第451話 未来予知と対応できる力が合わさった結果ー①
これで、全力を出せる。
どちらも、指で円を描いた先に放り込む。
黒の長ズボンと、同色の革靴。
右腰にある、実用性を重視した
そのホルスターの上から飛び出ている、黒のグリップと銃の後部は、サバゲーのようだ。
ベルトに通している、左腰の背中側のマガジンポーチも、雰囲気作りに一役買っている。
軍用のグローブをつけたまま、ニギニギと感触を確かめる重遠。
しかし、ここは『東京エメンダーリ・タワー』の一番上にある、高級ホテルの内廊下だ。
従業員の恰好をした
元々、7人の留学生に声をかけて、50階のイベントスペースへ案内する時間だ。
いないはずの男子高校生の姿に、険しい顔のホテルマン達が、隠している拳銃に手を伸ばす。
対象は、内廊下の真ん中で、立ち尽している。
こちらに対して、横を向いており、顔や服装はよく見えない。
高校の制服のようだ。
彼が身じろぎをした瞬間で、右腰のホルスターに拳銃があることを見た1人は、あえて銃を取らず、集団の先頭に出た。
営業スマイルを浮かべながら、それを抜かれる前に押さえるべく、すり寄る。
「お客様? こちらは現在、女子中高生の専用エリアになっております。大変恐れ入りますが、他の場所に移ってもらいたく――」
パアンッ
いつの間にか、男子高校生は、拳銃を右手に持っていた。
内廊下の壁を見たままだが、ポケットからお菓子を取り出して、口に入れたような感覚で、ホルスターを押さえるか、拳銃を奪おうとした男の
室矢重遠が持っているのは、実銃とほぼ同じ形状だが、魔法の発動体である
発砲のリコイルはなく、今のように体の前で右手の肘を曲げ、自分の左側に撃っても大丈夫。
低威力の空気弾は、人体の急所を通して、男の頭部の中をかき回す。
脳が揺さぶられ、一時的に棒立ち。
重遠は、右手でセミオートマチックを握ったまま、男の傍に踏み込み、空いている左手で敵の
ダアンッと後頭部を強打した男は、完全に失神した。
この時点で、他のホテルマンたちが一斉に、ホルスターから拳銃を抜くも――
その時の銃口から一番近い男は、腹から上にかけて、3発ほどを食らった。
床に倒れて、のたうち回る。
次の男は、リズムに乗ってきた重遠によって、鼻と口の間のくぼんだ部分に直撃。
二発目で、やはり顎へ。
呼吸困難と激痛、さらに意識混濁で、崩れ落ちた。
四人目になると、流石に反撃してくる。
だが、一瞬で3人もやられたことに動揺して、至近距離でありながら外した。
発砲の反動によって、若干のクールタイムへ。
まるで、一連の流れを知っていたかのように、重遠は両手で構えつつ、相手の胸の中心、つまり鳩尾へ三連射。
感覚を掴んだことで、ピンポイントの顎への一撃。
撃たれた男は、両膝を床に落とした後で、前のめりに倒れる。
五人目は、右手のナイフで突いてきた。
死角からの攻撃で、重遠が四人目を倒した直後だ。
どんな熟練兵でも油断する、まさに必殺のタイミングだが――
重遠は、五人目を全く見ずに、次の姿勢になるよう、片足を踏み出した。
上体を残しつつ、まだいない空間に銃口を向けて、ガトリング砲のような速射。
そして、闘牛士のように、身を
空を切るはずだった空気弾は、ちょうど突っ込んできた男の右の脇腹へ……。
肝臓に数十発をもらった男は、突きから切り裂きへ移る前に、その場で立ち止まった。
レバーブローを10人分は食らい、カランカランと、ナイフを落とす。
目を剥いたまま、胃の中身を全て吐き出した。
歴戦の勇士であるにも関わらず、涙と鼻水を垂れ流しつつ、
霊力による、緩急をつけた動き。
しかも、相手を見ずに、銃口だけを向けていく。
その様子は、まさに化け物。
六人目は、恐慌状態に陥った。
大声で喚きながら、両手で構えた拳銃を撃ち続ける。
胴体を狙って、撃つ。
外れ。
先読みして、撃つ。
外れ。
小型ナイフを
慌てて、拳銃を構え直す。
当たらない。
当たらない。
当たらない。
気付けば、上部のスライドが開いたままだ。
流れるように、マガジン交換を始めるも――
笑顔の室矢重遠が、すぐ近くに立っている。
男は絶叫しつつ、拳銃を投げつけて、自分でも殴りかかった。
大振りのパンチだ。
あ、脇が空いている!
隙を見つけた重遠は、男が動き出す前に狙いをつけて、銃口を脇の下に当てた直後に連射した……。
彼らは、命に別条はない状態で、無力化された。
最後の1人は、逃げたようだ。
右腰のホルスターに拳銃を収めた室矢重遠は、片耳のイヤホンを触った。
『警官隊の到着まで、情報と参加者を保持しろ。その後で、離脱! 幸運を』
最後の指示に、
『了解』
『また、会おうね?』
次に念話で、重遠は自分の式神たちに命令する。
『緊急の脱出口、直通エレベーター、屋上のヘリポート、その全てで足止めをしろ! 警官隊は、すぐにやってくる』
――50F 警備センター
一般には公開されていない、特別な警備室。
そこに陣取っている男は、PMCのコンセンサスに所属。
今日のパーティーを警備しろ、と命令されている部隊の指揮官だ。
彼は、目の前のモニター群に映っている光景に、唖然とした。
1個分隊8人として、3個分隊もいる。
特殊部隊は、精鋭だ。
2個分隊で小隊1つ、と数えられることが多く、基本教練すら受けていない、非武装の素人100人ぐらいを統制するには、過剰なほどの戦力。
それでも、異能者の名家の少女たちを招くことから、万が一に備えて、配備された。
たった数人で敵地に放り込まれて、現地住民の訓練や破壊活動を行うため、特殊部隊員は誰もが、突き抜けた考えを持つ。
まさにワンマンアーミーで、選ばれし存在の自覚ゆえ、同じ部隊の人間への仲間意識も強い。
与えられたのは最低限の情報だったが、乱パーになると知って、お零れに預かりたい、と冗談を言っていた連中もいた。
「What's this,.......(何だ、これは……)」
思わず漏れた言葉に対して、副官は黙ったまま。
モニターには、
留学生の少女たちを迎えに行った兵士7人は、瞬く間に無力化された。
間違っても、男子高校生ごときに倒されるメンバーではない。
重遠は、身構える様子もなく、50階のイベントスペースを目指す。
招かれざる客は、警備センターの指揮官の指示で、襲撃される。
手榴弾は、投げようとした瞬間に空気弾を当てられ、反対方向に飛んで行った。
設置式の対人地雷による面制圧でも、全く当たらない。
一斉射撃による弾幕は、飛んでくる銃弾が分かっているかのように、普通の歩行で避けつつ、反撃の発砲で1人ずつ無力化していく。
悪夢だ。
異能があるとか、そういう次元ではない。
こいつは、速く動けるうえに、次に何が起きるのか、理解している。
「Laplace's Demon. ......(ラプラスの悪魔……)」
ある瞬間に、全ての原子の位置と運動エネルギーが分かれば、物理法則に従い、未来を計算できる。
しかも、全員の心理を読み切って、それに対応できるだけのスピードと、力を有しているのだ。
どうすれば、殺せる?
悩む指揮官に対して、副官が告げる。
「隊長。50階のイベントスペースには、例の装置があります! 残っている隊員を集めて、そこで制圧しましょう」
異能者の少女たちを絶望させるため、1フロアの大部分を占める空間には、異能を阻害する仕掛けがある。
本来は、僅かな希望を吹き消して、泣き喚く彼女たちを
どっちみち、この場所からの退路はない。
指揮官は、腹を
「総員に告ぐ! まだ動ける隊員は、50階のイベントスペースで侵入者1名を無力化せよ! 発砲を許可するが、できるだけ招待客に当てるな! 以上」
無線で命令した指揮官は、副官を見た。
「異能のジャミング装置を起動しろ!」
――50F イベントスペース
上着を脱いだ室矢重遠は、最上階に辿り着いた。
硝煙や爆風で汚れているものの、無傷だ。
彼は、右手に持っている拳銃のグリップを操作。
左腰の後ろにあるポーチから、『空間を
右腰のホルスターに収めた後で、階段の近くから歩き出した。
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