第450話 悪サイドでも価値の高い人物ほど優遇される

 日本の富と権力の象徴である、『東京エメンダーリ・タワー』。

 そのレジデンスの45階に、小枝こえだ妃香ひかまゆずみみきの2人がいた。


 女子大生とは思えない美貌と、落ち着き。

 どちらも正装で、貴族の夜会に出るようなドレスを着こなしている。


 地上の騒音とは無縁で、大きな窓ガラスからの日差しと、展望台のような景色。

 冬の入口は、日が暮れるのが早い。

 もう、あかね色になりかけている。



 他の物件や共用スペースでは、疲れ果てて眠るまで、目についた異性と楽しんでいる。

 しかし、この2人は大事な用事を控えており、他の人間は見当たらない。


 今日のメインイベントである、異能者の留学生たちを迎える交流会。

 それに出席するため、住宅エリアの上にある高級ホテルへ行くのだ。


 しかし、レジデンスと行き来することは、ビルの設計にない。

 広くて豪華な自宅があるのに、どうしてホテルに泊まる?


 防犯上の観点でも、わざわざ繋げる意味はない。



「面倒ね。下まで降りてから、わざわざ直通エレベーターに乗り換えるなんて……」

「仕方ないよ。私たちの魅力も、このビルにまでは通用しないし」


 愚痴を言いながらも、ブランド物のバッグを手に取り――



 遠くで爆発音が鳴り響き、地震のような揺れ。



「何!?」

「……妃香! 下だよ! パトカーが爆発している!!」


 超高層ビルにベランダはないものの、スマホの着信と、37階から上を管理している警備会社にもらった端末で、事態を把握した。

 ビルに設置された監視カメラの映像は、まだ燃えているパトカーの残骸を映し出す。


 舌打ちした小枝妃香は、前に遭遇した室伏むろふし重鷹しげたか――本名は、室矢むろや重遠しげとお――が仕掛けてきた、と判断。

 思わず、自虐的につぶやく。


「さすが、イピーディロク様がお認めになった男。と言うべきかしら?」

 

 ドレスに合わせた、オシャレな靴を脱ぎ捨てて、普通の靴を探しながら、相方あいかたに叫ぶ。


「幹! だけ持って! すぐに、屋上のヘリポートへ行くわよ!」

「分かった! もう、バッグにあるから!!」


 妃香に答えた幹は、同じように靴を履き替えつつ、この物件の玄関ドアに走り出した。



「あ、妃香ちゃん! 今から、ヤラない?」

「綺麗だ! そのまま、バックでいいかね?」

「ちょうど、良かった! こいつらの相手、もう任せたいんだけど……」


 どこを見ても最高の部材、デザインである内廊下や、共用スペースを走る女子大生たちは、人目を気にせず励んでいるか、そこらで休んでいる男女に答えず、どんどん置き去りにしていく。


 室内マラソンをしている2人は、上を目指す。


「救いようがない、バカの集まり……」

「アハハー。私たちが、そうしたんだけどね? どいつもハメるか、ハメられることしか、頭にないよ」


 全速力で走りつつの会話。

 息を切らすことなく、あっと言う間に、住宅エリアの終点へ。


 黛幹は、ブランド物のショルダーバッグから、鍵を取り出した。

 次に、何もない壁を手で触り、一部をスライドさせる。

 出てきた鍵穴に差し込んで、ガチャリと回転。


 一定の操作でハンドルを引き出した幹は、グルグルと回していく。

 それに伴い、壁のはずの部分が、ドアのように開いた。


 女子大生2人は、中に入って、ドアを閉めた。



 進行方向には、また頑丈なドアがある。


 今度は、小さなカバーを開けて、テンキーで数字を打ち込む。

 ピーと電子音が鳴り、ガチャリと解錠された。

 さらに、前に使ったのと同じ鍵で、もう1つのじょうを外す。


 それを繰り返して、上へ通じる内階段に入った。



 ――46F ホテル


 小枝妃香と黛幹は、従業員の休憩室の奥に出た。

 仮眠室のベッドが並ぶ先には、簡素なソファ、ロッカー、自販機が並ぶ空間だ。


 ホテルマンの恰好をした、外国人の男たち。

 PMCピーエムシー(プライベート・ミリタリー・カンパニー)のコンセンサスに所属する、傭兵たちだ。


 彼らは全く驚かず、2人を出迎えた。


「お待ちしておりました。すぐに、ヘリを出します。お急ぎください」


 コンセンサスの上司に当たる、USFAユーエスエフエーの諜報機関のCIAシーアイエー(中央情報局)は、彼女たちを見捨てない。


 まだ利用価値がある2人は、最優先で逃がす。

 

 そういう話だ。




 数人に警護されつつも、女子大生2人は早足で移動する。


 従業員にふんした男たちは、ショルダーホルスターなどに拳銃を忍ばせている。

 身のこなしも、訓練を受けた、ソレだ。



 非常用のルートを進み、やがて外に出た。

 絶え間なく風が吹いており、地上と比べて寒い。

 

 ここは、ホテルに宿泊している人間や、その下にあるレジデンスの住人を脱出させるための、ヘリポートだ。


 駐機しているヘリは、普通の形状。

 白をベースに、オレンジで塗装されている。

 詳しければ、民間医療用のヘリだ、と分かるだろう。


 上につけられたローターブレードは、すでに回転中。

 後部のテールローターも、忙しそうだ。



 ホテルマンの傭兵は、高所の風と、ヘリの爆音に負けないよう、女子大生2人に告げる。


「行き先は、中で機長に告げてください!」


 返事として片手を振った小枝妃香は、ヘリに乗り込んだ。

 黛幹も、彼女に続く。


 それを見届けた傭兵は、無線で連絡をしながら、上空を視認。

 ヘリの前で、両腕を水平に上げた。


 うなずいた機長は、ホバリングへ。


 手の平を上に向けた傭兵が、同じく上に振ったことで、上昇を始める。



 

「あと少し……。もう少しだったのに……」

「妃香……」


 ヘリの後部座席でうなだれた小枝妃香に対して、横に座っている黛幹が心配そうに見た。


 今日の交流会に招いた中には、無関係なVIPもいる。

 彼らには、リングファイルに閉じた『ガラーキの黙示録の第12巻』を読ませて、精神を汚染させる。


 前日から宿泊させている、留学生の少女たちをイベントスペースに登場させた後は、武装した男たちが乱入してくる手筈てはずだった。

 使い捨てのゴロツキで、そいつらが彼女たちの初めてを奪う。


 綺麗なモノを汚すのは、抵抗がある。

 しかし、これで、ハードルが大きく下がるのだ。

 銃で脅されている状況ならば、その命令に従うことも、仕方がない。


 100人以上の乱パーが開始され、妃香と幹の2人も体を張って、その権能を存分に振るう。

 結果的に、その場にいる全員が、邪神イピーディロクの教団に入る。


 最後には、異能者の少女たちを八つ裂きに。

 これで、まだ正気が残っていた人間も、耐えられないはず。


 教団の大幅な増員と、反異能者の団体からの評価。

 日本の政財界を裏から支配して、逆らう者を処分しつつも、どんどん堕落させていく――


 はずだった。




 民間医療用に偽装したヘリは、ひとけがない道路に着陸した。

 側面のドアを開けて、女子大生2人が降りる。


 バタバタと飛び上がったヘリは、いずこかへと去った。



 辺りは、もう真っ暗だ。

 場違いなドレス姿の小枝妃香と黛幹は、道路に沿って、歩き出す。

 唯一残った拠点である、東京ネーガル大学を目指して……。


「また、一から出発ね?」

「あの御方のために、今度こそ、頑張らなきゃ!」


 それでも、『イピーディロクの情人じょうじん』たちは、余裕。

 地上で肉体が滅んでも、イピーディロクがいる場所へ戻り、復活の時を待つだけ。


 神話生物ゆえ、苦痛すら快楽の1つ。

 ゴール直前まで進めたボードゲームで、いきなり『振り出し』に戻されたぐらいの感覚だ。


 今の姿で追いかけられるのなら、この肉体が滅んだ後で、別の美女にしてもらえばいい。

 どうせ、このガワは仮初かりそめだ。



 彼女たちは、知らない。

 妖精のパティたちが、『スノードニアの湖』にいる女王の命令で、結界の魔方陣を描いていることを……。


 この東京ネーガル大学の一帯は、ユニオンの魔術による空間だ。



 黛幹は、空を飛ぶシルエットを見つけた。


「あ! 妖精だ! 日本にも、いるんだね?」


 釣られて見上げた小枝妃香は、興味なさげに視線を戻した。


「そんなことより、『今後どうするのか?』を考えなさいよ……」



 彼女たちは、もう出られない。

 室矢重遠が到着するまで、見えない籠の中だ。

 

 強大な権能を持つ神話生物は、恐れる必要がない。

 それが、使役されるだけの下っ端でも。


 元人間のため、感情や思考はある。

 でも、色々と考えて、事前の対策や学習をすることに、うとい。

 邪神を崇める奉仕種族は、その命令を果たすのみ。


 彼女たちの視点で『絶対の存在』としている邪神から力を与えられた以上、それを疑うことも許されない。


 反省と対策をするのは、自分の肉体を滅ぼされてから……。



 無事に脱出した女子大生2人の慢心は、さておき。

 『東京エメンダーリ・タワー』の大事件は、まだ続いている。


 室矢重遠は、住宅エリアと高級ホテルに残っている人間や情報を確保しつつ、元特殊部隊の傭兵たちとの交戦を開始する。

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