第455話 事件は路上で始まって会議室で終わった(後編)

 警察庁の広い会議室に設けられた、捜査本部。

 1人の刑事が拳銃自殺をするも、他ならぬ室矢むろや重遠しげとおの手で、辛くも救われた。

 

 その当事者である小薙こなぎ『巡査部長』が、再び立ち上がった。



 さっきの今だ。


 周りの捜査員は、一斉に飛びかかろうとしたが、小薙のはっきりした声で、動きを止める。


「自分は、嘘を言いました!」


 今度は、冷静に話すのか……。


 捜査員たちは、しばらく傾聴することに――



「黙れ! 君の発言は、許可していない!!」



 捜査本部長の遮雁しゃかりが、絶叫した。

 けれども、小薙『巡査部長』は、止まらない。


「自分は、事実をじ曲げ――」

「黙れと言っているだろオオオォォォ!!」


 一番前の中央にいる遮雁は立ち上がり、密かに携帯していたリボルバーの銃口を向けた。


 十分な射撃姿勢をとらないまま、トリガーを引き――


 引き――


 どれだけ頑張っても、トリガーは、後ろに動かない。



「ハンマーが、起き上がっていない。ダブルアクションだと、撃てないぞ?」



 外からシリンダー部分を押さえている室矢重遠は、冷静に指摘した。


 ダブルアクションでは、トリガーを引くことでシリンダーが自動的に回転して、同時にハンマーが起き上がり、最後に落ちて発砲。

 ゆえに、別の人間がシリンダーを掴めば、トリガーを引くだけでは、撃てず。



 遮雁がハンマーに親指をかけようとしたので、振り払うように、銃を握っている手を離す。

 そのまま、ステップを踏むように、後ずさり。


 念願の相手が近くにいることで、遮雁は、リボルバーの銃口を向けた。


「お前が! お前さえ、いなければアアァ!」



 重遠は、開いた両足で、片足を前へ出すように、ステップを踏む。


 サイドステップ。

 両腕の動きも、足に合わせる。


 パン!


 くるっと、ターン。

 両足をクロスさせながら、背中を見せたまま、次の動きに繋げる。


 パン!


 リズムに乗りながら、左右にスライドステップ。


 パンパンッ!


 内側から両腕を左右に広げた重遠は、体を前後させる動きから、腕を動かすビズマーキーへ。


 体のリズムを維持しながら、ステップに合わせて、軽やかにムーブを組み立てる。


 開いて、右ー。

 開いて、左―。


 ワン! ツー!

 スリー! フォー!


 左右にパンチを出しながら、のっぺらぼうの動きにならないように――


 パァン!


 

 重遠が踊るように体の向きを変えるか、傾けた後で、弾丸が通り過ぎていく。


 避ける必要がない弾は、そのまま見送り、チュンッと嫌な音を立てて、体のすぐ傍をかすめる中で、また踊り出す。


 ダンスのBGMはなく、発砲音だけが、合いの手に……。



 遮雁は至近距離の相手に、五発の全弾を外した。

 カチカチと、虚しく音を立てる、リボルバー。



 数人の刑事が、ツカツカと、近づいてきた。


 遮雁は、勢いづいて叫ぶ。


「お前たちも、手伝え! これで、ようやく事件が解決――」

 ガチャリ


 刑事の1人は、遮雁に手錠をかけながら、腕時計を確認した。


「14時23分。銃刀法違反、ならびに殺人未遂の現行犯で、あなたを逮捕します!」

「馬鹿野郎!? 石田いしだ、誰を逮捕しているウウウゥ!!」


「遮雁『警視監』。あなたには、黙秘する権利が――」



 ちなみに、五発目を避けた室矢重遠は、後ろから振り向きつつ、バッと両手を広げた、決めポーズらしき格好で、消えていった。


 指先の角度が、立体感と、オリジナリティー。




 本部長が現行犯で逮捕されて、捜査本部は解散した。

 前代未聞の事態だ。


 平たく言えば、不祥事の隠蔽と、それに伴う『室矢重遠への罪の押しつけ』を知っている人間は少なかった。


 警察は上下関係で動くから、下に事情を説明する必要はない。

 こいつを確保しろ、の命令だけで十分。


 全ては、その男子高校生を捕まえてからの話だ。


 捜査本部長の派閥にいる捜査員は、裏の事情を知っているか、察していた可能性はある。

 しかし、今回は100人を超えている、寄せ集め。


 秘密を知る人間が多くなるほど、外部に漏えいする危険は高まっていく。

 正義感から、告発する人間もいるだろう。



 そもそもの当事者で、捜査本部長に口止めされていた小薙こなぎ『巡査部長』は、悩んでいた。

 港区の『東京エメンダーリ・タワー』の事件と、よもやの世界大戦の急報で、自殺に及んだ次第。


 ともあれ、本庁の会議室で刑事が拳銃自殺をしかけて、捜査本部長もリズムよく全弾を撃ち尽したのだ。


 食事に缶詰の肉を出された猫よりも激しく、取調べが行われた。



 副本部長などの主だった幹部も、任意で事情を聞かれて、東京ネーガル大学のイベサー『フォルニデレ』を取り調べた所轄署の不祥事が、明らかに。


 それを隠すために、桜技おうぎ流に委託をしなかった経緯も……。


 人間の振りをした、危険な化物。

 その情報を与えられずに、小枝こえだ妃香ひかまゆずみみきを追わされた警官5人は、あっさりと犠牲に。


 次に、異能者の重鎮とはいえ、現役の高校生、室矢重遠にいきなり銃撃した不祥事を隠蔽いんぺいした。


 撃った本人――小薙『巡査部長』――によれば、他の市民に銃口を向けた時点で、それを止めるために、重遠が撃ち返したのだ。


 しかも、低威力の空気弾だったから、乱心していた小薙は、大怪我をせず。

 表彰するべき話。



 本庁と警視庁は、荒れに荒れた。

 

 都内全域への特別緊急配備と、それに続く、過重労働。

 それが全て、無意味だった。


 『警告なしの発砲』も許可されていたので、もし自分が見つけていたら、無実の人間を撃ち殺していた恐れがあったのだ。


 辞職願を出して、言いたい事をぶちまけた後で辞めていく人間も、続出。



 大掃除が必要であるものの、まだ危険な犯人が、野放し。

 さらに、主要国の日本侵攻も、秒読み。

 国内の異能者による、クーデターの恐れまで……。



 警察のトップは内部に向けて、室矢重遠の犯行は、誤報であったと、通達。

 次に、本庁のキャリア――真牙しんが流の魔法師マギクス――に話して、事件解決までの猶予をもらう。


 外務省を通して、各国の大使館と話し合いの場を設けることも、約束。

 ひとまず事態は落ち着き、次の世界大戦と、国内のクーデターは回避された。


 借金を返済できず、リボ払いで利息の一部を支払ったぐらいの感覚。

 多重債務になったら、取り立ての多国籍軍が、上陸してくるだろう。



 警察の手が空いた人員は、警視庁の御手洗みたらいまもるの捜査本部に、集約された。

 しかし、通常の対応では解決しない、と分析されていて、専門家の助けが必要不可欠だ。


 桜技流のトップである天沢あまさわ咲莉菜さりなは、本庁のお歴々を相手に堂々と話した人物で、警察の予算にも影響を与えている。

 誰もが恐れて、尻込みする中で、長官と警視総監に豪語した護は、有言実行。


 忙しい合間を縫って、咲莉菜の都合による会談へ出向く。




 ――止水しすい学館


 ゲスト用の応接室でソファに座っている天沢咲莉菜は、向かいの御手洗護を見た。

 警察の階級としても、今は彼女が上で、遠慮はいらない。


 大好きな室矢重遠が追いかけ回されたうえに、この期に及んで、協力しろ、ときたものだ。


 咲莉菜は、かなり機嫌が悪い。


「都心から、わざわざ来てもらいましたがー。結局は、重遠しげとおが自分で冤罪えんざいを晴らしたわけでー。それに、私共わたくしどもは同じ警察官であるものの、長官などの方々に『数年で離脱する』とお伝えした身です」


 護は、平然と提案する。


「今回の不祥事によって、本庁と警視庁は人事異動で大忙しになります。天沢局長にとっても、悪い話ではないと思いますが? そちらの貢献を考えますと、『今の待遇は不当である』と判断されたのは、無理もない話と存じます。しかし、ここで上手く立ち回れば、演舞巫女の部隊としての編制を本格的に行い、新人の採用と訓練の充実や、任務の危険度に応じた福利厚生の整備も可能ですよ? 微力ながら、私もお手伝いします。……ここだけの話ですが、港区のタワーの銃撃事件を片付けたことで、私の昇任と次のポストがほぼ確定しました。今後も、手を緩めるつもりはありません」


 手っ取り早く、上の階級や立場を狙うチャンスで、自分についてくれば、良い目を見させてやると……。


 何でも狙える学歴で、わざわざ中央省庁に入ったのだから。

 この男がそう考えるのは、当然か。


 思考を巡らす咲莉菜は、向き合っている男の視線が気になった。



 くすんだ灰色の長い髪と、明るめの茶色の瞳。

 童顔で、まだ高等部2年。


 自分で言うのも何だが、人気アイドルグループで、センターを張れる美貌。

 さらに、桜技流の筆頭巫女だ。


 特別感がたっぷり。


 加えて、わたくしを自分の女にするだけで、本庁のトップが悩んでいる予算と演舞巫女えんぶみこの件も、まとめて片付く。


 この男は、出世するだろう。

 顔も良い。

 本庁や警視庁、政財界の女なら、喜んだろうが……。


 フッと笑った咲莉菜は、先手を打つ。


「この国に怪異が巣くい、人にあだをなすことは、看過できません。今は、警察官であることも事実……。すぐに、演舞巫女を送りましょう」


 説得に苦労する、と予想していた御手洗護は、少し調子が狂うも、すぐに返事をする。


「助かります! それで、どれぐらいの部隊ですか?」


 笑顔の咲莉菜は、少し考えた後で、きっぱりと答える。


「そうですねー。各校から代表者を出せば、十分でしょう。5人いるかどうか……」


「は?」


 武装した警察官の1班が、瞬殺された。

 しかも、相手は最低で2匹いる。


 だというのに、物見遊山の気分……。


 警察での出世を目指している護は、不安になった。


「こちらは5人の警官で、歯が立ちませんでした。相手を逃がさないためにも、包囲できるだけの人数を出したほうが……」


 目の前で座っている少女は、雰囲気を変える。


「ああ、誤解をさせたようでー! 私共は、に行くのですよ」


 天沢咲莉菜は笑顔で、そう言い切った。

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