第448話 東京エメンダーリ・タワーの高層を目指して(後編)

 日本が『異能者の敵』となるまで、あと半日ほど。

 それを食い止めるべく、室矢むろや重遠しげとおは、中層エリアに辿り着いた。


 目指すは、『東京エメンダーリ・タワー』の高層。


 エレベーターの扉が開き、重遠は内廊下へと足を踏み出す。



 ――25F 中層オフィス


 タワーは基本的に、上のテナントほど、賃料が高い。

 ここは、低層と比べて、成功した企業が多く入居。


 重量物、危険物をよく扱うラボを除いて、大企業の支社も見られる。

 低層と比べて、豪華な内廊下だ。


 室矢重遠は、通路を歩きながらも、そろそろ不法侵入に気づかれる頃合いだな、と考える。


 低層オフィスで許可をもらったが、この中層にいる相手からの承認が必要だ。

 さもなければ、警備員がすっ飛んでくる。


 今回は、、高層までの不法侵入者がいる、と判断させなければいけない。


「おまけに、同じ手は使えない……。面倒なことで」


 ぼそっとつぶやいた重遠は、内廊下のゴミ箱に、持っていた封筒を突っ込んだ。

 この擬装は、もう必要ない。


 上のフロアに進むルートとして、非常用にも使える階段へ向かう。



 ――26F 特殊階


 再び、警備員の詰め所がある。

 ここは、高層と中層をつなぐフロアーで、前よりも厳重なチェックが行われる。


 低層から、偽の許可で上ってきた人間がいる。


 地下の防災センターは、その情報を伝えた。

 警備レベルの引き上げで、フロア全体が賑やか。


 単純に、どこかで倒れている可能性もあるため、中層の見回りが行われている。


 階段から内廊下に入った室矢重遠は、センサーに引っ掛かった。

 とたんに、警備員が状況をチェック。


「異常なし!」


 警備員が離れていく中で、天井から音もなく、スーッと降り立つ重遠。

 

 妹の千陣せんじん夕花梨ゆかりによる式神、水無月みなづきたちの能力は、糸の形成だ。

 自分の体と近くの物体を繋いでのワイヤー機動や、刀などの武器を形成することが可能。


 今の重遠は、式神の能力をそのまま使っている。


 近所のコンビニで買い物をしている雰囲気の彼は、同じく自分の式であるカレナの能力で、監視カメラ、センサー、人の視界と意識をチェック。


 振り向いたら、その下を滑って、避ける。

 2人、3人いようとも、その死角を縫うように進む。


 手で触れるほどの至近距離ですれ違っても、重遠を知覚することは不可能だ。

 今の彼には、地に足をつける必要すらない。



 全ての空間を自在に進める重遠は、難なく、上への階段に辿り着いた。


 両手をゆっくりと動かし、全身を意識させた後で、踏み込みからの掌底。

 施錠されていた部分が壊れて、ダアンッという轟音と共に、吹き飛んだ。


 集まってくる警備員に構わず、重遠は霊力によって身体強化。

 交互に壁を蹴りつつ、高層のエリアへ侵入した。


 上層から警備員が降りてきて、下との挟み撃ちにするも、見つからない。

 途中で隠れる部分はなく、合流した地点で首をひねるのみ。

 


 ――30F 文科省の庁舎


 階段から出た室矢重遠は、人の意識の外を歩き続けて、他の出入りのタイミングで進入した。


 管理職のデスクの上から、IDカードを拝借。


 今度は、ひとけがないエレベーターホールで、堂々と乗った。

 IDカードをかざしたら、35階まで行ける。


 迷わず、そこのボタンを押した。


 ガーッと、エレベーターの扉が閉まる。



 ――35F 特殊階


 ここが、事務所エリアの最上階だ。

 高層として入居できるのは、この下まで……。


 警備員どころか、清掃員に至るまで、全員が一丸となって、室矢重遠を探す。


 しかし、彼はもう、この上にある、“構造切替” という特殊なフロアーにいるのだ。



 ――36F 構造切替フロア


 この階は、他とは全く違う。

 名前の通り、構造を切り替えるために存在しているからだ。


 37階より上は、住宅、ホテル。

 したがって、下の事務所エリアから、柱の位置を大きく変える。


 様々な機械室が並ぶ中で、室矢重遠は長く勤めているかのように、走り抜けた。


 専門的な技術者が仕事をするフロアーのすみには、緊急脱出を兼ねた、上へのハッチがある。

 普段は使わないため、見た目を気にせず、仮設の足場のようだ。


 重遠は、カンカンと上って、行き止まりの天井を見た。


 片耳のイヤホンに触りつつも、五月女さおとめ湖子ここを呼び出す。


「湖子、出番だ。いよいよ、37階のレジデンスに侵入するぞ?」


 しかし、真面目そうな声ではなく、明るい声で返事がくる。


『ハイハイ! 湖子ちゃん、今は休憩だから。私で、我慢してね?』


 香月こうげつ絵茉えまだ。

 交代制で、内部のセキュリティーを掌握しているらしい。


 気を取り直した重遠は、改めて告げる。


「絵茉。ハッチを開けるタイミングを教えてくれ。そろそろ、下から警備員がやってくる」


 10秒後に、絵茉の声が届く。


『カウントダウン、5秒から……。5、4、3、2、1、今!』

 ギャアアッ


 重遠は、絵茉のカウントが0になった時点で、下のハンドルを両手で持ち、一気に回転させた。

 ハンドルは、鈍い音を立てて、回る。


 両手で握ったまま、上に押し上げた。

 ガタンッと金属音を立てて、37Fへの入口が開く。


 重遠は上へ身を躍らせて、すぐにハッチを閉じる。

 大きな音と振動が辺りに響くも、上のハンドルを握って、逆方向に回す。


 最後まで閉めた後で、ハンドルから手を離した。


 サポートをしている絵茉が、無線で連絡してくる。


『上手い、上手い! これで、地下の防災センターには気づかれないし、追ってもこられない。37階から上を統括している、PMCピーエムシー(プライベート・ミリタリー・カンパニー)のコンセンサスにも、誤魔化せたと思う! 以後は、室矢君からの連絡まで、無線封鎖』


 内廊下で座り込んでいる重遠は、周囲の様子をうかがった。


 高級マンションのように、フローリングが敷き詰められている。

 一定間隔で、壁から光が出てくる、間接照明だ。


 天井と壁の白が、床の焦げ茶と合わさり、大人の空間。

 3人が横に並んでも、余裕ですれ違える。

 

 ここからは、実弾を撃ってくる傭兵、コンセンサスの領域だ。


 

 室矢重遠は立ち上がり、無人の内廊下を歩き出した。


 このまま進むと、フロントに出るのだが――


 数々のサービスを提供して、出入りの人間を見張るスタッフはおらず、広いソファや椅子は、別の用途で使われていた。


 歓談の場だから、親交を深める意味では、間違っていない。

 ソファや椅子、カーペットが、汚れるだけで……。


 内廊下にそのまま隣接している、開放的な共用リビングでも、明るい陽射しの中で元気に乱パー中。


 さっきのハッチ開閉で、誰も見に来ないはずだ。



 ――37F レジデンス


 カレナの能力で、この住宅エリアを調べるか。


 …………


 約10フロアが丸々、イベサー『フォルニデレ』に汚染されている。

 タワマンの閉鎖的なところが、悪い方向に働いた感じだな。


 重遠は呆れたものの、通りがかった住人の視線は避けた。


 今は、裏に隠れている香月絵茉たちが、彼が移動している部分だけ、監視カメラや記録を改ざん中。

 それでも、住人の通報があったら、武装した傭兵たちが雪崩れ込んでくるだろう。



 安全な場所に隠れた重遠は、現状を把握する。


 『東京エメンダーリ・タワー』の外壁に張り付いている水無月に、念話で問いかけた。


『どこも、派手に乱パー中だよ。大部分が窓ガラスで、中は丸見え! これほどの数のアワビは、初めて見た……。というか、水無月を窓清掃のスタッフと勘違いしているらしく、「君も、おいでよ!」って、五月蠅いんだけどォ』


 きっと、海鮮パーティーを開催しているのだろう……。


 遠い目になった重遠の指示で、水無月は偵察を続けた。



 この住宅エリアが、イピーディロク教団の拠点だ。

 邪神の情人じょうじんとなった、小枝こえだ妃香ひかまゆずみみきは、住人を堕落させた。


 外部との接点は限られており、文科省、経産省の庁舎が入っていることから、政府系ビルの扱い。


 下のオフィスは、無関係。

 ただし、協賛の大企業の経営者、文科省、経産省のキャリア官僚には、小枝や黛の手が伸びている。


 上のホテルは……ダメだ。

 PMCのコンセンサスが、従業員に化けてやがる。


 宿泊している留学生たちは、7人。

 前のリストから、減っている。

 詩央里しおりたちが警告したことで、状況が動いたか……。


 異能者の留学生たちを廻したうえで、バラす。

 その開始まで、あと3時間。


 室矢重遠は、迫ってきた決戦に、ふうっと息を吐いた。



 運動会が終わって、熟睡中の物件を選び、中で食事や用足しを済ませる。

 なまじ電子制御だから、侵入するのは簡単だ。


 使い捨て歯ブラシで磨き、顔も洗った重遠は、今後の目標をチェックする。


 異能者の留学生を救出する。

 次に、この住宅エリアと、上のホテルからの脱出口を塞ぎ、こいつらを逮捕させる。


 それだけだ。


 他には――


皐月さつきより至急! 現在、こちらの物件で、大学生と思しき男女がバラされているよ! 指示は?』

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