第十四章 冬コミまでには帰れるさ!

第457話 特殊ケース対応専門部隊の出動

『東京エメンダーリ・タワーで発生した銃撃事件から、早3日が過ぎました! 警視庁の迅速な対応で鎮圧されたものの――』


 テレビからは、統制された情報だけが伝えられる。


 その報道を聞きながら、の識別章をつけた女は、上流で『子供にテレビを見させない』という教育方針にも、うなずけるわね。と心の中でぼやいた。


 20代中盤と思われる女は、この年齢でも美しく、凛々しい。

 いわゆる、美人系だ。


 スポーツ用にも見える、黒の上下。

 上から着込んでいるボディーアーマーのおかげで、いかつい雰囲気だ。

 足元は、軍と同じ半長靴はんちょうか



 移動している車体の上には、黒い文字で『特ケ』と描かれている。


 日本警察が抱えている、異能者のチーム。

 警視庁警備部、警備第三課、特殊ケース対応専門部隊だ。



 大型の装甲車に乗っている女は、車内テレビを消した。

 後部の兵員スペースへ移って、部下たちに訓示する。


「皆に告げる! 今回は、『男性を性的に魅了する怪異』と予想されることから、特別編成で女性だけの小隊になった。連携に多少の不安があるものの、諸君の日頃の訓練を考えれば、職務遂行に支障はない。私は、そう確信している! では、具体的な手順の説明を始める」


 左右のベンチに座っている女たちは、同じ服装だ。

 警部補の女より、だいぶ若い。

 衣服と雰囲気を別にすれば、チャラい男子が口説きそうなほどの美貌。


 彼女たちの、今にも人を殺しそうな雰囲気に耐えられれば、だが……。



 小隊長は、話を続ける。


「我々の任務は、現場の包囲だ! 出動しているのは我々、1個小隊10人だけ。応援を要請できないため、怪異を一定のエリアから外に出さないことを目標とする。人家が少ないことから、周囲の被害を気にする必要はない。ただし、積極的な交戦は避けるように! マル被は、小枝こえだ妃香ひかまゆずみみきの2名。東京ネーガル大学のイベサー『フォルニデレ』の構成員も、できる範囲で確保! 何か、質問は?」


木月きづき隊長! 実際に怪異を退治するのは、私たちと同時に展開する演舞巫女えんぶみこの部隊が行う……。この認識で、合っていますか?」


榎本えのもと(巡査)部長の言う通りよ。ただ、派遣されたのは5人ぐらい。私たちには情報がないため、『それだけの人数でも、敵を制圧できる実力者』と考えましょう」


 桜技おうぎ流の演舞巫女は、同じ警察でも管区が違う。

 さらに、『特ケ』の魔法師マギクスは、真牙しんが流の所属だ。


 敵対していないが、味方でもない。


 

 木月祐美ゆみは、第四小隊の指揮官だ。

 真夏のオウジェリシスとの激闘で、咲良さくらマルグリットが名乗ったIDと同じ。


 その時には、古浜こはま立樹たつきから個人的に頼まれて、自分の小隊員である、という扱いにしたのだ。


 マギクスであるものの、祐美は話が分かる人間。

 『現場で力を発揮する装備』の扱いでも腐らず、警察官として職務を全うする。


「皆も、『本庁と警視庁で大きな不祥事があった』と聞いているだろう。私はこの社会を守るために、警察は欠かせないと考えている。今回の不正を徹底的に調査して、綱紀粛正を図るためにも、この化け物どもを一刻も早く、退治しなければならない!」


 祐美の言葉に、全員がうなずいた。




 木月祐美には、人望がある。

 非能力者の警官に妬まれることが多い中で、調整役になることも……。


 警察庁のキャリアも、ぜひ彼女をウチの担当――真牙流の上級幹部(プロヴェータ)――にしてくれ。と主張している。


 普通は『警部補』で止まる昇任だが、マギクスの最上位に君臨する場合は、扱いが変わる。

 本庁のキャリアとして、『警視正』まで上がるのだ。


 警察官の信念を持ち、マギクスとの架け橋になる彼女は、原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】でも、『警視』まで出世した。


 

 ――殉職したことでの、二階級特進によって



 小隊長の木月祐美は、東京の水沢田みずさわだ駅の現場に出動。

 狂った北垣きたがきなぎと、遭遇した。


 何の躊躇ちゅうちょもなく、覇力はりょくによって強化した身体で殺していく凶悪犯。

 白兵戦の天才は、アニメのように刀で銃弾を弾き、または避けていく。


 重武装の警官ですら、どんどん犠牲になる状況。

 祐美は、魔力で身体強化を行い、密着しての打ち合いを選んだ。


 刀を振るうことすら難しい、抱き合っているレベルの距離。

 部下を周囲に配置したことで、祐美と凪はひたすらに打撃戦を繰り広げる。


 そして、祐美は――


 周辺のビルを破壊させたのだ。

 木月祐美は自分を犠牲にすることで、原作の北垣凪を逮捕した。


 彼女を慕う人間は口を揃えて、逮捕ではなく、あいつを殺すのであれば、確実に勝っていた。と主張。




 本来なら、北垣凪に殺されるはずだった木月祐美は、中身が変わった室矢重遠の影響で、まだ生存している。


 もうすぐ始まる決戦に、祐美は緊張していた。


 市街地から離れたことで、アサルトライフル型のバレも使える。

 きっと、総力戦になるだろう。


 ガクンと、車体が大きく揺れた。


「何があった!?」


 祐美の問いかけに、運転席の女マギクスは慌てながら、返答する。


「エ、エンジンが……。え? 無線も死んでる!?」


 その女は、再点火をしたが、全く反応しない。

 

 動力を失った装甲車は、やがて車道で停止した。



 小隊長の木月祐美は、バレの状態をチェック。

 問題なし。

 

 スマホ、無線機――


「どれも、反応しない……。身体強化は、使えるようね」


 理由は不明だが、純粋に電子制御をしているモノは使えないようだ。

 

 祐美は、部下に告げる。


「ここからは、歩きよ! 各自、装備を点検! 最後の者は、装甲車の施錠も忘れるな!」




 第四小隊のメンバーは、全員が車外に出た。

 急に明るくなったことで、目を慣らしている者も。


 約10人は、『軽装の特殊部隊』といった格好だ。


 リーダーの木月祐美を除けば、女子大生ぐらいの集団。

 肩に下げている小銃や、太もも部分のホルスターにある拳銃を外せば、このまま合コンに出ても、こぞって男たちが寄ってくる。



 木月祐美は、桜技流の演舞巫女が1人いることに気づいた。


 高校生と思しき制服で、背中に多目的フレームの “装具” と、そこに固定した日本刀が見える。


 その少女に近づき、かかとを合わせた。


「警視庁の特ケ、第四小隊です。そちらは、桜技流の演舞巫女ですね? 責任者の方を――」

「この場は、室矢むろやさまのです。ゆめゆめ、邪魔をされぬよう、お願い申し上げます。ここがちょうど外縁部でして、中心地の東京ネーガル大学から続く結界の中です。車や無線を使いたければ、戦闘終了までお待ちください」


 言葉は通じているが、話にならない。


 祐美は、言い方を変える。


「えーと……。そちらの小隊長か、リーダーの方に会わせていただけると、助かるのですが……」


「私は、『この結界について調べる』使命を授かっています。無線も使えませんので、お役には立てないかと……。今からでもとうネに行けば、室矢さまの戦いを見られるでしょう。では」


 言い切った演舞巫女は、一瞬で姿を消した。



 あれで、同じ警察官か……。


 遠い目になった木月祐美は、また違う人影を発見した。

 動きやすい私服の女だ。


 近づいたら、いきなり質問される。


Woヴォー bleibtブライツ dieディー Weisheitヴァイスハイト?(叡智は、どこにある?)」


 祐美が答えずにいたら、女は溜息を吐いた。


「ああ、Magierマギアー(魔術師)じゃないのね……。私は悠月ゆづき家の命令で動いているから、邪魔しないで! どうなっても、知らないわよ?」


 チラッと木月祐美を見た女は、手帳に書いたメモを見ながら、地面を辿り、またボールペンを動かす。


「まったく、ユニオンの貴重な魔術だというのに。魔法陣が大きすぎて、捉えきれない……。もっと仲間を呼んでから、発動して欲しかったなあ。どーせ、怒られるのは、私なのだろうし……」


 ブツブツとつぶやきながら、彼女は立ち去った。


 悠月家は、“Weisheitヴァイスハイト undウント Magieマギー(叡智と魔術)” の秘密結社を運営している。

 当主は、真牙流の上級幹部プロヴェータの1人。


 その怒りを買えば、すぐに破滅させられる。


 木月祐美は、それ以上の言葉をかけられず、ただ見送った。



 気を取り直した祐美は、第四小隊のメンバーに命令を下す。


「予定を変更する。これより東京ネーガル大学へ行き、現状を確認した後に、改めて指示を出す!」


 魔法で身体強化をした面々は、車と同じぐらいのスピードで走り出した。




 東京ネーガル大学のキャンパスに近づくと、第四小隊は遮蔽しゃへいを取った。

 ソナーの魔法で敷地内を探り、人が集まっている場所を見つける。


 1個分隊3人が前進して、その間に、もう1個分隊は停止したままで支援。

 残りは、別の方角を見張る。


 前進した分隊は、その場で周囲を警戒。

 残りの分隊が追いつくことで、同じ行動を繰り返した。



 魔法による身体強化で、生身とは比べ物にならないスピード。

 あっという間に、中央の広場のようなスペースに到着した。


 ピクニックではないため、遮蔽物がある高所から接近して、うつ伏せのままでスコープを覗く。



 そこには、探していた小枝妃香と黛幹の2人を先頭に、イベサー『フォルニデレ』の大学生たちが集まっていた。


 対するは、たった1人の男子。


 こちらも、警察官の木月祐美にとって、見覚えがあった。


「室矢重遠しげとお……」


 彼の後ろには、けっこう距離を置いて、武装した演舞巫女たちも数人いる。


「抜刀せず……。見学しているだけ?」


 いくら大学生の集団でも、あれだけの数となれば、脅威だ。


 祐美は小隊長として、すぐに介入するべきか、迷った。

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