第449話 命の選択

 室矢むろや重遠しげとおは、すぐに命令を下した。


皐月さつき、すぐに離脱しろ! その近くには、小枝こえだ妃香ひかまゆずみみきがいる。奴らは、霊体化していても見抜く』


『……分かった』


 念話で出した指示に、彼女は不服そうな返事の後で、従った。



 重遠は、至る所でお盛んな住宅エリアを上に進みながら、説明する。


『俺はカレナの能力を使っているが、万全じゃない。上のホテルにいる留学生7人を転移させたら、俺自身を飛ばすのが、精一杯だ。傭兵や敵対している異能者との戦闘を考えたら、ガス欠は避けたい。それに、ここで気付かれたら、留学生たちが即座に処される。人質に取られても、同じことだ! 俺はまだ武装を手にしておらず、時間もない』


 カレナの未来予知も、でしかない。

 『留学生の救出』という、最優先の目標を考えたら……。


 スナッフムービー(殺人の動画)の主演になりかけた、1人、2人を救出。

 あるいは、重傷で助ける。


 その場合は、ギリギリの戦力を割いてまで、ずっと守らなければいけない。

 俺たちの存在や能力も、彼らにバレる。

 無理に助けたことで、面倒を招き入れてしまう。


 論外だ。


 リーダーの重遠は、博打ばくちを避けた。



 皐月と水無月みなづきは、黙っている。


 ここで、夕花梨ゆかりシリーズの通信網を使い、望月もちづきが質問してくる。


『留学生7人を助けるために、数人の大学生は見捨てるんだね?』

『そうだ』


 重遠は即答したが、納得できない人物もいた。


『そんな言い方――』

『三日月は、黙ってて! ……千陣せんじん流の隊長試験だけど、隊を指揮する以上、必ず犠牲は出るからねェ。常に、選択を迫られる立場だ』


 合格したければ、優先順位をつけろってことか。

 ウチの隊長たちは、ここまで繊細に動かないと思うけどな……。


 俺が隊長になったら、最年少で、なおかつ、都市部で安全に力を発揮できることで、歴史に名が残るだろう。

 また、大学生で引き籠もり生活という、ディスティニープランが遠ざかる。


 つらつらと考える重遠は、使用しているカレナの能力のおかげで、最上階を含むホテルへと進んだ。



 ――46F ホテル


 『東京エメンダーリ・タワー』の一番上は、宿泊施設になっている。

 約3フロアだが、客室数は100前後。


 下のレジデンス1つで、シングルがいくつ入る? という感じだ。

 詰め込めるだけ、詰め込んだら、この数になったわけか……。


 救出するべき留学生7人は、個室に泊まっている。

 とりあえず、武装を入手しよう。


 室矢重遠は、目つきが鋭い連中を避けつつ、アクロバティックな動きで進む。



 地上からの直通エレベーターで届けられた、宿泊客の荷物。

 それを預かるクロークで、保管スペースに重遠がいた。

 むろん、受付で札を渡してはいない。


 着ていたコートを脱ぎ、そこらに置く。

 次に、1つのビジネスバッグ――ポリエステル製の安物――を開けた。


 中に入っているのは、幼児向けの玩具おもちゃの箱。

 対象年齢は、5歳ぐらいか?


 箱のふたを開けて、オレンジ色の大きな拳銃を取り出す。

 左右に割ったら、黒のセミオートマチック――魔法の発動体であるバレ――が一丁。


 『シルバー・ブレット(銀の弾丸)』の限定モデルだ。


 グリップを握り、底からマガジンを出して、『空気弾の専用』と確認した後で、再び差し込む。


 ビジネスバッグの内側、底を破って、腰のホルスター、切り札の『空間をえぐる魔法』のマガジン、それを収納するポーチも取り出す。

 全てベルトに固定できるから、急いで装着。


 右腰にホルスター、左腰の背中側にマガジンポーチ。


 拳銃は『低威力』のままで、ホルスターへ突っ込む。

 秘密兵器のマガジンは、ポーチに。


 二丁拳銃にも憧れるが、これはバレ

 発砲時のリコイルや、残弾、瞬間的な火力を考える必要はない。



 最後に、薄い人工皮膚を剥がして、軍用のグローブを両手につけた。

 通気性が良い、薄いかわ手袋で、保護される。

 

 カナリアの羽とよく似ている色のタスキも、なぜか入っている。

 見る見るうちに、本物の鳥になった。

 スタッと、室矢重遠の肩に止まる。


『心配だから、見届けてあげる』


 高天原たかあまはらで会った、『ウーちゃん』の声。

 感覚から、念話のようだ。


 肩に止まったカナリアは、不思議そうに首を動かしている。


 …………


 時間がない。

 留学生の少女たちを救出しなければ……。


 床に円を描き、人工皮膚などのゴミを含めて、不要物をそこに放り込んだ。

 これで、物証はなし。




 留学生の少女たちは、受付のフロント、荷物預かりのクロークと同じ、このフロアーだ。

 隣り合う形でシングルを用意しており、少しでも安心できるように務めている。

 あるいは、50階の広い空間で準備されている、おぞましいイベントに気づかせないためか……。


 大人数おおにんずうを招いてのパーティー、結婚式と、多目的のイベントスペース。

 ルーフトップからは、東京の絶景を眺められる。




 片耳のイヤホンを触った室矢重遠は、待機している五月女さおとめ湖子ここたちに告げる。


「幕を上げろ。役者が、舞台に上がる」

Gluckグルック aufアォフ(幸運を)』


 符丁を返された後で、留学生たちのスペースに動きが見られた。

 ガチャリと、扉が開く。


 見るからに外国人の少女は、ラフな部屋着だ。

 キョロキョロと見回した後で、制服姿の重遠に近寄ってくる。


「あ、あの……。今日の交流会に参加する人かな? 今、私のスマホに『』という、緊急の連絡があって……」


 ここは、超高層ビルの一番上。

 地上に降りるためには、直通エレベーターか、屋上のヘリポートだけ。


 室矢重遠が利用した緊急脱出のルートは、あくまで非常用。

 一般のビルとは異なり、外側に併設された、剥き出しの階段はない。


 ホテルと、下の住宅エリアの全員で押し寄せれば、緊急脱出のせまい出入口はすぐに詰まるだろう。

 それ以前に、知っている人間が、どれだけいるのか……。



 彼女の青の瞳は、恐怖に満ちている。

 明るい黄色のショートヘアで、快活そうな雰囲気の童顔。

 背格好から、まだ中学生と思われる。


 重遠は、すぐに指示する。


「そうだ。他の留学生の人たちに、知らせてくれ。貴重品だけで、きちんと靴を履くように!」


 可愛らしい少女は、重遠に詰め寄る。


「あ! でも、ホテルの人に聞く――」

「脱出する準備を整えておいたほうが、スムーズだろう? ここに、全員を呼んでくれ」


 近づけられた顔に、重遠がささやいたら、急に少女の様子が変わる。

 カクンと膝が落ちたが、必死にこらえた。


 前よりも紅潮した顔で見上げ、つやっぽい声で、重遠に同意する。


「そ、そうだね。早く、みんなを呼んでくるよ……」




 留学生が泊まっている部屋は、固まっている。

 数分もかからずに、先ほどの少女の呼びかけで、7人が集まった。


 女子中高生は、小声で話し合っている。

 見知らぬ男子がいることで、警戒中。


 ショートヘアの少女は、褒めて褒めて! と言わんばかりに、室矢重遠の前でアピールしている。

 尻尾があったら、ブンブンと振っているに違いない。


「ほら、呼んできたよ! 次は、どうすればいいの?」


 笑顔でうなずいた重遠は、少女を他のグループと一緒にさせた。


 ここで、彼の肩に止まっているカナリアが、『ウーちゃん』の声で、念話をしてくる。


『飛ばす気ね? 最後まで見たかったけど、仕方がない。彼女たちのお守りをするわ。ここまできて、くだらないバッドエンドでは、興ざめだし……』


 パタパタと飛んだカナリアは、1人の少女の肩に止まった。

 周囲の女子たちは、一斉にその小鳥を見る。


 その隙に、重遠は、事前に足で描いていた円で穴を開けて、留学生7人を落とした。

 彼女たちの悲鳴が響くも、すぐに元の床に戻る。



 これで、第一目標を達成した。



 室矢重遠は、ふうっと息を吐いた。

 同時に、右手で銃を抜き、そのまま内廊下の先に向ける。


「彼女たちは、もう脱出させた。お前らも、とっとと脱出しろ」


 銃口を向けた先から、敵意はない。

 身を隠しているグループは、違う方向へ移動していく。


 先ほどの留学生たちの、救出部隊か……。


 重遠は、自分の式神であるカレナの権能によって、連中の正体を看破した。

 本隊と連絡を取り、彼女たちの安否を確認した後で、改めて動くようだ。



「さて、少々早いが、パーティーの時間だ! 1人も、ここから逃がすな! 客を招待しろ!」


 最低限の目標を達成した重遠は、陽気に宣言した。



 ◇ ◇ ◇



 それまでの豪雨が嘘のように、晴れた。

 残っている水滴は、日光を受けて、キラキラと輝く。


 『東京エメンダーリ・タワー』の外壁で、その僅かな出っ張りに立つ小坂部おさかべけいは、その紫の瞳を開けた。


 誰もが美しいと評する顔を下に向ければ、遥か先に地面が見える。



 投身自殺には高すぎる場所で、絶え間ない強風に晒される。

 長い黒髪が旗のように流されるも、慧は全く動じない。


 どこからか取り出した1丁の火縄銃を片手で持ち、無造作に下へ向けた。

 その先には、太い黒文字で、上に漢字と数字が描かれた車両。


『撃て』


 愛する男にして、今は自分を使役するあるじ

 室矢重遠からの念話に従い、トリガーを引く。


 彼女の激情を示すかのように飛び出した弾丸は、瞬く間にパトカーを上から貫いた。

 ガスッと鈍い音が響き、着弾した部分に穴が開き――



 爆発、四散した。



 『東京エメンダーリ・タワー』の防災センターにいる責任者は、37階から上の様子をチェックできず、不法侵入者がいる、と警察に通報。

 PMCピーエムシー(プライベート・ミリタリー・カンパニー)のコンセンサス――別の警備会社の名義――によって、情報を遮断されていたのだ。


 警察官が話したことで、ようやく返事があった。

 上を管理している警備会社は、異常なしの一点張り。


 防災センターの視点では、全く解決していない。

 しかし、表向きは問題なしだ。

 書類にサインをもらい、警官2人は帰る。

 

 彼らは、パトカーの無線で、タワーには異常なし、の報告。


 それをカレナの権能で知った室矢重遠は、小坂部慧に指示を出した。


 警官2人が、飛び降り自殺をしかけている人間を見つけた、と近くの市民に言われて、パトカーから離れた時に、のだ。


 爆風と破片が飛び散り、周辺に被害が及んだ。

 幸いにも、タワーは衝撃に強いガラスで、その破片が散弾になる事態は避けられた。

 その代わりに、一部はひびだらけで真っ白になったが……。


 被害:

 無線警ら車1台、約300万円

 周辺の車両、建造物にも、多くの破損

 人的被害は、奇跡的にもゼロ


 15分後に、このタワーは警官隊で埋め尽くされるだろう。

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