第456話 こちらの事情を説明する義理もないのでー【咲莉菜side】

 桜技おうぎ流の拠点の1つ、止水しすい学館。


 警視庁で捜査本部の責任者になった御手洗みたらいまもるは、男でも立ち入れる施設の、応接室にいる。


 対面に座っている天沢あまさわ咲莉菜さりなは、ニコニコしたまま。


 彼女の真意を測れなかった護は、ストレートに尋ねる。


「見学……ですか? 駆除や討伐ではなく?」


 咲莉菜は、それを肯定する。


「はい。要するに、奴らを滅ぼせば、良いのでしょう?」

「天沢局長のおっしゃる通りですが……」


 なら、いったい誰が、凶悪なモンスターを退治するんだ?


 困惑する護に対して、咲莉菜は、それ以上の説明をせず。



 この男は、警察のトップになる可能性がある。

 勘違いされる前に、とっとと、話を終わらせたほうがいい。


 護が発言しそうな雰囲気を感じて、咲莉菜は素早く言う。


「わたくしは、現場に参りません。この止水学館に残り、吉報を待つのでー! 桜技流の筆頭巫女は、咲耶さくやさまに身を捧げており、神勅しんちょくを受けたまわる立場です。今回は同じ警察官で、緊急という事情をかんがみ、このように会談の場を設けました。けれども、本来ならば、わたくしは神宮の本殿で、御簾みす越しに人と会います。特に、男性が相手となれば……」


 鼻白んだ護に対して、咲莉菜は話を続ける。


「派遣する演舞巫女えんぶみこの選定が、あります。火急ゆえ、これで失礼いたしますー」


 立ち上がった咲莉菜は、護の返事を待たずに、控えていた護衛と、退室する。


「1つだけ、伺います! 天沢局長から、室矢むろやくんに話を通していただくことは可能ですか? 今回の件で、警察としての謝罪をしたく――」

「わたくしは、以前に申した通り、重遠しげとおと会っておりません。それは、警視庁の方々のほうが詳しいのでは? 本庁には、『他流のキャリアの方がいる』と聞いています。申し訳ありませんが、そちらを頼ってください」


 会釈をした咲莉菜は、それ以上の発言を許さない雰囲気で、自分のお付きが開けた扉から、内廊下に出た。



 このキャリアの機嫌を損ねたが、メンツは潰していない。

 非公式でも、女として誘われた後に断れば、彼は逆恨みをした。

 それと比べれば、上出来だ。


 断れない用事を作るようなら、自分の側近である、局長警護係の誰かに任せるべき。


 けれども、今は不安定な情勢。

 直接会わないことが、暴走のトリガーになりかねない。


 警察の情報も欲しかったので、やむなく、対面した。




 天沢咲莉菜は、男子禁制の場に戻りつつ、次回からは、もう神宮で会いますかー。と愚痴を言った。


 どれだけ口で言っても、やはりナメられている。

 さっきの男は、まだマシなほうだが……。


 現役の女子高生と、美しい容姿。

 男にとっては、それが全てだ。


 おおかた、都心部に引っ張り出せば、『現場責任者のトップ』同士で、2人きりになるチャンスもある。と考えていたのだろう。

 これで、わたくしの階級が下だったら、もっと強引に押してきたか……。



 御手洗護は、中学高校、大学でもエリート。

 女子にモテてきた、というつらだ。


 わたくしに直接会えば、丸め込むか、口説けると、踏んでいた。

 室矢重遠に対する、取っ掛かりにも。


 最小の行動で大きな利益を狙うのは、野心家タイプの官僚らしい手口。


 下手をすれば、自分は政財界のご令嬢と政略結婚をしつつも、仕事上の付き合いでほだされる。

 そうなれば、警察のトップにいる奴の頼みを断れない……ただの愛人だ。


 仮に、幼妻おさなづまとして大事にされようが、嬉しくない。



 護は計算高いから、今回でいきなり迫ってくる可能性は、低い。

 ほぼ100%の手応えを感じたら、形だけ告白するタイプ。

 安全な距離を保ちつつも、相手の弱みを見逃さず、自分を差し込んでいく。


 警察の中で唯一、『桜技流の筆頭巫女』と対等に話せる関係であれば、それだけで大きなアドバンテージだ。

 他の官僚には、絶対に、真似ができない。


 今回は素直に退いたが、いずれ重遠と会うことも、画策かくさくするだろう。



 わたくしに精神的な優位を保ち、都合が良い方向へ誘導、できれば、最終的な説得を兼ねて味見する……といったところか。


 今回の手柄は、くれてやるが……。


 あの男とは、二度と会わない、直接話さない。

 それが、賢明だ。



「こちらの本気を示すには、庁舎を吹き飛ばすのが、一番楽なのでー」


 物騒な独り言をつぶやいた咲莉菜は、自分の執務室へ急いだ。

 



 天沢咲莉菜は、執務室の一番奥にある役員机で、必要な決裁を終えた。

 すでにだから、この時点で稼働している人員の出動を認めただけ。


 先ほどの会談で渡された書類を見る。


 『東京エメンダーリ・タワー』は、警視庁の管理官、御手洗護の指揮で、制圧された。


「全て重遠のおかげ……とは思わないのが、しゃくに障るのでー」


 それでも、護の成果であることには、違いない。


 運が良かった。

 その一言に、尽きる。


 いっぽう、運が悪かったことで、地獄を見たキャリアもいる。


遮雁しゃかり『警視監』は、ツイてなかったようで……。そもそも、不祥事を隠していた所轄署と、その管理をしている本部長の責任でしょうに……」


 彼は、室矢重遠に関わったせいで、その全てを被る羽目に。


 たとえば、御手洗護が担当していたら、立場は逆だった。

 あの状況では、誰だって、同じ手を打ったに違いない。

 

 身内の不祥事を明かして、大いに恨まれたことで、自分の傷になるよりは……。


 どう考えても、異能者の名家で、ただの男子高校生を生贄いけにえにしたほうが、丸く収まる。

 


 今の遮雁には、警察庁で発砲した事実があるため、もはや、逃げ場はない。


 本庁と警視庁はスクラムを組み、元凶は遮雁だ、と主張するだろう。

 、どんな書類や証拠が出てくるのか、まさに見物みものだ。

 しかし――

 

「そんな程度では、済ませないのでー」


 机上の緑茶を飲んだ咲莉菜は、和菓子をパクつきながら、窓の外を見た。

 もう冬の空気で、透き通った感じ。


 日本の四大流派は、異能者の権利を守るため、クーデター寸前にまで、陥った。

 本庁のキャリア1人、あるいは署長の首ぐらいで、納得するわけがない。



 今は、化け物退治が、先だ。

 他国に武力侵攻をされても困るから、とりあえず、矛を収めた。

 だが、


 天沢咲莉菜は、再び、緑茶を飲んだ。


「御手洗『警視』が、本当に考えるべきは……」


 ――大きな不祥事が明らかになっても警察に残るか、今のうちに転職して逃げるか


 アレは、現状を正しく認識していない。

 


 誰もいない執務室に、咲莉菜の声が響いた。


「警察庁と警視庁のは、何がいいのでしょうかー?」



 椅子に身を預けた天沢咲莉菜は、考え込む。


 海外の留学生を救出して、四大流派の幹部に認められている、室矢重遠。

 間違いなく、彼が、今回の落とし所を決める。


「他の誰が発言しても、どこかに角が立ちます。でも、重遠に、それができるのでー?」


 幽世かくりよを含めれば、彼の全てを知っている。


 その天沢咲莉菜は、優しすぎる重遠には、荷が重すぎる。と考えた。



 さらに、今の状況が、室矢重遠の成長を待ってくれない。

 


「主要国は、重遠を受け入れる姿勢を示し、『日本からの切り離し』をたくらむでしょう」


 港区の『東京エメンダーリ・タワー』で開催された交流会に出向いた、7カ国。

 そのいずれかの提案を受け入れた時点で、室矢重遠のが変わる。


 あとに残るのは、その国の人間と関係者に対して、日本警察が不当に追いかけ回した挙句、タワーにを救出に行った彼を妨害した事実だけ。 


 日本の立場は失われ、やはり『世界中の異能者の敵』となる。

 次に行われるのは、多国籍軍による、陸海空の侵攻だ。


 美味しく食べられるチャンス。

 それを見逃す道理はない。


 むろん、虐殺はしない。

 クーデターと同じで、主要な施設と、通信ラインを寸断する。

 警察や軍が対応する前に、政府施設などを一気に押さえるだけ。


 正義の名の下に、異能者を虐殺する悪の国は、生まれ変わるのだ。

 分割統治も、あり得る。


 国内クーデターから、多国籍軍による制圧にランクアップした現状。


「もし都心部や軍基地が制圧されたら、戦犯の筆頭には、日本警察の名前も挙がるのでー」


 その場合は、御手洗護も、多国籍軍の手で銃殺されそうだ。

 まあ、それはどうでもいいが……。


 ふうっと溜息を吐いた天沢咲莉菜は、緑茶を淹れ直した。




 留学生たちを廻した後で、ゆっくりとなぶり殺しにする計画は、原宿の駅前にあるレジデンス――イベサー『フォルニデレ』の事務所――にあった。

 

 PMCピーエムシー(プライベート・ミリタリー・カンパニー)同士の市街戦は、膠着状態に陥った。

 しかし、タワーの交流会が失敗した時点で、USFAユーエスエフエーサイドは、すぐに退いたのだ。


 御手洗護の捜査本部は、全ての情報を入手。

 だが、知らなかった、という言い訳も、できなくなった。

 もし言えば、すでに情報を入手している勢力のカウンターで、トドメを刺される。


 見方を変えれば、警察は悪質なトラップを掴まされた。


 日本の四大流派どころか、主要国の大使館、諜報機関が全てを知りつつ、見守っている。

 楽な方向に流されたら、次はないのだ。



「今回の決定権を持つのは、重遠……。警察にできることは、自分たちが全滅か、半殺しになるかの二択」


 日本の命運を背負った、国内外への裁き。

 厄介な化け物を退治した後も、同じ以上にヘビーな話題が、盛りだくさんだ。


 現実逃避をする女子高生は、を見届けるために、自分もその場に行ったほうがいいかなあ? と思いつつ、コテンと、役員机の上に突っ伏す。



 重遠と直接会って、日本に残ってくれるよう、説得してもいい。

 だが、ここまで来ると、それもバカバカしく思える。


 彼が日本を捨てるようなら、好きにさせたい。


「愚か者たちの尻拭いで、わたくしが重遠に嫌われる気はありませんー。いっそのこと、咲耶さくやさまに頼み……」


 そこで、ふと思いつく。


「重遠はどうして、幽世かくりよに来られたのでー?」


 人の身で、そう簡単に、行き来できる場所ではない。

 考えてみれば、あまりに不自然だ。


 清廉潔白を強いられる筆頭巫女であるのに、幽世で重遠と肌を重ねていて、何の御咎めもなし。

 それどころか、咲耶さまは、祝福された。


 あり得ない。


 歴代の筆頭巫女の中には、密かに男とまぐわったことで “病死” になった女もいたのに……。


「咲耶様がお認めになられたから、今の今まで、疑問に思いませんでした……」


 天沢咲莉菜は、冷や汗をかいた。


 四大流派の上位家であろうと、幽世では関係ない。

 別の理由がある。


 何か、別の理由が……。



 咲莉菜はかすれた声で、独白する。


「重遠は、いったい何者なのでー?」

 


 ともあれ、室矢重遠は大手を振って、家に帰れる立場へ。


 ここからは、また別の話になる。

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