第454話 事件は路上で始まって会議室で終わった(前編)

 警察庁の中にある、窓がない会議室。


 桜技おうぎ流の代表にして、刀剣類保管局の警察局長、天沢あまさわ咲莉菜さりなが、ここのキャリアと駆け引きをした場所だ。



 “こころざし


 その達筆な文字の下。


 警察のトップ、長官と警視総監が並んで、上座の椅子に座っている。


「早朝から皆に集まってもらったのは、他でもない。昨夜、港区の『東京エメンダーリ・タワー』で、銃撃事件が発生した。産学連携のため、大企業のオフィス、文科省などの庁舎も入っている場所だ。これは日本警察への挑戦であると同時に、我々が速やかに解決するべき重大事件と言える! ……捜査本部を指揮している御手洗みたらいくん、状況を説明したまえ」


 その発言を受けて、警視庁の『警視』である、御手洗まもるが話し出す。


「ハッ! すでに現場を制圧済みで、拘束した人間の事情聴取を進めております。捕らえた武装集団も、現場で発砲した事実を認めていますが、慎重に捜査を行っている段階です」


 配られた書類を読む、キャリアたち。


 上座にいる、最高権力者の2人は、満足げにうなずいた。


「タワーに大きな被害はなく、留学生との交流会に参加したメンバーも、ほぼ全員を確保したか……。特に、警備室のデータを押さえられたことが、大きい。君には、管理官では役不足のようだ。あとで、相応の立場を用意しよう」


 昇任と、より上のポストが、約束された。


「恐縮です」


 護は、短くお礼を述べた後で、頭を下げた。



 パトカー1台、武装した市民1人の損失は、犠牲のうちに入らない。

 場所と人数を考えたら、満点を与えてもいい結果。


 参加しているはずの留学生7人は、別の場所で保護された。

 おかげで、外交問題も回避。


 ただし、現場からヘリで逃げた、小枝こえだ妃香ひかまゆずみみき

 主犯と思しき2人は、まだ逃走中だ。


 書類によれば、在籍している東京ネーガル大学へ逃げ込んだ可能性が高い、とある。


 

 上座の2人は、雰囲気を変えた。


「さて……。この現場から逃亡した『マル被』2名は、遮雁しゃかりくんの担当だったと思うが……。私の記憶違いかな?」


 本庁の遮雁『警視監』は、脂汗あぶらあせを流した。


「い、いえ。その通りでございます……。い、今は、このタワーの事件でも首謀者と思われる、室矢むろや重遠しげとおを全力で追っています。近く、必ずや身柄を押さえますので――」

「君の階級章は、飾りかね?」


 上官の言葉に、遮雁は息を呑んだ。


 慌てて、話を続ける。


「タワーの監視カメラでも、室矢の姿が映っています! 奴が上のホテルに乱入した瞬間に銃撃が始まっていることからも、主犯の1人であることは明白です!」


 上座の人間が、それに突っ込む。


くだんの男子高校生は、どこへ行った? 超高層ビルから1人が飛び降りて、地面にクレーターができたそうだ。落下の衝撃で、死体と判別できないほど飛び散ったのが、オチだろう? それが室矢重遠ならば、もう死んだ。別人でも、同じことだ。今は、タワーから逃げた、小枝と黛の話をしている」


「しかし、室矢は異能者です! 超高層ビルから飛び降りても無事なケースや、別の場所へ瞬間移動できる可能性が……」


 遮雁の反論に、周囲から溜め息が漏れた。


 呆れたように首を振った長官は、子供に言い聞かせるように、説明する。


「遮雁くん……。タワーを上った『マル被』は、わざわざ正規の手順を踏んだ。仮に、私が瞬間移動や大きな跳躍ができる異能を持っていたら、直接乗り込むよ? 少なくとも、自分から存在を知らせない。それとも、『別に狙いがあった』と言うのかね?」


「い、いえ。それは……」


 あるとすれば、自己顕示欲が強い愉快犯。

 だが、それにしては大人しすぎるし、警察に有利すぎる状況だ。

 後者であれば、表彰しても良いほどに……。


 ここで、警視庁の御手洗護が、無言で挙手。


 上座の人間に許されたことで、発言する。


「遮雁『警視監』も、小枝と黛の2名に、大変なご苦労をされています。我々がてこずっている以上、通常とは違う存在でしょう。ここは、桜技流に応援を要請するべきかと存じます」


「君の意見は、もっともだ」

「とはいえ、時期が悪いな……」


 腕を組んだ長官と警視総監に対して、護が提案する。


「はい。これは、デリケートな問題です。個人的にお願いする形であれば、私だけの責任で収められるでしょう。捜査本部の責任者ですから、小枝と黛の逮捕に協力を頼むことは、自然な話です」


 渡りに船とばかりに、上座の2人は許可する。


「君がそこまで言うのなら、やってみたまえ」

「事態は、一刻を争う。他に報告がなければ、御手洗『警視』はすぐに動いて構わん」


「ハッ! 失礼します!」


 直立不動になった御手洗護は、無帽の敬礼の後で、すぐに退室した。




「マル被は、まだ見つからんのか!?」


 同じ建物の別の会議室で、遮雁の怒声が響き渡った。

 捜査本部長の怒りに、他の面々は首をすくめるだけ。


 先ほどの会議で、いよいよ遮雁の首にリーチがかかった。


 鮮やかに事態を収束させて、詰めもおこたらない若手とは真逆に、ここまで事態を悪化させたことの責任を問われる羽目に……。



 そもそも、小枝妃香と黛幹を捕まえられなかった所轄署が悪い。

 であるのに、自分だけ、一連の不祥事における生贄いけにえ


 しかも、生意気な若手が、自主的に桜技流へ出向くなどと……。


 追い詰められた遮雁には、もう室矢重遠を逮捕して、無理やりに自供させるしかない。



 これだけ探した以上、奴が隠れられるのは、自宅ぐらいだ。

 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館。


 そうだ。

 そうに違いない。


 遮雁はついに、レジデンスへの突入を命じようと――


 バンッと、会議室の扉が開け放たれた。

 駆け込んできた男が、すぐに用件を伝える。


「緊急です! た、たった今、非公式ながら、USFAユーエスエフエーの大使館から通達がありました。内容は、『貴国の交流会において、我が国の留学生が謀殺されかけた件について、真摯な対応を求む。『異能者の排除』を国是こくぜとしているのならば、当方は今後の関係を見直すと共に、世界の異能者の権利を守るため、正式なも辞さない』です!」


 呼吸を整えた男は、震えながらも、その使命を全うする。


「げ、現在、ハワイやグアムに駐留している、太平洋艦隊。ならびに、在日US軍もになっています! これを受けて、陸海空の防衛軍もデフコン1(最高レベル)に入りました! 防衛省は、この事実を認めています。首相官邸はまだ、公式声明を発表しておらず――」


 シベリア共同体、東アジア連合についても、同様だ。


 そう続けた男は、どこかへ走っていった。


 捜査本部は、静まり返る。



 前に、外交問題は回避した、と言ったな?

 あれは、嘘だ!



 

 太平洋とオホーツク海、南シナ海で、それぞれに艦隊が展開し始めた。


 正規空母、戦艦、巡洋艦、ミサイル駆逐艦、フリゲート艦。

 その海中には、原子力潜水艦、攻撃型の潜水艦もいる。


 軌道上の軍事衛星と、対地レーザー、対地ミサイルも、レーダーとの連動を開始。


 対外的には、『ネイブル・アーチャー』作戦という、合同のだ。




 警察庁の会議室は、まだ沈黙を守っている。


 気を利かせた1人が、大型テレビをつけた。


『USFAとシベリア共同体、東アジア連合の3つが足並みを揃える。という、実に貴重な光景になっています! 空母からは戦闘機、攻撃機が発艦しては――』

「もう、いい! 消せ!!」


 捜査本部長である遮雁の叫びで、近くの捜査員が慌てて消す。



 WUMレジデンス平河1番館に強行突入するプランは、消えた。

 それを実行すれば、日本をターゲットにしたが始まる。

 いや、室矢重遠に罪状を押しつけて、誤魔化すことも……。


 遮雁は項垂うなだれたまま、何も指示を出さない。


 

 不安になった捜査員たちが、喋り出す。


「どうすれば……」

「俺たちが考えても、仕方ないだろう!?」

小薙こなぎ? おい、どうした?」


 そのうちの1人は、様子がおかしい刑事に気づいた。


 無言でガタッと立ち上がった小薙に、周囲の視線が集まる。


 彼は思い詰めた表情で、スッと右手を上げて――



 リボルバーの銃口を自分のこめかみに当てた。


 

 右手の親指によって、拳銃の後ろにあるハンマーが上がり、いっぱいの状態で固定される。


「早まるな!」

「銃を置け、小薙『巡査部長』!」


 周囲は騒ぐも、すでにシングルアクションの状態。

 トリガーに、指がかかっている。

 下手に触れば、そのせいで弾が発射されてしまう。



 いっぽう、細かく震えている小薙は、譫言うわごとのようにつぶやく。


「自分は……。全て、自分のせいで……」



 近くの捜査員たちが、押さえ込む隙をうかがうも、周りの人が多すぎる。

 銃口をらす方向によっては、二次被害だ。


 必死になだめる周囲に耳を貸さず、小薙はトリガーを引いた。

 ハンマーで叩かれた弾丸が飛び出し、乾いた破裂音で満たされる、会議室。


 小薙『巡査部長』は、街中にいた室矢重遠を撃った刑事。

 その人だった……。



 発砲音が響いた瞬間、誰もが、目を逸らした。

 自殺した刑事の頭を弾丸が通り抜け、その小さな穴から、血と内容物が噴き出て――


 1人の捜査員が、恐る恐る、小薙のほうを見た。



 彼は、まだ立っている。



 右手で握っているリボルバーは、銃口から煙が出ている。

 確かに、発砲した。


 ただし、その銃口の向きは、ギリギリで頭かられている。


 着弾した天井から、パラパラと欠片が落ちてきた。



 小薙のリボルバーと、その右腕には、近くに立つ人物の両手が組み付いている。


 唐突に現れたのは、まだ少年と呼ぶべき姿だ。

 しかし、捜査本部の全員に、見覚えがある。



「俺、まだ疲れているのだけど……」


 港区の『東京エメンダーリ・タワー』で大立ち回りを繰り広げた人物。

 室矢重遠は、ポツリと呟いた。



 突然の出来事に、誰もが言葉を失っている。


 まだ右手にリボルバーを持っている小薙こなぎ『巡査部長』は、いち早く復帰した。


「う、恨んで……ない、のか? 俺を……」


 その問いかけに、小薙の右手に組み付いたままの重遠は、面倒そうに答える。


須瀬すせ亜志子あしこと話しただろ? それで操られたんだよ、お前は……」


 回答になっていないが、その言葉を聞いた小薙の右手から、力が抜けた。


 トリガーから指が離れたことで、重遠はリボルバーを取り上げる。

 薄い軍用グローブをはめた手で掴み、銃口を横に向けたまま、ゴン! と長机の上に置いた。

 近くに座っている捜査員が、慌ててリボルバーを隠す。


 脱力した小薙は、ゆっくりと腰を下ろしていき、自分の椅子に座った。



 捜査員の1人は、立っている彼に、質問する。


「君は、なぜ小薙(巡査)部長を撃った……?」


 いない。


 周りを見た捜査員たちは、幻を見ていたのか? と疑うも、小薙のリボルバーはそのままだ。

 発砲による火薬の臭い、煙、弾痕も……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る