第452話 未来予知と対応できる力が合わさった結果ー②

 『東京エメンダーリ・タワー』50階の、イベントスペース。


 この高さでありながら、テラス付きだ。

 人が『酸素タンクなし』で過ごせる、ほぼ限界の高度。


 柱を除き、一面のガラス張りで、その先には同じ高さの床が続く。

 そのテラスも広く、何組ものテーブルと椅子を出して、ゆっくりと過ごせる空間だ。


 外の景色を眺める方向には、デザイナーによるベンチも。


 安全のために、端には広めの花壇が設けられていて、大人の身長より高いガラスで強風や落下を防ぐ。


 年末を意識する11月でも、気疲れで小休止をするために有効だ。



 そのイベントスペースは、立食パーティーの構図。

 長机には白いテーブルクロスが敷かれ、大皿に様々な料理が並ぶ。

 一口サイズの甘味、クラッカーなども完備。


 招待客が自分の取り皿やグラスを置けるように、小さな丸テーブルが一定間隔で置かれている。


 執事服のような正装をした給仕が、炭酸が入っているドリンクなどを参加者に渡していく。

 誰もがグラスを持ち、乾杯の合図を待つ。


 ざっと、100人はいる。


 壁際の椅子は、基本的に使わない。

 社交として、自分の顔と名前を売り、今後の立身出世に活かすのだ。


 日本を動かしている中央省庁、政財界の人間たちは、全員が正装だ。

 ひたすらに、の登場を待っている。



 夕暮れだ。

 もうすぐ、都心部の高層ビルの数々は光を放ち、別の世界となる。


 すみに立っている司会は、いつまでも現れないゲスト達――46階のシングルに宿泊している留学生7人――に、困っていた。


 ホテルマンが呼びに行ったまま、何の音沙汰もないのだ。


『えー! 本日のメインゲストの方々は、もうすぐ到着します。どうか――』


 苦しい言い訳を並べている途中で、ガチャリと、大扉が左右に開いた。


 やっと、来てくれたか……。


 司会は、場を盛り上げるべく、明るい口調で言う。


『ゲストの方々が、お越しになりました! 海外から遥々はるばると来日された、留学生の7人です。どうぞ、温かい拍手でお迎えくだ……え?』


 予想外の事態に、司会は思わず言葉を失った。



 そこにいたのは、1人の男子高校生だけ。



 PMCピーエムシー(プライベート・ミリタリー・カンパニー)のコンセンサスとの交戦で、薄汚れた格好。

 制服姿だが、上着を脱いだままで、ネクタイもなく、社会の成功者たちと歓談をするのに適していない。

 伊達メガネは、光の反射で、その人物の真意を隠す。


 司会の発言で、懸命に拍手をしていた参加者たちは、手を止めた。

 不審者と判断して、顔をしかめる。



 室矢むろや重遠しげとおは、イベントスペースの広い入口から、前へ進んだ。

 近くにいた人間は、それに合わせて、後ずさる。


 重遠は、10歩ぐらいで立ち止まった。

 左右を見回しつつも、小声でボソボソとつぶやく。


「これはまた、面白い仕掛けだな……」


 異能へのジャミングはが、実際に体験する感覚は別物だ。



 壁を背にしていた『民間SPエスピー(セキュリティ・ポリス)』の3人が、重遠を周りを囲む。

 参加者の誰かが雇っていて、PMCのコンセンサスとは無関係だ。


「申し訳ありませんが、招待客リストで確認を行います。こちらへ、来てください!」


 口調は威圧的で、有無を言わせない。


 背後に立っている男が、重遠の肩に手を伸ばしたら――


 右手の裏拳で、顔面を強打された。

 人体の急所を打ち抜かれたうえに、完全な不意打ちだ。


 スーツ男は、ドサッと倒れる。


「何をする、貴様!?」

「大人しくしろ!」


 慌てて、上着の中に手を入れ、ショルダーホルスターから拳銃を抜こうとする。


 しゃがみ込んだ重遠は、相手の片足に絡みつくように、転がった。

 ホルスターの拳銃に気を取られて、棒立ちのSPは、あっさりと倒れ伏す。


「貴様!!」


 最後の1人は、セミオートマチックの拳銃を抜いた。

 上部スライドを後ろまで引き、手を離す。


 そのスライドが前へ戻る際に、カシャキンと、初弾が装填され――


 重遠が両手に持っている金属の棒で、力いっぱいすねを叩かれた。

 激痛のあまり、拳銃を取り落とし、そのままうずくまる。


 ガランガランと鉄棒を落とした重遠は、代わりに拳銃をキャッチ。

 立ち上がって、歩く。


「げ! サワーのK230で、日本モデルかよ? それに、警護がチェンバーを空で携帯って……」


 重遠は、側面のマニュアルセーフティではなく、自分の式神、カレナの能力によって判断した。


 扱い辛いことで、有名な銃だ。

 在庫処分で、掴まされたのだろうか?


 密かに同情した重遠だが、使い慣れているから選んだ、という可能性もある。

 その場合の経歴は、警護の訓練を受けていない、一般の警察官だ。

 彼らは、上官の命令があるまで、初弾を装填しない。


 どうして、無理を言ってまで、マニュアルセーフティをつけたのか……。



 SP3人が次々に倒れたうえ、不審者が銃を手にしたことで、会場は一気に騒がしくなった。


 不自然に引っ張られた重遠は、横にスライド。

 その直後、バババと発砲音が響いた。


 さっきまで重遠がいた空間に、アサルトライフルの弾が飛び込んでいき、その後ろの床や壁をえぐり、飾られている調度品を壊した。


 ホテルマンの恰好のままで、アサルトライフルを構えている傭兵たちは、必中の射撃を外されたことで、大きく動揺。


 飛び出た空薬莢からやっきょうが床でねて、キンキンキンと音を立てた。

 銃口から上に伸びていく煙と火薬の臭いは、どう考えても本物。


 傭兵たちは、英語でののしりつつも、ターゲットの姿を探す。

 その視線と同時に銃口も動き、周りの群衆はパニックを起こした。

 近くの長机や丸テーブルを倒しつつ、我先に出口へと向かう。

 

 招待客を撃つ気はないようで、邪魔な奴らを銃身や両手でぎ倒しつつ、室矢重遠を仕留めるために動き続ける。


 しかし、その重遠は、妹の千陣せんじん夕花梨ゆかりの式神の能力である『糸の形成』によって、自分と天井や壁、床と繋げて、ワイヤー機動を続けている。

 カレナの未来予知と合わせることで、相手を見る前に対応。



 このイベントスペースには、ジャミング装置があるはず。

 どうして、こいつは異能を使っている!?


 驚きつつも、不規則に広い空間を飛び回る室矢重遠に対して、10人ほどが射撃。

 上に対しては、好きなだけ撃てる。



 鼓膜が破れるほどの発砲音が重なっているのに、飛んでくる銃弾を物ともせず、笑顔の重遠は、次のターゲットに近づいていく。

 ぶら下がって、前の鉄棒を掴んでいく子供のような動きで、体の向きを自在に変えつつ、空中から……。


 運が悪かった傭兵は、言葉にならない絶叫をしつつ、撃ちまくる。

 焦ることで銃口がブレて、余計に当たらない。

 もはや、重遠が避けた部分に撃っているレベルだ。


 床に降り立った重遠は、手にした拳銃でゼロ距離の射撃。


 パンパンパンッと、乾いた音。

 自動的に排莢された金属の筒は、床に落ちていく。

 傭兵が身に着けている防弾プレートの上から連射して、3発だ。


 至近距離に、笑顔の男子高校生が立っている。


 銃弾は防弾プレートで止まったが、その衝撃をたっぷりと体に浸透させた傭兵は、蓄積した恐怖と合わさり、気絶した。

 同じ個所に連続で当たれば、骨が折れるほどのダメージを受ける。



 立っている重遠は、右手をバッと上げて、斜め後ろに数発。

 拳銃を左手に投げて、そちらの真横にも連射した。

 それぞれで、ドサッと傭兵が倒れる。


 自分自身に糸をくくりつけての、だ。

 まさに、操り人形。

 霊力で身体強化を行えないから、この方法で解決した。



 室矢重遠が手を離したら、セミオートマチックは床に落ちる。

 伸ばした糸によって、倒れた傭兵のホルスターから新しい拳銃が収まった。

 こちらは、実戦的なモデルだ。


 その合間にも、ゆっくりと体を傾け、向きを変え、歩いていった後で、次々に弾丸が通り過ぎていく。


 天井に伸ばした糸によって、重遠の腰の左右が引っ張られ、他の傭兵が狙いをつける前に、また飛び立つ。

 空中機動が繰り広げられ、テンションが上がってきた重遠の射撃で、傭兵たちが沈黙していった。



 スタッと着地した後で、実弾の銃を投げ捨てた重遠は、ようやく右腰のホルスターに手を伸ばして、魔法の発動体であるバレを抜いた。

 外見は、黒のセミオートマチックだ。


 とある一点に銃口を向けて、ゆっくりとトリガーを引き絞っていく。


 次の瞬間、一筋の光がほとばしり、轟音と共に、壁を突き抜けていった。

 太い穴がポッカリと開き、残っている招待客たちや、戦意を喪失した傭兵たちがそれを見つめる。



 どこかで雷鳴のような音が響いた後で、イベントスペースの雰囲気が変わった。



 空気弾のマガジンに交換した室矢重遠は、拳銃をホルスターに収める。

 同時に、早く退避しないと、巻き添えを食うぞ? と心の中で忠告した。


 慌てた様子の2人の気配が、一瞬で消える。



 重遠は、右腕のスマートウォッチに、左手を添えた。

 これもバレだ。


 たった今、ジャミング装置の本体を破壊したことで、その本領を発揮する。



 式神のカレナは、室矢家の咲良さくらマルグリットを眷属けんぞくにしている。

 異次元のエネルギーの海と接続していて、そのままでは死んでいたからだ。


 ゆえに、マルグリットは、カレナの一部だ。と言える。


 氷河期を思わせる、広域の凍結魔法によって、Uranusウラノス(天王星)の二つ名を与えられた、戦略級の魔法師マギクス


 今の重遠は、カレナを通して、そのマルグリットの力も引き出せるのだ。

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