第459話 vs イピーディロクの情人ー②

 桜技おうぎ流の演舞巫女えんぶみこの1人、武結城むゆうきシャーロットは、背中の金属フレーム――装具と呼ばれている――を操作して、左腰から御刀おかたなを抜いた。


 他の演舞巫女も、戦闘態勢だ。


 シャーロットは、ブラウンの長髪を背中に流しつつも、炎理えんり女学院の制服のままで両足を広げた。

 これは立派な仕事着で、多少のダメージならば、肩代わりしてくれる。


 室矢むろや重遠しげとおによる、怪異退治。

 男性で初の『刀侍とじ』の称号を持つ者の見届け人として、学校の代表に選ばれたのだ。


 重遠と面識があって、室矢家の咲良さくらマルグリットにも会っている。

 おまけに、彼が大好きな巨乳。

 

 あわよくば、お手付きに。という思惑もあって、炎理女学院は最優先で、シャーロットを派遣した。

 学院長が、重遠と最後まで致してもいいと、お墨付きを与えたうえで……。

 


 色とりどりの制服少女たちは、背中に装具をつけたまま、抜き身の刀を握る。

 時折、イベサー『フォルニデレ』の男子から撃たれるので、刀で弾くか、位置を変えることが続いた。


 奇声を上げ、突っ込んできた1人は、銃を持つ腕を切り飛ばされ、倒れ伏す。

 そのままでも失血死だが、隠し持ったナイフや銃で撃たれないよう、首筋を斬ってトドメを刺した。


 以後は散開して、室矢重遠と『イピーディロクの情人』2匹の戦いを見守っている。




 室矢重遠は、あい色の動きやすい小袖と、武士が穿くタイプの黒袴くろばかま

 遠目にすら、その生地の良さが分かる。


 一見すると剣道着のようだが、神宮の儀式に出られるほどの神々しさを感じる。


 結んでいる角帯は、実用性だけの上下とは裏腹に、ワインレッド色。

 そこに白で描かれているのは――


大社たいしゃのマーク? ここからだと、見えにくいデース……」


 小声でつぶやいたシャーロットは、すでに納刀した。

 日本刀は約1kgで、長く持てば、握力を失うからだ。



 足袋たびの上から草鞋わらじを履いた重遠は、空中にも立ち、縦横無尽に戦っている。

 剣術の型にこだわらず、切っ先を地面に突き刺し、つばを足場にしつつの蹴りも披露した。


 炎理女学院であんなことをしたら、少なくとも懲罰房で数日は固いでーす。


 シャーロットはそう思いつつ、合理的とも考える。



 『イピーディロクの情人』を知らないシャーロットも、正体を現した彼女たちを見て、まごうことなき化物だ、と理解した。

 同時に、室矢重遠は、私たちにを見せたかったのか。と思う。


 いくら怪異でも、絶世の美女となれば、殺すことの印象が悪すぎる。

 


 重遠が、銀色の金具がついた黒鞘くろざやから抜いた御神刀には、刃文はもんがない。

 日光を受けて、キラキラと輝くも、不思議とまぶしくない状態。


 『イピーディロクの情人』の長い爪による攻撃を受け止めて、その度に金属音が響いている。


 刃による、シャアアアッと風切音も聞こえてくる中、2匹による攻撃を上手くさばいている重遠。



 イベサー『フォルニデレ』の男子たちは、手持ちの弾薬が底を突いて逃げたか、同士討ちで自滅。

 美少女ぞろいの演舞巫女を犯そうと、回り込んできた連中もいたが、高所からの射撃によって、どんどん無力化された。


 発砲音と、魔力の波動。

 撃たれた奴がまだ生きていることから、アサルトライフル型のバレによる射撃だ。


 真牙しんが流の魔法師マギクス

 となれば、警察の特殊部隊だろう。


 規模は不明だが、警視庁の特殊ケース対応専門部隊のご到着だ。



「今となっては、邪魔しに来た。という感じですねー」


 溜息を吐いた、武結城シャーロット。


 室矢重遠の出方によっては、『特ケ』も敵になっていた。と知って、頭が痛くなった。


 ともあれ、イベサー『フォルニデレ』は、銃を撃ちまくる凶悪犯に。

 小枝こえだ妃香ひかまゆずみみきも、退治するべき怪異と証明できた。




 踊るように戦っている室矢重遠は、楽しそうだ。

 リズムよく突き、その刃を振るっている。


「あの2人が狙っているのは、重遠へのですかー」


 武結城シャーロットの呟きは、的を射ている。


 変貌した小枝妃香と黛幹の両腕にある10本の爪は、どれも鋭い。

 引っ掻かれるだけで、傷跡が残る形でダメージを食らう。


 人間は斬られると、出血によって怯む。

 その恐怖は、実際にやられてみないと、分からない。

 

 室矢重遠の日本刀に対しても、密着は有効な手段だ。


 刃の先端に近い、切っ先で斬りつけることが基本。

 当てる場所として、物打ものうち――最も斬れる箇所――を意識するのだが……。


 抱き着くほど接近されたら、刀を振るうだけの隙間がない。


 これは剣道の稽古ではないため、相手は下がってくれない。

 竹刀ではないから、相手の刃に当たってもアウト。

 当たれば、そこから引くことで、斬られてしまう。


 小枝妃香と黛幹は、自分の間合いを保ちつつも、室矢重遠の攻撃を封じている。


 逆手のナイフと似た爪を操れるだけの指の強さは、まさに脅威だ。


「くっつかれたら、離れる時に重遠の体は切り裂かれる。抱き着いた状態なら、相手の後ろに手を回して、そのまま背中や脇腹をブレードでなぞるか、突き刺せる状態でーす。長い日本刀では、相手に刃を向けることも、難しいのに……」


 この戦法の一番のメリットは、武術や白兵戦を知らずとも実行できること。


「思い切りの他に、『自分が傷ついても構わない』という覚悟は必要ですが、怪異である以上、耐久力にも自信があるのでしょう」


 でなければ、あの攻撃スタイルにする意味がない。



 解説役となった、武結城シャーロット。


 彼女は、腕組みをした。


「何よりも、あの……。お、大きな口ですねー。あれだけ鋭い歯が並んでいる以上、噛みつかれたら肉を丸ごとえぐられるでしょうし、骨も砕かれそうデース」


 女に馴染みがある部位によく似た、卑猥ひわいな口。


 顔を赤くしたシャーロットは、恥じらいを見せた。


 思わず、あそこも中で感じるのだろうか? と考えてしまい、ブンブンと頭を振る。



 腐敗したゾンビのような身体であるのに、小枝妃香と黛幹のどちらにも、その口が数ヶ所。

 そこだけは瑞々しく、濡れた状態で、いやらしい音を立てている。


 改めて見たシャーロットは、共通性のない配置に、まるでのようだ、と感じた。


「抱き着かれたら、あの口で噛まれる。両腕とあの鋭い爪で押さえ込まれたら、回避も受けも不可能……。警視庁の警官5人が山中で殺されたのは、この手口で間違いないです」


 単純だが、効果的。

 致命傷ではなくても、腐敗した死体に抱き着かれて、自分の肉を食い千切られたら、精神的にも大ダメージだ。


 対処方法は、接近させず、決して抱き着かれないこと。

 それしかない。


「でも、動きが速い。夜の山中で、予備知識がなかったら……。私たちでも、数人は殺されたかも……」


 こうして見ると、御刀だけでは足りない。


巫術ふじゅつ……。重遠のように、様々な攻撃が必要不可欠……」


 しかし、巫術の大家たいかであるひいらぎ家は、桜技流で迫害され、千陣せんじん流の十家になっている。


 お気楽な武結城シャーロットですら、こう呟く。


「いくら、ウチの体制が変わったとはいえ……。どの面を下げて、『教えて欲しい』『助けて欲しい』と頼むのですかー?」


 千陣流の上位家の当主である、室矢重遠。

 彼に口を利いてもらい、柊家と和解するのが、唯一の突破口だ。


 桜技流の演舞巫女は、美少女ばかり。

 それで良いのなら、上はいくらでも提供するだろう。

 

 今の重遠は、桜技流においても重鎮。

 理由など、いくらでも作れる。


 だが――


「重遠は、女に困っていない……」


 室矢家だけで、美少女に埋もれることも可能だ。


 所属している千陣流、真牙流の悠月ゆづき家も、希望されれば、いくらでも女を宛てがう。


 女の武器や、選び放題のメリットを除けたら、桜技流はどうやって彼を納得させるのだろうか?


 空を見上げたシャーロットは、視線を下に戻す。


 そこでは、和装の室矢重遠と、『イピーディロクの情人』2匹が戦い続けていた。

 日本刀と鋭い爪の衝突で、耳をつんざく音が響き渡る。


 

 人数の差は、技量の差。

 そのハンディですら、室矢重遠は余裕だ。


 もはや、相手を見ていない。


 違う。

 見てからの対応では、とっくに抱き着かれているはずだ。


 無理に刀を振るわず、上手く盾や、短槍のように使っている。

 全力で長爪を繰り出し続ける『イピーディロクの情人』たちに対して、まるでのように防ぎ、あるいは、反撃していく。


 

 室矢重遠は、式神のカレナによる未来予知で、有利に動いている。

 

 しかし、それ以上に――


「殺意がある敵に対して、一歩前に出る勇気……」


 袈裟切けさぎりが多く、身体の動きをムダにしない円の軌跡など、総合格闘術の色が濃い剣術によく似ている。


 最初よりも、格段に動きが良くなってきた。


 それに対して、小枝妃香と黛幹は、後ろに下がった。

 化け物が、怯えているのだ。



 武結城シャーロットは、妃香と幹をそれぞれに吹き飛ばした室矢重遠と、目が合った。


 紫苑しおん学園の文化祭。

 その高等部『1-A』の教室で会った時とは、全く違う。


 あの時は少し困った様子で、ハイテンションの自分の相手をしてくれた重遠。

 しかし、今は殺し合いの途中だ。


 殺気立っていて、当然――


「あぁ……」


 目を逸らそうとするも、身体が言うことを聞かない。


 

 彼は、笑顔だ。

 けれども、一瞬で人を両断できそうな雰囲気。


 ギャップ萌えとか、そんな次元ではない。


 本能的に分かった。

 これが、室矢重遠のだ。


 化物である小枝妃香と黛幹ですら、思わず恐怖を覚えるほどの……。



 壊されちゃう。

 逃げないと。


 でも、壊されてみたい。


 相反する気持ちで、武結城シャーロットは涙を流した。


「もう……」


 かすれた声で、シャーロットは懇願する。


「許してぇ……」


 私が、塗り潰されちゃう。


 それでも、シャーロットは室矢重遠から目を離せない。



 だが、彼は別の方向を見た。



 いきなりプレッシャーが消えたことで、シャーロットは肩で息をした。


 下の戦いでは、室矢重遠から距離を取った小枝妃香と黛幹が、全ての口で絶叫する。



『『『キュアアアアァッ!』』』



 地を揺るがすほどの大音量の後に、どんどん足音が増えていく。


 数百という数で出現したのは、小さな子供らしき人型。

 どいつも青白い肌で、ボロの衣服をまとう。

 両目を閉じたまま、小枝妃香と黛幹が叫んでいる場所へと走る。


 子供の集団は、武結城シャーロットたちを無視して、室矢重遠に飛びかかった。


 周囲はもちろん、人間とは思えないジャンプ力によって、上からも積み重なっていく。

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