第458話 vs イピーディロクの情人ー①

 東京ネーガル大学の、ムダに広い敷地。

 その中央に位置する平地は、周囲の斜面に囲まれた底だ。


 戦隊ヒーローが決戦に臨みそうな場所で、俺と向き合っている集団は、まさに悪の組織。

 このとうネで活動しているイベサー、『フォルニデレ』だ。


 邪神イピーディロクを崇拝する教団でもある。


 イピーディロクは、“堕落” を望む。

 背徳と悪行を尊ぶ神格で、平たく言えば、犯罪行為を推奨している。

 自分が行うだけではなく、人を堕落させることも評価。


 必ずしもHというわけではないが、目の前にいる『イピーディロクの情人じょうじん』2人は、その性質上、男と交わることで協力者を増やす。

 美しいからエロいのではなく、性欲を人の形にした。という表現が一番近い。


 容姿は、人間ではあり得ない美貌。

 性技術についても、生身の女では真似できないレベル。

 “邪神の愛人を務められる” という、立派な神話生物の1つだ。

 呪文も、いくつか使用。


 といっても、下位の奉仕種族。

 神話生物にしては弱く、普通の感性を持つ。



 イピーディロクの情人は、身体から魔力のような、パッシブスキルの魅了を発している。

 男に対する特効で、精神力による抵抗は――


 たとえば、意志が強くて、精神力15ぐらい。

 その2倍の30を目標値にして、1D100でそれ以下を出す必要がある。



 まず、無理です。

 

 

 恐ろしいのは、一定時間の経過で、また判定する可能性が高いこと。

 『イピーディロクの情人』の近くにいれば、3回の判定で、確率的に1回は失敗する。

 その後は、お楽しみに突入すると……。


 こいつらは、行為の最中に『ガラーキの黙示録の第12巻』を言い続けるから、精神汚染もセットになる。


 イベサー『フォルニデレ』が短期間で勢力を拡大した理由は、俺の正面に立っている女子大生2人――小枝こえだ妃香ひかまゆずみみき――が、どちらも『イピーディロクの情人』だから。


 ただ、こいつらは単独行動が基本で、2人が一緒にいることは、珍しい。

 権能を考えたら、別々で布教したほうが効率的。


 今は、ようやく結界に閉じ込めた。

 これで、邪神イピーディロクのところへ戻り、復活しない状態だ。

 『イピーディロクの情人』を滅ぼせる。



 俺が考えていたら、イベサー『フォルニデレ』の男子たちの挑発。


「てめえ! 性懲りもなく、また来やがって!!」

「お呼びじゃないんだよ!」


 リーダーらしき男子も、俺を睨みながら、叫ぶ。


「お前……。ケイちゃんは、どこだよ!? ふざけるんじゃ――」


 言いながら、ズカズカと前に歩いてきた男子は、黛幹に襟元をつかまれた。

 急停止で、バランスを崩す。


「まーまー! 今は、出てこないでよ? 彼は、ヒロ君じゃ相手にならないから」


 幹の発言によれば、このイキり男が、イベサー『フォルニデレ』の幹部らしい。


 情報収集のために、小坂部おさかべけいを行かせたが、その時は焦らした挙句に消えた。

 今まで、ずっと探し続けていたのか……。



 仕掛けてくる様子がないため、私服から第二の式神による和装になった。

 左腰のさやに、左手をかける。


 それを見た、小枝妃香と黛幹は、顔が強張った。


 いつも通りのポニーテールを揺らした幹は、オフショルダーのトップスをはだけながら、甘えるように誘ってくる。

 ノーブラだ。


室伏むろふしくーん! 今なら、妃香と一緒に、すぐにヤッてあげるからさァー! ……あー、妃香。もういいよ。これ以上は、ムダだから」


 黒の薄いトップスに、ジーンズのホットパンツ。

 煽情せんじょう的な恰好をしている幹は、胸の膨らみを出したままで、隣に立つ小枝妃香に声をかけた。

 動く度に、落ち着きがなく揺れる双丘。



 ガーリー系で、ネイビー色のワンピースを着ている妃香。

 こちらも、真夏に着る服だ。


 口を閉じていた彼女は、組んでいる両腕を戻した。

 同時に、そちらで聞こえていたささやきも、止む。


 妃香は、俺を睨みつつ、独白する。


「誘惑の呪文でも、引っ掛からないか……。仕方ない。実力行使に、切り替えるわ!」


 俺の後方で待機している、桜技おうぎ流の演舞巫女えんぶみこたちも、自分の御刀おかたなに手を触れた気配。

 彼女たちは、守りの術式が込められた制服を着ている。


 見届け人のようで、各校から代表者を出してきたようだ。

 1人ずつ、違う制服。



 いっぽう、イベサー『フォルニデレ』の連中も、手に手に拳銃を持っている。

 アサルトライフルを取り出した奴も……。


 上部のスライドや、側面のボルトハンドルを引くことで、ガシャキンと初弾が装填された。



 俺は、左手で握っている鞘に対して、右手をつかに持っていく――


 と見せかけて、人差し指を向けたままで言う。



光雷こうらい



 俺の正面にいる黛幹は、巫術ふじゅつによる光が貫通したことで、よろめいた。

 穴が開いた右肩を押さえて、行為中のような嬌声を上げる。


 上気した顔で、肩を上下させたまま、隣の小枝妃香を見た。


「ごめん。このまま戦うのは、無理っぽい……」



 妃香は、発情した黛幹を見た後で、決断する。


「こいつ、予想以上ね……。手加減していたら、私たちが倒される」


 ハアハアッと息を荒げている幹が、それに応じる。


「それも、1つの快楽だけど。無様に負けたら、イピーディロク様に合わせる顔がないよ……。こいつらは?」


 ようやく落ち着いてきた幹の質問に、小枝妃香は冷徹に答える。


「もう、いらない……。警察が全力で捜査しているから、私たちでも黙らすのは無理! どっちみち、終わりよ。なら、せいぜい有効活用するべき」


 冷めた目で、自分の後ろにいるイベサー『フォルニデレ』を見渡す妃香。


 その様子に、たじろぐ男たち。


「い、いや! こいつらを殺せば、まだワンチャンあるって!!」

「こんだけ、銃があるんだし! やれる! やれる!」

「何なら、ココを片付けてから、都心部へ行って、そのまま占拠してもいいぜェ!?」


 銃火器を手にしたことで、気が大きくなっている。

 だが、それ以上に、自分自身を委ねている女子大生2人――小枝妃香と黛幹――に捨てられるのが、怖いのだ。


 しかし、妃香と幹は、他人を見るような視線で、バカどもを見ている。



 焦った男子は、少しでも気を引こうと、怪我をした黛幹に声をかける。


「ま、黛さんは、大丈夫? 肩を貫通した感じだったけど……。黛さんを傷つけるとは、絶対に許せねえよ! これだけの美人は、そこらの女子100人分の価値があるっての!」


 その台詞を聞いた幹は、雰囲気を変えた。


 自身の片手を下ろしたことで、右肩の風穴が見える。

 焼け焦げているため、傷口からの出血はない。


「ふーん……。ねえ、を見ても、まだ私が美人だって言える?」


 笑顔の黛幹は、自身の右腕をスッと前に上げた。


 深秋であるのに、ほぼ剥き出しの腕。

 昼ですら、薄手のコートが必要な気温であるのに……。


 女子大生らしく、細い腕だ。


 

 クチュッ



 手首の後ろ、前腕から肘にかけて、湿った音がした。


 それは絶え間なく続き、やがて線からパックリと開く。

 サメよりも鋭い歯がギッシリと並び、ノコギリ同士を合わせたような音が響いた。


 物理的にあり得ないのだが、そこにはがあった。

 赤貝を思わせる、別の場所にあるはずの部分が……。



 邪神イピーディロクに噛まれた傷口だ。

 

 1年もの試練に耐えたことで、小枝妃香と黛幹の体に刻まれた傷は、邪神と同じ口になった。

 顔の口を閉じていた妃香は、体の口で呪文を詠唱していたのだ。



 人間ではない変化を見て、イベサー『フォルニデレ』の男子たちが後ずさる。



 黛幹は、上と下を脱ぎ捨てて、生まれたままの姿になった。


 こちらを見ている小枝妃香も、ストンと服を脱いだ。

 地面に落ちたワンピースをまたぎ、全裸のままでたたずむ。



 すでに抜刀した俺は、右手で刀を下げている。

 足袋たび草鞋わらじをつけた足で、地面との感触を確かめた。



 次の瞬間、辺りに腐敗臭が漂う。

 先ほどまで、小枝妃香と黛幹の2人がいた場所だ。


 そこには、腐敗した死体が2体。

 目があるべき部分は空洞で、ドス黒い肌がまだ張り付いている。

 全体のシルエットは、女だ。


 どちらの体にも、大きな口が2つ、3つ。

 ギシギシと、歯をきしませている。


 以前に遭遇した、邪神イピーディロク。

 その手の平にあった、濡れた口と同じだ。


 両手の指の爪は、ブレードのように伸びている。

 斬るというよりも、引っ掻くための武器。



 俺は、右手の日本刀を握り直して、指の感触をリセット。

 体の力を抜く。


 だが、『イピーディロクの情人』の正体を見た、イベサー『フォルニデレ』の男子の一部は発狂した。


 自分たちに、至上の快楽を与えていた女体。

 これ以上ない具合だと思っていた相手は、人間にあらず。


 それを理解したことで、耐えられなくなったのだ。


 絶叫しながら、小枝妃香と黛幹の2人に銃口を向け、トリガーを引いた。

 けれども、彼女たちは素早く回避。


 その方向にいた俺も、霊力によって身体強化をしつつ、銃弾が飛んでこない方向へ移動する。



「あぶぶぶっ!」

「何しやがる、テメエエエエ!」


 適当に撃てば、味方にも当たる。


 発狂した人間の射撃で、不幸な奴が蜂の巣になった。

 撃った奴に反撃する男子も。


 周囲にパンパン、バババと銃声が響き渡り、火薬の臭いと、コンクリに落ちる空薬莢からやっきょうの音で満たされる。


 

 移動した俺は、右手の刀を背負う。

 次の瞬間に、黛幹の爪が襲いかかり、刀身にぶつかった。

 

 耳を塞ぎたくなる音が響くも、俺は右手を前に戻しつつ、今度は左手に持ち替えた。

 踏み込みから、左に振り回す。


 左側から襲ってきた小枝妃香は、後ろに跳ねた。

 俺が右手を戻した際に、黛幹もバックステップで離れている。


 

 2人を視界に収めつつも、刀を構え直す。



 今回は、見学者が多い。

 警察まで来た以上、こいつらは化け物だと、証明する必要があった。


 同時に、イベサー『フォルニデレ』の連中も自滅させて、俺が殺さない方向で処理する。


「ひたすらに、面倒だな……」


 俺の独白を合図にしたかのように、『イピーディロクの情人』2匹が襲いかかってきた。

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