぶ。


 他の隊員が撃てないよう、上手く盾にしながら、次の隊員の正中線をこじり――鞘の末端――で思い切り突いた。

 槍術のように、踏み込みからひねりつつの打撃。


 その隊員が倒れる影から、最寄りの隊員を狙う――


 と見せかけて、地面をえぐりつつ高く飛び、自分から遠い隊員を襲った。


 平面の動きで、左右を追っていた隊員たちは、一時的に見失う。


 ターゲットになった彼女は、射撃姿勢で固まっていた。

 重心が動き始めた瞬間に、ストンと下へ落とし、そこからの戻しを狙っての片手投げ。


 鞘で突き、相手の脇に入れて制しながらの、乱暴な力技だ。

 杖術じょうじゅつでもある。


 受け身が取れなかった隊員は、地面に叩きつけられた。

 下のコンクリが凹む勢いで、鈍い音が響く。



 鞘つきの一撃を受け止めようとした隊員は、小銃で止まるはずの刀が急激に迂回したことで、無防備にのどへの突きをもらった。

 地面に倒れ伏す。


 北垣凪は、これらの間にも、四方から射撃され続けた。

 それを最小限の動きでかわしながらの、制圧。


 伸縮式の警棒を取り出した隊員は、リーチの差を見抜かれて、凪のカウンターで沈んだ。




 原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】で、北垣凪はヒロインの1人、みおルートのラスボスだった。

 そして――


 短機関銃などを持った警官隊、狙撃手による弾幕を掻い潜り、接近して殺害。

 市民を含めて、その数、20以上。


 発狂しているうえに、衰弱。

 その状態ですら、本能的に動き、刀一本で斬りまくった。



 覇力による身体強化は、万能にあらず。

 早く動けても、頭がついてこない。


 一般のスポーツ、格闘技でも、相手の動きを分析したうえで、予めコンビネーションを組み立てる。


 操備そうび流は、『思考の分野』に異能を使っている。 

 それ以外の流派は、身体強化と、炎を出すような事象改変に全振り。

 異能といえども、そのどちらかを選ぶしかないのだ。


 けれども、北垣凪は違う。


 彼女だけは、リアルタイムで状況を見極めつつ、考えながら動ける。

 勘も良く、視界に入れないまま、自分の周囲を感じているかのように判断。


 この世界線の凪は、室矢重遠に征服され、そのまま室矢家にいる。

 元恋人で、親友の錬大路れんおおじ澪とも、一緒だ。


 北垣凪にとって、この程度は遊んでいるレベルに過ぎない。


 人間の器に収まっている怪物だ。

 接近された時点で、まず死ぬ。



 『特ケ』の木月祐美は、北垣凪の動きが止まった時点で、叫ぶ。


「攻撃中止!! 全員、武器を下げろ! ……失礼しました。そちらの官姓名をお聞きしても?」


 凪は、あっけらかんと答える。


「桜技流の局長警護係、第七席の北垣凪だよ。今は、刀剣類保管局の『警部』でもあるけど……」


 凪は、鞘つきの刀を傍にいる女子へ渡した後で、祐美に近づいた。


 警察手帳を見せられたことで、祐美は急いで敬礼。


「大変、失礼いたしました! 自分は警視庁の特ケ、第四小隊を指揮している、木月警部補であります!」


 その声で、他の隊員も慌てて敬礼する。


 うなずいた凪は、気にしていない、という感じで、手を振った。


「状況は?」


「ハッ! 警視庁からの命令で、マル被の小枝こえだ妃香ひかまゆずみみきの2名を逮捕するために、現着しました。東京ネーガル大学のイベントサークル、『フォルニデレ』の構成員も、確保の対象です。室矢重遠による交戦を見届けたうえで、周辺の確認へ移る段階にあります」


「んー。小枝と黛は、重遠くんが滅ぼしたっぽいから……。あの炎だと、残骸も残っていないと思う」


 凪の断言に、祐美は質問する。


「証明できる物は、何も残っていないと?」


 首肯した凪は、逆に尋ねる。


「そうだね。2名が怪異だったことは、確認している?」

「はい」


「なら、私の名前を出していいよ。報告書で必要な場合は、重遠君ではなく、私のほうに連絡してね?」

「承知しました。お気遣いいただき、ありがとうございます」


「ところで、『フォルニデレ』のほうは? 逮捕できる?」

「彼らは銃を撃っていたので、現逮げんたいします」



 北垣凪は、近くの女子高生に声をかける。

 

「澪ちゃん、首尾は?」


 美しく、長い黒髪。

 赤が強めの紫色の瞳を持つ、美少女。


 演舞巫女の格好をした錬大路澪は、凪の質問に答える。


「さっきの怪異の群れは、もう殲滅したわ。数は多かったけど、個体としては弱かったし……。彼女たちも、手伝ってくれたから」


 それを聞いた木月祐美は、周りを見た。


 散開したはずの演舞巫女たちが、距離を置きながら、立っている。

 お世辞にも、友好的ではない。


 北垣凪は、同じ演舞巫女たちに叫ぶ。


「この件は、もう終わったから! そちらの任務に戻って!」


 それを聞いた女子たちは、再び移動した。



をしたかったけど、別の機会にするよ。それじゃ」


 意味深な台詞を残して、北垣凪は帰った。

 錬大路澪も、同じく。


 原作の自分を追体験した凪は、リベンジマッチをしたかった。

 しかし、木月祐美まで届かずに終わる。


 人間だった時の自分に、唯一の黒星をつけた相手。

 今の状態で戦ったらと、思わずにはいられない。



 当然ながら、この世界の祐美には理解できず。


 彼女は、初対面の相手に言われたことで、首をひねっていた。



 無線が回復して、上空に警察のヘリ。

 応援のパトカーや救急車も、次々に到着。


 色々なことがあったものの、これで前座の試合は終わったのだ。

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