第460話 vs イピーディロクの情人ー③

 室矢むろや重遠しげとおには、分かっていた。


 式神のカレナは、未来予知を使える。

 その権能の一部ですら、戦闘では絶対的な力だ。


 今まさに、全方位から押し寄せてきた、子供の群れについても、その正体が分かっている。



 『イピーディロクの子供』



 青白く、ボロボロの服を着た幼児のシルエットだが、小枝こえだ妃香ひかまゆずみみきと同じ、下級の奉仕種族。


 仮にもである、『イピーディロクの情人』の女子大生2人とは違い、こいつらは大事にされていない。

 邪神イピーディロクは、復活させることも、地上に送り返すこともしない。


 その代わりに、数が多く、人間としての感情を持たず。


 父親であるイピーディロクとは違い、頭部を持つ。

 唯一の繋がりか、手の平に濡れた口も……。


 本来の口と、両手の口2つ。

 その合計3つで、噛みつき攻撃。

 生身の人間が受ければ、あっさりと死に至るだろう。


 見た目の通りに視界はなく、聴覚と嗅覚が発達している。


 今は、『イピーディロクの情人』2匹の叫びを頼りに、俺に飽和攻撃を仕掛けてきたと……。



 現状を分析した室矢重遠は、200匹を超える『イピーディロクの子供』に押し潰され、体中を食い千切られる直前で、右手に持つ刀を振った。


 刀の振りに伴い、身体も動く。

 その軌跡による重心の変化に逆らわず、ただ舞う。


 だが、押し寄せた子供たちは、前後左右、上のあらゆる角度から襲ってくる。


 漫画のように、無数の子供たちの山に押し潰された重遠は、身動きすら許されないまま、その3倍の口で――



 赤い舌が、漏れ出た。

 白い山の内側から、人と神格が太古から恐れた力があふれ出てくる。


 しばし後で、爆発するように、『イピーディロクの子供』の群れが吹き飛ぶ。


 声にならない悲鳴が重なるも、それが響き渡るよりも早く、広範囲に広がる赤色に呑みこまれていく。



 その中心には、室矢重遠が立っていた。

 ちゅうを舞う刀の軌跡を追いかけ、グラデーションのように色を変える炎は、まさに何者も通さない壁だ。


「この巫術ふじゅつは、使いにくいんだよな。屋内だと……」


 しみじみとつぶやいた重遠は、再び剣舞を行う。

 その刃の先、通っていた延長線上が、焼かれていく。


 『イピーディロクの子供』たちは、成す術もなく、一瞬で姿を失う。


 その熱を吸い込めば、容易に気管が焼けるだろう、炎のカーペットの中心で、重遠は立ち止まった。


 飽和攻撃で半殺しの予定を壊され、ひたすらに逃走する『イピーディロクの情人』2匹のほうを見る。


「さて……。ここでほど、補足しておきたい」


 独白した室矢重遠は、追いかける素振りを見せず、ただ刀を構え直した。




 離れた場所で見学していた、武結城むゆうきシャーロット。

 桜技おうぎ流の演舞巫女えんぶみこである彼女は、眼下の光景に言葉を失った。


 室矢重遠の刀の振りで、怪異を滅ぼす炎が生まれ出ている。


 白い子供のような群れは、全滅した。

 炎が爆発的に広がって、空間を一瞬で滅却したから……。


 敵の消滅を確認したかのように、炎も消えた。



 あり得ない。


 シャーロットは、震え出した。


「火の神の加護を受けている愛宕姫あたごひめですら、ここまでの発動は……」


 桜技流の警察学校で、北垣きたがきなぎ錬大路れんおおじみおを教えた相良さがら万緒まおは、愛宕姫と呼ばれている。


 局長警護係の第四席で、同時に “桜技流の最強” と認めている人間も多い。


 自分と同じ、“ほのお” の剣術の使い手。

 だから、万緒のことはよく知っている。


 彼女が権能を振るう時には、かなり面倒な儀式を行い、御刀おかたなを疑似的な御神刀にする。


「だというのに、今の重遠は……」


 武結城シャーロットは、自分の知識から『火の剣』を探すも、全く出てこない。


「まさかとは思いますがー」


 素晴らしい和装だが、特に詠唱をしている素振りはなく、さっきに至っては瞬間的に発動していた。

 それも、神格に通用しそうな威力で。


 あれが炎の御神刀ではなく、室矢重遠が、詠唱なし、略式の儀式すらない状態で、強力な巫術を発動したのなら……。


 ゴクリと唾を呑みこんだシャーロットは、他の演舞巫女たちを見た。


 4人の女子は、やっぱり目を丸くしている。




 室矢重遠の無力化に失敗した、小枝妃香と黛幹。

 2人は、『イピーディロクの情人』の正体のままで、走り抜けていた。


『聞いてないわよ! 何なの、アレ!?』

『とにかく、今は逃げないと!!』


 人間を装っていた時よりも、くぐもった声だが、2人とも混乱している。


 目がない腐乱死体のままで、妃香が指示を出す。


『いったん、振り切って――』



 その瞬間に、小枝妃香の両足が、膝の上から斬られた。



 高速で走っていた勢いのまま、ズシャアアッと地面の上で摩り下ろされる。


『くそっ!? もう、追いつかれたの? 幹、そちらは……けて!!』


 途中から絶叫した妃香だが、立ち止まった黛幹の右腕と右足は斬り飛ばされた。

 同じく、地面に倒れる。


 不意を突かれた黛幹は、驚愕した。


『な……。あいつ、どこから!?』


 神話生物ゆえ、人の形をしていても、人間ではない。

 どちらも余裕を感じさせる声だが、石臼いしうすくような音と共に、東京ネーガル大学の建物がズレてきたことに気づく。


『チッ……』

『え? 嘘!?』


 斜めに斬られた建物は、それぞれに上部が落下してきた。


 小枝妃香と黛幹は、残った身体を器用に使い、押し潰されることを回避。




 刀を振るい、障害物ごと両断した室矢重遠は、つかを両手で握った。

 左半身の、左手を前にした姿勢へ。


「1つは、この刀は最初から、お前たちを斬れることだ。多数を相手にした実戦訓練は貴重だから、少しばかり付き合ってもらった。それから――」


 再び炎を発する刀身と、その場で回転する重遠。


 円を描く炎に囲まれながら、小枝妃香と黛幹の方向へ、左手だけの刀を振り抜く。

 横薙ぎの軌跡に従い、四車線の10倍ぐらいの幅で、全てが焼き尽くされた。



 見渡す限り、焼け焦げた地面が続く。

 斬られた建物の残骸や、コンクリートなどは、ことごとく消え失せている。


 室矢重遠は、自分の式神にしているカレナの権能で、『イピーディロクの情人』2人も消滅したことを理解。


 血振りで、ヒュッと振った後で、ゆっくりと納刀。


「この炎の射程は、驚くほど長い。逃げ切るのは、まず無理だ……。本人たちは最期まで、『邪神のところに戻れる』と思っていたのだろうなあ」


 だが、この一帯にある結界魔法によって、それは不可能。

 『イピーディロクの情人』たちは、完全に滅ぼされたのだ。



 ドッと疲れを感じた室矢重遠のところへ、シュバッと制服姿の女子たちが集まる。

 ハーレムメンバーではなく、怪異退治を見届けに来た、桜技流の演舞巫女たちだ。


「お疲れ様でした」

「お見事でございます」

「あ、あの……」


 モジモジとした女子が、途中まで言いかけて、口を閉じた。


 不思議そうな顔をした室矢重遠に、ブラウンの長髪で、グレージュの瞳をした美少女が説明する。


炎理えんり女学院に通っている、武結城シャーロットです。愛称はシャロ。紫苑しおん学園の文化祭では、お世話になりましたー! 彼女は恐らく、『どうやって、巫術を使っているのか?』『先ほどの炎は、御神刀の権能か?』と聞きたいのでしょう」


 外国人の風貌をしたシャーロットが、モジモジしている女子を見たら、コクリと首肯した。


 5人の女子に見つめられた室矢重遠は、色々と面倒になった。


「よく分からんけど、使える」


 首をひねる女子たちは、まだ納得しない。


 そのうちの1人が、質問してくる。


「あの! 室矢さまは、詠唱をされないのですか? それとも、御札を使っているので?」


 ギクリとした重遠は、詠唱文を覚えられないことを誤魔化すために、サラッと言う。


「俺には、。威力が下がっても、スピードを重視しているからな……」


 ポカーンと口を開けたままの女子5人。


「えっと……。ああああ、あの……。それは、もしかして――」

! あとは、任せた。俺には、次にやるべき事がある」


 質問をさえぎるように、室矢重遠は言い切った。

 

「分かりましたー! これは、私の連絡先でーす! 心置きなく、ご出発くださいませ」


 武結城シャーロットは、で答えた。


 和装のままで、瞬間移動のように消える重遠。



 その場の空気が変わった。



 1人は、敵意に満ちた表情で、別の女子を見た。


「あのさあ……。室矢さまに冤罪えんざいを吹っかけておいて、よく顔を出せたわね?」


 喧嘩を売られた女子は、さっきまでの男を誘う顔から、無表情に。


「それ、私たちに関係ないんだけど? 夏の御前演舞で室矢さまを侮辱した連中は、とっくに穴という穴を埋められて、くたばったわよ。欲しかったら、その動画をあげる。……同じ学校ってだけで、一括ひとくくりにするな。首を飛ばすぞ?」


「へー! あんたの学校の教え方で、首を斬れるんだ? はじめて知った……」


 言われた女子は、背中の多目的フレームから左腰に、御刀を移動させた。

 すぐに抜刀できる状態で、摺り足を始める。


「試してみる?」


「できるものなら……」


 挑発したほうも、同様に――


 パンパン


「はい! そこまで! は、そういうのを嫌うと思いまーす!」


 武結城シャーロットは手を叩き、殺し合い寸前の女子2人を止めた。



 喧嘩を売られたほうの女子は、柄から手を外しつつ、息を吐く。


「(室矢重遠の女である)武結城が、そう言うのなら……」


 挑発した女子も、両手を上げた。


「私も、言いすぎたわ! ウチで不祥事に関わっていた連中は、まとめて処理されたのだし……」



 別の女子が、ポツリと言う。


「そんなことより、室矢様をどうやってお招きするの? 先ほどの『詠唱破棄で、御札も使っていない』というお言葉が本当なら、私たちの順番が回ってくるどころの騒ぎじゃないよ」


 全員が、一斉に黙り込んだ。



「今から追いかけて、この5人でお相手してもらうのは? 上に報告する前なら、まだチャンスが……」


「どうせ、他にも監視がいるだろうし」

「室矢さまの機嫌を損ねたら、逆効果」

「5回は、難しいでしょ? 順番で、絶対に揉める」



 代表者のポジションになった、武結城シャーロット。

 彼女は、明るく言う。


「後続が来るまで待って、学校へ帰りましょー! お勤めを確実にクリアしたほうが、たぶん上手くいきます!」


「ま、そうね」

「それにしても、驚いた」

「とりあえず、残敵の掃討をしておく?」

魔法師マギクスの『特ケ』は、どうするつもりかな……」



 ここで、1人の女子が呟く。


北垣きたがき錬大路れんおおじは、本当に運が良かったわね……」


 無条件で巫術を使える話が真実なら、室矢重遠と交わることが、最高の褒美に。


 しかし、室矢家の女になった北垣凪と錬大路澪の2人は、例外だ。

 中の順番やルールを守る限り、存分に抱いてもらえる。


うらやましい……」


 誰かが応じたのを皮切りに、演舞巫女たちは別方向に散った。


 ここからは、仕事の時間だ。

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